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医療機器の設計・開発・申請における規制要件入門 ~品質、有効性及び安全性の確保~ 6講 医療機器申請と当局査察

医療機器の承認・認証を早く取りたいという要求はどの企業にも共通する。しかし申請を通すという行為は、書類を上手に書く技術ではなく、設計・開発の段階から「申請戦略」に沿ってエビデンスを積み上げてきたかどうかの結果でしかない。そして申請の裏側には必ず当局の調査・査察が控えている。本稿ではその2つ、すなわち申請実務当局査察を扱う。とりわけ米国では、2026年2月2日に 21 CFR Part 820 が QMSR(Quality Management System Regulation)として施行されると同時に、20年以上運用されてきた査察手法 QSIT が廃止され、新しいコンプライアンスプログラム CP 7382.850 に置き換わった。本記事は2026年8月時点の制度を前提に、査察対応の実務を整理するものである。

本記事はシリーズ「医療機器の設計・開発・申請における規制要件入門 ~品質、有効性及び安全性の確保~」の第6講である。日米欧の規制の枠組みやクラス分類といった総論は1講 医療機器と規制要件で扱っているため、本講では申請実務と査察に絞って解説する。

承認を早く取りたいなら、まず「申請戦略」を立てる

医療機器メーカーには、品目の承認または認証を一日でも早く取得したいという要求がある。そのため「どう書けば申請がうまくいくか」「どうすれば早く通せるか」に関心が向きがちである。しかし、まずやらなければならないのは申請戦略を作ることである。申請戦略とは、当該品目をどの申請区分で、どのクラスとして、どの根拠に基づいて上市するのかという設計思想そのものであり、これが定まらないうちに資料を書き始めても手戻りしか生まない。

申請戦略に基づいて、はじめてエビデンスを揃え、申請資料を作ることができる。前講までに述べたとおり、ユーザーの要求を集め、規制要求を集めて有効性を証明し、安全情報から導かれる安全要求で安全性を証明する。さらに先行機種や類似機種と比較したときの特性・特質を明らかにする必要がある。既に市場にある自社品・他社品・類似品に対して、当該機器がどのような特徴・特性を持つのかを示さなければならない。

ここで注意すべきなのは、新たな特性・特質によって従来品と異なる機能を持たせると、新たなハザードが生まれ、そこから生じるリスクをマネジメントする必要が出てくるという点である。少なくとも先行品に対する同等性は評価しなければならず、かつ同等以上でなければならない。

申請段階になってから慌てないために

「この試験が足りない」「あの試験が足りない」という事態は、申請戦略の欠如から生じる。典型的な失敗例は次の2つである。第一に、改良医療機器として申請しようとしていたにもかかわらず、開発途中で新しい機能を付け加えてしまい、結果として新規医療機器に該当してしまうケース。第二に、クラスIIに収めるつもりだったものが、気づいたときにはクラスIIIになっていたというケースである。いずれも設計・開発の初期に申請戦略を固め、設計変更のたびに申請区分への影響を評価していれば防げるものである。

申請資料の構造 ── 申請書・STED・根拠資料

申請資料は階層構造になっている。まず「鏡」として申請書があり、その下に STED(Summary Technical Documentation、いわゆる添付資料概要)がある。認証を受ける場合も承認を受ける場合も、この STED を必ず作成しなければならない。STED とはサマリー文書のことであり、テクニカルドキュメントのサマリー文書を日本語で言い換えたものが申請概要である。

設計部門は、設計資料・設計文書・仕様書・試験記録・外部試験機関による試験結果や成績証明書など、膨大な文書を保有している。しかしそれらすべてを申請時に提出するわけではない。大事なのは、それらを踏まえて申請概要を書くという行為である。STED の書き方については当局から記載例が示されているので、それを参照して作成することになる。

なお国際的には、IMDRF(国際医療機器規制当局フォーラム)が申請資料の目次構造を標準化した Table of Contents(ToC)を策定しており、非体外診断用医療機器向けの nIVD ToC(IMDRF/RPS WG/N9)、体外診断用医薬品向けの IVD ToC(N13)が公表されている。複数極への同時申請を視野に入れる企業は、社内の技術文書体系をこの ToC の章立てに合わせて整備しておくと、申請資料の再編集コストを大きく下げられる。

根拠資料はいつ見られるのか ── 信頼性調査

それでは、根拠資料であるテクニカル文書(設計文書)はいつ見られるのか。申請を行い、当局が STED を確認したうえで、信頼性調査の対象資料を選定する。たとえば2件が選ばれ、「この資料を見せてください」「次はこの資料を見せてください」というかたちで指定される。どの資料を求められるかは事前に分からないため、すべての根拠資料を取り揃えておかなければならない

もし当局からの調査依頼に対して資料が存在しなかった場合、慌てて作成しても間に合わない。医療機器の承認審査には期間の目安が定められており、その間に必要な資料を提出できなければ、申請が却下される事態もあり得るので注意が必要である。

表1 申請資料の階層と、それぞれが評価される場面
文書層 内容 主に評価される場面
申請書(鏡) 品目の基本情報、形状・構造、原材料、性能、使用目的、製造方法、製造所などの記載事項 審査(記載整備)
STED(添付資料概要) 設計・性能・安全性・臨床評価の要約。根拠資料へのインデックスとしても機能する 審査
根拠資料(技術文書) 設計仕様書、リスクマネジメント記録、検証・妥当性確認記録、試験成績書、臨床評価報告書ほか 信頼性調査
QMS文書・記録 品質マニュアル、各手順書、設計管理記録、教育訓練記録、内部監査記録ほか QMS適合性調査・FDA査察

「設計」と「設計管理」を混同してはならない

実務上、設計と設計管理の違いを理解していない担当者が非常に多い。この2つは明確に異なる概念であり、評価される場面も、根拠となる規制も違う。

医療機器の「設計」とは、その医療機器そのものの有効性・安全性を審査するために必要となるものである。どのような機能で、どのような仕様で、どのような性能を持ち、その結果がどうであったか。そして安全設計が正しく行われ、リスクが回避あるいは低減されているか。これらを審査した結果として、当該医療機器には有効性・安全性があるという結論が得られる。

一方で「設計管理」とは、設計計画書を作成したか、計画書を遵守したか、結果が管理され記録として残っているか、その内容が改ざんされておらず正しいか、といったプロセスの管理を指す。設計検証やデザインレビューにおいても、設計審査を行う者に力量がなければ意味がない。素人がレビューしても、品質の良い医療機器にも、安全性の高い医療機器にもならない。したがって、設計審査に加わったのは誰で、どの程度の力量を有していたのかを管理し、記録として残しているかどうかが問われる。設計バリデーションを行い、臨床評価を行い、場合によっては臨床試験を行い、それらが正しく管理され記録が残っているかを監査する。これが QMS適合性調査である。

表2 「設計」と「設計管理」の違い
観点 設計 設計管理
問われること 当該医療機器そのものの有効性と安全性 設計というプロセスが計画され、管理され、記録されていること
評価される制度 承認審査・認証審査(信頼性調査を含む) QMS適合性調査、FDA査察、MDSAP監査
根拠となる規制 薬機法の承認基準・認証基準、基本要件基準 QMS省令、ISO 13485:2016、QMSR(21 CFR Part 820)
典型的な成果物 設計仕様書、性能試験成績書、リスク分析結果、臨床評価報告書 設計開発計画書、デザインレビュー記録、力量記録、変更管理記録

QMS省令が規制しているのは「設計管理」である

QMS省令、ISO 13485:2016、QMSR が規制しているのは設計管理であって設計そのものではない。ここを聞き分けていただきたい。実際の不適合の多くは設計管理の側で発生している。すなわち「良い製品は作れているが、良い製品を作った過程を証明できない」という状態である。査察で指摘されるのは、ほとんどの場合こちらである。

日本のQMS適合性調査 ── 2026年時点の姿

QMS省令は経過措置を終え、全面適用となった

厚生労働省は2021年(令和3年)3月26日付で「医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の一部を改正する省令」(令和3年厚生労働省令第60号)を公布した。改正の趣旨は、QMS省令を医療機器の品質マネジメントシステムの国際規格である ISO 13485:2016 と整合させることにある。改正前の QMS省令は ISO 13485:2003 と整合したものであり、国際規格から大きく遅れていた。

この改正には3年間の経過措置が設けられていたが、その経過措置は2024年(令和6年)3月25日をもって終了しており、現在は改正後のQMS省令が全面的に適用されている。「まだ移行期間中」という前提で運用している企業があるとすれば、それは既に誤りである。2026年8月現在、QMS適合性調査は改正後のQMS省令に基づいて実施される。

ISO 13485:2016 は第3版として2016年3月に発行され、その後の定期見直しでも継続が確認されている。2026年8月時点で最新版であり、「ISO 13485:2003」「ISO 13485:2012(EN版)」といった旧版を前提とした社内文書が残っていないか点検されたい。

QMS適合性調査は製造販売業者を起点に行われる

日本では、クラスIを除き、クラスII・クラスIII・クラスIVのいずれについても QMS適合性調査が必須である。そして2014年(平成26年)11月25日に改正薬事法(薬機法)が施行されて以降、QMS適合性調査は製造販売業者を起点として実施される建て付けとなった。製造販売業者が各製造業者を監視・監督していることを確認し、製造販売業者は各製造所の製品標準書を集めて管理しておくことが原則である。

この仕組みが採られた理由は明快である。たとえば機構部品を神奈川県で、電子回路を群馬県で、ソフトウェアを千葉県で作っているとする。このとき、機構だけ、電子回路だけ、ソフトウェアだけを監査しても、医療機器としての安全性・有効性は確認できないし、品質も確認できない。医療機器として組み上がって初めて品質が担保されていることを確認できる。だからこそ QMS適合性調査は製造販売業者に入るのである。

製造販売業者を起点としつつ、そこから製造業者、主として最終組立工場(医療機器として出荷すれば動作する状態に仕上げる工程を担う施設。滅菌前工程や包装工程もこれに準じる)に対して実地調査が入ることがある。実地調査が行われるかどうかの判断は当局に委ねられており、ISO 13485 の認証を取得していることによって実地調査が省略される場合もあるが、省略されない場合も当然ある。

QMS調査とは、医療機器等の製造管理及び品質管理の仕組みが、適切に整備され、実際に機能しているかを確認する調査である。PMDA では主に、(1) 仕組み:ルール・体制が整っているか、(2) 運用:手順どおりに業務が行われているか、(3) 記録:実施した内容を後から確認できるか、の3点を確認する。文書があるだけでなく、実際に機能していることが重要である。

出典:PMDA「QMS適合性調査業務」(趣旨を要約)

承認権者が複数あることの実務的な意味

薬機法の下では、品目の承認権者が一元的ではない。管理医療機器(クラスII)は主として登録認証機関による第三者認証の対象となり、クラスIII・クラスIVは大臣承認としてPMDAが審査する。ただし例外があり、認証基準が定められていない新規性のある品目はクラスIIであっても大臣承認となり得る。逆に、コンタクトレンズやインプラントのように侵襲度が高く接触時間も長いためクラスIIIに区分されるが、既に安全性が十分に確認されている品目については、認証基準が整備され第三者認証に移行したものもある。

査察対応という観点で重要なのは、誰が調査に来るのかが品目ごとに変わるという事実である。PMDA が調査するのか、都道府県が調査するのか、登録認証機関が調査するのかによって、事前提出資料の様式も、指摘の観点も、スケジュール感も異なる。自社の品目ポートフォリオについて、どの品目がどの調査主体の下にあるのかを一覧化しておくことは、査察準備の第一歩である。

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米国の査察が変わった ── QSIT廃止とCP 7382.850への移行

本記事の最重要の更新点はここである。2026年2月2日、米国の医療機器査察は根本的に切り替わった。

まず前提 ── QSRはQMSRになった

FDA は2024年1月31日に最終規則を発出し、2024年2月2日付の官報(89 FR 7496)で公布した。これにより 21 CFR Part 820 は、従来の Quality System Regulation(QSR)から Quality Management System Regulation(QMSR) へと名称ごと改められ、ISO 13485:2016 および ISO 9000:2015 の箇条3(用語)を引用参照(incorporation by reference)する構造になった。施行日は公布から2年後の2026年2月2日である。

現行の 21 CFR Part 820 は、旧QSRのような Subpart A〜O の詳細条項をほぼ持たない。eCFR で確認できるとおり、§820.1(適用範囲)、§820.3(定義)、§820.7(引用参照)、§820.10(品質マネジメントシステムの要求事項)、§820.35(記録の管理)、§820.45(表示及び包装の管理)という骨格に整理され、実体的な要求の大半は ISO 13485:2016 本文に委ねられている。

「QSR」という表記はもう使わない

社内手順書、教育資料、供給者との品質取決め書、監査チェックリストに「21 CFR Part 820 QSR」「Quality System Regulation」という表記が残っていないか総点検されたい。条項番号を直接引用している箇所(旧§820.30 設計管理、旧§820.100 是正処置・予防処置など)は、対応する ISO 13485:2016 の箇条(7.3、8.5.2/8.5.3 など)へ読み替える必要がある。条項番号の付け替えは機械的な作業に見えるが、要求事項の粒度が変わるため、実質的な差分分析(ギャップ分析)を伴う。

QSITは終了し、CP 7382.850が運用されている

FDA は、QMSR の施行と同じ2026年2月2日をもって、医療機器査察における QSIT(Quality System Inspection Technique)の使用を停止した。代わって、更新されたコンプライアンスプログラム「Inspection of Medical Device Manufacturers」CP 7382.850(発行日:2026年2月2日、全78ページ)に記載された査察プロセスの運用が始まっている。

あわせて、次の2つの文書は2026年2月2日以降は使用されない。ひとつは同名の旧プログラム「Inspection of Medical Device Manufacturers」CP 7382.845(2023年9月29日発行版)、もうひとつは「Medical Device PMA Preapproval and PMA Postmarket Inspections」CP 7383.001(2012年3月5日発行版)である。CP 7382.850 はこの2本を統合し、置き換えるかたちで発行された。

On February 2, 2026, the FDA stopped using the Quality System Inspection Technique (QSIT) for device inspections and began utilizing the inspection process described in the updated Inspection of Medical Device Manufacturers Compliance Program: 7382.850. After February 2, 2026, the FDA will no longer use the following documents: Inspection of Medical Device Manufacturers (7382.845) and Medical Device PMA Preapproval and PMA Postmarket Inspections (7383.001).

出典:FDA「Quality Management System Regulation – Frequently Asked Questions」(Update: February 2, 2026)

表3 医療機器査察プログラムの新旧対照
項目 2026年2月1日まで(旧) 2026年2月2日以降(新)
根拠規制 21 CFR Part 820 QSR 21 CFR Part 820 QMSR(ISO 13485:2016 を引用参照)
査察手法 QSIT(Quality System Inspection Technique) リスクベースの査察プロセス(CP 7382.850 に記載)
主コンプライアンスプログラム CP 7382.845 CP 7382.850
PMA関連査察 CP 7383.001 として別立て CP 7382.850 に統合
査察の切り口 4つのサブシステム(管理、設計管理、是正・予防処置、生産・工程管理) 6つのQMS領域と4つのOAFR
優先順位づけの軸 サブシステムの選択(Level 1/Level 2) 患者・使用者に対するリスク
内部監査・供給者監査・管理監督者照査の記録 旧§820.180(c) により閲覧の対象外 例外規定は承継されず、閲覧の対象

6つのQMS領域と4つのOAFR

CP 7382.850 のリスクベース査察プロセスは、患者および/または使用者に対するリスクに焦点を当てる。そのうえで、QMSプロセス相互の関係を反映させるため、QMSR の要求事項を6つのQMS領域(QMS Areas)4つのその他適用FDA要求事項(Other Applicable FDA Requirements、OAFR)に整理している。査察官は各領域について、少なくとも指定された要素の要求事項を評価することとされている。

表4 CP 7382.850 における6つのQMS領域と4つのOAFR
区分 領域名(英) 領域名(和) 関連する主な要求
QMS領域 Change Control 変更管理 設計変更、工程変更、文書改訂の管理
QMS領域 Design and Development 設計・開発 設計計画、検証、妥当性確認、設計移管
QMS領域 Management Oversight 経営者による監督 管理監督者照査、資源、内部監査、品質文化
QMS領域 Measurement, Analysis, and Improvement 測定・分析・改善 苦情処理、CAPA、データ分析、不適合管理
QMS領域 Outsourcing and Purchasing 外部委託・購買 供給者の評価・選定・監視、購買情報
QMS領域 Production and Service Provision 製造・サービス提供 工程バリデーション、滅菌、識別及びトレーサビリティ
OAFR Medical Device Reporting 医療機器不具合報告 21 CFR Part 803
OAFR Reports of Corrections and Removals 是正・回収の報告 21 CFR Part 806
OAFR Medical Device Tracking 医療機器の追跡 21 CFR Part 821
OAFR Unique Device Identification 固有機器識別(UDI) 21 CFR Part 801 Subpart B、Part 830

このほか、査察では一般事項として、施設登録・製品リスト(Registration and Listing)、上市の適法性(Marketing)、過去の Form FDA 483 や法令遵守上の問題、および査察指示書(assignment)で定められた領域が確認される。CP 7382.850 の Attachment A には、QMS領域・OAFR・要素・要求事項の対応表が収載されている。

査察の種類 ── PACコードで整理する

CP 7382.850 は、査察の性格ごとにプログラム/課題コード(PAC)を割り当てている。自社が受ける査察がどの類型に当たるのかを把握することは、準備の範囲と深さを決めるうえで有用である。

表5 CP 7382.850 に規定される査察の類型
PACコード 査察の類型 位置づけ
82850A/42850A Non-baseline Surveillance Inspections 定常的な監視査察のうち、ベースライン以外のもの
82850B/42850B Baseline Surveillance Inspections 施設のQMS全体像を把握するための基準となる監視査察
82850C/42850C Compliance Follow-up Inspections 過去の指摘や措置に対する是正状況を確認する査察
82850G All For-Cause Inspections 特定の事由(不具合情報、苦情、告発等)に基づく査察
82850H Specific Product Risk Assignment Inspections 特定製品のリスクを対象とした指示に基づく査察
83850 PMA Preapproval Inspections PMA承認前の査察(旧CP 7383.001から統合)
83850A PMA Postmarket Inspections PMA承認後の市販後査察(旧CP 7383.001から統合)

最大の実務インパクト ── 内部監査記録が「見せない資料」ではなくなった

旧QSRの §820.180(c) には、内部監査報告書、供給者監査報告書、管理監督者照査の報告書をFDA査察官の閲覧対象から除外する例外規定があった。QMSRにはこの例外が承継されていない。FDA は、これらの記録を査察において確認する権限を有する。FDAは、製造業者が他の規制当局に対しては既にこれらの文書を提出しているのだから追加の負担にはならず、通常の業務の中で維持されている記録として査察時に速やかに提示できるはずである、との立場を示している。「FDAには見せない前提」で書かれた内部監査報告書や管理監督者照査記録が残っている場合は、記載の粒度・表現・是正の追跡可能性を含めて、直ちに見直す必要がある。

2026年2月2日より前に作成した記録はどう扱われるか

FDA は、QMSR への適合性を判断するため、2026年2月2日より前に作成されたものを含め、製造業者のQMSの一部である記録を確認し得るとしている。最終規則の前文に示されているとおり、旧QSRとQMSRの要求事項は実質的に類似している。そのうえでFDAは、施行日前に作成された文書・記録がQMSRの要求事項を満たしていることを示すために、何らかの比較分析を行っておくことが製造業者にとって有用であり得る、との考えを示している。移行期の記録について、旧条項と新箇条の対応を示すマッピング表を用意しておくことは、査察対応上きわめて現実的な備えである。

MDSAP ── 1回の監査を複数当局が受け入れる仕組み

複数極で医療機器を販売する企業にとって、各国当局の調査を個別に受けることは大きな負担である。これを軽減する仕組みが MDSAP(Medical Device Single Audit Program、医療機器単一調査プログラム) である。MDSAP は、MDSAP調査機関(Auditing Organization)が実施する1回の規制監査によって、プログラムに参加する複数の規制当局の要求を満たすことを可能にする。

FDA は2012年から IMDRF の枠組みの中で MDSAP に取り組み、2014年1月2日から2016年12月31日までパイロットプログラムに参加、2017年1月1日から運用段階(operational phase)への参加を表明した。日本は2015年(平成27年)6月より本プログラムに参加している。さらに PMDA は、2022年(令和4年)4月1日から MDSAP の調査結果の本格受入を開始し、適切な場合にはQMS適合性調査申請に係る調査手続きを合理化している。具体的には、報告対象施設に対する調査を原則として書面調査とし、提出すべき資料を合理化する運用である。

表6 FDA査察・QMS適合性調査・MDSAP監査の位置づけ
観点 FDA査察(CP 7382.850) QMS適合性調査(日本) MDSAP監査
実施主体 FDA(当局) PMDA、都道府県、登録認証機関 MDSAP調査機関(第三者)
判断の基準 QMSR(21 CFR Part 820)ほかFDA規制への適合 QMS省令への適合、承認書等との整合 参加各国の要求を含むMDSAP監査モデル
参加の性格 強制 強制 任意
実施の契機 リスク要因に基づき当局が計画 承認・認証申請時、および定期 3年計画に基づき毎年
証明書の発行 基準適合証(要件を満たす場合) MDSAP証明書・監査報告書

MDSAPを受けていてもFDA査察が免除されるわけではない

FDA は、MDSAP監査報告書をサーベイランス(監視)査察の代替として利用する。しかしFDAは、QMSR下の査察について MDSAP の監査計画や手順には従わないと明言しており、ISO 13485 への適合証明書の提出を求めることもなければ、自ら適合証明書を発行することもない。ISO 13485 適合証明書を保有していることは、FDA査察を免除する理由にはならない。また、すべての製造業者はサーベイランス以外の査察(for-cause査察、コンプライアンスフォローアップ査察、PMA関連査察など)の対象であり続ける。電子製品放射線管理(EPRC)に関する活動を行う製造業者は、その活動についてFDA査察の対象であり続ける。

2026年時点で査察に備えて取るべき対応

ここまでの内容を、実務の手順として整理する。以下は米国向けの製品を持つ企業を主に想定しているが、(1)(2)(7)(8)(9) は日本国内のみで事業を行う企業にも当てはまる。

  1. QSR表記の棚卸しを完了させる品質マニュアル、各手順書、様式、教育資料、供給者との品質取決め書、監査チェックリスト、社内システムのマスタデータに至るまで、「QSR」「Quality System Regulation」「21 CFR 820.30」等の旧表記を洗い出し、QMSR および ISO 13485:2016 の箇条番号に置き換える。単なる文字列置換ではなく、要求事項の粒度の違いを踏まえた差分分析として実施する。
  2. ISO 13485:2016 とのギャップ分析を文書化するQMSR は ISO 13485:2016 を引用参照する構造であるため、ISO 13485:2016 への適合性がそのまま査察の土俵になる。加えて §820.35(記録の管理)、§820.45(表示及び包装の管理)などFDA固有の追加要求が上乗せされる点を見落とさない。
  3. 6つのQMS領域と4つのOAFRに沿って自社文書をマッピングするCP 7382.850 の切り口は従来のQSITの4サブシステムとは異なる。変更管理/設計・開発/経営者による監督/測定・分析・改善/外部委託・購買/製造・サービス提供の6領域ごとに、該当する手順書と記録の所在を一覧化しておく。査察官の求めに対する提示のリードタイムがそのまま印象を左右する。
  4. 内部監査・供給者監査・管理監督者照査の記録を見直す旧§820.180(c) の閲覧除外は失効している。これらの記録が査察で提示される前提で、記載内容、指摘の表現、是正処置の追跡可能性、完了確認の証跡を点検する。「見せない前提」で運用していた社内文書の書きぶりは、最も早く手を付けるべき箇所である。
  5. 施行日前後をまたぐ記録の比較分析を用意する2026年2月2日より前に作成された記録も査察の対象となり得る。旧QSR条項と QMSR/ISO 13485:2016 箇条の対応を示すマッピング表を作成し、施行日前の記録がQMSRの要求を満たしていることを説明できる状態にしておく。
  6. リスクマネジメントを査察の主軸として位置づけ直すCP 7382.850 のリスクベース査察は、患者および使用者に対するリスクに焦点を当てる。製品リスクとプロセスリスクの関連づけ、リスクマネジメントファイルの更新頻度、市販後情報のリスク評価への反映が問われる。
  7. QMS省令の全面適用を前提に社内文書を確認する経過措置は2024年3月25日に終了している。改正後のQMS省令に基づく品質管理監督システム基準書、管理監督者照査、設計開発、購買、製造管理の各規程が最新化されているか、また実際の運用が文書と一致しているかを確認する。
  8. 「設計」と「設計管理」を分けて準備する審査(信頼性調査)で問われるのは設計そのもの、QMS適合性調査・FDA査察で問われるのは設計管理である。準備担当者と資料の所在を分けて管理し、どちらの調査でも即座に提示できる体制を作る。
  9. 調査主体を品目ごとに一覧化するPMDA、都道府県、登録認証機関、FDA、MDSAP調査機関のいずれが、どの品目・どの製造所を対象に調査に来るのかを一覧化する。事前提出資料の様式も指摘の観点も主体ごとに異なるため、これがないと準備が場当たり的になる。
  10. MDSAPの活用可否を経営判断として検討するMDSAP は任意のプログラムであるが、参加すれば FDA のサーベイランス査察の代替となり、PMDA の QMS適合性調査でも手続きの合理化が図られ得る。複数極展開の規模と監査負荷を踏まえて費用対効果を評価すべきである。

まとめ

  • 承認・認証を早く取る唯一の方法は、設計・開発の初期から申請戦略に沿ってエビデンスを積み上げることである。
  • 申請資料は申請書・STED・根拠資料の階層構造を持ち、根拠資料は信頼性調査でランダムに指定されるため、すべて揃えておかなければならない。
  • 「設計」は審査で、「設計管理」はQMS適合性調査・FDA査察で問われる。QMS省令・ISO 13485・QMSRが規制しているのは設計管理である。
  • 日本のQMS省令は2024年3月25日に経過措置を終え、ISO 13485:2016 と整合した改正省令が全面適用となっている。
  • 米国では2026年2月2日に 21 CFR Part 820 がQMSRとして施行され、同日をもってQSITの使用が停止された。査察は CP 7382.850 に基づくリスクベースのプロセスへ移行し、CP 7382.845 と CP 7383.001 は使用されない。
  • QMSRでは旧§820.180(c) の閲覧除外が承継されておらず、内部監査・供給者監査・管理監督者照査の記録がFDAの確認対象となった。これが移行に伴う最大の実務インパクトである。
  • MDSAP は日本が2015年6月から参加し、PMDAは2022年4月1日から調査結果を本格受入している。FDAはMDSAP報告書をサーベイランス査察の代替として利用するが、ISO 13485 適合証明書がFDA査察を免除するわけではない。

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医療機器の設計・開発・申請における規制要件入門 ~品質、有効性及び安全性の確保~

出典・参考情報

※ 本記事は2026年8月時点で公表されている情報に基づく。制度は改正され得るため、実務にあたっては必ず最新の一次情報を確認されたい。

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