電子署名の3つの明示事項――21 CFR Part 11 §11.50が求めるもの

電子署名の3つの明示事項

電子署名は「署名した」という事実だけでは足りない。21 CFR Part 11 §11.50(Signature manifestations)は、署名済み電子記録に「署名者の氏名」「署名の日付と時刻」「署名の意味」という3つの事項を明示することを求めている。これらは単に記録に書いておけばよいというものではなく、システムが自動的・確実に付与する仕組みとして実装されなければならない。本稿では条文に立ち返り、3つの明示事項の内容と、バリデーションでの確認ポイントを整理する。

§11.50 が求める「3つの明示事項」

電子記録・電子署名を規制する米国連邦規則 21 CFR Part 11(以下「Part 11」)は、Subpart B(電子記録)の中に §11.50 Signature manifestations という一条を置いている。条文の内容は次のとおりである。

(a) 署名済み電子記録は、署名に関連する情報であって、次のすべてを明確に示すものを含まなければならない。
 (1) 署名者の氏名(the printed name of the signer)
 (2) 署名が実行された日付および時刻(the date and time when the signature was executed)
 (3) 署名に関連付けられた意味(レビュー、承認、責任、著作等)(the meaning (such as review, approval, responsibility, or authorship) associated with the signature)
(b) (a)(1)、(a)(2) および (a)(3) に示す事項は、電子記録に対するものと同一の管理下に置かれ、かつ電子記録のあらゆる人が判読可能な形式(電子表示または印刷物等)の一部として含まれなければならない。
――21 CFR §11.50 Signature manifestations(趣旨訳)
条項 明示事項 実装上の意味 よくある不備
§11.50(a)(1) 署名者の氏名
(printed name of the signer)
判読可能な氏名を表示する。ユーザーIDやアカウント名だけでは足りないと解される 画面には「user0123」としか出ない/退職後にアカウント名から氏名を辿れない
§11.50(a)(2) 署名の日付および時刻 署名が実行された日時。システム時刻が管理され、タイムゾーンが判別できること 日付のみで時刻がない/サーバ時刻と表示時刻のタイムゾーンが混在している
§11.50(a)(3) 署名の意味
(レビュー/承認/責任/著作等)
何のための署名かを記録に明示する。同一人物が複数の役割で署名する場合は特に重要 単に「Signed」とだけ表示され、レビューなのか承認なのか判別できない
§11.50(b) 3事項の管理と可視化 電子記録と同じ管理を及ぼし、画面表示・印刷物の双方に含める 画面では見えるがPDF出力・帳票印刷では消える

「意味(meaning)」の明示が最も見落とされる

3点のうち実務で最も抜けやすいのが (a)(3) の署名の意味である。条文は「レビュー、承認、責任、著作」を例示として挙げているにすぎず、これらに限定されるものではない。自社の業務プロセスに即した意味(作成、確認、照査、承認、実施、判定など)を、システムの署名機能ごとに定義しておく必要がある。

同一の記録に対して同一人物が複数回署名する場合、意味の明示がなければ「誰が何の責任を負ったのか」が再現できない。これは監査証跡(audit trail)の完全性の問題であり、データインテグリティそのものの問題である。

「書いておけばよい」ではない――自動付与でなければならない理由

これらは単に「記録に書いておけばよい」というものではなく、システムが自動的・確実に付与する仕組みとして実装されることが求められる。人手入力では改ざんリスクが生じ、データインテグリティの観点から不十分となるためである。

人手入力が不適切とされる理由

  • 氏名を手入力にすれば、他人の氏名を打ち込むことができてしまう。§11.100(a) が求める「電子署名は個人に固有であり、他者に再使用・再割当てされてはならない」という原則が崩れる。
  • 日時を手入力にすれば、後日の遡及入力(バックデート)が可能になる。これは §11.10(e) が求める、記録の作成・変更を時刻印付きで安全に記録する監査証跡の要求と正面から衝突する。
  • 意味を自由記述にすれば、承認とレビューの区別が運用者の裁量に委ねられ、責任の所在が事後に再構成できなくなる。

§11.70――署名と記録の結合

3つの明示事項と一体で理解すべきなのが §11.70(Signature/record linking)である。

電子記録に対して実行された電子署名および手書き署名は、それぞれの電子記録に結合(linked)されなければならない。これにより、当該署名が、通常の手段によって電子記録を改ざんする目的で切り取られ、複製され、その他の方法で転写されることがないようにしなければならない。
――21 CFR §11.70 Signature/record linking(趣旨訳)

すなわち、署名の明示事項が「記録の脇に置かれたコメント」であってはならない。切り離して別の記録に貼り付けられるような実装は、§11.50 を満たしているように見えても §11.70 に反すると解される。

▲【動画】日米欧GMP比較(株式会社イーコンプライアンス)

日本のER/ES指針・EU GMP Annex 11 との関係

電子署名に関する要求は米国だけのものではない。日本と欧州にも対応する規定があり、グローバルに展開するシステムでは三者を同時に満たす設計が求められる。

地域 該当規定 署名の明示事項に関する要求(要旨)
米国 21 CFR §11.50§11.70§11.100§11.200 氏名・日時・意味の3点を明示し、記録と同一の管理下で人が判読可能な形式に含める。署名は記録に結合する
日本 厚生労働省「医薬品等の承認又は許可等に係る申請等における電磁的記録及び電子署名の利用について」(平成17年4月1日 薬食発第0401022号、いわゆるER/ES指針) 電磁的記録の真正性・見読性・保存性を確保し、作成者が明確に識別できること、監査証跡が自動的に記録されることを求める
欧州 EudraLex Volume 4 「Annex 11: Computerised Systems」(2011年1月版)第14項 Electronic Signature 電子署名は手書き署名と同等の効力を有し、当該記録に恒久的に結合され、署名の日時と意味(レビュー、承認等)を明示することを求める
注意:EU GMP Annex 11 は現在改訂作業が進められており、Chapter 4 の改訂およびAI に関する新Annex 22 とあわせてEudraLex Volume 4 のページで審議状況が公開されている。自社手順で版を引用している場合は、最新の適用版を確認されたい。

バリデーションで何を検証するか

電子記録・電子署名システムのバリデーションを行う際には、これら3点が確実にシステム機能として実装され監査証跡と整合した形で記録されているかを検証することが不可欠である。

検証すべき5つの観点

  1. 3事項が自動付与されることを確認する署名操作を実行し、氏名・日時・意味の3点がユーザーの入力によらずに記録へ書き込まれることをテストする。意味は署名機能ごとに正しい値が入るか(レビュー/承認の取り違えがないか)を確認する。
  2. 人が判読可能なすべての形式で表示されることを確認する§11.50(b) の要求どおり、画面表示・PDF出力・帳票印刷・CSVエクスポートのいずれにも3事項が含まれることを確認する。画面だけで印刷物に出ないケースが典型的な不備である。
  3. 監査証跡との整合を確認する署名記録の日時と、監査証跡に記録された日時が一致すること。タイムゾーンとサーバ時刻の同期方式を設計文書に明記し、時刻同期が失われた場合の検知手段を確認する。
  4. 署名と記録の結合を確認する§11.70 に基づき、署名情報を切り出して別の記録に転写できないことを、実際の操作および権限設定の両面で確認する。
  5. 署名の一意性と本人確認を確認する§11.100(a)(b) に基づき、電子署名が個人に固有であり再割当てされないこと、署名を発行する前に本人確認を行う手順が整備されていることを確認する。退職者アカウントの取扱いも含めて確認されたい。

見落とされやすい実装上の落とし穴

  • ワークフロー製品の標準機能では「意味」が固定文字列(例:Approved)しか持てず、自社の照査プロセスを表現できない。
  • 帳票出力テンプレートを後から改修した際に、署名欄の3事項が欠落する。変更管理の対象に帳票を含めること。
  • クラウドサービスのアップデートで署名表示仕様が変わる。サプライヤ管理・定期レビューの範囲に含める必要がある。詳しくは外部AIベンダーのリスクをどう評価するかもあわせてご覧いただきたい。

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まとめ――3つのポイント

  1. 明示すべきは氏名・日時・意味の3点21 CFR §11.50(a) は、署名済み電子記録に「署名者の氏名」「署名の日付と時刻」「署名の意味(レビュー、承認、責任、著作等)」を明確に示すことを求めている。
  2. 記録と同じ管理下で、判読可能なすべての形式に含める§11.50(b) により、3事項は電子記録と同一の管理下に置かれ、画面表示・印刷物を含むあらゆる人が判読可能な形式の一部でなければならない。§11.70 の署名/記録の結合と一体で設計する。
  3. 人手入力ではなく、システム機能として実装する手入力は改ざんリスクを生み、データインテグリティの観点から不十分である。バリデーションでは、3点がシステム機能として自動付与され、監査証跡と整合して記録されていることを検証する。

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