なぜ2人以上の協働が必要とされたのか――21 CFR Part 11 §11.200(a)(3)

なぜ2人以上の共謀が必要とされたのか

─ 21 CFR Part 11 が電子署名に「2要素」を求めた立法的意図 ─
Part 11 は非生体認証方式の電子署名に「少なくとも2つの異なる識別要素」を求めている。しかし見落とされがちなのは、その直後に置かれた §11.200(a)(3) である。同項は、本人以外による電子署名の使用の試みには「2人以上の者の協働(collaboration of two or more individuals)」を要するように管理・実行されなければならないと明文で定めている。本稿では、この条文を軸に Part 11 の設計思想を解説する。

はじめに――なぜ「2つ」なのか

電子記録・電子署名を規制する21 CFR Part 11(以下「Part 11」)は、1997年にFDAが公布した連邦規則である。紙の記録と手書き署名を電子的手段で代替することを認める一方で、その信頼性を担保するために数多くの技術的・手続き的管理策を要求している。

その中でも初学者がしばしば疑問を抱くのが、非生体認証方式の電子署名に関する規定である。FDAは「識別コード(ID)とパスワードの組み合わせ」という、一見シンプルに見える要件に対して、なぜ「2つの独立した識別要素」を義務付けたのか。本稿では、その立法的意図の核心にある「共謀」という法的概念を軸に、Part 11 の設計思想を解説する。

最初に押さえるべき条文の所在

  • 「2要素」の要求は §11.200(a)(1)
  • 「本人以外の使用には2人以上の者の協働を要するように管理・実行せよ」という要求は §11.200(a)(3)。本稿の主題である「2人以上の共謀」の直接の根拠条文はこちらである。
  • §11.300 は識別コード/パスワードそのものの管理策(一意性、定期的な更新、紛失時の処理、取引セーフガード、機器の試験)を定める条項であり、(d) は不正使用の防止と即時・緊急の検知報告を求めるものである。「2人以上」を要求しているのは §11.300 ではなく §11.200(a)(3) である点に注意されたい。

1. 電子署名の技術的要件:§11.200(a) の規定内容

Part 11 の §11.200(a) は、非生体認証方式の電子署名について次のように定めている。

(a) 生体認証に基づかない電子署名は、次のとおりでなければならない。
 (1) 識別コードとパスワードのような、少なくとも2つの異なる識別要素を用いること。
  (i) 個人が、単一の連続した管理下のシステムアクセス期間中に一連の署名を実行する場合、最初の署名はすべての電子署名要素を用いて実行しなければならない。以降の署名は、当該個人のみが実行可能で、当該個人のみが使用するよう設計された少なくとも1つの要素を用いて実行しなければならない。
  (ii) 単一の連続した管理下のアクセス期間中に行われない署名は、その都度すべての電子署名要素を用いて実行しなければならない。
 (2) その真正な所有者のみが使用すること。
 (3) 本人以外の者が個人の電子署名を使用しようとする試みには、2人以上の者の協働(collaboration of two or more individuals)が必要となるよう、管理され実行されること。
(b) 生体認証に基づく電子署名は、その真正な所有者以外の者が使用できないよう設計されなければならない。
――21 CFR §11.200 Electronic signature components and controls(趣旨訳)
用語について:条文が用いている語は「共謀(conspiracy)」ではなく「協働(collaboration)」である。米国刑事法上の共謀罪(conspiracy)とは別の概念であり、条文が直接に要求しているのは「1人では突破できない構造にせよ」という設計要求である。以下で述べる共謀罪との関連は、その帰結として実務上指摘されるものであって、条文そのものが刑事責任を規定しているわけではない。

この「2要素」という数字と、それに続く「2人以上の協働」という要求は、単なるセキュリティ慣行の反映ではないと解される。その背後には、米国刑事法の論理との親和性が指摘されてきた。

2. 米国法における「共謀罪」の特性

米国連邦法における共謀罪(Conspiracy)は、18 U.S.C. § 371 に規定されており「2人以上の者が連邦法に違反する犯罪を共同して実行しようと合意し、いずれかの共謀者がその目的のための行為を行った場合」に成立する。刑罰は最高5年の拘禁刑および罰金であり、単独犯罪の刑量に加算される独立した犯罪類型として位置付けられている。

共謀罪の本質的な特徴は「合意それ自体が犯罪」である点にある。目的の犯罪が未遂であっても、あるいは共謀者の一部が実行に関わらなかったとしても、合意の成立(および一定の顕示行為)をもって共謀罪は完成する。このため、検察官にとっては立証が比較的容易であるとされ、被告人にとっては、より重い量刑リスクを伴う罪類型とされている。

項目 単独犯罪(例:署名偽造) 共謀罪(18 U.S.C. § 371)
成立要件 1人による実行行為 2人以上による合意(+いずれかの者による顕示行為)
立証難易度 実行行為の証明が必要 合意と顕示行為の存在で足りる場合あり
刑事リスク 当該犯罪の法定刑 最高5年の拘禁刑が加算される独立罪
抑止力 比較的低い 連帯責任・追加量刑により強力な抑止
注意:18 U.S.C. § 371 は、共謀の対象犯罪が軽罪(misdemeanor)である場合には刑が当該軽罪の法定刑を超えないとする但書を置いている。上表は重罪(felony)を対象とする一般的な場合の整理であり、個別事案の法的評価については法律専門家の判断を要する。(出典:18 U.S.C. § 371 を基に筆者整理)

3. FDAの設計思想:「1人では盗めない」署名システム

Part 11 の最終規則(1997年3月20日)に付された Federal Register 解説(62 FR 13430。規則本文は 62 FR 13464 から収載)において、FDAは2要素要件の機能的効果を説明している。その趣旨は次のとおりである。

  • 2要素の組み合わせにより、電子署名の偽造をより困難にする(make it more difficult for anyone to forge an electronic signature)
  • そうすることで、他者の電子署名を不正に使用するためには、2つの要素を持つ複数の人物の共同行為が不可欠となる。
  • この構造により、他者の電子署名を不正に使用しようとする行為は、実質的に複数人による共同行為(協働)を必要とし、米国連邦法上の共謀罪(18 U.S.C. § 371)に該当しうる状況を生み出しやすい。

FDAのプリアンブルが直接に述べているのは「電子署名の偽造をより困難にする」という機能的効果であり、また §11.200(a)(3) が明文で「2人以上の者の協働を要するように」と規定している。他方、62 FR 13430 に 18 U.S.C. § 371 への明示的な言及があると確認できたわけではない。したがって、共謀罪との結び付けは条文の明示的根拠ではなく、Part 11 コンプライアンス実務の観点からの帰結として指摘できるものと解される。

すなわち、1人の人間が他者のIDとパスワードをともに入手することは現実的に困難であり、仮に入手しようとすれば第三者との共謀が必要となる。そうなれば行為者たちは連邦共謀罪という重大な刑事リスクを負うことになる、という帰結である。

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4. 具体的なシナリオで理解する

この規制設計をより直感的に理解するために、医薬品製造現場における架空のシナリオを考えてみよう。

【シナリオA】パスワードのみによる単一要素署名(仮想)

もし電子署名がパスワード1つで完結する設計だった場合、品質保証担当者Aのパスワードを何らかの手段で入手(たまたま見えたなど)した同僚Bが、単独でAになりすまして不正な品質記録に署名することが可能になる。この場合、Bは単独で犯罪を遂行でき、刑事責任は署名偽造に係る罪のみとなる可能性がある。

【シナリオB】IDとパスワードの2要素署名(Part 11 準拠)

Part 11 の要求どおり、IDとパスワードが別々に管理されている場合、Bが単独でAの署名を偽造することはほぼ不可能である。仮にBがAのIDを知っていても、パスワードが分からなければ署名できない。不正を実行するためにはBは第三者Cと共謀し、Aのパスワードを入手する必要がある。この瞬間、BとCは 18 U.S.C. § 371 の共謀罪を構成し得る状況に踏み込み、それぞれ最高5年の拘禁刑リスクを追加で負うことになると解される。

比較軸 シナリオA(単一要素・仮想) シナリオB(2要素・Part 11 準拠)
なりすましに必要な人数 1人 実質的に2人以上(§11.200(a)(3) の要求そのもの)
心理的ハードル 単独犯行のため低い 他人を巻き込む必要があり高い
発覚リスク 本人以外に知る者がいない 共犯者からの離脱・自供により発覚しやすい
刑事リスク 署名偽造に係る罪のみとなる可能性 共謀罪が加算され得る

この「1人では電子署名の偽造が著しく困難になる」という設計こそが、Part 11 が意図した抑止の核心である。なお同プリアンブルでFDA自身が認めているように、不正行為を完全に不可能にするものではなく「より困難にする(make it more difficult)」ことを目的としている。

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5. 現場への実践的示唆

この法的設計思想を理解することは、単なる規制知識の習得にとどまらず、自社のシステム実装を適切に評価する上でも不可欠である。以下の点を実務上の確認事項として提示する。

実務上の確認事項(5点)

  1. IDとパスワードは組織的に分離管理されているかシステム管理者がすべてのユーザーのパスワードを管理できる状態は、2要素の独立性を実質的に損なう。1人の管理者が単独で他人の署名を実行できる構成は、§11.200(a)(3) の趣旨に反すると解される。パスワードは個人が単独で設定・変更し、管理者を含む第三者が容易に参照できない仕組みが求められる。
  2. 「パスワードの共有」を厳禁する手順が整備されているか共謀を論ずる以前に、まずパスワードの共有や代理入力を禁じるSOPと、それに対する従業員教育が必要である。手順書の禁止事項として明記されているかを確認されたい。教育と訓練の使い分けについては教育と訓練は違う――QMSにおける「Education」と「Training」もご覧いただきたい。
  3. §11.300 の管理策が実装されているか§11.300 は、(a) IDとパスワードの組合せの一意性、(b) 定期的な点検・回収・改訂(パスワードエージング等)、(c) 紛失・盗難時のデアクティベーションと厳格な再発行、(d) 不正使用を防ぐ取引セーフガードと、不正使用の試みをシステムセキュリティ部門へ即時かつ緊急に検知・報告する仕組み、(e) トークン・カード等の初期および定期の試験を求めている。ログイン失敗の検知・通報が「月次のログレビュー」で済まされていないかを確認されたい。
  4. 生体認証の場合の対応§11.200(b) は、生体認証方式の電子署名については「その真正な所有者以外の者が使用できないよう設計されなければならない」と規定している。指紋や虹彩認証は本質的に個人固有であるため、2要素の組み合わせという要件は適用されないが、管理の厳格性が求められる点に変わりはない。
  5. 署名の一意性と本人確認、および非否認証明書§11.100 は、電子署名が個人に固有であり再使用・再割当てされないこと (a)、発行前の本人確認 (b)、および電子署名が手書き署名と法的に等価であることをFDAへ証明すること (c) を求めている。なお (c)(1) の提出先に関する記載は 88 FR 13018(2023年3月2日)により改正されている。

よくある実装上の逸脱

  • 連続セッション中の2回目以降の署名で、再入力を一切求めない実装。§11.200(a)(1)(i) は少なくとも1要素の再入力を求めている。
  • セッションが切れた後の署名で、パスワードのみを求める実装。§11.200(a)(1)(ii) は全要素を求めている。
  • 共用アカウント(例:ライン共通の「QC01」)による署名。§11.100(a) の一意性要求に反する。

まとめ――3つのポイント

  1. 根拠条文は §11.200(a)(3)「本人以外による電子署名の使用の試みには2人以上の者の協働(collaboration of two or more individuals)を要するように管理・実行せよ」という要求は、§11.200(a)(3) に明文で置かれている。§11.300 は識別コード/パスワードの管理策を定める別の条項である。
  2. 条文の語は「協働」、帰結として「共謀」Part 11 が非生体認証の電子署名に2要素を要求する理由は、単純なセキュリティ強化ではない。FDAのプリアンブルが述べるのは「偽造をより困難にする」ことであり、その帰結として、不正使用には複数人の共同行為が必要となり、米国連邦共謀罪(18 U.S.C. § 371)の重い刑事制裁が働き得る構造が生まれると解される。
  3. 「1人では盗めない署名」を自社で実現できているかこの設計原則を理解することで、自社のシステムがPart 11 の精神に真に適合しているかどうかを、より深いレベルで評価することができる。コンプライアンスとは規則の文字を満たすことではなく、その立法意図を体現することである。

参考・出典(一次情報源)

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