
必要な力量を持った人は「育てる」のではなく「集める」
医療機器の力量は、業務に着手するその時点で揃っていなければならない。ISO 13485:2016 6.2 は、要員の力量を教育(education)・訓練(training)・技能(skills)・経験(experience)の4要素に基づくものとして定義する。このうち経験だけは、社内育成では短期間に手に入らない。だからこそ、組織内に一人もその力量がない領域では、育てる前に外から集める必要がある。本稿では、その理由を規格に沿って整理したうえで、育成と採用をどう使い分けるべきかを述べる。
理由は、患者目線にある
理由は患者目線にある。皆様自身が患者になったとして、クラスIIIの設計経験のない人に自分の体内に入る機器を設計してもらいたいだろうか。
モルモットになりたいだろうか。誰もそうは思わない。
だから、設計を始めようとする時点で、既にその力量を持った人がいなければならない。
「これから育てる」では、最終的なツケは患者にまわる。
規格の側から見ても、順番は同じである
ISO 13485:2016 の 7.3.2(設計・開発の計画)は、設計・開発に必要な責任と権限、必要な資源を計画段階で決めることを求めている。6.1(資源の確保)は、QMSの実施と実効性維持に必要な資源を組織が明確にし、提供することを求める。すなわち「資源を確保してから着手する」という順序は、筆者の精神論ではなく規格の構造そのものである。
力量とは何か――ISO 9000 の定義
力量とは ISO 9000 の定義によれば「意図した結果を達成するために知識および技能を適用する能力」であり、知識ではなく能力、すなわち「できる/できない」の二者択一しかない。
――ISO 9000:2015 の用語定義(趣旨)
知っていることと、できることは違う。ここを取り違えると、研修受講記録の枚数で力量を証明しようとする運用に陥る。
ISO 13485:2016 6.2 が挙げる4つの要素
では、その能力は何によって成り立つのか。ISO 13485:2016 6.2(人的資源)は、製品品質に影響する業務を行う要員が、適切な教育・訓練・技能・経験に基づいて力量を有することを求めている。あわせて組織には、次のことが求められる。
- 製品品質に影響する業務を行う要員に必要な力量を明確にすること
- 必要な力量を得るための教育訓練を提供する、または他の処置をとること
- とった処置の有効性を評価すること
- 要員が、自らの活動の関連性・重要性と、品質目標の達成への貢献を認識するようにすること
- 教育、訓練、技能、経験の記録を維持すること
ここで注目すべきは「教育訓練を提供する、または他の処置をとる」という表現である。規格は、力量を満たす手段を教育訓練に限定していない。採用も、配置転換も、外部専門家の起用も、規格が想定する「他の処置」に含まれる。
| 要素 | 中身 | 社内育成での獲得 | 現実的な調達手段 |
|---|---|---|---|
| 教育(education) | 学校教育・専門教育による体系的知識の基盤 | 不可(採用時点で決まる) | 採用 |
| 訓練(training) | 特定の作業・手順を実行できるようにする反復 | 可(短期間で可能) | 社内OJT・外部研修・VOD |
| 技能(skills) | 訓練の結果として身についた実行能力 | 可(訓練+反復で獲得) | 社内育成 |
| 経験(experience) | 実際の案件を最初から最後まで通した蓄積。失敗と回復の記憶を含む | 短期には不可(年単位の実務が必要) | 中途採用・ヘッドハント・外部コンサルタント |
この表が本稿の核である。4要素のうち訓練と技能は社内で回せる。しかし経験は時間そのものであり、社内研修では圧縮できない。クラスIIIの設計を一度も通したことのない組織が、社内教育だけでクラスIIIの設計経験を生み出すことは論理的に不可能である。
力量の4要素それぞれの意味と、教育と訓練の違いについては、次の記事で詳しく述べている。
ISO 13485 は成果主義である
ISO 13485 が成果主義であるという原則は、ここに繋がる。
頑張りました、しっかりやりましたという努力点はない。結果責任である。
これは筆者の主張であるが、規格の構造がそれを裏づけている。6.2 は「教育訓練を実施した記録」ではなく、とった処置の有効性の評価を求めている。実施の証拠ではなく、力量が備わったという結果の証拠が要るのである。
組織全体で揃っていればよい――スキルマップの本旨
もちろん、組織内の全員が同じ力量を持つ必要はない。
ある人にトレーニング担当を、別の人に修理を、また別の人に苦情処理を――こう分担して、組織全体として必要な力量が揃っていればよい。
これがスキルマップの本旨である。
ISO 13485:2016 5.5.1 が責任と権限の明確化・文書化・周知をトップマネジメントに求めているのも、この分担を組織として確定させるためである。スキルマップは、責任と権限の配分表を力量の側から書き直したものにほかならない。
| 業務領域 | 必要な力量の例 | 組織内に不在のときの帰結 |
|---|---|---|
| 設計・開発(7.3) | 対象クラスの設計実務経験、リスクマネジメント、設計検証・バリデーションの計画立案 | 設計に着手してはならない |
| 滅菌・包装バリデーション | 該当プロセスのバリデーション経験、規格の適用判断 | 外部委託または経験者の確保が必須 |
| ソフトウェア(IEC 62304 等) | 安全性クラス分類、ソフトウェアライフサイクルの実務経験 | 同上 |
| 苦情処理・不具合報告 | 報告要否の判断、期限管理、当局対応 | 報告遅延・未報告という重大な規制違反に直結する |
| 内部監査(8.2.4) | 監査手法、規格解釈、自部門を監査しない独立性 | 形式的な監査となり、是正の機会を失う |
内部監査の目的そのものについては、内部監査は何のために行うのかを参照されたい。
ある力量が組織内に一人もいないなら、着手してはならない
ただし、ある力量について組織内に一人もいない場合、その仕事に着手してはならない。
育てる前に、外から集めるべきだ。
ヘッドハント、中途採用、外部コンサルタントの起用、いずれの手段を使っても構わない。
▲【動画】医療機器設計管理入門(株式会社イーコンプライアンス)
「集める」と「育てる」の使い分け
誤解されたくないので明記しておく。本稿は社内育成が不要だと言っているのではない。訓練と技能は社内でしか磨けないし、自社製品・自社工程に固有の知識は外から買ってこられない。論点は順序と適材である。
| 状況 | 取るべき手段 | 理由 |
|---|---|---|
| その力量の保有者が組織内にゼロ、かつ着手が目前 | 集める(中途採用・ヘッドハント) | 経験は年単位でしか積み上がらない。着手時点で不在なら間に合わない |
| ゼロだが、着手までに数年の猶予がある | 集める+育てる(並行) | 経験者を核に、社内人材を実案件で伴走させる |
| 単発・限定的な領域(例:特定のバリデーション) | 外部コンサルタント・外部委託 | 常時必要でない力量を常勤で抱える必要はない(ただし外部委託先の管理が必要) |
| 保有者はいるが人数が不足 | 育てる(OJT・教育訓練) | 手本と評価者が社内にいる。訓練・技能は社内で積める |
| 自社製品・自社工程に固有の知識 | 育てる | 外部から調達できない。ここは社内育成の独壇場である |
| 保有者が一人だけ(属人化) | 育てる(後継者育成)+記録の文書化 | 退職・異動でゼロに戻るリスクを断つ |
外部から迎えるときに、忘れてはならないこと
- 迎えた人材の教育・訓練・技能・経験の記録を維持すること(ISO 13485 6.2)。「経験者だから大丈夫」では記録にならない。職務経歴、担当した案件、保有資格を力量記録として残す。
- 外部コンサルタント・外部委託先を使う場合は、7.4(購買)および 4.1.5(外部委託したプロセスの管理)に基づく管理下に置くこと。責任は委託しても消えない。
- 迎えた人材に自社のQMSと製品を理解させる訓練を必ず行うこと。外から来た経験は、自社の手順に接続して初めて機能する。
- 一人に依存させないこと。組織として力量が揃っている状態を作るのがスキルマップの目的である。
米国も日本も、要求は同じである
この要求は日本固有のものではない。米国では、2026年2月2日に施行されたQMSR(Quality Management System Regulation)により、21 CFR Part 820 が ISO 13485:2016 を引用(incorporation by reference)する形になった。したがって6.2 の力量要求は、そのまま米国の要求でもある。
査察の側も同じである。同日から運用が始まったコンプライアンスプログラム CP 7382.850では、QMSRの要求事項が6つのQMSエリアに整理されており、資源と力量はManagement Oversight(管理監督)のエリアで確認される。日本では、QMS省令第22条(品質業務従事者の能力)および第23条(能力、認識及び教育訓練)が同じ内容を定めている。
| 地域 | 該当規定 | 要求の要旨 |
|---|---|---|
| 国際規格 | ISO 13485:2016 6.2 | 教育・訓練・技能・経験に基づく力量、教育訓練または他の処置、有効性の評価、記録の維持 |
| 日本 | QMS省令 第22条・第23条 | 品質業務従事者の能力の明確化、能力・認識・教育訓練に関する要求 |
| 米国 | 21 CFR Part 820(QMSR、2026年2月2日施行) | ISO 13485:2016 を引用。6.2 の要求がそのまま適用される |
| EU | MDR (EU) 2017/745 | 製造業者は品質マネジメントシステムを備え、規制適合責任者(PRRC)に必要な専門知識を求める |
踏み出す前に、力量を整える
経営方針として新規領域に踏み出すなら、踏み出す前に力量を整える。これが医療機器企業の鉄則である。
そしてこの判断――どの領域に踏み出し、そのためにどの力量を確保するか――は、明白に経営判断である。品質マニュアルの適用範囲を誰が決めるのかという論点と、これは同じ問題である。(品質)マニュアルは、経営者が書くのであるおよび品質管理はトップダウンで行うものであるを参照されたい。
また、力量不足を安易に「教育訓練の徹底」で埋めようとする発想がなぜ危険かについては、CAPAの根本原因を「教育不足」にしてはならないで述べた。リスクの見積りに必要な力量については、「リスクは多めに見積もる」が、結局は患者を苦しめるもあわせてお読みいただきたい。
まとめ――3つのポイント
- 経験は買うしかないISO 13485:2016 6.2 の4要素のうち、訓練と技能は社内で積めるが、経験は時間そのものであり、社内研修では圧縮できない。組織内に一人もいない力量については、育てる前に集めるほかない。
- 規格は手段を教育訓練に限定していない6.2 は「教育訓練を提供する、または他の処置をとる」と定める。採用も配置転換も外部専門家の起用も、規格が想定する正当な手段である。求められているのは実施の記録ではなく、とった処置の有効性である。
- 集めると育てるは対立しない保有者ゼロなら集める。手本がいるなら育てる。自社固有の知識は育てるしかない。組織全体として必要な力量が揃っていればよい――これがスキルマップの本旨である。
参考・出典(一次情報源)
- ISO「ISO 13485:2016 Medical devices – Quality management systems – Requirements for regulatory purposes」(6.1 資源の確保/6.2 人的資源/5.5.1 責任及び権限/7.3.2 設計・開発の計画/4.1.5 外部委託プロセスの管理)
- ISO「ISO 9000:2015 Quality management systems – Fundamentals and vocabulary」(力量の定義)
- 厚生労働省「医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号)」(第22条 品質業務従事者の能力/第23条 能力、認識及び教育訓練)
- 厚生労働省「QMS調査要領について」
- FDA「Quality Management System Regulation (QMSR)」(2026年2月2日施行、ISO 13485:2016 の引用)
- eCFR「21 CFR Part 820 – Quality Management System Regulation」
- FDA「Compliance Program 7382.850 – Inspection of Medical Device Manufacturers」(PDF/Management Oversight エリア)
- FDA「Design Control Guidance for Medical Device Manufacturers」
- EUR-Lex「Regulation (EU) 2017/745 on medical devices (MDR)」(第15条 規制適合責任者の要件)
- PMDA「ICH-Q10 品質システム(医薬品品質システムに関するガイドライン)」(資源の確保)