リスクベースアプローチとは

リスクベースアプローチ(Risk-Based Approach)とは、製品品質・安全性・記録の信頼性(データインテグリティ)への影響度に応じて管理の厳しさを配分する考え方である。ICH Q9(R1)ISO 14971:201921 CFR Part 820(QMSR)QMS省令GMP省令のいずれもが、この思想を条文・要求事項として明示的に取り込んでいる。しかし実務では「リスクベース=手を抜いてよい」という誤解が根強い。本稿では、一次情報に基づいて枠組みを整理したうえで、その誤解を正面から否定する。

「一律管理」の限界と、新しい発想

従来の「一律管理」アプローチ

医薬品・医療機器・食品をはじめとする規制産業において、「すべての項目を同じ厳しさで管理する」という考え方は、長らく品質管理の基本姿勢とされてきた。しかしながら、現実の業務においてはリソースに限りがあり、すべてに同等の注意を向けることは容易ではない。

かつての品質管理では、業務の種類や製品への影響度にかかわらず、すべての工程・記録・システムに対して同一の管理水準が求められる傾向があった。例えば、社内向けの備品管理台帳も、製品の製造記録も、同等の手続きで運用されることがあった。

この考え方自体は「漏れをなくす」という点で一定の合理性を持つが、実務上は以下のような問題が生じやすい。

  • 重要度の低い業務に過大なリソースが費やされる
  • 真に重要な管理対象への注意が分散される
  • 組織全体のコンプライアンス疲弊(Compliance Fatigue)を招く

リスクベースアプローチの核心

リスクベースアプローチは、こうした限界を克服するための考え方である。その核心は、「影響度(Severity)」と「発生可能性(Probability)」を掛け合わせたリスク評価に基づいて、管理の厳しさを決定するという点にある。影響度が高く、発生可能性も高いものには厳格な管理を、影響度が低いものには簡素な管理を適用することで、限られたリソースを最も効果的に活用できる。

適用される3つの重要領域

リスクベースアプローチは、規制産業において主に以下の3つの領域で活用されている。

  • 製品品質(Product Quality)――工程や原材料が最終製品の品質に及ぼす影響度に応じて、管理・試験・バリデーションの水準を変える
  • 安全性(Safety)――製品が患者・使用者・第三者に及ぼす危害の重大性と発生確率に応じて、設計上のリスクコントロールを講じる
  • 記録インテグリティ(Data Integrity)――記録やコンピュータ化システムが製品品質・患者安全に及ぼす影響度に応じて、バリデーション深度・監査証跡・アクセス管理の要件を変える

製品品質――すべての工程が等価ではない

製造工程においては、すべての工程が製品品質に与える影響は均一ではない。例えば医薬品の製造では、原薬の秤量工程は最終製品の有効成分量に直結するため高リスクと判断される一方、製品の外装ラベルの印刷工程は影響度が相対的に低いとみなされる場合がある。もちろん「低い」は「ゼロ」ではない。表示の誤りは重大な健康被害と回収の原因になり得るのであって、比較の問題にすぎない点は誤解のないようにしたい。

ICH Q9(品質リスクマネジメント)は、この考え方を製薬業界に体系的に導入した国際指針であり、FMEA(故障モード影響解析)やHACCP(ハザード分析重要管理点)などの手法を利用可能なリスク評価ツールの例として紹介しており、状況に応じた定量的・定性的評価の実施を支持している。安全性と記録インテグリティの2領域については、それぞれ ISO 14971:2019 と Part 11/CSA の章で後述する。

国際的な定式化――ICH Q9 の2つの原則

この思想を国際的に定式化した最初の文書が、2005年11月に ICH でステップ4に到達した ICH Q9「品質リスクマネジメント」である。同ガイドラインは冒頭で、品質リスクマネジメントの原則をわずか2つに凝縮している。

・品質に対するリスクの評価は、科学的知見に基づき、最終的には患者の保護に結び付けられるべきである。(注:品質に対するリスクには、製品の供給に影響が及び、患者への健康被害につながり得る状況も含まれる。)
・品質リスクマネジメントの労力・形式性(formality)・文書化の程度は、リスクのレベルに応じたものであるべきである。
――ICH Q9(R1) 第3章「品質リスクマネジメントの原則」(趣旨訳)

ここで注意すべきは、原則が求めているのが「リスクに応じた労力」であって、「リスクが低ければ労力ゼロ」ではないという点である。この一語の読み違えが、後述するあらゆる誤用の出発点になる。

リスクベースは「手を抜く」ことの免罪符ではない

リスクベースアプローチに対して、「管理を緩めることへの免罪符になるのでは」という懸念を持つ方も少なくない。しかしこれは明確な誤解である。

リスクベースアプローチは、低リスク領域の管理を合理化する代わりに、高リスク領域には従来以上の注意と資源を集中投下することを求める。つまり、「管理の総量を減らす」のではなく、「管理の配分を最適化する」ことが目的である。総量が減るとすれば、それはリスク評価の結果として偶然そうなったにすぎず、目的ではない。

この点について、ICH Q9(R1) は改訂で追加された第5.1節に、極めて短く、しかし決定的な一文を置いた。

品質リスクマネジメントプロセスにおいて、低い形式性(formality)の適用を正当化するために、資源の制約を用いてはならない。リスクスコア、格付け及び評価は、証拠、科学及び知識の適切な使用に基づくべきである。どの程度の形式性を適用するかにかかわらず、堅牢なリスクの管理こそがプロセスの目標である。
――ICH Q9(R1) 5.1 Formality in Quality Risk Management(趣旨訳)

「リスクベースだから簡略化した」が通らない理由

  • 人手・予算・納期は、形式性を下げる理由にならない。ICH Q9(R1) 5.1 が名指しで否定している。
  • 形式性を下げてよいのは、不確実性(Uncertainty)・重要性(Importance)・複雑性(Complexity)が低いと科学的に説明できるときだけである。
  • ICH Q9(R1) 第6章は「品質リスクマネジメントの適切な使用は、規制要件を遵守する義務を免れさせるものではない」と明記している。リスクベースは法令要求の適用除外事由ではない。
  • FDAの査察においても「なぜこのリスクレベルと判断したか」の根拠が問われる。科学的根拠のない「低リスク」判定は、むしろ重大な指摘事項となり得る。

言い換えれば、リスクベースアプローチは説明責任を前倒しで要求する枠組みである。一律管理であれば「規則どおりやりました」で済んだものが、リスクベースでは「なぜこの水準で足りると判断したのか」を自ら立証しなければならない。労力の総量が減らないどころか、判断の質と記録の質は明らかに上がる。安易な導入がかえって組織を苦しめるのは、このためである。

ICH Q9(R1)――品質リスクマネジメントの標準的枠組み

ICH Q9 は2023年1月18日にステップ4に到達した改訂版 ICH Q9(R1) に置き換わっている。日本では厚生労働省が令和5年8月31日付 薬生薬審発0831第1号・薬生監麻発0831第2号「品質リスクマネジメントに関するガイドラインの改正について」により通知し(令和5年10月4日に一部訂正)、平成18年9月1日付の旧ガイドラインを差し替えた。和訳はPMDAのICHページから入手できる。米国では FDA がGuidance for Industry「Q9(R1) Quality Risk Management」として2023年5月に採択している。

3つの構成要素――アセスメント・コントロール・レビュー

ICH Q9(R1) は、品質リスクマネジメントを「リスクのアセスメントコントロールコミュニケーションレビュー」から成る体系的プロセスと定義する(第4章)。

構成要素 内容
4.3 リスクアセスメント
(Risk Assessment)
ハザードの特定(何が問題を引き起こし得るか)/リスク分析(発生可能性と重大性の結び付け。ツールによっては検出性も加味)/リスク評価(あらかじめ定めた判定基準との比較)
4.4 リスクコントロール
(Risk Control)
リスク低減リスク受容の意思決定。「リスクコントロールに投じる労力は、リスクの重大性に比例すべき」と明記。低減策が新たなリスクを生んでいないかの再評価も求められる
4.5 リスクコミュニケーション 意思決定者と関係者の間での情報共有。産業界と規制当局の間の伝達も含む
4.6 リスクレビュー
(Risk Review)
計画的事象(照査・査察・監査・変更管理)と非計画的事象(逸脱調査・回収の根本原因)を契機とした見直し。レビューの頻度はリスクのレベルに基づいて決める

用語の変更に注意――「リスクの特定」から「ハザードの特定」へ

R1 における実務上重要な変更のひとつが、従来「リスクの特定(Risk Identification)」と呼ばれていた工程を「ハザードの特定(Hazard Identification)」に改称した点である。リスクは「危害の発生確率と重大性の組合せ」であり、特定の対象になるのはリスクそのものではなくハザードである、という概念整理を反映したものである。既存のSOPやリスクアセスメント様式が旧用語のままになっていないか、この機会に点検されたい。

R1で何が加わったか――形式性・意思決定・主観性

R1 の中核は、第5章「リスクマネジメントの方法論」への3節の追加と、第6章への供給安定性に関する節の追加である。

新設節 表題 要点
5.1 品質リスクマネジメントにおける形式性
(Formality in Quality Risk Management)
形式性は「正式/非公式」の二者択一ではなく連続体(スペクトラム)である。不確実性・重要性・複雑性の3因子が高いほど高い形式性を適用する。どう決めるかは品質システム内に記述しておくこと
5.2 リスクに基づく意思決定
(Risk-Based Decision-Making)
意思決定プロセスは「高度に構造化された分析」「より簡素な手法」「ルールベース(SOP・方針・限度値による標準化された判断)」の連続体。適用する形式性の水準と直接に対応する
5.3 主観性の管理と最小化
(Managing and Minimizing Subjectivity)
主観性は完全には排除できないが、バイアスと前提の明示、ツールの適正な使用、関連データと知識の最大限の活用により管理し最小化する。リスク質問の定義不足や、設計の粗いスコア尺度が主観性の混入源になる
6.1 品質・製造上の問題に起因する製品供給リスクへの対応における役割 GMP不適合を含む品質・製造上の問題は製品供給問題(品薄・供給停止)の重大な原因である。供給途絶の予防・緩和活動にも品質リスクマネジメントを適用する

とりわけ 5.3 は、リスクアセスメントの現場を長く悩ませてきた問題を初めて正面から扱った節である。ICH Q9(R1) は「意思決定者は、品質リスクマネジメント活動における主観性が管理され最小化されることを保証しなければならない」と第4.1節(責任)にも明記した。RPN(リスク優先度数)の乱用――尺度の定義が曖昧なまま3つの数値を掛け合わせ、閾値を後付けで調整する運用――は、まさにこの節が戒める「設計の粗いスコア尺度」の典型である。

利用可能なリスクマネジメントツール

ICH Q9(R1) 第5章および附属書I は、利用可能なツールの例として次を挙げている(網羅的な一覧ではない)。

  • 基本的なリスクマネジメント支援手法(フローチャート、チェックシート等)
  • FMEA(故障モード影響解析)/FMECA(故障モード影響致命度解析)
  • FTA(故障の木解析)
  • HACCP(ハザード分析重要管理点)
  • HAZOP(ハザード及び運転性検討)
  • PHA(予備ハザード分析)
  • リスクランキングとフィルタリング
  • 統計的手法(管理図、累積和管理図等)

これらは「どれかを必ず使え」という趣旨ではない。ICH Q9(R1) 5.1 は、形式性が低い場合には「品質リスクマネジメントツールが一部または全部の工程で使われないこともある」と明示している。ツールを使うこと自体が目的化してはならない。

医療機器の安全性――ISO 14971:2019 と「AFAP」

医療機器の分野では、ISO 14971:2019(第3版)がリスクマネジメントの国際規格として広く採用されている。この規格は、製品が患者・使用者・第三者、さらには財産や環境に与えるリスクを特定・推定・評価し、受容可能な水準に収まるよう設計・管理することを、ライフサイクル全体にわたって求めている。適用の手引きはISO/TR 24971:2020が、ISO 14971:2019 と同一の箇条番号構成で提供している。

重要なのは、「リスクゼロ」を目指すのではなく、ベネフィットとリスクのバランスを科学的に評価するという姿勢である。手術用メスには刃の危険性があるが、その有益性が上回るため製品として許容される。これがリスクベース思考の本質である。

ALARP と AFAP を混同してはならない

ここが実務上、最も間違えられている論点である。よく似た2つの略語があるが、両者は要求水準が根本的に異なる

略語 読み方・原語 意味 経済的要因の考慮
ALARP As Low As Reasonably Practicable
(合理的に実行可能な限り低く)
これ以上の低減は、得られる安全上の便益に比して費用・労力が著しく不釣り合いになる――という点まで下げればよい 考慮してよい(「reasonably practicable」に費用対効果の判断が内包される)
AFAP As Far As Possible
(可能な限り)
ベネフィット・リスク比を悪化させない範囲で、可能な限り低減する。費用が高いことは低減をやめる理由にならない 考慮してはならない

欧州市場向けの医療機器では、EU医療機器規則(Regulation (EU) 2017/745, MDR)附属書I 第I章が AFAP を要求している。第2項は次のように定義している。

本附属書における「リスクを可能な限り(as far as possible)低減する」という要求は、ベネフィット・リスク比を悪化させることなく、可能な限りリスクを低減することを意味する。
――Regulation (EU) 2017/745 Annex I, Chapter I, 2.(趣旨訳)

すなわち、リスク低減を打ち切ってよい唯一の理由は「これ以上下げるとベネフィット・リスク比が悪化する」ことだけであり、「費用がかかりすぎる」「工数が見合わない」は理由として認められない。ここが ALARP との決定的な差である。ISO 14971:2019 は受容可能性の判定基準を数値で示さず、その決め方(方針)を製造業者の管理者層に委ねているが、欧州市場向けの機器についてはこの方針の選択に余地がない。ALARP の考え方を残したリスクマネジメント方針をそのまま欧州向けに流用すれば、MDR 不適合となる。欧州整合規格である EN ISO 14971:2019+A11:2021 は、この点を整理したうえで MDR/IVDR の整合規格として欧州連合官報に掲載されている。

ここを間違えると監査で指摘される

  • リスクマネジメント計画書の「リスク受容基準」に ALARP と書いたまま、欧州向けの技術文書を作成していないか。
  • リスクコントロール手段の採否を「コストが見合わない」と記録していないか。AFAP 下ではその記載自体が不適合の証拠になり得る。
  • ALARP と AFAP を「同じような意味」として社内教育資料に併記していないか。

▲【動画】【ワンポイントMD】第135回 「ALARPまで下げた」では、もう通らない(株式会社イーコンプライアンス)

リスクコントロールには優先順位がある

もうひとつ、リスクベースアプローチの実装で見落とされやすいのが、リスクコントロール手段には厳格な優先順位があるという点である。ISO 14971:2019 のリスクコントロール手段の選択肢分析(箇条7.1)も、MDR 附属書I 第I章4項も、同じ順序を定めている。

  1. 本質的安全設計(Inherently safe design and manufacture)設計・製造そのものによってハザードを除去する、またはリスクを低減する。最優先。
  2. 保護手段(Protective measures)除去できないリスクについて、機器自体または製造工程における防護手段(必要に応じてアラームを含む)を講じる。
  3. 安全のための情報(Information for safety)警告・注意・禁忌の表示、および必要に応じた使用者訓練。最後の手段であり、上位2つを検討せずにここへ飛んではならない。

「取扱説明書に注意書きを追加した」だけでリスクコントロール完了とする運用は、この優先順位を無視している。実際、MDR は「製造業者は使用者に残留リスクを通知しなければならない」と定めるが、それは上位2段階を尽くしたうえでの話である。

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米国QMSR――リスクベースはどこに書かれているか

QMSR(Quality Management System Regulation)2024年2月2日の最終規則により21 CFR Part 820 を全面改正したもので、2026年2月2日に施行された。この改正で条文の姿は大きく変わっている。

条項 表題 内容
§ 820.7 Incorporation by reference ISO 13485:2016(英語版)およびISO 9000:2015 の箇条3(英語版)を引用によって取り込む
§ 820.10 Requirements for a quality management system ISO 13485 の適用要求事項に適合する品質マネジメントシステムを文書化すること、およびUDI(Part 830)・追跡(Part 821)・不具合報告(Part 803)・回収等(Part 806)といった米国固有の規制要求と併せて遵守することを求める
§§ 820.20–820.30 [Reserved](削除) 旧QSRの管理責任者・品質監査・要員・設計管理の各条は削除された
§ 820.35 / § 820.45 Control of records / Device labeling and packaging controls 記録管理および表示・包装管理に関する米国固有の上乗せ要求

ここで見落とされやすいのが、旧 §820.30(g)(設計バリデーション)にあった「risk analysis(リスク分析)」という語が、現行の Part 820 条文からは消えているという事実である。これは米国がリスクマネジメントを不要としたという意味ではまったくない。逆であり、リスク要求は §820.7 の引用取り込みを通じて ISO 13485:2016 本体に一本化された

ISO 13485:2016 は箇条4.1.2 b) で「品質マネジメントシステムに必要な適切なプロセスの管理にリスクに基づくアプローチを適用する」ことを、箇条7.1 で「製品実現におけるリスクマネジメントのプロセスを文書化する」ことを求めている。つまり QMSR 下の米国では、リスクベースアプローチは設計管理という一領域の話ではなく、品質マネジメントシステム全体の統制原理として位置づけられたことになる。

査察側の運用も同様である。FDAは2026年2月2日から、更新された医療機器製造業者査察コンプライアンスプログラム CP 7382.850 による査察を開始した。詳細は「なぜ事後法が適用されたのか」「MDSAPとは何か」も併せてご覧いただきたい。なお FDA は、ISO 13485 の適合証明書を求めることも発行することもなく、適合証明書があってもFDA査察が免除されるわけではないとFAQで明言している。

日本の法令におけるリスクベース――QMS省令・GMP省令

QMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)

日本の医療機器QMS省令も、ISO 13485:2016 との整合を図った改正により、リスクに基づく管理を条文レベルで要求している。とりわけ第5条の2第2号は、ISO 13485:2016 箇条4.1.2 b) にそのまま対応する規定である。

第五条の二 製造販売業者等は、次に掲げる事項を明確にして品質管理監督システムを確立しなければならない。
一 品質管理監督システムに必要な工程(以下単に「工程」という。)の内容(当該工程により達成される結果を含む。)並びに当該工程における各施設及びその各部門の関与の態様
二 製品に係る医療機器等の機能、性能及び安全性に係るリスク並びに当該リスクに応じた管理の程度
三 工程の順序及び相互の関係
――医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令 第5条の2(e-Gov法令検索)

リスクに言及する主な条項は次のとおりである。条番号はe-Gov法令検索の現行条文で確認されたい。

条項 条見出し リスクに関する要求
第5条の2第2号 品質管理監督システムの確立 機能・性能・安全性に係るリスクと、それに応じた管理の程度を明確にする
第5条の6第3項 ソフトウェアの使用 品質管理監督システムに使用するソフトウェアは、その使用に伴うリスクに応じてバリデーションを行う
第26条第3項・第4項 製品実現計画 製品実現に係る全ての工程における製品のリスクマネジメントに係る要求事項を明確化・文書化し、記録を作成・保管する
第31条第1項第3号 設計開発への工程入力情報 第26条第3項のリスクマネジメントの工程出力情報たる要求事項を、設計開発への入力情報とする
第37条第2項第4号・第5項 購買工程 供給者の評価・選定基準に「意図した用途に応じた機能、性能及び安全性に係るリスク」を含める。不適合判明時は当該不適合によるリスクに応じて供給者と協力して措置をとる
第45条第6項 製造工程等のバリデーション 製造及びサービス提供へのソフトウェア使用に伴うリスクに応じてバリデーション及び再バリデーションを行う

第31条第1項第3号は特に注目に値する。リスクマネジメントのアウトプットが設計開発のインプットになるという接続を、条文が明示しているからである。リスクマネジメントファイルが設計と切り離された「別冊の書類」になっていないか、確認されたい。設計段階での位置づけについては「デザインレビューとデザインベリフィケーションの違い」も参考になる。

GMP省令(平成16年厚生労働省令第179号)

医薬品側では、令和3年8月1日施行の改正GMP省令が第3条の4に「品質リスクマネジメント」を独立の条として新設した。

第三条の四 製造業者等は、品質リスクマネジメントを活用して医薬品品質システムを構築した上で、医薬品に係る製品について、製造所における製造管理及び品質管理を行わなければならない。
2 製造業者等は、あらかじめ指定した者に品質リスクマネジメントの実施の手続その他の必要な事項に係る文書及び記録を作成させ、これらを保管させなければならない。
――医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令 第3条の4(e-Gov法令検索)

「活用して……構築した上で」という語順が重要である。品質リスクマネジメントは医薬品品質システムの前提であり土台であって、後付けの付属手続ではない。同省令では第11条の2第1項第1号(安定性モニタリング)が「品質リスクを特定し、評価を行った結果に基づいて」対象医薬品を選定することを求めるなど、個別業務にもリスクベースの判断が組み込まれている。改正の全体像は「『GMP施行通知』から改正GMP省令へ」で解説している。

記録インテグリティとコンピュータ化システム

FDAが強く推進するデータインテグリティの観点でも、リスクベースアプローチは欠かせない。21 CFR Part 11 は電子記録・電子署名に対するコンプライアンス要求を、EU GMP Annex 11 はコンピュータ化システム全般に対するコンプライアンス要求を定めているが、これらの要求もシステムの用途や製品への影響度に応じて適用範囲が変わる。

例えば、製造バッチ記録を管理するシステムと、社内向けのスケジュール管理ツールとでは、求められるバリデーションの深度や監査証跡の要件が大きく異なる。前者は患者の安全に直結するため高い要求水準が課されるが、後者にはそれほど厳格な対応は求められない。

Part 11 の解釈がリスクベースへ転換した瞬間

この考え方を米国で公式化したのが、FDAが2003年8月に発出したガイダンス 「Part 11, Electronic Records; Electronic Signatures — Scope and Application」である。同ガイダンスは Part 11 の適用範囲を狭く解釈する方針を示すとともに、バリデーション・監査証跡・記録の保存について、予測される影響と記録の重要性に基づく正当化されたリスクアセスメントに依拠する運用を認めた。一律に全システムを同じ深度でバリデートする時代は、ここで終わっている。

CSV から CSA へ

その延長線上にあるのが CSA(Computer Software Assurance)である。FDAは2025年9月24日、最終ガイダンス 「Computer Software Assurance for Production and Quality Management System Software」を発出した。同ガイダンスは、製造または品質マネジメントシステムに用いるソフトウェアについて、機能単位(feature, function, operation)ごとに工程リスクの高低を判定し、それに応じて保証活動の型(スクリプト試験/限定的スクリプト試験/非スクリプト試験)と記録の量を選ぶという枠組みを示している。

ここでも注意が必要である。CSAは「高工程リスクの機能について、シナリオ試験・エラー推測・探索的試験といった非スクリプト試験のほうが適している場合がある」と述べているのであって、「高リスクだから試験を減らしてよい」とは一言も述べていない。むしろ、台本どおりのスクリプト試験では発見できない欠陥を掘り起こすために、より知的負荷の高い試験を求めている。文書量が減ることはあっても、保証の水準は下がらない。この点は「ER/ES実践講座(第7回)続報」で詳しく扱っている。

産業界側では GAMP 5 第2版(2022年発行)が、クリティカルシンキング(批判的思考)を軸に据え、システムのリスクと供給者の実績に応じて検証の労力を配分する考え方を全面的に打ち出した。また PIC/S は PI 041-1「Good Practices for Data Management and Integrity in Regulated GMP/GDP Environments」(2021年7月1日発効)で、データガバナンスとデータインテグリティ管理策をリスクに基づいて設計することを、査察官と産業界の双方に向けて示している。

リスクベースが実装された具体例――EU GMP Annex 1

「リスクベースアプローチ」を抽象論で終わらせないために、実際の規制文書がどう書き換わったかを見ておきたい。欧州委員会が2022年8月22日に公表し、2023年8月25日から適用されている改訂 EU GMP Annex 1「無菌医薬品の製造」がその代表例である(8.123項のみ2024年8月25日まで適用が延期された)。

改訂 Annex 1 の最大の特徴は、汚染管理戦略(CCS:Contamination Control Strategy)という文書化された全社的戦略を新たに要求した点にある。個々の限度値や試験項目を並べる従来型の規定から、施設・設備・システム・手順の設計と管理に品質リスクマネジメントの原則を適用し、微生物・微粒子・化学物質という汚染源全体を俯瞰して多層的な管理策を組み立てる方式へと重心が移った。

ここでも、要求が緩んだわけではない。むしろ「規定の数値を満たしていれば足りる」という逃げ場が失われ、「なぜその管理策の組合せで汚染を防げると言えるのか」を自ら説明する義務が加わった。リスクベース化とは、往々にしてこういう形で現れる。

リスク評価の実際――どのように決め、どのように残すか

リスクベースアプローチを実践するには、リスクを体系的に評価するプロセスが必要である。一般的なフローは以下のとおりである。

  1. リスク質問(Risk Question)を定義するICH Q9(R1) 4.2 は、まず問題またはリスク質問を明確に定義することを求める。ここが曖昧なままだと、以降のすべての工程に主観性が混入する(5.3)。
  2. ハザードを特定する何が問題を引き起こし得るかを列挙する(例:原材料の汚染、ソフトウェアのバグ、操作ミス)。過去のデータ、理論的解析、専門家の見解、関係者の懸念を情報源として用いる。
  3. リスクを分析・評価する基本的には影響度(Severity)と発生可能性(Probability)の2要素に基づいてスコアリングを行う。なお、FMEAを適用する場合には、さらに検出可能性(Detectability)を加えた3要素でRPN(リスク優先度数)を算出する手法が用いられる。あらかじめ定めた判定基準と比較し、証拠の強さも併せて評価する。
  4. 形式性の水準を決める不確実性・重要性・複雑性の3因子から、どこまで正式なプロセスと文書を用いるかを決める。判断の根拠を残すこと。資源の制約を理由にしてはならない。
  5. リスクをコントロールする評価結果に基づき、管理策の内容と厳しさを決定する。低減策が新たなリスクを生んでいないかを再評価する。残留リスクを受容する場合は、受容の決定そのものを記録する。
  6. コミュニケーションし、レビューするリスク評価の結果と判断根拠を文書化し、関係者に伝達する。計画的事象(照査・査察・変更管理)と非計画的事象(逸脱・回収)を契機に見直す。レビューの頻度はリスクのレベルに応じて設定する。

このプロセスを通じて、「なぜこの管理水準にしたか」という根拠が明確になる。これは規制当局への説明責任(Accountability)の観点でも非常に重要である。

注意:スコアの数値そのものより、尺度の定義が重要である。「発生可能性3」が何件/年を意味するのか、「重大性4」がどの程度の健康被害を指すのかを、評価に先立って言葉で定義しておくこと。定義のないスコアは、ICH Q9(R1) 5.3 が戒める「設計の粗いリスクスコア尺度」そのものであり、主観性の温床となる。

よくある誤解の整理

よくある誤解 正しい理解
リスクベース=管理を減らせる 管理の配分を変えるのであって、総量を減らす免罪符ではない。高リスク領域には従来以上の資源を投じる
人手が足りないので簡略化した ICH Q9(R1) 5.1 が「資源の制約を、低い形式性の正当化に用いてはならない」と明示的に否定している
ALARP まで下げれば十分 欧州市場向けの医療機器は AFAP。費用対効果を理由にリスク低減を止めることはできない(MDR 附属書I 第I章2項・4項)
注意書きを追加すればリスクコントロール完了 本質的安全設計 → 保護手段 → 安全のための情報、の優先順位がある。情報提供は最後の手段
QMSRからリスク要求は消えた 条文上の「risk analysis」は消えたが、§820.7 の引用取り込みにより ISO 13485:2016(箇条4.1.2 b)、7.1 等)が適用される。適用範囲はむしろQMS全体に拡大した
CSAで試験が楽になる 高工程リスクの機能には非スクリプト試験(探索的試験等)が推奨される。記録は簡素化され得るが、保証の水準は下がらない
主観性は排除できる ICH Q9(R1) 5.3 は「完全には排除できない」と認めたうえで、管理し最小化することを求めている

まとめ――3つのポイント

  1. リスクベースアプローチは配分の思想である製品品質・安全性・記録インテグリティへの影響度に応じて、コンプライアンス要求を科学的・合理的に調整する考え方であり、規制の「抜け穴」ではない。限られたリソースを最も重要な領域に集中させるための、現代の品質管理における標準的な思想である。
  2. 条文はすでにリスクベースで書かれているICH Q9(R1)(2023年1月18日ステップ4、日本では令和5年8月31日付 薬生薬審発0831第1号・薬生監麻発0831第2号)、ISO 14971:2019、EU MDR 附属書I、QMSR(2026年2月2日施行)、QMS省令第5条の2第2号、GMP省令第3条の4――主要な規制はいずれもリスクに応じた管理を明文で要求している。導入は選択肢ではなく前提である。
  3. 説明できる体制こそが本体である重要なのは、リスク評価のプロセスを文書化し、その判断根拠を組織として共有・維持し続けることである。「なぜそう判断したか」を説明できる体制こそが、真の意味でのコンプライアンス文化の基盤となる。技術の複雑化・規制の高度化が進む現代において、リスクベースアプローチは、品質と安全を守りながら組織を持続可能に運営するための、不可欠な知的枠組みであるといえる。
注意:ISO規格(ISO 14971:2019、ISO/TR 24971:2020、ISO 13485:2016)は有償頒布されており、本文の逐語引用はできない。本稿の記載は箇条番号と要求の趣旨にとどめている。実務では必ず正規に入手した規格原文(QMSR対応の場合は英語版)を参照されたい。

参考・出典(一次情報源)

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