DHF(デザインヒストリーファイル)とは何か――QMSR施行後の位置づけ

DHF(デザインヒストリーファイル)とは何か

医療機器の設計・開発に携わる者であれば、「DHF」という用語を耳にしたことがあるだろう。DHFとは「Design History File(デザインヒストリーファイル)」の略称であり、日本語では「設計履歴ファイル」と訳される。しかし、その名称だけでは本質を掴みにくい。本篇では、DHFが何であるか、なぜ重要なのかを、初心者にも分かりやすく解説する。あわせて、2026年2月2日に施行されたFDAのQMSRによって「DHF」という規制用語がどう扱われることになったのかについても整理する。

DHFとは何か

「記録の集合体」ではなく「記録を束ねる仕組み」

DHFとは、医療機器の設計・開発プロセスにおいて作成された全ての記録を含むか、またはそれらを参照する目次(インデックス)のことである。米国のFDA規制において要求される文書管理の仕組みであり、設計開発の各段階で生み出された文書群を体系的に管理するための枠組みである。

ここで重要なのは、DHFは単なる「最新版の設計文書の集まり」ではないという点である。DHFは、設計開発の各段階における過去の全ての文書を履歴として保持することが求められる。

「DHF」という用語の規制上の位置づけ

「DHF」という用語は、QMSR施行前の品質システム規則(QSR)である21 CFR Part 820の第820.30条(j)において明示的に要求されていたものである。同項は、DHFが「承認された設計計画および本規則の要求事項に従って設計が開発されたことを実証するために必要な記録を含むか、または参照するもの」であることを求めていた。

ところが、FDAは2024年2月2日に最終規則「Medical Devices; Quality System Regulation Amendments」(89 FR 7496)を公示し、2026年2月2日をもってPart 820を全面的に改めた。これが現行規制であるQMSR(Quality Management System Regulation:品質マネジメントシステム規則)である。QMSRは、ISO 13485:2016(第3版・2016年3月1日発行)をインコーポレーション・バイ・リファレンス(参照による取り込み)する形で統合しており、その根拠条項は21 CFR 820.7(Incorporation by reference)である。

見落としやすい変更点――「DHF」は規制テキストから消えた

  • QMSR施行により、旧820.30条(Design controls)は条文ごと[Reserved](留保)となり、ISO 13485:2016 第7.3節に置き換えられた。
  • 現行の21 CFR 820.3(Definitions)には、design history file(DHF)・device master record(DMR)・device history record(DHR)の定義がいずれも存在しない。これらは定義語としては削除されている。
  • 現行Part 820に残る実体規定は、820.1(適用範囲)、820.3(定義)、820.7(参照による取り込み)、820.10(品質マネジメントシステムの要求事項)、820.35(記録の管理)、820.45(表示・包装の管理)のみである。

では、DHFに相当する概念はどこへ行ったのか。答えはISO 13485:2016の第7.3.10項である。同項の見出しは “Design and development files”(設計・開発ファイル)であり、設計・開発の要求事項への適合を実証するために必要な記録を含むか、または参照するファイルを、設計・開発案件ごとに維持することを求めている。FDAは最終規則の前文において、DHFに求めていた事項の多くはISO 13485の設計・開発の文書化要求のなかで引き続き要求される旨を説明している。

用語に関する注意:ISO 13485:2016の条文表記は “design and development file(s)” であり、規格テキスト上に「DDF」という略語は登場しない。ただし実務界では DDF(Design and Development File)が慣用略称として定着しており、本篇でもその実務的な用法に従う。同様に、「DHF」という呼称も業界の実務慣行として引き続き広く使われている。手順書や記録様式の用語を更新する際は、自社がどの規制・規格を根拠に呼称を定めているのかを明示しておくことが望ましい。

日米欧の用語対応

設計・開発の記録ファイルは、規制ごとに呼び名が異なる。実務では次の対応関係を押さえておけばよい。

規制・規格 根拠条項 名称
旧QSR(〜2026年2月1日) 21 CFR 820.30(j) Design History File(DHF/設計履歴ファイル)
QMSR(2026年2月2日〜) 21 CFR 820.7 → ISO 13485:2016 第7.3.10項 Design and development files(設計・開発ファイル/通称DDF)
ISO 13485:2016 第7.3.10項 Design and development files
QMS省令(厚生労働省令第169号) 第36条の2 設計開発に係る記録簿

なお、日本のQMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)は、令和3年3月26日厚生労働省令第60号による改正でISO 13485:2016との整合が図られており、設計開発に係る記録簿の規定(第36条の2)はISO 13485:2016 第7.3.10項に対応する。用語の詳細は厚生労働省の改正通知で確認できる。

「最新版の保管」との違い

一般的な文書管理では、最新バージョンの文書だけを保管し、古いバージョンは破棄または上書きしてしまうことがある。しかし、DHFにおいてはこのアプローチは不十分である。

なぜか。具体的な例を挙げて考えてみよう。

5年前に出荷した製品が返品されてきたら

ある医療機器メーカーが、製品Aを5年前に出荷したとする。その後、設計変更を経て、現在出荷している製品Aの設計は当時とは一部異なるものになっている。そのような状況の中で、5年前に出荷した製品が市場で不具合を起こし、故障品として返品されてきたとする。

この時、原因究明のためには「5年前の時点でどのような設計だったか」を正確に知る必要がある。もし最新の設計文書しか保管していなければ、当時の設計内容を復元できず、原因究明が困難になる。

DHFが過去の各時点における設計文書を履歴として保持しているのは、まさにこのような状況に対応するためである。どの時点で出荷された製品であっても、その製品が設計された時点の記録を参照できることが、DHFの根本的な価値といえる。

設計履歴ファイルは、承認された設計計画および本規則の要求事項に従って設計が開発されたことを実証するために必要な記録を、含むか、または参照するものでなければならない。
――旧21 CFR 820.30(j)(趣旨・筆者訳)

DHFに含まれる文書の種類

DHFには、設計・開発プロセスの各段階で作成された以下のような文書が含まれる(または参照される)。

文書の種類 内容 主な根拠条項(ISO 13485:2016)
設計インプット 製品に求められる要求事項・仕様(性能、安全性、使用環境など) 第7.3.3項
設計アウトプット 設計インプットを満たすために作成された設計図面・仕様書・製造手順書など 第7.3.4項
デザインレビュー記録 各開発フェーズの節目で実施された設計審査の議事録・結果 第7.3.5項
検証(Verification)記録 設計アウトプットが設計インプットを満たしていることを確認した試験・解析記録 第7.3.6項
バリデーション(Validation)記録 最終製品が意図した用途を満たすことを確認した記録 第7.3.7項
設計移管の記録 設計アウトプットが製造に適切であることを検証した結果と結論 第7.3.8項
設計変更記録 設計変更の内容・理由・評価結果 第7.3.9項

これらの文書群が体系的に整理され、相互に参照可能な状態に維持されることが、DHFの役割である。設計移管の記録がここに含まれる点については、設計移管は量産移行だけではない理由で詳しく解説している。

デザインレビューとDHFの関係

DHFを適切に管理する上で、デザインレビュー(設計審査)との関係を正しく理解することが重要である。

デザインレビューとは、設計・開発プロセスの各フェーズの節目において、その段階の設計内容が要求事項を満たしているかを、開発担当者以外の関係者も交えて審査するプロセスである。ISO 13485:2016 第7.3.5項がその根拠であり、QMS省令では第33条「設計開発照査」がこれに対応する。

デザインレビューを通過した文書群は、その時点での「承認された設計」として確定する。これらをDHFに保存することで、いつ・どのような内容の設計が承認されたのかという記録が積み重なっていく。この「履歴の積み重ね」こそがDHFの本質であり、規制当局からの調査や市場不具合への対応において、企業の設計管理能力を示す証拠となる。

なお、デザインレビューと設計検証(デザインベリフィケーション)は目的も参加者も異なる別個の活動である。両者の違いはデザインレビューとデザインベリフィケーションの違いで整理している。

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なぜDHFが重要なのか

DHFの重要性は、規制要求への対応という側面だけにとどまらない。

  1. 市場不具合・リコールへの対応前述の通り、出荷時点の設計を正確に把握することで、不具合原因の特定と是正処置が迅速に行える。設計履歴が辿れないと、原因の切り分けそのものが成立しない。
  2. 設計変更の適切な管理製品ライフサイクルを通じて設計変更が生じた際、変更前後の状態を比較・評価するための基盤となる。ISO 13485:2016 第7.3.9項が求める設計・開発の変更の管理は、履歴が残っていて初めて機能する。
  3. 規制当局への説明責任FDAのQMSRをはじめ、ISO 13485:2016、そして日本のQMS省令においても、設計・開発の記録管理は要求事項として定められている。DHFはその要求に応えるための具体的な仕組みである。PMDAのQMS適合性調査でも、記録が後から確認できる状態にあるかが確認される。
  4. 組織知識の継承担当者が変わっても、過去の設計判断の背景や経緯を文書から辿ることができるため、組織としての技術的知見が失われにくくなる。

QMSR時代のDHF運用――実務上の3つの論点

1. 既存のDHFを作り直す必要はあるか

結論から言えば、名称の変更だけを理由に既存の記録体系を全面的に作り替える必要はないと考えられる。QMSRは記録の「呼び名」ではなく、設計・開発の適合性を実証できる記録が維持されているかを問う。既存のDHFがISO 13485:2016 第7.3.10項の要求を満たしているのであれば、手順書上の呼称と参照条項を更新するだけで足りる場合が多いであろう。

2. QMSR施行前に作成した記録は査察対象になるのか

この点は、施行日をまたぐ記録の扱いという実務上きわめて重要な論点である。詳しくはなぜ事後法が適用されたのかで解説している。あわせて、QSITはこう変わったも参照されたい。

3. 「適用除外」との関係

ISO 13485:2016は、組織が設計・開発を行わない場合に第7.3節の適用除外(exclusion)を認めている。ただし、適用除外と非適用(non-application)は概念が異なる。この区別については適用除外と非適用の違いを参照されたい。

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まとめ――3つのポイント

  1. DHFは「目次」であり「履歴」であるDHF(デザインヒストリーファイル)とは、医療機器の設計・開発における全ての記録を体系的に管理するための目次であり、単に最新版の文書を保管するものではなく、過去の各時点での設計履歴を保持するものである。
  2. 用語は変わったが要求の実質は残る2026年2月2日施行のQMSRにより、21 CFR 820.3からDHF・DMR・DHRの定義は削除され、根拠はISO 13485:2016 第7.3.10項「設計・開発ファイル」に移った。QMS省令では第36条の2「設計開発に係る記録簿」が対応する。呼称は変わっても、設計の適合性を実証する記録を維持するという要求の実質は変わらない。
  3. DHFは規制対応にとどまらない経営資源であるデザインレビューを通過した文書群をDHFに適切に保存・管理することは、規制要求への対応はもとより、市場不具合への対応力や組織知識の継承という観点からも、医療機器企業にとって不可欠な実践である。「設計の歴史を記録する」というDHFの本質を理解した上で、日々の設計管理業務に取り組むことが重要である。

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