ハイリスク/ノンハイリスクの2分法

ハイリスク/ノンハイリスクの2分法

コンピュータ化システムのバリデーション(CSV)や、FDAが推進するコンピュータソフトウェアアシュアランス(CSA)では、「そのソフトウェアにどれだけの労力をかけて検証すべきか」を決める出発点がリスク評価である。FDAは、プロセスリスクが本来は連続的なスペクトラムであることを認めつつ、実務上の判断軸としては「ハイリスク」か「ハイリスクではない」かという2区分を提示している。本稿では、なぜこの2分法が用いられるのか、そして実務でどう使い分ければよいのかを、初心者にも分かるように解説する。あわせて、ISO 14971:2019 が示す本来のリスクの捉え方との関係も整理する。

リスクベースアプローチの出発点

コンピュータ化システムのバリデーション(CSV)や、近年FDAが推進するコンピュータソフトウェアアシュアランス(CSA)の世界では「そのソフトウェアにどれだけの労力をかけて検証すべきか」を決める出発点がリスク評価である。

検証の厳しさをリスクに見合った大きさに調整する、いわゆる「リスクベースアプローチ」の根幹をなす考え方だ。

ここで注目したいのが、FDAのCSAガイダンスにおけるリスクの分け方である。FDAは、プロセスリスクが本来は高リスクから低リスクまで連続的に広がる「スペクトラム(連続体)」であることを認めつつ、本ガイダンスでは実務上の判断軸を「ハイリスク(high process risk)」か「ハイリスクではない(not high process risk)」かという2区分で提示している。

ガイダンスの版について:本ガイダンスは「Computer Software Assurance for Production and Quality Management System Software」として2025年9月24日に最終ガイダンスとして発出され、その後2026年2月3日発行版がこれを置き換えている。参照する際は、必ずFDAのガイダンス検索ページで現行版を確認されたい。なおFDAガイダンスは Contains Nonbinding Recommendations(拘束力のない推奨事項を含む)と明記された文書であり、法的拘束力を持つのは 21 CFR Part 820 の規則本文である点にも留意したい。

本ガイダンスの対象範囲(ここを外すと議論が噛み合わない)

  • 対象:医療機器の製造または品質マネジメントシステムで用いるコンピュータ/自動データ処理システム(21 CFR 820.70(i) に関わる領域)。
  • 対象外:医療機器そのものであるソフトウェア(SaMD)や、医療機器に組み込まれるソフトウェアの設計開発に関する検証(V&V)。
  • この線引きを意識せずに「CSAだから軽くてよい」と論じると、製品ソフトウェアの設計検証まで緩めてしまう危険がある。

なぜ「2分法」なのか

リスクを細かく「高・中・低」と段階分けする方法は、一見すると丁寧で合理的に思える。しかし実務に落とし込むと「中リスク」の扱いが厄介な問題を生みやすい。

あるシステムの機能が「高でも低でもなく、中くらい」と判定されたとき、では具体的にどの程度の検証を行えばよいのか、明確な基準を引きにくいからだ。

「高」に寄せれば過剰な労力がかかり、「低」に寄せれば検証不足のリスクが残る――これは実務上しばしば指摘される悩みである。

分類方式 区分 長所 短所
3段階(高・中・低) 高リスク/中リスク/低リスク 直感的で、リスクの濃淡を表現しやすい 「中」の検証水準を定義しにくい。高に寄せれば過剰、低に寄せれば不足
2分法(CSAガイダンス) ハイリスク/ハイリスクではない 判断軸が「患者の安全に関わるか」の一点に集約され、迷いが減る 粒度が粗く見える。「ノンハイリスク=検証不要」と誤読されやすい

そこでFDAは、本ガイダンス上の実務的な整理として、プロセスリスクを「ハイリスク(high process risk)」と「ハイリスクではない(not high process risk)」の2区分で提示している。

具体的には、ハイリスクに該当する機能には医療機器リスクに見合った保証活動を、ハイリスクではない機能にはプロセスリスクに見合った保証活動を選択する、という整理である。

ここで重要なのは、製造業者が内部的に「moderate(中等度)」「intermediate(中間)」「low(低)」といった独自の区分を持つこと自体は、FDAによって否定されていない点だ。

ただし、そうした区分に該当するものは、本ガイダンス上は「ハイリスクではない(not high process risk)」の枠組みで扱われる。

判断すべきは結局のところ「ハイリスクか、そうでないか」に集約されるのである。

「ノンハイリスク」は「低リスク」ではない

  • 「ノンハイリスク」という言葉は「低リスク」あるいは「リスクなし」と誤解されやすい。
  • あくまで「ハイプロセスリスクではない(not high process risk)」という意味であり、検証が不要という意味ではない
  • ノンハイリスクの機能にも、プロセスリスクに見合った保証活動が求められる。求められるのは「省略」ではなく「配分の調整」である。

用語解説:プロセスリスクと医療機器リスク

ここで2つの重要な用語を区別しておきたい。

用語 意味 誰・何に対するリスクか
プロセスリスク
(process risk)
製造工程や品質システムそのものを損なう可能性 組織のプロセス・品質システム
医療機器リスク
(medical device risk)
医療機器が患者またはユーザーに危害を及ぼす可能性 患者・使用者
ハイプロセスリスク
(high process risk)
ソフトウェアが意図したとおりに機能しなかった場合に、安全性を損なう恐れのある品質問題につながりうる状態。すなわち医療機器リスクの増大につながりうる状態 プロセスを経由して最終的に患者

平たく言えば「そのソフトが誤動作したら、巡り巡って患者の安全が脅かされかねないか」という問いに「はい」と答えられるものが、ハイリスクなのである。

「合理的に予見可能」という視点

なお、ここでの危害の評価は「合理的に予見可能(reasonably foreseeable)」かどうかという観点で行われる。

FDAは、発生可能性が高い(likely)失敗だけでなく、ライフサイクルを通じて合理的に予見可能な失敗を考慮するとしており、たとえば発生可能性は必ずしも高くないものの予見はできる「停電」を例に挙げている。

発生確率を細かく数値化する確率論的なアプローチとは、視点が異なる点が特徴である。

本来のリスクは二分法ではない――ISO 14971:2019 との関係

ここで一つ、実務上きわめて重要な補助線を引いておきたい。CSAガイダンスの2分法は「検証労力の配分を決めるための実務的な整理」であって、リスクそのものの定義ではないということである。

医療機器のリスクマネジメント規格である ISO 14971:2019 は、リスクを次のように定義している。

リスク(risk)とは、「危害の発生確率(probability of occurrence of harm)と、その危害の重大性(severity of that harm)組合せ」をいう。
――ISO 14971:2019 における risk の定義の趣旨

すなわちリスクは、「高いか/高くないか」という一次元の二分法ではなく、発生確率と重大性という2つの軸の組合せで評価されるものである。同じ「重大性:極めて高い」であっても、発生確率が極端に低ければリスクの大きさは変わる。CSAの2分法は、この本来多次元的な評価を、検証労力の配分という一つの目的のために圧縮した実務ツールだと理解しておきたい。

また ISO 14971:2019 は、リスク受容基準(criteria for risk acceptability)をリスクマネジメント計画のなかで組織自らが定めることを求めている。この受容基準の考え方や、ベネフィット・リスク分析、合理的に予見可能な誤使用といった論点は、ISO/TR 24971:2020(ISO 14971の適用に関する指針)が具体例つきで解説している。受容可能なリスクの水準そのものは規格が示すのではなく、製品と用途の文脈に応じて組織が客観的な基準として設定する――ここを外すと、二分法どころか「リスクは全部高めに見積もっておけばよい」という思考停止に陥る。

その弊害については「「リスクは多めに見積もる」が、結局は患者を苦しめる」で詳しく論じている。

混同しやすい「クラス分類」との違い:医療機器のクラス分類は、CSAガイダンスの「ハイリスク/ノンハイリスク」とも、ISO 14971 のリスク評価とも別の概念である。しかもクラス分類は国・地域ごとに区分数も基準も異なり、一対一には対応しない

地域 区分 備考
日本(薬機法) クラスI・II・III・IV の4区分 クラスIが一般医療機器(届出)、IIが管理医療機器(第三者認証等)、III・IVが高度管理医療機器(大臣承認)
米国(FD&C Act) Class I・II・III の3区分 規制の程度(一般管理/特別管理/市販前承認)に対応
欧州(EU MDR) Class I・IIa・IIb・III の4区分 附属書VIIIの分類ルールにより決定

日本のクラスIIIが米国のClass IIIやEUのClass IIIと一致するとは限らない。「クラスIIIだからハイリスク」といった短絡は避けるべきである。

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具体例で理解する2分法

抽象的な定義だけでは分かりにくいので、具体例で見てみよう。

判定 ソフトウェア/機能の例 理由 求められる保証活動
ハイリスク 製造記録(バッチレコード)を管理・計算するソフトウェア
品質試験の結果を取得・判定するソフトウェア
製品の出荷可否を判定するソフトウェア
追加の人手確認が限定的または存在しない場合、誤動作により不良品の見逃しや誤った判定につながり、患者の安全を脅かしうる 医療機器リスクに見合った厳格な保証活動
ハイリスクではない 教育訓練記録を管理するソフトウェア(学習管理システム=LMS)
一般的な文書管理(ドキュメント管理)のソフトウェア
CAPA(是正措置・予防措置)のルーティング、苦情ログ、変更管理、手順管理など
品質システムの運用に役立つものの、その失敗が直接患者の安全を損なうとは考えにくい プロセスリスクに見合った保証活動

ハイリスクに該当するソフトウェアの例

製造記録の管理・計算、品質試験結果の取得と判定、出荷可否の判定――これらは、追加の人手確認が限定的または存在しない場合、誤動作により不良品の見逃しや誤った判定につながり、患者の安全を脅かしうる。

たとえばバッチレコードの計算に誤りがあれば、規格外の製品がそのまま流通しかねない。

だからこそ厳格な検証が求められる。逆に言えば、製品やプロセスの受入可否を測定・判定する機能であっても、十分に独立した人手による確認が併存している場合には、ハイリスクの評価が変わりうる

ハイリスクに該当しないソフトウェアの例

教育訓練記録を管理するソフトウェア(LMS)、一般的な文書管理ソフトウェア、CAPAのルーティング・苦情ログ・変更管理・手順管理など。

これらは品質システムの運用に役立つものの、その失敗が直接患者の安全を損なうとは考えにくい。

したがって、ハイリスク機能と同等の保証活動が常に必要になるわけではなく、プロセスリスクに見合った保証活動を選択すればよい。

ただし誤解のないよう付言しておくと、これは「教育訓練やCAPAが軽い業務である」という意味ではまったくない。検証労力の配分の話と、業務そのものの重要性の話は別である。CAPAの是正処置として「教育訓練の徹底」を挙げてしまう誤りについては「「教育訓練を徹底します」と言う経営者は、必ず再発させる」で論じている。

ただし「文書管理だから軽い」とは限らない

  • 文書・手順を管理するソフトウェアであっても、ラベリングや安全上重要な手順を生成・管理する機能については高リスク化しうる。
  • 同じ「文書管理」でも、扱う対象によって判定が変わる可能性がある
  • 製品名・成分・使用方法を印字するラベリングの誤りは、そのまま患者への危害に直結する。

ノンハイリスク機能に使える検証手法

このように、ハイリスクでない機能については、スクリプト化された厳密なテストではなく、シナリオテスト、エラー推測、探索的テストといった非スクリプト型(unscripted)の手法を、リスクに見合った形で柔軟に組み合わせて用いることが認められている。

手法 内容 主な適用先
スクリプト型テスト
(robust scripted testing 等)
あらかじめ手順と期待結果を詳細に定義し、そのとおりに実行して記録する ハイリスク機能
シナリオテスト
(scenario testing)
実際の業務の流れに沿って一連の操作を行い、意図した結果が得られるかを確認する ノンハイリスク機能
エラー推測
(error guessing)
経験に基づいて、失敗しそうな操作・入力を狙って試す ノンハイリスク機能
探索的テスト
(exploratory testing)
テスト実行と設計を同時に行いながら、システムの振る舞いを探索的に確認する ノンハイリスク機能

労力を本当に必要な箇所に集中させる、という思想がここに表れている。

注意点:システム単位ではなく「機能単位」で見る

最後に、実務上きわめて重要な落とし穴を指摘しておきたい。

従来の設備管理(製造ラインの装置や空調設備など、ハードウェア寄りの設備)では、設備単位でまとめてリスクを一括評価することもある。

設備ごとにリスクの性質がそろっていれば「この装置はハイリスク」と一括りにしやすいからだ。

ところが、相手がアプリケーションソフトウェアとなると話は変わる。

FDAも、ソフトウェアは複数のフィーチャー(feature)・機能(function)・操作(operation)から構成され、意図した用途やリスクが異なる場合にはそれぞれを個別に評価することを推奨している。

つまり、1つのシステムの中に、リスクの異なる機能が混在していることが多いのである。

たとえば、ある業務システムが「出荷判定(ハイリスク)」と「教育訓練記録の管理(ノンハイリスク)」の両方の機能を併せ持っている、というケースは珍しくない。

このような場合、システム全体を一律に「ハイリスク」あるいは「ノンハイリスク」と判定してしまうのは適切ではない。

システム単位ではなく、機能・操作単位でハイリスクかどうかを見極め、それぞれに見合った検証を割り当てる必要がある。

2分法はあくまで「機能ごとの判定」に適用するものだ、と理解しておくことが肝要である。

機能単位で見るための実務手順

  • システムを、フィーチャー/機能/操作の単位に分解して一覧にする。
  • 各機能について「これが意図どおり動かなかったとき、合理的に予見可能な範囲で患者の安全に影響しうるか」を問う。
  • 「はい」ならハイリスク、それ以外はノンハイリスクとして、保証活動の種類と深さを割り当てる。
  • 独立した人手確認が併存する場合は、その有効性を評価したうえで判定を見直す。ただし「人が見ているから大丈夫」という記録のない主張は通らない
  • 判定根拠を記録として残す。判定そのものが査察・監査の対象になる。

まとめ

FDAがプロセスリスクを「ハイリスクか否か」の2分法で提示するのは、リスクが連続的なスペクトラムであることを認めつつ、判断の軸を「患者の安全に関わるか」という一点に絞り込むためである。

製造記録・品質試験・出荷判定に関わるソフトウェアは原則ハイリスクとして厳格に、教育訓練や一般的な文書管理のソフトウェアは「ハイリスクではない」ものとして柔軟に検証する。ただし、独立した人手確認の有無や、扱う文書がラベリング・安全上重要な手順かどうかによって判定は変わりうる。

そして何よりも、システム単位ではなく機能単位でリスクを見極めることが、この2分法を正しく運用する鍵となる。

シンプルな枠組みであるからこそ、その背後にある「リスクに見合った労力配分」という思想を理解して使いこなしたい。

まとめ――3つのポイント

  1. 2分法は「リスクの定義」ではなく「労力配分のための実務ツール」であるFDAもリスクが連続的なスペクトラムであることを認めている。ISO 14971:2019 はリスクを「危害の発生確率と重大性の組合せ」と定義しており、本来は二分法ではない。CSAの2分法は判断軸を患者安全の一点に絞るための圧縮である。
  2. 「ノンハイリスク」は「検証不要」ではないnot high process risk は「低リスク」でも「リスクなし」でもない。プロセスリスクに見合った保証活動が必要であり、シナリオテスト・エラー推測・探索的テストといった非スクリプト型手法を柔軟に組み合わせる。
  3. 判定はシステム単位ではなく機能単位で行う1つのシステムに出荷判定(ハイリスク)と教育訓練記録管理(ノンハイリスク)が同居することは珍しくない。フィーチャー・機能・操作の単位で判定し、その根拠を記録として残すことが求められる。

参考・出典(一次情報源)

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