転職経験のない人に、内部監査はできない

転職経験のない人に、内部監査はできない

~「自社のQMSを是とする」最大の落とし穴~
内部監査は、未経験者にはできない。とりわけ、転職を経験したことのない人には、まず務まらない。理由は単純で、最初に学んだQMSを「これが正しいやり方だ」と無意識に信じ込んでしまうからである。ISO 13485:2016 8.2.4 は、監査員の選定と監査の実施が客観性と公平性を確保すること、そして監査員は自らの業務を監査してはならないことを求めている。本稿では、規格が求める要求事項と、筆者が実務経験から述べる主張とを明確に分けたうえで、「比較軸を持たない監査員」という組織的リスクを論じる。

これは多くの品質責任者が口にしたがらない事実である

内部監査は、未経験者にはできない。とりわけ、転職を経験したことのない人には、まず務まらない。

理由は単純である。

最初に学んだQMSを「これが正しいやり方だ」と無意識に信じ込んでしまうからだ。

三つ子の魂百までの言葉どおり、生え抜き一本の人にとって、自社のQMSは空気のように当たり前の存在になる。

当たり前のものに違和感を抱くことなどできない。だからリスクが見つからないのである。

逆に、二社以上を経験してきた監査員は「前の会社ではこれをやっていた。この会社はやっていない。これは危ない」と気づける。

比較対象を持っているからだ。これが内部監査における力量の本質である。

規格は内部監査に何を求めているのか――ISO 13485 8.2.4

まず、規格の要求事項を正確に確認しておきたい。ISO 13485:2016 8.2.4(内部監査)の骨子は次のとおりである。

組織は、品質マネジメントシステムが、計画され文書化された取決め・本規格の要求事項・組織自らが定めた品質マネジメントシステム要求事項・適用される規制要求事項に適合しているか、また効果的に実施され維持されているかを判定するため、あらかじめ定めた間隔で内部監査を行わなければならない。
監査の対象となるプロセス・領域の状態および重要性、ならびに前回までの監査結果を考慮して、監査プログラムを計画しなければならない。監査の基準・範囲・間隔・方法を規定し、記録しなければならない。
監査員の選定および監査の実施においては、監査プロセスの客観性および公平性を確保しなければならない。監査員は、自らの業務を監査してはならない。
――ISO 13485:2016 8.2.4(内部監査)の要求事項の趣旨
8.2.4 が求める事項 実務上のポイント
適合性の判定 規格・自社規定・規制要求事項の三方向に対する適合を見る。自社規定への適合だけを見る監査は片手落ちである
有効性の判定 「文書どおりに実施されているか」に加え、その仕組みが機能しているかを判定する
リスクを考慮した監査プログラム プロセスの状態・重要性・前回結果を踏まえて頻度と深さを配分する。全部門を毎年均等に回るだけの計画は要求を満たしていない
客観性・公平性の確保 監査員の選定段階から担保する。これが本記事の主題である「比較軸」の問題に直結する
自らの業務を監査してはならない 兼務の多い中小組織では最も守りにくい要求。外部資源の活用が現実解になる場合がある
是正処置と再監査 発見された不適合の原因を除去する処置を遅滞なくとり、その検証結果を報告する

ここは明確に区別したい――規格要求と筆者の主張

  • 規格が要求しているのは「客観性・公平性の確保」と「自らの業務を監査しないこと」、そして力量のある要員を用いることである。
  • 「転職経験がなければ内部監査はできない」は、規格の要求事項ではない。ISO 13485 にも QMS省令にも、そのような条文は存在しない。
  • 本記事の主張は、客観性を実質的に成り立たせるには比較軸が要るという実務上の経験則である。規格要求の裏づけがあるのは「客観性が必要だ」という部分までであり、その先の「比較軸=他社経験」は筆者の見解として読まれたい。
日本の規制での位置づけ:QMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)では第56条(内部監査)が内部監査を規定し、その手順を文書化することを求めている。教育訓練・力量については第23条(能力、認識及び教育訓練)が対応する。

PMDA・FDAの査察官は、なぜ指摘できるのか

ではPMDAやFDAの査察官はどうか。

彼らの多くは医療機器企業に勤めた経験がない。

それでも来訪して指摘を出し、改善を命令する。なぜか。

多くの会社を見ているからである。

他社で当然のようにやっていることを、ある会社が見落としていれば、それは即ちリスクである。

査察官は他社事例という比較軸を持っているからこそ指摘できる。

監査・査察はまさに比較の作業なのだ。

監査員の類型 持っている比較軸 典型的な弱点
生え抜き社内監査員 自社の手順書のみ 手順書との突合はできるが、手順書そのものの不備には気づけない
転職経験のある社内監査員 複数社のQMS運用 前職のやり方を絶対視すると別のバイアスになる
供給者監査の経験者 多数の供給者の現場 訪問先の品質水準が低いと基準が下がる(別稿参照)
規制当局の査察官 多数の企業の査察事例と指摘事例 企業内部の事情や制約への理解が薄い場合がある
外部コンサルタント/認証機関審査員 業界横断の実務事例 自社固有のプロセスへの理解に時間を要する

力量とは何か――「知識」ではなく「能力」である

ISO 13485 6.2(人的資源)は、製品品質に影響する業務に従事する要員が、適切な教育(education)、訓練(training)、技能(skills)および経験(experience)に基づいて力量を有することを要求している。ここで注目すべきは、4番目に experience(経験) が明記されている点である。

力量(competence)とは、「意図した結果を達成するために、知識および技能を適用する能力」をいう。
――ISO 9000:2015(品質マネジメントシステム-基本及び用語)における定義。ISO 13485:2016 はこの規格を引用規格としており、用語の定義を共有する
正確を期すための補足:「意図した結果を達成するために知識および技能を適用する能力」という力量の定義そのものは ISO 9000:2015 に置かれているものであり、ISO 13485 6.2 の条文が定義しているわけではない。ISO 13485 6.2 が求めているのは、①必要な力量を明確にすること、②教育訓練その他の処置によりその力量を確保すること、③とった処置の有効性を評価すること、④要員が自らの業務の意味と重要性を認識していること、⑤教育・訓練・技能・経験の記録を維持すること、である。

知識ではなく能力、すなわち結果を出せるかどうかである。

力量の4要素 内容 社内研修で獲得できるか
教育
(education)
体系的な知識の基盤。学歴・専門教育を含む ある程度可能
訓練
(training)
特定の作業を確実に遂行できるようにする反復的な習得 可能
技能
(skills)
実際に手を動かして成果を出せる技術 可能
経験
(experience)
多様な状況に接することで得られる判断の蓄積。比較軸はここに属する 社内だけでは獲得しにくい

内部監査員に必要な知識を社内研修で詰め込んでも、比較軸という経験は外でしか身につかない。力量の4要素をより詳しく論じた「なぜ「力量」には知識と技能だけでは不十分なのか」もあわせて読まれたい。

監査員の力量については ISO 19011 が指針を示している

マネジメントシステム監査の一般指針である ISO 19011 は、監査の原則、監査プログラムの運営管理、監査の実施に加えて、監査に関与する要員の力量の評価について指針を与えている。監査員に求められる力量として、個人の行動特性(客観的であること、粘り強いこと、先入観にとらわれないことなど)と、監査の原則・手順・方法や関連する規格・規制に関する知識および技能の双方が扱われる。

版に関する注意:ISO 19011 は長らく第3版である ISO 19011:2018(Guidelines for auditing management systems)が用いられてきたが、2026年5月に第4版 ISO 19011:2026 が発行され、2018年版を置き換えている。社内の内部監査手順書が ISO 19011:2018 を参照している場合は、最新版への切替えの要否を確認されたい。なお ISO 19011 は認証審査の要求事項規格ではなく、あくまで指針(guidelines)である点にも留意したい。
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では、生え抜きしかいない組織はどうすればよいか

打開策は一つしかない。

供給者監査として外に出ることである。

他社のQMSを実地で見ることでしか、自社のQMSを相対化できない。

月に一本でも二本でも他社の現場を見れば、勘所は確実に磨かれる。

組織として打てる手は明確だ。

  1. 中途採用他社のQMSを内側から知る人材を採る。最も直接的だが、時間と原資を要する。
  2. 転職経験者の監査チームへの登用すでに社内にいる転職経験者を、部署を問わず内部監査員に指名する。品質部門の外にこそ、貴重な比較軸を持つ人材がいる。
  3. 外部コンサルタント・外部監査員の一時的な参画内部監査に外部要員を加える。ISO 13485 8.2.4 が求める「自らの業務を監査してはならない」という要求を、兼務の多い小規模組織で満たす現実的な手段でもある。
  4. 供給者監査への同行を業務として与える生え抜き社員にも、他社のQMSを実地で見る機会を業務として与える。月に一本でも他社の現場に立てば、勘所は確実に磨かれる。

「自社の中でだけ育てた監査員」という肩書きを掲げているなら、その制度自体が最大のリスクである。

長年同じQMSの中で過ごしてきた人にとって、外を見ることは唯一の解毒剤である。

ただし、外に出れば何でもよいわけではない

まとめ――3つのポイント

  1. 規格が求めるのは「客観性・公平性」と「自らの業務を監査しないこと」ISO 13485 8.2.4 の要求事項はここまでである。「転職経験が必須」は規格要求ではなく、客観性を実質化するための実務的な主張として区別して理解したい。
  2. 力量の4要素のうち、経験(experience)は社内では育たないISO 13485 6.2 は教育・訓練・技能・経験に基づく力量を求める。監査員に必要な「比較軸」は経験に属し、社内研修だけでは獲得できない。
  3. 供給者監査は、最も現実的な「外を見る」手段である中途採用・転職経験者の登用・外部要員の参画に加え、供給者監査への同行を業務として制度化する。外を見ることが、生え抜き組織にとって唯一の解毒剤である。

参考・出典(一次情報源)

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