
監査でエラーを探していませんか?それは仕事ではない
~監査員に課された、たった二つの目的~
新人にいきなり「あなた、今日から監査員ね」と命じれば、十中八九その人はエラー探しに走る。しかしエラーを見つけるのはQCの仕事であり、それが潰されたことを確認するのはQAの仕事である。監査員に課されているのは、QMSの適合性と有効性の判定、そしてリスクの発見という、たった二つの目的である。本稿では ISO 13485:2016 8.2.4 と ISO 19011 の定義に立ち返り、「監査は粗探しではない」という原則を規格の言葉で確認する。
新人監査員が真っ先に走る道――エラー探し
新人にいきなり「あなた、今日から監査員ね」と命じれば、十中八九その人はエラー探しに走るだろう。サイン漏れを発見し、計算ミスを指摘し、記載漏れを列挙して報告書に並べる。本人は仕事をしたつもりだ。だが、これは監査ではない。
そもそも「監査(audit)」とは何か。国際的に合意された定義は、QMSR(21 CFR Part 820)が引用によって取り込んでいる ISO 9000:2015 の Clause 3 に置かれており、ISO 19011(マネジメントシステム監査の指針)も同じ定義を用いている。
――ISO 9000:2015 Clause 3(用語及び定義)/ISO 19011 の監査の定義(趣旨訳)
この定義のどこにも「エラーを探せ」とは書かれていない。書かれているのは「監査基準が満たされている程度(the extent to which the audit criteria are fulfilled)を判定する」という一点である。エラーの列挙は、この判定を導くための手段であって、目的ではない。目的と手段を取り違えたとき、監査は粗探しに堕ちる。
ISO 13485:2016 8.2.4 が定める、内部監査の「二つの目的」
ISO 13485:2016 の内部監査要求は、第8章のうち 8.2.4(内部監査)に置かれている。同項は、内部監査の目的をたった二つに限定している。
| 目的 | 判定するもの | 問い |
|---|---|---|
| 第一の目的 適合性 |
QMSが、計画され文書化された取決め、本規格の要求事項、組織が定めたQMS要求事項、および適用される規制要求事項に適合しているか否か | 「決めたとおりになっているか」 |
| 第二の目的 有効性 |
QMSが効果的に実施され、維持されているか否か | 「決めたことは、効いているか」 |
「エラーを探せ」とはどこにも書かれていない。ここで見落とされがちなのが第一の目的に含まれる「計画され文書化された取決め」である。すなわち監査基準は規格や法令だけではなく、自社が自分で決めた手順書・規程そのものを含む。自社ルールと実態の乖離を突き止めることこそ、内部監査の一次的な仕事である。
役割分担――QC・QA・監査は同じ仕事をしない
役割分担を明確にしよう。エラーを見つけるのはQC(品質管理)の仕事である。そのエラーが全て潰されたことを確認するのはQA(品質保証)の仕事である。そして監査員は、QC・QAを通過してなお残っているという事実そのものを問題にする。
| 機能 | 問うこと | アウトプット | サイン漏れへの反応 |
|---|---|---|---|
| QC (品質管理) |
個々の製品・記録が規格に合っているか | 合否判定・手直し | 「サインがない」→ 記入させる |
| QA (品質保証) |
見つかったエラーがすべて処置されたか | 出荷可否の保証 | 「全件処置済みか」を確認する |
| 内部監査 | QC・QAを通過してなお残るのはなぜか。QMSは有効か | QMS有効性の判定・システム改善の指摘 | 「二重の関門を抜けた」=仕組みが機能していないと指摘する |
サイン漏れを「サインがない」と書くのではない。「QC・QAを通過してなおサイン漏れが残っている。すなわちQMSが有効に機能していない」と指摘するのである。
「三回チェック」がQMSを成熟させない理由
- 日本企業はこの構造を理解せず、QC・QA・監査の三段階で同じエラー探しを繰り返す。
- 海外からは「日本人は三回チェックする」と呆れられてきた。
- 三回チェックしても、保証も有効性の確認もない以上、QMSは一向に成熟しない。検出の回数を増やすことは、仕組みの改善の代わりにはならない。
監査員に求められるもう一つの仕事――リスクの発見
そしてもう一つ、監査員に求められるのはリスクの発見である。出荷済みの製品にいくら指摘を出しても後の祭りであり、監査の本旨は「明日以降、同じ問題が起きない」と確認を得ることにある。リスクを見つけ、QMSそのものの見直しを指導する。これこそ監査員の本来の仕事である。
リスクベースアプローチという裏付け
この「過去の検出」から「将来のリスク」への視点の移動は、監査の指針側でも明確に打ち出されている。ISO 19011 は2018年版の改訂でリスクに基づくアプローチ(risk-based approach)を監査の原則に加えており、監査プログラムそのものをリスクに応じて設計することを求めている。監査員が「今日の記録の不備」ではなく「明日の不適合の芽」を見に行くのは、指針上も自然な帰結である。
指摘の書き方が変わる
具体的な指摘の書き方も変わる。「サインがありません」ではなく「QC・QAを経てなおサイン漏れが残るのは、文書管理手順 X.X におけるレビュー要件が形骸化しているためであり、当該手順の改訂を要する」――こう書けば、初めて監査の指摘になる。
| 区分 | 記述例 | 受け手の反応 |
|---|---|---|
| エラー報告 (監査ではない) |
「ロット記録 No.123 にサインがありません」 | 該当ロットにサインを追記して終わり。再発する。 |
| 監査所見 (あるべき指摘) |
「QC・QAを経てなおサイン漏れが残るのは、文書管理手順 X.X におけるレビュー要件が形骸化しているためであり、当該手順の改訂を要する」 | 手順の改訂・教育・様式変更へ。仕組みが変わる。 |
指摘を「仕組みの言葉」で書くには、記録の不備を手順・教育・様式・システムのいずれの欠陥に帰着させるかを監査員自身が見立てなければならない。教育と訓練を混同したままでは、この見立てはできない。両者の違いについては教育と訓練は違う――QMSにおける「Education」と「Training」もあわせてご覧いただきたい。
▲【動画】FDA規制・査察の基礎とQMSR対応(株式会社イーコンプライアンス)
QMSR施行で「内部監査記録は見せなくてよい」が変わった
内部監査の位置づけを考えるうえで、米国では制度上の大きな変更が起きている。旧QSR(品質システム規則)の 21 CFR 820.180(c) には「例外(Exceptions)」規定があり、内部監査(旧820.22)の報告書、供給者監査報告書、およびマネジメントレビューの記録は、FDA査察官による閲覧・複写の対象外とされていた。企業が忖度なく率直な内部監査を行えるようにするための配慮であり、その趣旨は CPG Sec. 130.300 にも示されてきた。
ところが QMSR(Quality Management System Regulation)では、この 820.180(c) の例外規定が維持されていない。FDAは QMSR FAQ において、マネジメントレビュー・内部監査・供給者監査に関するプロセスは コンプライアンスプログラム CP 7382.850 に従って査察の対象となり得ると説明している。
実務へのインパクト
- ベースラインのサーベイランス査察・市販前査察では、これらのプロセスはレビューされることが想定される。
- それ以外の査察でも、査察の焦点と査察官が選択するQMS要素によっては記録が確認され得る。
- すなわち、内部監査報告書は「社内限りの文書」ではなくなったと解される。粗探しの一覧表を報告書として残すことは、いまや対外的なリスクでもある。
QMSR施行前後の記録の扱いについてはQMSR施行前の記録は査察でどう扱われるのかを、CP 7382.850 とQSITの関係についてはFDA CP 7382.850とQSIT――QMSR下の査察運用を参照されたい。
監査員は誰の目であり、誰の耳か
明日からの監査では、エラーリストを並べる前に自問してほしい。私はQMSの有効性を判定したか、リスクを発見したか――と。それができなければ、その時間は監査ではない。
経営者の目となり耳となる存在、それが監査員である。「公儀の隠密」と呼ばれた時代の比喩そのままに、監査部門は経営者直結の組織として機能すべきものである。被監査部門のラインに組み込まれた監査員は、定義にいう「独立した(independent)」プロセスを担い得ない。
この「経営者直結」という設計思想は、マネジメントレビューの実効性とも表裏一体である。あわせてトップダウンの品質マネジメントおよびQMSの誠実性とマネジメントレビューもご覧いただきたい。
監査員が自問すべき5つの問い
- 監査基準を特定したか規格・法令だけでなく、自社の手順書・規程を監査基準として明示したか。
- 適合性を判定したか個別のエラーの数ではなく、「決めたとおりになっているか」という程度の判定に至ったか。
- 有効性を判定したか「決めたことは効いているか」を、客観的証拠に基づいて評価したか。
- リスクを発見したか出荷済みの過去ではなく、明日以降に同じ問題が起きる可能性を指摘したか。
- 仕組みの言葉で書いたか指摘を、手順・教育・様式・システムのいずれの欠陥に帰着させたか。
まとめ――3つのポイント
- 監査は「粗探し」ではない監査とは「監査基準が満たされている程度を判定するために、客観的証拠を収集し客観的に評価する、体系的で独立し文書化されたプロセス」である。エラーの列挙は手段であって目的ではない。
- 内部監査の目的は二つだけISO 13485:2016 8.2.4 は、内部監査の目的を「適合性の確認」と「有効性の確認」の二つに限定している。QC・QAと同じエラー探しを三度繰り返してもQMSは成熟しない。
- 内部監査報告書はもう社内限りではないQMSRでは旧21 CFR 820.180(c) の閲覧除外規定が維持されておらず、内部監査・マネジメントレビュー・供給者監査に関するプロセスはCP 7382.850に従い査察対象となり得る。仕組みの言葉で書かれた指摘こそが、経営を守る。
参考・出典(一次情報源)
- ISO「ISO 13485:2016 Medical devices — Quality management systems — Requirements for regulatory purposes」(8.2.4 内部監査)
- ISO「ISO 19011:2018 Guidelines for auditing management systems」
- ISO「ISO 19011 Guidelines for auditing management systems(改訂版)」
- eCFR「21 CFR Part 820 — Quality Management System Regulation」(§820.3 定義、§820.7 引用による取込み)
- FDA「Quality Management System Regulation (QMSR)」
- FDA「Quality Management System Regulation – Frequently Asked Questions」
- FDA「Compliance Program 7382.850 – Inspection of Medical Device Manufacturers」(PDF)
- FDA「CPG Sec. 130.300 FDA Access to Results of Quality Assurance Program Audits and Inspections」
- FDA「Guide to Inspections of Quality Systems(QSIT)」(PDF)
- 本記事のもとになった当社解説動画(MDR 03、約1:03~1:09)