
「品質目標」と「経営目標」の違いとは何か
品質マネジメントシステムを運用する企業において、「品質目標」の設定に課題を抱えているケースが少なくない。「今年度はアメリカ市場への進出を果たす」「新製品を3つ投入する」といった目標を掲げているものの、これらは本当に「品質目標」と呼べるものだろうか。品質目標と経営目標の違いを正しく理解し、適切な目標設定を行うことが、実効性のある品質管理の第一歩となる。
「経営目標」と「品質目標」:何が違うのか
経営目標とは
経営目標とは、企業全体の事業戦略や成長戦略に関わる目標である。例えば以下のようなものが該当する。
- 「アメリカ市場への上市を実現する」
- 「売上高を前年比20%増加させる」
- 「新規顧客を100社獲得する」
- 「新工場を建設する」
これらは企業の方向性を示す重要な目標であるが、品質管理の観点から具体的な活動を導くものではない。
品質目標とは
一方、品質目標は、製品やサービスの品質を具体的に管理・改善するための指標である。医療機器の品質マネジメントシステムを規定するISO 13485:2016では、5.4.1(品質目標)において、経営者が組織内の関連する部門および階層において品質目標を設定すること、そしてその品質目標は測定可能であり、品質方針と整合していなければならないと規定されている。
また、より一般的な品質マネジメントシステム規格であるISO 9001:2015では、6.2において品質目標の要件がさらに詳細に規定されている。両規格に共通する品質目標の要件を整理すると、次のようになる。
| 要件 | 内容 | 該当条項 |
|---|---|---|
| 測定可能である | 目標の達成状況を客観的に判断できること。定量的な数値目標が望ましいが、達成の可否が明確に判断できる定性的目標も要件を満たす。 | ISO 13485 5.4.1 ISO 9001 6.2.1 |
| 品質方針と整合している | 企業が掲げる品質方針(品質に関する基本的な考え方や方向性)と矛盾しない内容であること。 | ISO 13485 5.4.1 ISO 9001 6.2.1 |
| 適用される要求事項を 考慮している |
法規制や顧客要求など、組織に適用される要求事項を考慮に入れた目標設定であること。 | ISO 9001 6.2.1 |
| 製品・サービスの適合性 および顧客満足に関連する |
単なる業務効率化ではなく、製品やサービスの品質そのものに関わる目標であること。 | ISO 9001 6.2.1 |
| 関連する部門・階層で 設定される |
全社目標だけでなく、各部門・各階層にブレークダウンされていること。 | ISO 13485 5.4.1 ISO 9001 6.2.1 |
最も見落とされやすい要件
- 「製品・サービスの適合性および顧客満足の向上に関連していること」――これが品質目標の本質的な要件である。
- 「経費を10%削減する」「会議時間を短縮する」といった業務効率化目標は、それ自体では品質目標にならない。
- 経営目標が悪いわけではない。経営目標を支える品質目標を、別途設定することが重要なのである。
誤った設定例と正しい設定例
誤った例:経営目標をそのまま品質目標にしてしまう
「今年度はアメリカ市場への進出を果たす」という目標を品質目標として掲げている企業がある。しかしこの目標は、達成したかどうかは判定できるものの、それ自体では品質が向上したかどうかは判断できない。
正しい例:経営目標を支える品質指標に落とし込む
同じアメリカ市場進出を念頭に置く場合でも、品質目標としては以下のように設定すべきである。
| 経営目標 | それを支える品質目標(KPI) |
|---|---|
| アメリカ市場への 上市を実現する |
FDA査察におけるForm 483の指摘件数をゼロにする |
| 製品不具合による顧客苦情を年間5件以下に抑える | |
| 出荷前検査での不適合率を2%以内にする | |
| 是正処置の期限内完了率を90%以上にする |
これらはKPI(重要業績評価指標)を用いた目標であり、日々の品質管理活動と直結している。重要なのは、これらが経営目標である「アメリカ市場進出」を支える具体的な品質指標となっている点である。つまり、品質目標と経営目標は対立するものではなく、品質目標の達成が経営目標の実現につながる関係にあるべきなのである。
▲【動画】FDA規制・査察の基礎とQMSRへの対応およびQMS構築の実践ポイント(株式会社イーコンプライアンス)
品質目標設定における重要なポイント
1. KPIの活用
品質目標はKPIとして機能しなければならない。具体的には次のような指標が考えられる。
| KPIの種類 | 目標設定の例 |
|---|---|
| 苦情件数 | 顧客からの品質関連苦情を前年比30%削減する |
| 不適合率 | 製造工程での不適合率を1.5%以下に維持する |
| 納期遵守率 | 品質検査完了後の納期遵守率を98%以上にする |
| 是正処置の実施率 | 発見された不適合に対する是正処置の完了率を95%以上にする |
2. 達成可能性の考慮
品質目標は野心的であると同時に、現実的に達成可能な範囲で設定することが重要である。非現実的な目標は従業員のモチベーションを低下させ、形骸化を招く。
過去のデータを分析し、段階的な改善を目指す目標設定が効果的である。例えば、現在の不適合率が5%であれば、いきなり1%を目指すのではなく、まず3%を目標とするといった現実的なアプローチが求められる。
3. 全社的な理解と共有
品質目標は経営層だけでなく、現場の従業員まで理解し、自分の業務とどう関連するかを認識できなければならない。ISO 13485 5.4.1が「関連する部門および階層において」設定することを求めているのは、まさにこの点である。各部門や個人の目標にブレークダウンし、全員が品質向上に向けて行動できる体制を構築することが重要である。
なお、こうした目標の設定と展開は、経営者が主導すべき事項である。詳細は当社の別記事「なぜ医療機器産業は「トップダウン型」管理が必要なのか」を参照されたい。
実践的な導入アプローチ
- ステップ1:現状の目標を見直す
自社で設定している「品質目標」が、製品・サービスの適合性や顧客満足の向上に関連しているか、測定可能であるか、品質方針と整合しているかを確認する。単なる業務目標や経営目標になっていないか、ISO 13485 5.4.1およびISO 9001:2015の要求事項に照らして点検する。 - ステップ2:測定可能な指標の選定
自社の品質管理において最も重要な指標は何かを特定する。業種や事業内容によって異なるが、一般的には顧客満足度スコア、製品不良率、工程内不適合率、苦情件数、是正処置の完了率などが考えられる。 - ステップ3:部門・階層へのブレークダウン
全社目標を各部門・各階層の目標に展開し、現場の担当者が自らの業務との関連を理解できる形にする。 - ステップ4:定期的な測定とレビュー
達成状況を定期的に測定し、必要に応じて改善策を講じる。また、年度ごとに目標そのものの妥当性を見直し、継続的な改善サイクルを確立する。この見直しはマネジメントレビューのインプットとしても機能する。
まとめ
品質目標と経営目標の違いを明確に理解し、適切な品質目標を設定することは、真の品質向上への第一歩である。「今年はアメリカに上市する」という経営目標も重要であるが、それを支える具体的な品質目標として「FDA査察におけるForm 483指摘件数ゼロ」「顧客苦情5件以下」といった測定可能な指標を設定することで、初めて実効性のある品質管理が実現する。
品質目標設定の要点
- 経営目標をそのまま品質目標にしない「市場進出」「売上増」は経営目標。それを支える品質指標を別途設定する。
- 測定可能で、品質方針と整合させるISO 13485 5.4.1の要求事項。達成の可否が客観的に判定できることが必須。
- 関連する部門・階層にブレークダウンする全社目標だけでは現場が動かない。各部門の業務と接続させる。
- 達成可能な水準から段階的に引き上げる非現実的な目標は形骸化を招く。過去データに基づく現実的な設定を。
重要なのは、品質目標と経営目標を対立的に捉えるのではなく、両者を整合させることである。品質目標を達成することが経営目標の実現につながる関係を構築し、組織全体の品質意識を高め、継続的な改善を推進することが求められる。適切な品質目標の設定と運用により、企業は持続的な競争力を獲得し、顧客からの信頼を築いていくことができるであろう。
参考・出典(一次情報源)
- ISO「ISO 13485:2016 Medical devices — Quality management systems — Requirements for regulatory purposes」(5.4.1 品質目標)
- ISO「ISO 9001:2015 Quality management systems — Requirements」(6.2 品質目標及びそれを達成するための計画策定)
- FDA「Quality Management System Regulation (QMSR)」
- FDA「FDA Form 483 Frequently Asked Questions」
- 厚生労働省「医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(QMS省令)」