D値と滅菌レベル――SAL 10のマイナス6乗に必要な対数減少と無菌試験の限界

D値と滅菌レベル~測定不可能な滅菌状態を理解する

医薬品や医療機器の製造において、「滅菌」は製品の安全性を担保する最も根本的なプロセスの一つである。しかし、「滅菌されている」という状態は、目で見ることも、通常の検査で直接確認することもできない。この一見矛盾したように思える現実を理解するための鍵となる概念が、「D値」「無菌性保証水準(SAL)」である。本稿では、滅菌の定義から測定技術の限界まで、初心者にも分かりやすく解説しながら、なぜバリデーションが不可欠であるかをひもといていく。

D値とは何か

D値(D value)とは、規定された条件下において、対象微生物の集団を10分の1(1桁)に減らすのに必要な時間・線量・濃度のことである。時間で表される場合はDecimal Reduction Time(十進減少時間)とも呼ばれる。

D value:規定された条件下で、試験微生物の集団の90%を不活化するのに必要な時間又は線量
(time or dose required to achieve inactivation of 90 % of a population of the test microorganism under stated conditions)
――ISO 11139:2018(滅菌用語規格)の定義(趣旨訳)

例えば、D値が2分の細菌があるとする。この場合、2分間の滅菌処理を行うと菌数は10分の1に、さらに2分(計4分)で100分の1に、6分で1,000分の1になる、という計算になる。

処理時間(分) 菌数の変化 対数減少(log reduction) この時点のSAL
0分 1,000,000個(初期菌数) 0 log
2分(1D) 100,000個 1 log
4分(2D) 10,000個 2 log
6分(3D) 1,000個 3 log
12分(6D) 1個 6 log 100(製品1個に1個)
18分(9D) 0.001個 9 log 10-3
24分(12D) 0.000001個 12 log 10-6

見落としやすいポイント――「6D」ではSAL 10-6に届かない

  • 初期菌数106個から6桁(6D)減らすと、残存菌数は1個になる。これはSAL 100であって、10-6ではない。
  • SAL 10-6を達成するには、初期菌数を「1個未満」の領域までさらに6桁下げる必要がある。すなわち初期菌数106個であれば合計12D(オーバーキル法の考え方)が必要となる。
  • ここに、初期バイオバーデンが低いほど必要な処理量が減る理由がある。詳しくはバイオバーデン低減による滅菌時間短縮と製品品質への影響を参照されたい。

菌数が「0.000001個」という表現は、直感的には奇妙に映る。しかしこれは「製品100万個のうち1個に生存微生物が残っている確率」を意味しており、まさに確率としての滅菌を表現している。このD値の概念は、滅菌を「全か無か」ではなく、確率論的なプロセスとして捉えるための基礎となっている。

「滅菌」の定義における99.9999%という数字

では、「滅菌された」とはどのような状態を指すのか。

薬事規制の文脈における滅菌の定義は、「生存微生物が検出されない状態」ではなく、より精密に規定されている。国際的に広く用いられる無菌性保証水準(SAL:Sterility Assurance Level)の基準値は10-6、すなわち「製品1個に生存微生物が存在する確率が100万分の1(0.000001)以下」である。

用語 定義 典拠
SAL
(sterility assurance level)
滅菌後の製品1個に生存微生物が存在する確率 ISO 11139:2018
最終滅菌製品の基準値 SAL 10-6(100万個に1個以下) ISO 11137-2:2013、ISO 11135:2014、ISO 17665:2024 ほか
D値 微生物集団の90%を不活化するのに要する時間・線量 ISO 11139:2018

この10-6という水準は、「完全にゼロ」ではないことに注意が必要である。理論上は、滅菌処理が完全であっても、極めて低い確率で微生物が生存している可能性が残る。これが「滅菌とは確率である」と言われる所以である。

SALはあくまで「非無菌確率」として定義・表現されるものであり、次に述べる測定技術の限界と対比することで、その意義がより鮮明になる。

補足:すべての製品が10-6を達成できるわけではない。熱や放射線に弱く、SAL 10-6を達成する処理に耐えられない単回使用製品については、ISO/TS 19930:2017がリスクベースドアプローチの考え方を示している。

無菌試験が保証できる範囲の限界

医薬品・医療機器の出荷前には「無菌試験」が実施される。これは、製品サンプルを培地に接種し、一定期間培養することで微生物の有無を確認する試験である。

しかし、この無菌試験には根本的な限界がある。

一般に、現行の無菌試験が統計的に保証できる無菌性保証水準は、せいぜい10-2(100分の1)〜10-3程度にとどまるとされる。これはなぜか。無菌試験は製品のごく一部をサンプリングして行う検査であり、全数を試験することはできない(試験自体が製品を破壊・消費するため)。サンプル数が限られる以上、統計的に検出可能な汚染率には下限がある。10-6という汚染確率を統計的に「ない」と証明するには、理論上、数百万個以上のサンプルを試験しなければならない。

仕上がった製品の試験のみによって全ユニットの無菌性を確立することには限界がある。汚染は通常、ロット内に一様に分布しないためである。
――FDA「Sterile Drug Products Produced by Aseptic Processing — Current Good Manufacturing Practice」の考え方(趣旨)

これを整理すると以下のようになる。

指標 水準 意味
滅菌の定義(SAL) 10-6 製品100万個に1個未満の汚染確率
無菌試験の保証限界 おおむね10-2 製品100個に1個未満の汚染確率

この約4桁の差(10-2対10-6こそが、無菌試験だけでは滅菌を「証明」できない理由である。ISO 11737-2:2019も、滅菌プロセスの定義・バリデーション・維持において実施される無菌性試験を、SALの実証を目的とするものではないと位置づけている。

現在のあらゆる測定器で測定することができない

この事実は、セミナーの現場では次のように表現される。

無菌試験で合格した製品は、滅菌されているかもしれない。しかし、その製品が本当に10-6の水準で滅菌されているかどうかは、現在のあらゆる測定器をもってしても、測定することができない。
――セミナー講師の説明(趣旨)

これは誇張ではない。電子顕微鏡で製品表面を観察しても、微生物培養試験を実施しても、統計的に10-6の無菌性を「確認」する手段は存在しない。これは現在の科学技術の限界である。

この限界を前にして、「では滅菌の保証はどうやって行うのか」という問いが生まれる。

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バリデーションが唯一の答えである理由

目に見えない、測定もできない滅菌状態を保証する唯一の手段、それがバリデーションである。

バリデーションとは、「あるプロセスが一貫して所定の結果をもたらすことを、科学的証拠によって確立すること」である。FDA「Process Validation: General Principles and Practices」(2011年1月)も、プロセスバリデーションを「工程設計段階から商業生産を通じてデータを収集・評価し、当該工程が一貫して品質製品を生み出す能力を有することを科学的証拠によって確立すること」と定義している。滅菌バリデーションの文脈では、以下のようなアプローチが取られる。

  1. 最悪条件(Worst Case)の設定滅菌効果が最も出にくい条件(最大負荷、最も熱・滅菌剤が届きにくい部位など)を特定する。
  2. 微生物挑戦試験既知の菌数・D値を持つ指標菌(バイオロジカルインジケータ)を用いて、滅菌サイクルの実際の効果を測定する。
  3. 理論値との照合D値とF0値(121.1℃換算の積算致死時間)から計算される理論上の対数減少値(LRV:Log Reduction Value)が、SAL 10-6を達成できることを数値で証明する。
  4. 日常的な工程管理と再バリデーションバリデーション後も工程パラメータを監視し、管理された状態が維持されていることを継続的に確認する。

この一連の工程を通じて、「このプロセスを経た製品は10-6の水準で滅菌されているはずである」という科学的根拠を構築する。結果を直接測定するのではなく、

プロセスを保証する

という発想の転換がここにある。この考え方は、バリデーションとベリフィケーション~未来形と過去形の違いで述べた「未来形の保証」そのものである。

規制上の位置づけ

滅菌工程のバリデーションは、各国規制において明確に義務づけられている。

規制・規格 該当箇所 要求の骨子
ISO 13485:2016 7.5.6/7.5.7 結果を後続の監視・測定で検証できない工程の妥当性確認。滅菌工程及び無菌バリアシステムに係る工程には特別要求事項が適用される
FDA QMSR(21 CFR Part 820) 820.10 2026年2月2日施行。ISO 13485:2016を引用(incorporation by reference)
QMS省令 第45条/第46条 製造工程等のバリデーション/滅菌工程及び無菌バリアシステムに係る工程のバリデーション
医薬品CGMP 21 CFR 211.113 無菌を標榜する医薬品について、微生物汚染防止手順を確立し、当該手順のバリデーションを実施すること
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洗浄バリデーションとの接続

この考え方は、滅菌のみならず、洗浄バリデーションの必要性を理解する上でも重要な示唆を与える。

洗浄後の製品・設備が「清浄である」ことも、最終的には直接確認できる限界がある。洗浄残留物の分析には検出限界があり、「検出されなかった」ことは「存在しない」ことの証明にはならない

ここでも同様に、「プロセスを保証する」という発想が必要となる。洗浄方法・条件・手順が一貫して所定の清浄度を達成することを、バリデーションによって科学的に立証するのである。

「測定できないから保証できない」ではなく、「測定できないからこそ、プロセスを保証する」。

この逆転の発想こそが、GMP(Good Manufacturing Practice)の根幹をなす考え方である。その歴史的な成り立ちについては、バリデーション概念の歴史的背景~1970年代の薬害事件から学ぶで詳しく述べている。

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まとめ――4つのポイント

  1. D値は滅菌を確率で捉える基本単位規定条件下で微生物集団を90%(1桁)不活化するのに要する時間・線量であり、滅菌設計の出発点となる。
  2. 滅菌の定義(SAL 10-6)は「100万分の1の汚染確率」完全なゼロではなく確率の概念である。初期菌数106個からこの水準に到達するには12D相当の処理が必要となる。
  3. 無菌試験が保証できる水準はおおむね10-2滅菌の定義である10-6とは約4桁の差があり、試験だけでは滅菌を証明できない。
  4. この差を埋めるのがバリデーションいかなる測定器でも測定不可能な滅菌状態を保証する唯一の手段であり、ISO 13485:2016 7.5.7、QMS省令第46条、QMSRが等しくこれを要求している。

目に見えないプロセスを科学的に保証するという発想は、製薬・医療機器産業における品質保証の根本原理である。D値と滅菌レベルの理解は、その入り口に立つことを意味している。

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