失敗を報告した人ほど、なぜ褒めなければならないのか

失敗を報告した人ほど、なぜ褒めなければならないのか

~「報告した瞬間に叱責される」組織の致命傷~
人は必ず間違える。間違わない人はいない。だからこそQuality Cultureの最大の柱は、失敗を常に報告し合える文化である。そして、これは精神論ではない。ISO 13485 8.5.2(是正処置)のインプットは「報告された不適合」であり、21 CFR Part 803(MDR)の報告義務も、社内で不具合情報が上がってくることを前提に組み立てられている。報告が止まった瞬間、QMSは法令上の機能を失う。

人は必ず間違える。だから報告が要る

人は必ず間違える。間違わない人はいない。

だからこそQuality Cultureの最大の柱は、失敗を常に報告し合える文化である。これが医療機器業界における人的安全弁の核である。

ところが多くの組織は、失敗を報告した瞬間に叱責する。

隠蔽の連鎖は、こうして始まる

叱られるのが怖いから、人は小さなごまかしをする。その小さなごまかしを隠すために、もう少し大きなごまかしを重ねる。それを隠すために、さらに大きなごまかしを重ねる。

発覚したときには、もはや誰の手にも負えない巨大な問題に膨れ上がっている――これが世の常である。

段階 現場で起きていること QMS上で失われるもの 時間が経つほどどうなるか
第1段階 小さな逸脱が起きるが、叱責を恐れて報告しない 是正処置のインプット(1件) 是正費用は最小。この時点なら数時間で終わる
第2段階 隠したことを取り繕うため、記録に手を入れる 記録の完全性(データインテグリティ) QMS全体の記録の信頼性が疑われる
第3段階 同種の逸脱が繰り返され、慣行として定着する 工程の監視・測定の実効性 是正範囲が製品ロット全体に拡大する
第4段階 市場で不具合が顕在化して初めて発覚する 報告期限の遵守(MDR/不具合等報告) 回収・行政処分・信頼失墜。復旧に数年

第1段階での是正コストと第4段階での是正コストは、桁が二つも三つも違う。報告を歓迎することは、道徳の問題である以前に、経済合理性の問題である。

正しい組織は、その逆を行く

正しい組織はその逆を行く。失敗を報告した人ほど、褒める。

会社に対して改善の機会を与えてくれたからである。改善の提案をしたのと同じことだからである。

「報告=改善提案」と読み替える

  • 報告された1件の逸脱は、まだ市場に出ていない不具合を1件減らす機会である。
  • 報告された1件の苦情は、同じ苦情を言えずに黙って離れた顧客の存在を教えるシグナルである。
  • 報告された1件のヒヤリハットは、まだ起きていない重大事故の設計図である。

規制は「風通し」を要求している

ISO 13485:2016 の 5.5.3 は内部コミュニケーション(内部情報伝達)を要求する。日本のQMS省令では第17条(内部情報伝達)が対応する。

風通しの良い文化を構築せよ、というのが規制当局の要求事項だ。

経営者から従業員へ、従業員から経営者へ、両方向に滞りなく流れることが要件である。

失敗報告が叱責で終わる組織では、この双方向は成立しない。上から下への伝達だけが残り、下から上への経路は事実上閉じる。品質マネジメントがトップダウンで始まらなければならないのは、この上り経路を開けられるのが経営者だけだからである。

要求事項 ISO 13485:2016 QMS省令 報告文化との関係
内部情報伝達 5.5.3 第17条 失敗報告が上に届く経路そのもの
苦情処理 8.2.2 第55条の2 外部からの申立てを受け止める経路
規制当局への報告 8.2.3 第55条の3 社内報告が途切れれば法定報告も途切れる
データの分析 8.4 第61条 報告件数が母集団。隠蔽は母集団を壊す
是正処置 8.5.2 第63条(是正措置) 報告がインプット。無ければ起動しない
予防処置 8.5.3 第64条(予防措置) ヒヤリハット報告が主要な起点
用語について:JIS Q 13485:2018では corrective action / preventive action を「是正処置」「予防処置」と訳す。一方、QMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)の条文用語は「是正措置」(第63条)「予防措置」(第64条)である。指すものは同じだが、社内文書では引用元に合わせて表記を使い分けるのが安全である。

リーダーの行動原則は二つに集約される

  1. 報告者を不利益に扱わないことを明文化し、運用で守る方針文書に一行書くだけでは足りない。人事評価規程・懲戒規程との整合を取り、「報告したこと自体は評価上マイナスに扱わない」ことを制度として担保する。そして最初の一件で、経営者自身がその約束を守ってみせる。
  2. 問題発生時の追及対象を「人」ではなく「QMSの欠陥」に置く「あなたが間違えた」ではなく「我々の仕組みでは、その間違いが起こり得る。その仕組みを直す」――この語り方を組織に染み込ませる。根本原因調査の様式そのものを、人名ではなく工程・手順・設備・教育訓練を記入する構造にしておくとよい。
補足:航空安全や医療安全の分野では、意図しない過誤を罰せず、意図的な違反や無謀な行為とは区別して扱う考え方を「Just Culture(公正な文化)」と呼ぶ。ただし、これはISO 13485やQMS省令、QMSRの規格用語・法令用語ではない。医療機器のQMSに取り込む際は、規格上の受け皿である 5.5.3(内部情報伝達)・8.5.2(是正処置)・6.2(力量、認識及び教育訓練)の運用方針として社内文書に落とすのが実務的である。

なぜ重要か――是正処置の根本は仕組みを直すことだから

なぜ重要か。ISO 13485 8.5.2 が定める是正処置の根本は、人ではなく仕組みを直すことだからである。

8.5.2は、不適合の原因を特定し、その再発を防止するために必要な処置をとることを要求する。原因が「担当者の不注意」で止まっている限り、再発防止は成立しない。人は必ずまた不注意になるからである。教育と訓練を混同したまま「再教育を実施した」で締める是正処置が典型的な失敗例である。

報告された失敗は、実はQMSが示す改善の貴重なシグナルだ。

それを叱責で握り潰した組織は、シグナルを失い、是正処置のインプットを失う。

代わりに、隠蔽された失敗がいつか巨大な事故として顕在化する。

報告が止まると、法令上の報告義務まで止まる

この問題は社内にとどまらない。米国では 21 CFR Part 803(Medical Device Reporting:MDR)により、製造業者は自社の機器が死亡または重篤な傷害を引き起こした、あるいはそれに寄与した可能性を知った場合、FDAへ報告する義務を負う。再発すれば死亡・重篤な傷害を引き起こすおそれのある不具合(malfunction)も報告対象である。

さらに、2026年2月2日に施行されたQMSR(21 CFR Part 820)は、§820.35(a)(Records of complaints)で、ISO 13485 8.2.2 に上乗せする形で苦情記録の要件を定めている。

製造業者は、機器・表示・包装がその仕様を満たさなかった可能性のある苦情について、照査(review)、評価(evaluation)および調査(investigation)の記録を維持しなければならない。本編Part 803に基づきFDAへ報告しなければならない苦情、製造業者が調査すべきと判断した苦情、およびそれらの要求とは関係なく製造業者が調査した苦情については、機器の名称、苦情を受領した日付、UDIその他の機器識別、申立人の氏名・住所・電話番号、苦情の性質および詳細、実施した修正または是正処置、申立人への回答を記録しなければならない。
――21 CFR 820.35(a)(QMSR)/趣旨訳

つまり、現場で握り潰された不具合情報は、苦情記録の欠落として、そしてMDR報告の遅延・欠落として、そのまま査察指摘に直結する。FDA査察の運用文書であるCP 7382.850でも、Part 803は「Other Applicable FDA Requirements(OAFR)」として査察対象に位置づけられている。日本でもQMS省令第55条の3(厚生労働大臣等への報告)および第69条(不具合等報告)が同様の役割を担う。

報告文化は、道徳の話ではない。CP 7382.850に基づく査察で最初に露呈する、きわめて即物的なコンプライアンスの話である。

▲【動画】ヒューマンエラーで終わらせない ― 製造とCAPAの監督(株式会社イーコンプライアンス)

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明日のマネジメントレビューで、これを確認してほしい

明日からのマネジメントレビューでは、ぜひ確認してほしい。「今期、勇気を出して失敗を報告してくれた従業員に、組織として感謝を示しただろうか」と。示していなければ、Quality Cultureはまだスタートラインに立てていない。

管理監督者照査で確認したい5項目

  • 今期の自主報告件数は前期と比べて増えたか、減ったか。減ったのなら、それは本当に「改善」か。
  • 報告から是正処置の起票までの平均日数はどうか。長ければ、報告しても動かないと学習される。
  • 根本原因が「作業者の不注意」で締められた案件は何件あったか。内部監査でその割合を追っているか。
  • 報告者に対して、感謝・表彰・共有のいずれかを組織として行った具体例を挙げられるか。
  • 苦情・不具合の報告経路が、営業・サービス・カスタマーサポートまで含めて実際に使われているか。

まとめ――3つのポイント

  1. 報告は改善提案である失敗を報告した人は、会社に改善の機会を無償で提供している。叱責はその提供を止める行為であり、是正処置のインプットを自ら断つに等しい。
  2. 追及対象は人ではなくQMSの欠陥に置くISO 13485 8.5.2(QMS省令第63条)が求めるのは、再発を防止する処置である。原因が「担当者の不注意」で止まる限り、再発防止は成立しない。
  3. 報告が止まれば法定報告も止まる21 CFR Part 803のMDR報告、QMSR §820.35(a)の苦情記録、QMS省令第55条の3・第69条――いずれも社内報告が上がってくることを前提としている。報告文化の欠如は、そのまま査察指摘になる。

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参考・出典(一次情報源)

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