プレディケートルールとは

FDA(米国食品医薬品局)の規制に携わる実務者であれば、「21 CFR Part 11」という名称を一度は耳にしたことがあるだろう。電子記録・電子署名に関するこの規則は、医薬品や医療機器の業界で広く知られている。しかし、Part 11 の理解を深めるうえで欠かせない概念が「プレディケートルール(Predicate Rule)」である。プレディケートルールを理解せずに Part 11 への対応を進めることは、地図なしで目的地を目指すようなものだ。本篇では、プレディケートルールの定義から、GMP・GLP・GCPとの関係、そして実際の査察における考え方まで、初心者にも分かりやすく解説する。

プレディケートルールとは何か

「Predicate(プレディケート)」は英語で「前提となるもの」「根拠となるもの」を意味する。この用語は Part 11 の条文そのものには登場しない。FDAが2003年8月に発出したガイダンス「Part 11, Electronic Records; Electronic Signatures — Scope and Application」において、次のとおり定義された用語である。

“The underlying requirements set forth in the Act, PHS Act, and FDA regulations (other than part 11) are referred to in this guidance document as predicate rules.”
(訳:連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C法)、公衆衛生サービス法(PHS法)およびFDA規則(Part 11 を除く)に定められた基礎となる要求事項を、本ガイダンス文書では「プレディケートルール」と呼ぶ。)
――FDA「Part 11, Electronic Records; Electronic Signatures — Scope and Application」(2003年8月)

定義の要点

  • プレディケートルールとは、FD&C法・PHS法・および Part 11 以外のFDA規則に定められた基礎的な要求事項の総称である。
  • 「記録に関する規則」だけを指す語ではないが、Part 11 との関係で問題になるのは、記録の作成・内容・保存を要求している部分である。
  • Part 11 自身はプレディケートルールではない。定義から明示的に除外されている。

Part 11 の適用範囲を定める §11.1(b) は、この関係を条文上も明確にしている。

“This part applies to records in electronic form that are created, modified, maintained, archived, retrieved, or transmitted, under any records requirements set forth in agency regulations. This part also applies to electronic records submitted to the agency under requirements of the Federal Food, Drug, and Cosmetic Act and the Public Health Service Act, even if such records are not specifically identified in agency regulations.”
(訳:本パートは、FDA規則に定められた記録要求事項の下で作成・修正・保管・保存・検索または伝送される電子形式の記録に適用される。また、FD&C法およびPHS法の要求に基づきFDAへ提出される電子記録にも、当該記録がFDA規則に明示されていない場合であっても適用される。)
――21 CFR §11.1(b)(eCFR 原文)

すなわち、Part 11 は、プレディケートルールが記録の作成・保存を要求している場合に初めて適用される。プレディケートルール上の記録要求が存在しないところに、Part 11 の適用が単独で生じることはない。この一点が、本篇で最も押さえておくべき関係である。

Part 11 とプレディケートルールの関係

両者の関係は、法的に明示された上下関係ではなく、「基礎要件を定める規則」と「それを電子的に満たすための補完規則」という位置づけである。プレディケートルールが記録の基礎要件を定め、その上に Part 11 が電子記録要件として”かぶさる”関係にある。

段階 定めるもの 根拠
① 記録要求の発生 「この記録を作成し、保存せよ」 プレディケートルール(GMP、GLP、GCP、QMSR 等)
② 電子化の選択 紙で保存するか、電子で保存するか 事業者の判断(§11.2 が電子記録による代替を認める)
③ 電子的要件の適用 「電子的に保存・署名する場合はこのルールに従え」 21 CFR Part 11(§11.1(b))

つまり「記録を作れ」と命じるのはプレディケートルールであり、「電子的に作る場合の要件」を定めるのが Part 11 である。Part 11 は、プレディケートルールが要求する記録を電子的に扱うための”手段“に関する規則であるため、プレディケートルールが存在しなければ Part 11 が適用される場面は生じない

この関係は、前述の2003年ガイダンスにおいても明確に述べられている。同ガイダンスは Part 11 の適用範囲を狭く解釈する方針を示し、バリデーション・監査証跡・記録の保存・記録の複製に関する Part 11 要件の一部について執行裁量(enforcement discretion)を行使する旨を明らかにした。しかし同時に、プレディケートルールの要求事項(記録および記録管理の要求を含む)については、FDAはすべて執行すると明言している。Part 11 への対応を考える際、まずプレディケートルールの要求事項を確認することが出発点となる所以である。

注意:執行裁量は「守らなくてよい」という意味ではない。記録はあくまで基礎となるプレディケートルールに従って作成・保存されなければならず、これに違反すれば FDA は規制上の措置を取り得る。また、Part 11 のうち §11.10(a) のバリデーション、監査証跡、記録の複製、記録の保存以外の要件——たとえば電子署名に関する Subpart C の要件——は、従来どおり執行対象である。

▲【動画】株式会社イーコンプライアンス YouTube公式チャンネルより

主なプレディケートルールの概要

GMP(Good Manufacturing Practice)

GMPは、医薬品の製造・品質管理に関する最も基本的な規制である。米国では 21 CFR Part 210(医薬品の製造・加工・包装・保管に関するcGMP総則)および 21 CFR Part 211(製剤に関するcGMP)がこれにあたる。製造記録、試験記録、逸脱記録など、製品の品質を保証するために必要な多くの記録の作成・保管を義務付けている。電子化が進む製造現場では、これらの記録が Part 11 の対象となることが多い。

GLP(Good Laboratory Practice)

GLPは、21 CFR Part 58「Good Laboratory Practice for Nonclinical Laboratory Studies」に定められた、非臨床試験(動物試験等の安全性評価試験)に関する基準である。試験の計画・実施・記録・報告の信頼性を確保することを目的とする。試験生データや研究報告書などの電子化において Part 11 が関連する。

GCP(Good Clinical Practice)

GCPは、ヒトを対象とした臨床試験(治験)の実施基準である。米国では単一の「Part GCP」が存在するわけではなく、21 CFR Part 312(治験薬に関するIND規則)、21 CFR Part 812(治験機器に関するIDE規則)、Part 50(インフォームド・コンセント)、Part 56(治験審査委員会)などが組み合わさって構成される。被験者の権利保護と試験データの信頼性確保を目的とし、電子症例報告書(eCRF)や電子的なインフォームドコンセントなどの場面で Part 11 への対応が求められる。

QMSR(Quality Management System Regulation)

医療機器の品質システムに関する規制である。2026年2月2日より、21 CFR Part 820 は「QMSR(Quality Management System Regulation)」として改正され、ISO 13485:2016 を取り込んだ品質マネジメントシステム規則となっている(最終規則は2024年2月2日に官報公示)。規則番号(Part 820)は引き続き維持されつつ、内容が ISO 13485:2016 と整合する形に刷新された。設計記録、製造記録、苦情処理記録など、幅広い記録がプレディケートルールの対象となり得る。

医療機器分野のその他のプレディケートルール

医療機器の場合、プレディケートルールは Part 820 だけではない。市販後規制を含め、記録の作成・保存を要求する規則が複数存在する。

規則 正式名称 主に要求される記録
21 CFR Part 820 Quality Management System Regulation(QMSR) 設計記録、製造記録、購買記録、苦情処理記録、是正処置・予防処置記録 等
21 CFR Part 803 Medical Device Reporting(MDR) 不具合・死亡・重篤な傷害に関する報告書、MDR事象ファイル
21 CFR Part 806 Medical Devices; Reports of Corrections and Removals 是正措置・回収に関する報告書および記録
21 CFR Part 821 Medical Device Tracking Requirements 追跡対象機器の流通・使用者に関する記録
21 CFR Part 830 Unique Device Identification(UDI) UDIに関するデータおよびGUDIDへの提出記録

これらの記録を電子的に作成・保存する場合、いずれも Part 11 の対象となり得る。逆に言えば、どのプレディケートルールに基づく記録なのかを特定できなければ、Part 11 対応の範囲も定まらないのである。

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査察における考え方

プレディケートルールが査察の起点

FDA査察において、調査官がまず確認するのは Part 11 への対応状況ではない。「プレディケートルールが定める記録要件が満たされているか」が最初の確認事項である。

たとえば、GMPの規定に基づき保存すべき製造記録が適切に作成・保管されているかどうかを確認し、その記録が電子形式で管理されている場合に初めて「Part 11 に準拠しているか」という問いが生じる。

リスクベースドアプローチとの関係

FDAは Part 11 の運用においてリスクベースドアプローチを推奨している。これはプレディケートルールの重要性と直結している。

プレディケートルールにおいて特に重要とされる記録(例:製品の安全性や有効性に直接関わる記録)については、Part 11 のコントロールをより厳密に適用することが求められる。一方、重要度の低い補助的な記録については、過度な対応を要求しないというのがFDAの基本的な考え方である。

すなわち、プレディケートルールの要求事項が「何のための記録か」「その重要性はどの程度か」を定義し、それに応じて Part 11 対応の深度が決まるという構造になっている。

よくある誤解:Part 11 対応さえすれば十分か

実務の現場では、「Part 11 に対応したシステムを導入したので大丈夫」という誤解が生じることがある。しかし査察の観点からは、Part 11 への技術的な対応が万全であっても、プレディケートルールが要求する記録そのものが適切に作成・管理されていなければ、指摘事項の対象となる

Part 11 はあくまで”手段”に関するルールであり、”目的”はプレディケートルールによって定められている。両者を混同せず、規制の全体像を俯瞰することが重要である。

実務での進め方――4つのステップ

  • ①記録の棚卸し:自社が扱う記録について、どのプレディケートルールのどの条項に基づく記録かを特定する。
  • ②電子化の有無を判定:その記録を電子的に作成・保存・伝送しているかを確認する。していなければ Part 11 の適用はない。
  • ③重要度に応じた深度設定:製品品質・患者安全への影響度に応じ、適用する Part 11 コントロールの深度を決める。
  • ④判断の記録化:①〜③の判断根拠を文書として残す。査察で問われるのは結論より判断の合理性である。

紙と電子が混在する場合

実務では、同じ業務プロセスの中で紙の記録と電子記録が混在することが少なくない。どちらを正式な記録(原本)とみなすかは、プレディケートルール適合性の判断そのものに関わる。この論点については 紙の記録と電子記録はどちらが優先されるのか、および バリデートされた電子記録は紙の記録より信頼できるのか をあわせて参照されたい。

また、電子記録として扱う以上、監査証跡やメタデータの管理は避けて通れない(データインテグリティにおけるメタデータとは何かなぜデータインテグリティが重要なのか)。電子署名を用いる場合は 電子署名とデジタル署名の違い、システムの区分については クローズドシステムとオープンシステムの違い、生体認証を用いる場合は バイオメトリクスの問題点 が参考になる。

日本の場合:国内の医薬品・医療機器分野では、厚生労働省の「医薬品等の承認又は許可等に係る申請等における電磁的記録及び電子署名の利用について」(平成17年4月1日 薬食発第0401022号、ER/ES指針)が、Part 11 に相当する位置づけを担っている。この場合の「プレディケートルール」に相当するのは、薬機法およびGMP省令・QMS省令・GCP省令・GLP省令などの記録要求である。構造は米国と同じであり、まず基礎となる法令が求める記録を特定し、次にそれを電子化する場合の要件を重ねるという順序で考えればよい。

まとめ――3つのポイント

  1. 定義を正確にプレディケートルールとは、2003年8月のFDAガイダンスが定義するFD&C法・PHS法および Part 11 以外のFDA規則に定められた基礎的要求事項の総称である。Part 11 自身は含まれない。
  2. Part 11 は「かぶさる」規則である§11.1(b) が示すとおり、Part 11 はプレディケートルールが記録の作成・保存を要求している場合に初めて適用される。記録を作れと命じるのはプレディケートルール、電子的に作る場合の要件を定めるのが Part 11 である。
  3. 査察の起点も出発点も記録要求査察ではまずプレディケートルールへの適合が確認され、その上で Part 11 対応の適切性が評価される。リスクベースドアプローチの観点から、記録の重要性に応じた対応の深度が求められる。

規制対応の出発点は常に「何のための記録か」という問いにある。プレディケートルールを正しく理解することが、Part 11 対応の実効性を高め、ひいては製品の品質と患者の安全を守ることにつながるのである。

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