設計移管は量産移行だけではない――ISO 13485 7.3.8とQMS省令第35条の2

設計移管は量産移行だけではない理由

「設計移管(デザイントランスファー)」という言葉を聞くと、多くの人は開発部門から製造部門への引き渡し、すなわち「量産ラインへの移行」を思い浮かべるであろう。確かにそれは設計移管の中核をなす作業である。しかし、設計移管の本質はそこだけにはない。設計移管が完結するのは、製造ラインが動き始めた瞬間ではなく、設計のアウトプットが製造文書に正確に写し取られたことが確認された瞬間である。この視点を欠いたまま進めると、開発の成果が製造現場で正しく再現されない「見えないリスク」が生まれる。本篇では、設計移管が単なる量産移行を超えた意味を持つ理由を解説する。

設計移管とは何か

規制上の位置づけ

設計移管は、医療機器の品質マネジメント規格において、設計・開発プロセスの重要な構成要素として定義されている。

QMSR(Quality Management System Regulation)すなわち21 CFR Part 820は、2024年2月2日に最終規則「Medical Devices; Quality System Regulation Amendments」(89 FR 7496)として公示され、2026年2月2日に施行された。QMSRはISO 13485:2016(第3版・2016年3月1日発行)を「参照組み込み(Incorporation by Reference)」する形に改められており、その根拠は21 CFR 820.7である。これにより、設計管理を規定していた旧820.30条は条文ごと[Reserved]となり、設計移管に関する要求事項の主たる根拠条項はISO 13485:2016 第7.3.8項(Design and development transfer)に移行している。

組織は、設計・開発のアウトプットを製造へ移管するための手順を文書化しなければならない。当該手順は、設計・開発のアウトプットが最終的な製造仕様となる前に製造に適することが検証されること、および製造能力が製品要求事項を満たし得ることを確実にするものでなければならない。移管の結果および結論は、記録しなければならない。
――ISO 13485:2016 第7.3.8項(趣旨・筆者訳)

日本のQMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)では、第35条の2「設計移管業務」がこれに対応する。同条は、設計移管業務の手順を文書化し、その結果および結論の記録を作成し保管することを求めている。

規制・規格 設計移管の根拠条項
旧QSR(〜2026年2月1日) 21 CFR 820.30(h)(Design transfer)
QMSR(2026年2月2日〜) 21 CFR 820.7 → ISO 13485:2016 第7.3.8項
ISO 13485:2016 第7.3.8項(Design and development transfer)
QMS省令 第35条の2(設計移管業務)

設計移管の二つの側面

設計移管には、大きく分けて二つの側面がある。

① 量産移行(プロセス移管)

開発・試作段階で確立された設計を、量産ラインで安定的に再現できるよう、製造プロセス・設備・人員・環境を整備する活動である。

② 文書移管の検証(ドキュメント整合性の確認)

設計開発を通じて作成・更新された仕様書・図面・試験方法などのアウトプットが、製品標準書(DMR:Device Master Record)に完全かつ正確に反映されていることを確認する活動である。

多くの組織が①に注力する一方、②を軽視しがちである。しかしながら、規制当局の観点からも、②は①と同等に重要な活動とされている。

用語の注意――QMSR施行後の「DMR」

  • QMSR施行に伴い、21 CFR 820.3(Definitions)から device master record(DMR)・design history file(DHF)・device history record(DHR)の定義はいずれも削除された
  • DMRに相当する概念は、ISO 13485:2016 第4.2.3項「医療機器ファイル(Medical Device File:MDF)」に引き継がれている。FDAは最終規則の前文において、製造現場で現に用いられている手順および仕様は医療機器ファイルに含まれるか参照されることになる旨を説明している。
  • 日本のQMS省令では、第7条の2「製品標準書」が対応する概念である。
  • 本篇では読者になじみのある「DMR(製品標準書)」の呼称を用いるが、手順書を改訂する際は自社がどの規制を根拠にどの呼称を使うのかを明示されたい。

「五月雨式移管」が生む文書の乖離

開発過程で起きること

医療機器の開発は、多くの場合、長期間にわたり繰り返し設計変更を伴いながら進む。その過程で、仕様書や図面は随時改訂され、製造部門・調達部門・検査部門などへと五月雨式(段階的・部分的)に移管されていくことが一般的である。

各部門は、その時点で受領した文書をもとに作業手順・検査規格・部品表などを整備していく。しかし、その後に設計変更が発生した場合、新たな改訂版が全部門に即時かつ漏れなく行き渡る保証はない。

文書のバージョン不一致リスク

こうした状況が蓄積すると、以下のような問題が生じる可能性がある。

  • 製造部門が使用している寸法公差が、最終承認された図面と異なっている
  • 検査部門の受入基準が、設計変更前の旧仕様のままになっている
  • 調達部門の部品仕様書と、設計アウトプットで規定された材料規格が一致していない

このような不一致は、製品の品質・安全性に直結するリスクである。そして恐ろしいことに、各部門の担当者は自分が古い文書を使っていることに気づいていない場合がほとんどである。

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設計移管の核心:最終的な一致確認

なぜ「最後に」上書きが必要なのか

上記のリスクを排除するために、設計移管プロセスの最終段階では、その時点で最新・最終の設計アウトプットをもって、全ての製造仕様書・図面・試験方法を上書き更新するという作業が不可欠である。

この作業の意義は以下の通りである。

  1. 開発途中の暫定文書を正式版に置き換える試作・評価段階で使用されていた暫定仕様書を廃止し、量産に適用する正式版へ統一する。
  2. 設計変更の反映漏れを解消する五月雨式移管によって生じた部門間のバージョン不一致を解消する。
  3. DMRの完全性を担保する製品標準書(DMR)が、承認された設計アウトプットを正確に反映した状態であることを確立する。

設計アウトプットとDMRの一致確認

QMSRおよびISO 13485:2016において、DMR(製品標準書/医療機器ファイル)は量産に必要な仕様を網羅した文書体系として位置づけられている。具体的には以下のような文書が含まれる。

文書の種類 内容の例
設計図面・仕様書 寸法、材料、表面処理、公差
製造工程仕様書 製造手順、設備、工程パラメータ
品質検査規格 受入基準、検査方法、サンプリング計画
ラベリング・包装仕様書 表示内容、言語要件、包装材料、密封条件
設置・保守・サービス手順 設置要件、保守手順、サービス方法

ここで重要な注意点がある

  • 設計アウトプットの全てがDMRに移し換えられるわけではない。各種検証・バリデーション記録やソフトウェアソースコードなど、量産製造に直接必要としない成果物はDMRの対象外である。
  • また、DMRは、プロセスバリデーション手順・設備管理手順・校正手順など、製造側が独自に整備すべき文書も含むことを忘れてはならない。
  • 設計移管が「設計→DMR」の一方向的な転写のみで完結するわけではないという点は、実務上よく誤解されるポイントである。

設計移管の完了とは、量産製造に必要なDMR構成文書が、承認された最終設計アウトプットと完全に一致している状態を意味する。

確認記録と報告書の必要性

「確認した」では不十分

口頭や非公式な確認では、規制要件を満たさない。設計移管においては、何を確認したか、いつ、誰が、どの文書バージョンを対象に確認したかを示す記録が必須である。ISO 13485:2016 第7.3.8項も、移管の結果および結論を記録することを明示的に求めている。記録の管理そのものについては、21 CFR 820.35(Control of records)がISO 13485:2016 第4.2.5項に上乗せする形でFDA独自の要求を定めている。

必要な文書の要件

設計移管の完了を証明する記録・報告書には、一般的に以下の内容が含まれる。

記録 記載すべき内容
① 設計移管チェックリスト 設計アウトプットの各項目が、対応するDMR文書に反映されていることを項目ごとに確認した記録
② 設計移管完了報告書 移管対象の設計アウトプット一覧、対応するDMR文書の識別情報(文書番号・改訂版数)、確認者・確認日、未解決事項がある場合はその内容と対処方針
③ 設計変更の反映確認記録 開発期間中に発生した設計変更(設計変更管理記録)が、DMRの最終版に反映されていることを示す記録

これらの記録は、設計・開発のアウトプットと製品標準書との間のトレーサビリティを確立するものであり、FDA査察やISO 13485認証審査、PMDAのQMS適合性調査においても審査対象となる重要な文書である。

設計移管の記録は設計開発ファイルに集約される

なお、設計移管の完了が確認されたDMRは、設計・開発の履歴を集約した設計開発ファイルに登録・保管される必要がある。

旧QSR(21 CFR Part 820の旧版)ではこのファイルをDHF(Design History File:設計履歴ファイル)と呼称していたが、2026年2月2日施行のQMSRへの移行に伴い、根拠はISO 13485:2016 第7.3.10項に統一された。同項の見出しは “Design and development files”(設計・開発ファイル)であり、実務界ではその略称として DDF が広く用いられている。既存の手順書や記録様式の用語を更新する際は、この名称変更にも留意されたい。

著者注:ISO 13485:2016 第7.3.10項の条文は “design and development file” と表記しており、規格テキスト上に「DDF」という略語は登場しない。ただし、業界コンサルタントや各種コンプライアンス資料ではDDFが慣用略称として広く定着しており、実務上の使用に問題はない。日本のQMS省令では第36条の2「設計開発に係る記録簿」が対応する。DHFの詳細はDHF(デザインヒストリーファイル)とは何かを参照されたい。
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実務上のポイント

移管計画は開発の早期段階から

設計移管を「開発の最後にやること」と捉えると、上書き作業や確認作業が工程末期に集中し、量産開始を遅らせる原因となる。移管計画は開発計画の一部として早期に策定し、どの段階でどの文書を正式化するかを明確にしておくことが重要である。

設計変更管理との連動

設計変更が発生した際には、その変更がどの製造文書に影響するかを変更管理プロセスの中で追跡・管理することが欠かせない(ISO 13485:2016 第7.3.9項/QMS省令第36条)。変更管理と文書管理が連動していない組織では、設計移管時に不整合が多数発見されるリスクが高い。

設計移管レビューの実施

設計移管の完了宣言に先立ち、設計・品質・製造・規制部門が参加する設計移管レビューを実施することが推奨される。このレビューは、設計レビュー(Design Review、ISO 13485:2016 第7.3.5項)とは異なる目的を持ち、「設計が製造に正しく移されているか」という観点から文書の整合性を多面的に確認するものである。設計レビューとの違いについては、デザインレビューとデザインベリフィケーションの違いもあわせて参照されたい。

QMSR移行期に押さえておきたい論点

施行日をまたぐ記録の扱いについてはなぜ事後法が適用されたのか、FDA査察の運用変更についてはQSITはこう変わったで解説している。また、設計・開発を自社で行わない組織における第7.3節の扱いは、適用除外と非適用の違いを参照されたい。移管の完了要件を組織として合意するプロセスには、トップダウン型管理の視点も有効である。

まとめ――3つのポイント

  1. 設計移管は「量産移行」だけではない設計移管(デザイントランスファー)は、量産ラインへの移行という側面だけでなく、設計アウトプットが製品標準書(DMR)に正確に写し取られたことを検証し、記録として残す活動をも包含するプロセスである。
  2. 五月雨式移管が生む不整合を最後に潰す開発期間中に五月雨式で移管された仕様書や図面は、最終的な設計アウトプットと一致していない可能性がある。この不整合を解消し、DMRの完全性を担保することなしに、真の意味での設計移管は完了しない。
  3. 「量産準備完了」と「設計移管完了」は同義ではないこの二つを明確に区別した上で、移管の完了要件を組織として合意しておくことが、品質リスクの低減と規制適合の双方において不可欠である。根拠条項はISO 13485:2016 第7.3.8項/QMS省令第35条の2であり、移管の結果と結論を記録することが明示的に求められている。

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