紙の記録と電子記録はどちらが重要か――原記録と真正なコピー

紙の記録と電子記録はどちらが重要か

「紙の記録と電子記録は、どちらが重要なのか」――査察対応や手順書整備の現場で、しばしば投げかけられる問いである。しかし規制文書を読み込むと、当局はこの問いに媒体では答えていないことが分かる。問われているのは紙か電子かではなく、その記録が原記録(original record)または真正なコピー(true copy)であるか、そしてALCOA+を満たしているか、という一点である。本稿では、原本性という軸から両者を整理し、とりわけ管理が難しいハイブリッド運用の要点を論じる。

問いの立て方を改める

「紙と電子のどちらが重要か」という問いは、実務上しばしば次のような形で立ち現れる。

  • 電子データと紙の記録とで値が食い違ったとき、どちらを正とするのか
  • 機器から出力した紙のプリントアウトを保管していれば、電子ファイルは削除してよいのか
  • 紙の記録をスキャンして電子保管に切り替えたいが、原本の紙は捨ててよいのか

これらはいずれも重要な問いである。しかし、規制当局はこれに「紙が上位」「電子が上位」といった媒体の序列では答えていない。答えの軸は一貫して原本性(Originality)にある。

論点のすり替えに注意

  • 問うべきは「紙か電子か」ではなく、「どれが原記録で、どれが真正なコピーで、どれが要約に過ぎないのか」である。
  • この区別を自社の手順書で明示していない組織は、査察の場でほぼ確実に説明に窮することになる。

規制が問うのは媒体ではなく「原本性」

原記録(Original Record)とは何か

PIC/Sが2021年7月1日に発効させたPI 041-1「Good Practices for Data Management and Integrity in Regulated GMP/GDP Environments」は、ALCOA+の「Original」を次のように説明している。

原記録とは、情報の最初の取得(first-capture of information)と表現できるものであり、紙に記録されたもの(静的)であるか、電子的に記録されたもの(通常は動的。システムの複雑さによる)であるかを問わない。もともと動的な状態で取得された情報は、その状態のまま利用可能であり続けるべきである。
――PIC/S PI 041-1 7.5「Basic data integrity principles」Original(趣旨)

同ガイドの用語集では、生データ(Raw Data)についても「原記録(データ)と定義され、紙・電子を問わず情報の最初の取得と表現できるもの」とされている。すなわち、規制上の「原記録」は媒体で決まるのではなく、その情報が最初に捕捉された地点で決まるのである。

ここから重要な帰結が導かれる。HPLCのような動的な電子データを紙にプリントアウトしても、その紙は原記録にはならない。クロマトグラムの再積分や再解析ができない紙は、動的データが持つ情報の一部しか保持していないからである。

真正なコピー(True Copy)とは何か

一方で、原記録そのものでなくとも規制上有効に扱われる記録がある。真正なコピー(true copy)である。米国医薬品GMPは、これを明文で認めている。

本パートで要求される記録は、原記録として、または真正なコピー(true copies)として保持することができる。真正なコピーとは、写真複写、マイクロフィルム、マイクロフィッシュ、その他原記録の正確な複製をいう。マイクロフィルム化等の縮小技術を用いる場合は、適切なリーダーおよび複写機器を直ちに利用できるようにしておくこと。
――21 CFR 211.180(d)(拙訳)

PIC/S PI 041-1も第7.7項で「true copies」の作成手順を具体的に示している。要点は次のとおりである。

対象 真正なコピーの作り方 注意点
紙の文書 原本を入手し、情報が欠落しないよう複写したうえで、複写物の真正性を検証し、「true copy」として署名・日付を付す 発行した真正なコピーの配付リストを維持すること
電子の記録 電子的手段(電子ファイルコピー)により、必要なメタデータをすべて含めて作成する メタデータが失われる可能性がある場合、PDF版の作成は禁止すべきとされている
受領側 紙・スキャン・電子ファイルのいずれであれ、適切な文書管理実務に従って照査・保管する 文書には「原記録ではなく真正なコピーである」旨を明示すること
紙記録を電子化して原本を廃棄したい場合:PIC/S PI 041-1は、真正なコピーが文書保存を助ける目的で作成される場合には、スキャン画像の元となった原本文書に代えてコピーを保持することが可能であり得るとする一方、真正なコピーが配付目的(例:顧客への送付)で作成される場合には、元の原本文書を記録所有者が所定の保存期間にわたり保持すべきとしている。目的によって扱いが分かれる点に注意が必要である。

原記録・真正なコピー・要約報告書の三層

区分 定義 規制上の位置づけ
原記録(Original Record/Raw Data) 情報の最初の取得。紙(静的)でも電子(通常は動的)でもあり得る データインテグリティ評価の基準点。動的に取得された情報は動的なまま保持することが求められる
真正なコピー(True Copy) メタデータを含め、原記録を正確に複製し、真正性が検証・認証されたもの 21 CFR 211.180(d)により、原記録に代えて保持し得る
要約報告書(Summary Report) データを要約した報告書。重要な裏付けデータやメタデータが含まれないことが多い 原データのレビューには代替できない。これのみに依拠することは適切でないとされる
要約報告書は本質的にその性質上限定的であり、重要な裏付けデータやメタデータが含まれていないことが多く、したがって原データをレビューすることができない。要約報告書はデータ移転プロセスの一要素に過ぎないと捉えるべきであり、関係者および査察当局が要約報告書のデータのみに依拠すべきではない。
――PIC/S PI 041-1 7.8「Limitations of remote review of summary reports」(趣旨)

紙の記録に固有の管理点

PIC/S PI 041-1は第8章を丸ごと紙ベースのシステムに割いている。紙記録は「素朴で安全」なのではなく、紙に固有の脆弱性を持つという前提に立っているのである。

管理点 期待される統制
ブランク様式の管理 記入用テンプレート(マスター、ログ等)の作成・配付・管理を統制する。未使用様式の使い回しや私的な控えを排除する
使用場所での可用性 様式が作業場所に備えられていること。手元になければ、作業者は発生時点で記録できない(Contemporaneousの侵害)
耐久性(Enduring) 消えないインクで記入する。感熱紙など経時的に退色する印字は、署名・日付入りの真正なコピーを作成して保管する
帰属性(Attributable) 署名・イニシャルの管理台帳を整備する。工程が時間をまたぐ場合は、ページ末尾や工程終了時にまとめて署名するのではなく、要所ごとに署名・日付を付す
訂正 一本線で抹消し、理由・イニシャル・日付を付す。修正液の使用や上書きは認められない
第二者照査 重要工程の記録は、作業と同時に独立した指名要員が照査・立会いし、その後生産部門・品質部門が照査・承認する
保管・廃棄 火災・液体・害虫・湿気・不正アクセスから保護する。保存期間経過後の廃棄手順を文書化し、廃棄権限を限定する

電子記録に固有の管理点

電子記録については、21 CFR Part 11EU GMP Annex 11が中核的な要求を定めている。

管理点 該当条項 要求の骨子
バリデーション 21 CFR 11.10(a) 正確性・信頼性・一貫した意図された性能、および無効または改変された記録を識別できる能力を保証するためのシステムバリデーション
複製の生成 21 CFR 11.10(b) 当局の査察・照査・複写に適した、人が読める形式および電子形式の双方で、正確かつ完全な記録の複製を生成できること
検索性の維持 21 CFR 11.10(c) 保存期間を通じて、記録を正確かつ速やかに取り出せるよう保護すること
アクセス制限 21 CFR 11.10(d)/Annex 11 第12項 システムアクセスを権限のある者に限定する。アクセス権の付与・変更・取消を記録すること
監査証跡 21 CFR 11.10(e)/Annex 11 第9項 作成・変更・削除に係る操作者の入力および行為を、安全・自動生成・タイムスタンプ付きで記録する。記録の変更は、それ以前に記録された情報を不明瞭にしてはならない。変更・削除の理由を記録し、定期的にレビューすること
バックアップ 21 CFR 211.68(b) バックアップデータが正確かつ完全であり、改変・不注意な消去・喪失から保護されていること
変更管理 Annex 11 第10項 システム設定を含むいかなる変更も、定められた手順に従い管理された方法でのみ行うこと

これらの条文を読み比べると、電子記録に求められている統制は、紙記録における「消えないインク」「一本線の抹消」「署名台帳」「施錠保管」に対応していることが分かる。要求の本質は同じであり、実装手段が媒体によって異なるだけである。「改ざん」と「正当な訂正」の境界については、改ざんの真の定義でさらに詳しく論じている。

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ハイブリッド運用――最も注意を要する形態

実務上、紙と電子が混在する「ハイブリッドシステム」が最も難しい。PIC/S PI 041-1は、ハイブリッドシステムを次のように定義したうえで、明確な警告を発している。

【定義】ハイブリッドシステムとは、電子データを生成する電子システムに、通常は紙ベースの記録を生成する定められた手作業のシステムを補完的に組み合わせた、データの管理・統制のためのシステムをいう。したがって、ハイブリッドシステムの完全なデータセットは、電子データと紙のデータの両方から成る。ハイブリッドシステムは、両方のサブシステムが有効に管理されて初めて正しく機能する。

【9.10項】ハイブリッドシステムは、その複雑さとデータ改変に対する脆弱性の増大を反映して、固有の追加的な統制を必要とする。このため、ハイブリッドシステムの使用は推奨されず、可能な限り置き換えられるべきである。
――PIC/S PI 041-1 13. Glossary および 9.10「Management of Hybrid Systems」(趣旨)

英国MHRAの「’GXP’ Data Integrity Guidance and Definitions」(2018年3月)も、ハイブリッドシステムでは帰属性のないデータ変更が生じやすく、より手厚いデータレビューが必要になるとしている。

ハイブリッド運用で手順書に定めるべき事項

  1. どれが原記録(rawデータ)かを明示的に定義する電子ファイルと紙のプリントアウトのいずれを原記録とするのか、記録の種類ごとに手順書で定義する。この定義がないまま「両方保管しています」と説明しても、査察官の質問には答えられない。動的データについては、原則として電子側を原記録とせざるを得ない。
  2. システム全体の記述書を用意するPIC/Sは、すべての主要な構成要素、各要素の機能、データ管理・インテグリティのための統制、そして構成要素間の相互作用を記述した詳細なシステム記述書を求めている。
  3. 手作業と自動処理の「接ぎ目」を統制する手作業で生成したデータの計算機システムへの入力、自動生成データの紙記録への(手作業を含む)転記、印字データの自動読取と計算機システムへの取り込み――これら三つの接ぎ目について、手順と記録を用意する。
  4. 転記後も原データを保持するPIC/Sは「転記および処理の後も、原データは保持されるべきである」と明記している。転記したから元は捨てる、という運用は認められない。
  5. 電子データと紙データの突合手順を定める電子データと紙ベースのデータをどのように関連づけてひとつの完全な記録を構成するのか、各システムの出力に対する承認の期待事項、ハイブリッド固有のリスクとその統制の有効性検証――これらを手順書に落とし込む。
  6. 手作業側の統制の頑健性を重点的に検証するハイブリッドシステムの弱点は、計算機システム側ではなく手作業側の運用のばらつきに生じやすい。二次照査の設計と実施記録を重点的に確認する。

ありがちな失敗

  • 電子天秤やpHメーターのようにデータを保存しない単純な機器の直接印字を、原記録として扱っているが、記録生成者の署名・日付や検体ID・ロット番号を記載していない(PIC/S 8.9項は、これらを記録に付したうえでバッチ記録・試験記録に添付することを求めている)。
  • 感熱紙の印字をそのまま保管しており、保存期間の途中で退色して判読できなくなる。
  • クロマトグラフのPDF出力のみを保管し、生データ・メタデータ・監査証跡・処理方法を保持していない。

静的記録と動的記録という補助線

紙と電子の議論を整理するうえで有用なのが、静的(static)/動的(dynamic)という区分である。FDAの「Data Integrity and Compliance With Drug CGMP: Questions and Answers」(2018年12月最終版)も、この区分を用いて説明している。

区分 定義(PIC/S PI 041-1 用語集) 典型例
静的記録(Static Record) 固定された記録形式であり、利用者と記録内容との間の相互作用がほとんど、または全くないもの 手書きの製造指図記録、単純な機器の直接印字
動的記録(Dynamic Record) 利用者と記録内容との間の対話的な関係を許容する記録(電子記録など) クロマトグラフィーデータシステム、スペクトルデータ、電子バッチ記録

PIC/Sは、電子的手段で生成された生データを紙またはPDFという静的形式で保持することも、静的記録が原データのインテグリティを維持すると正当化できる場合には考え得るとしている。ただしその場合であっても、生データ・メタデータ・関連する監査証跡・結果ファイル・分析実行ごとのソフトウェア/システム設定・データ処理実行(方法および監査証跡を含む)のすべてを記録し、印字記録が正確な表現であることを検証する文書化された手段が必要になるとし、「この方法はGMP/GDP適合記録を実現するうえで運用上おそらく煩雑である」と付言している。

実務的な結論:動的データを紙に落として原本とみなす運用は、理論上不可能ではないが、それを成立させるための管理コストは電子のまま保持するより高くつく場合が多い。「紙にすれば楽になる」という発想は、多くの場合成り立たない。

では、どちらが「重要」なのか

重要なのは、媒体ごとの特性を理解した上で、それぞれに適した管理手法を確立することである。紙には紙の、電子には電子の管理上の留意点があり、ハイブリッド環境ではさらに両者の境界における整合性の確保が求められる。

規制当局が一貫して示しているメッセージは、「記録の信頼性」こそが品質保証の根幹であるという点である。新たな技術の導入や電子化の進展に伴い、管理手法は進化していくが、ALCOA+に集約される基本原則の重要性は変わらない。

品質保証担当者は、自社の業務プロセスにおいてどのような記録が、どの媒体で、どのように管理されているかを正確に把握し、媒体の違いに惑わされることなく、各記録が患者安全性に対して持つ意味を見据えた管理体制を構築する必要がある。

「紙の方が安全」でもなければ「電子の方が信頼できる」のでもない。患者に届く製品の品質を保証するために、すべての記録が等しくALCOA+の要件を満たさなければならない――これこそが、データインテグリティの本質である。

まとめ――3つのポイント

  1. 軸は媒体ではなく原本性規制が問うのは紙か電子かではなく、その記録が原記録(情報の最初の取得)か、真正なコピーか、それとも要約に過ぎないのかである。21 CFR 211.180(d)は、原記録に代えて真正なコピーを保持することを明文で認めている。
  2. 動的データは動的なまま保持するPIC/S PI 041-1は「もともと動的な状態で取得された情報は、その状態のまま利用可能であり続けるべき」としている。クロマトグラムのPDF出力だけを保管する運用は、原本性の要件を満たさない可能性が高い。
  3. ハイブリッド運用こそ手順で定義するPIC/Sはハイブリッドシステムの使用を推奨せず、可能な限り置き換えるべきとしている。やむを得ず運用する場合は、どれが原記録かを手順書で明示し、手作業と自動処理の接ぎ目を統制し、転記後も原データを保持することが不可欠である。

本稿と関連して、記録の変更をめぐる論点は「意図した変更」とは何かで、データインテグリティを支える組織能力についてはデータインテグリティ保証の3要素で、それぞれ詳しく論じている。また、記録の保存と査察対応の観点からはQMSR施行前の記録と査察、QMSの完全性を経営がどう確認するかについてはQMSの完全性とマネジメントレビューもあわせて参照されたい。

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