品質マニュアルは、経営者が作るものである

品質マニュアルは、経営者が作るものである

~「QMSの最上位文書」を従業員に丸投げしていないか~
品質マニュアルは、組織がどの製品をどう扱い、何を内製し、何を外注し、どのプロセスを除外・非適用とするかを宣言する文書である。これは経営判断そのものである。ただし正確を期すなら、ISO 13485:2016 4.2.2 が求めているのは「組織が品質マニュアルを文書化すること」であって、「経営者が執筆すること」ではない。本稿では規格が要求していること筆者の主張を明確に分けたうえで、なぜ品質マニュアルを経営者が背負わねばならないのかを述べる。

QMS文書体系の4階層

QMSの構造を簡潔に説明するならば、四つの階層に分かれる。

最上位に品質マニュアル、その下に規程、さらに下に手順書、最下層に様式・要領書――これがピラミッドの基本形である。

階層 文書 書かれる内容 本来の決定主体
第1層 品質マニュアル QMSの適用範囲、除外・非適用とその正当性、文書化した手順(またはその参照)、プロセスの相互関係、文書体系の概要 経営者
第2層 規程 各業務領域の方針・体制・責任と権限 経営者/管理責任者
第3層 手順書(SOP) 具体的な作業のやり方、判定基準 部門長・実務責任者
第4層 様式・要領書 記録の書式、細部の作業要領 実務担当者

ここで決定的な確認事項がある。

最上位の品質マニュアルは、誰が作るのか。

答えは経営者である。従業員ではない。

にもかかわらず、品質マニュアルを実務担当者に丸投げし、経営者は判子だけ押す、という運用が散見される。

これはQMSの根本を誤った姿である。

まず、規格が要求していることを正確に押さえる

ISO 13485:2016 4.2.2(品質マニュアル)

ISO 13485:2016 の 4.2.2 は、品質マニュアルに含めるべき事項として次を挙げる。

組織は、次の事項を含む品質マニュアルを文書化しなければならない。
a) 品質マネジメントシステムの適用範囲(除外または非適用を行う場合は、その詳細と正当性の説明を含む)
b) 品質マネジメントシステムのために確立した文書化した手順、またはその参照
c) 品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係の記述
さらに品質マニュアルは、品質マネジメントシステムで用いる文書体系の概要を示さなければならない。
――ISO 13485:2016 4.2.2 の要求事項の趣旨

日本のQMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)では、第7条が「品質管理監督システム基準書」としてこれに対応する要求を置いている。呼称は違うが、要求されている中身は同じである。

誤解しやすいポイント――規格は「経営者が書け」とは言っていない

  • 4.2.2 の主語は「組織(the organization)」であって、「トップマネジメント」ではない。執筆者を経営者に限定する規格要求は存在しない。
  • したがって「経営者が品質マニュアルを書いていないから不適合だ」という指摘は、4.2.2 単独では成り立たない。
  • 以下に述べる「経営者が作るべきである」という主張は、本稿の主張(実務上の当為)であり、5.1/5.3/5.5.1 等の要求から導かれる帰結である。規格要求そのものと混同してはならない。
補足:品質マニュアルの作成は、ISO 9001 では2015年版で明示的な要求ではなくなったが、ISO 13485:2016 では現在も必須の要求である(4.2.2)。QMS省令第7条も同様に基準書の作成を求めている。「ISO 9001では要らなくなったらしい」という理由で医療機器のQMSから品質マニュアルを外すことはできない。

それでもなお、品質マニュアルは経営者が背負うべきである

4.2.2 が求める記載事項を読み直してほしい。

つまり、組織がどの製品をどう扱い、何を内製化し、何を外注化し、どのプロセスを除外するかを宣言する文書である。

これは経営判断そのものであり、現場の実務担当者が単独で決められる内容ではない。

そして規格は、この経営判断の領域について、明確にトップマネジメントを名指しした要求を別に置いている。

条項 要求の主語 要求されていること(趣旨) 品質マニュアルとの関係
4.2.2 組織 品質マニュアルを文書化する(適用範囲・除外/非適用とその正当性・手順・プロセスの相互関係・文書体系) 文書そのものの要求。執筆者の指定はない
5.1 トップマネジメント QMSの構築・実施・実効性維持へのコミットメントの証拠を示す。要求事項充足の重要性の周知、品質方針の設定、品質目標の設定の確実化、管理監督者照査の実施、資源の確保 マニュアルの内容を承認し、その実行を担保するのは経営者である
5.3 トップマネジメント 組織の目的に適した品質方針を定め、要求事項への適合とQMSの実効性維持へのコミットメントを含め、周知・理解させ、継続的な適切性を照査する 品質方針は品質マニュアルの前提。方針なき適用範囲の宣言はあり得ない
5.4.1/5.4.2 トップマネジメント 品質目標の設定と、QMSの計画の策定を確実にする プロセスの相互関係の設計=計画そのもの
5.5.1 トップマネジメント 責任と権限を定め、文書化し、周知することを確実にする 何を内製し何を外注するかの線引きは、責任と権限の配分である
5.6 トップマネジメント QMSの適切性・妥当性・実効性を、計画された間隔で照査する マニュアルの改訂要否は、この照査で決まる

すなわち、4.2.2 は「誰が書くか」を定めていないが、5章は「何を決めるのが経営者の責務か」を定めている。品質マニュアルの記載事項は、その5章が経営者に課した決定事項とほぼ重なる。だからこそ、品質マニュアルは経営者が作るべきである――これが本稿の主張の根拠である。

品質管理が本質的にトップダウンの営みであることは、品質管理はトップダウンで行うものであるで詳しく述べたとおりである。

なぜ企業ごとに品質マニュアルが異なるのか

同じ ISO 13485 を参照しているのに、内容が違うのはなぜか。

製造販売している製品が違い、リスクが違い、業態が違うからである。

設計まで自社で行う組織と、輸入と販売だけの組織では、まったく違う品質マニュアルになる。

本国で設計・製造を行い、日本では輸入販売・サービスのみという業態は、この点を正しく反映しなければならない。

業態 典型的な適用範囲 7.3(設計・開発)の扱い マニュアルで重点的に書くべき箇所
設計から製造まで自社 設計・開発、製造、滅菌、保管、出荷、市販後 全面適用 設計移管、設計変更、リスクマネジメントとの接続
設計は本国、日本は輸入販売・サービス 購買(外部委託先管理)、保管、出荷、据付・附帯サービス、苦情処理、不具合報告 規制上適用されない場合は除外(正当性の説明が必要) 本国拠点との責任分界、外部委託先の管理、市販後情報のフィードバック経路
製造受託(OEM)のみ 製造、工程管理、検査 委託元との取り決めによる 委託元との責任分担、変更管理の連絡経路
用語の注意――「除外」と「非適用」は別物である:ISO 13485:2016 は、箇条7の要求事項について、規制上の適用が組織の活動に該当しない場合に限って除外(exclusion)を認めている。一方、箇条6・7・8の要求事項のうち、取り扱う医療機器の種類ゆえに該当しないものについては非適用(non-application)として扱う。いずれの場合も、詳細と正当性の説明を品質マニュアルに記載することが求められる。「うちはやっていないから」だけでは説明にならない。詳しくはISO 13485における「除外」と「非適用」の違いを参照されたい。
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起草は従業員でよい。だが責任は経営者にある

実務上は従業員が起草することがほとんどであろう。

だが発行責任、説明責任は経営者にある。

これが経営者のコミットメント(5.1)と直結する。

コミットメントとは単なる約束ではなく、約束が守れなかった時に責任を取る覚悟である。

経営者が「私は品質マニュアルの内容を熟知し、その遵守に責任を負う」と言える状態でなければ、QMSは形骸化する。

役割 誰が担うのが妥当か やってはならないこと
内容の決定(適用範囲・除外・内製/外注の線引き) 経営者 実務担当者に「規格を読んで決めておいて」と丸投げする
起草・文章化 管理責任者・品質保証部門 他社のひな形を社名だけ差し替えて流用する
照査・承認・発行 経営者 内容を読まずに判子だけ押す
改訂の判断 経営者(管理監督者照査を通じて) 審査直前に辻褄合わせで改訂する
説明責任(査察・監査対応) 経営者 「担当者に聞いてください」と答える

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明日から、経営者に一つだけ問うていただきたい

明日からの運用で、経営者にぜひ問うていただきたい。

「品質マニュアルの最新改訂理由を、自分の言葉で説明できるか」
――経営者への問い

説明できなければ、それは経営者ではなく、誰かが作った文書を読み上げている代弁者にすぎない。

付け加えるなら、この問いは査察・監査の現場でそのまま飛んでくる。2026年2月2日から運用が始まったFDA コンプライアンスプログラム CP 7382.850は、QMSRの要求事項を6つのQMSエリアに整理しており、その一つがManagement Oversight(管理監督)である。経営者のコミットメント、品質方針、責任と権限、管理監督者照査は、ここで正面から確認される。日本のQMS調査においても事情は変わらない。

品質マニュアルは経営者が作る、経営者が背負う、経営者が改訂する――この原則を組織の前提にすべきである。

なお、その品質マニュアルを実際に運用する要員の力量をどう揃えるかについては必要な力量を持った人は「育てる」のではなく「集める」を、マニュアルどおりに回っているかを自ら確かめる仕組みについては内部監査は何のために行うのかを、そして経営が受容基準を示さないと現場で何が起きるかについては「リスクは多めに見積もる」が、結局は患者を苦しめるを参照されたい。

まとめ――3つのポイント

  1. 規格要求と主張を分けて理解するISO 13485:2016 4.2.2 の主語は「組織」であり、執筆者を経営者に限定する規格要求はない。しかし記載事項(適用範囲、除外・非適用とその正当性、プロセスの相互関係)は、5.1/5.3/5.4/5.5.1/5.6 が経営者に課した決定事項と重なる。ゆえに内容の決定は経営判断である
  2. 企業ごとに違うのが当たり前である製品もリスクも業態も違えば、適用範囲も除外・非適用も違う。他社のひな形をそのまま写した品質マニュアルは、自社の実態を宣言していない以上、機能しない。
  3. 起草は従業員、発行責任と説明責任は経営者コミットメントとは、約束が守れなかった時に責任を取る覚悟である。「最新改訂理由を自分の言葉で説明できるか」――答えられない経営者のもとで、QMSは形骸化する。

参考・出典(一次情報源)

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