バリデーションの概念はどう変わったか

「バリデーション」という言葉は、製薬・医療機器業界において長く使われてきた。しかし、その意味は時代とともに大きく変化している。特に、FDA(米国食品医薬品局)が1997年3月20日に公布し、同年8月20日に施行した21 CFR Part 11(電子記録・電子署名規則)は、バリデーションの概念そのものを根底から問い直す契機となった。本篇では、Part 11施行前後でバリデーションの捉え方がどのように変化し、なぜ全米の分析機器がその対象として再認識されることになったのかを解説する。あわせて、1987年から2026年に至るバリデーション概念の転換を年表で俯瞰する。

そもそも「バリデーション」とは何か

バリデーション(Validation)とは、ある製造プロセスやシステムが、あらかじめ定めた仕様・基準を一貫して満たすことを、客観的な証拠によって確認・証明する活動である。

製薬業界では古くから、製造工程の再現性や製品品質の均一性を保証するためにバリデーションが求められてきた。たとえば、錠剤の打錠工程や滅菌プロセスが代表的な対象である。この段階では、バリデーションはあくまで「モノを作るプロセス」の信頼性確認という位置づけにとどまっていた。その源流については1970年代に遡るバリデーションの歴史を、またベリフィケーションとの峻別についてはバリデーションとベリフィケーションの違いを参照されたい。

Part 11施行以前:「動けばよい」時代のバリデーション

Part 11が施行される以前、コンピュータ化システムのバリデーション(CSV:Computer System Validation)は存在していたものの、その焦点は主に「機能の正確性」にあった。

  • 入力した数値が正しく計算されるか
  • データが正しく保存されるか
  • 機器が仕様どおりに動作するか

このような確認が中心であり、「誰が」「いつ」「何を」操作したかという操作履歴の記録は、必須要件とはされていなかった。換言すれば、「正しく動いていれば、バリデートされている」という考え方が支配的であった。

Part 11が変えたもの:監査証跡の要求

1997年3月20日に公布(62 FR 13430)され、同年8月20日に施行された21 CFR Part 11は、電子記録と電子署名の信頼性確保を目的とする規則である。この規則の中で特に重要なのが、監査証跡(Audit Trail)の要件である。

条項 要求事項の骨子
§11.10(a) システムのバリデーション(正確性・信頼性・一貫した意図どおりの動作、および不正・改変された記録を識別する能力の確保)
§11.10(d) システムへのアクセスを、権限を有する者に限定すること
§11.10(e) 安全で、コンピュータが自動生成する、タイムスタンプ付きの監査証跡により、記録の作成・変更・削除を記録すること。監査証跡は当該記録の保存期間中は保持され、FDAの照査・複写に供されること

ここで重要な概念の転換が生じた。監査証跡を持たないシステムは、それがいかに正確に動作していても、Part 11に適合した「バリデートされた状態」とは認められない――という理解が業界に定着したのである。

補足:この「監査証跡がなければノンバリデート」という言い回しは、Part 11の条文がそう明文で定義したというより、§11.10(a) の「不正・改変された記録を識別する能力」と §11.10(e) の監査証跡要件を併せ読んだ実務上の理解として広まったものである。

「バリデート状態」の再定義:機能性から完全性へ

Part 11施行以前の「バリデーション」は、機能の正確性(Functional Accuracy)の証明であった。しかし施行後は、記録の完全性(Data Integrity)が不可欠な要素として加わった。

観点 Part 11以前 Part 11以降
バリデーションの焦点 機能の正確性 機能の正確性 + 記録の完全性
監査証跡 任意・非必須 必須要件(§11.10(e))
未記録操作の扱い 容認されることもあった ノンバリデート状態とみなされる
バリデート状態の条件 仕様どおりに動作する 仕様どおりに動作し、かつ全操作が追跡可能である

この変化は、バリデーションを「機能テストの結果」から「継続的な信頼性の証明」へと昇華させるものであった。

なぜ全米の分析機器が対象となったのか

Part 11の適用範囲が議論されるにつれ、業界に大きな衝撃をもたらしたのが「分析機器への適用」という問題であった。

HPLC(高速液体クロマトグラフ)やGC(ガスクロマトグラフ)をはじめとする分析機器は、測定データを電子的に生成・保存する。GxP対象業務で使用され、predicate rule(GMP等の前提規則)が求める記録を電子的に生成・保存するシステムはPart 11の適用範囲に含まれる、と解されたのである。

これが意味することは深刻であった。すなわち、

  • 監査証跡機能を持たない旧来の分析機器ソフトウェアは、「バリデートされていない」状態にあると見なされる
  • 全米の製薬・医療機器メーカーが保有する無数の分析機器が、対応を迫られることになる
  • 機器メーカーは監査証跡機能を持つソフトウェアへの移行・アップグレードを余儀なくされる

この状況は、業界全体に「コンプライアンスの再検討」という大波を引き起こした。日本におけるCSVの重装備化がイノベーションに与えた影響については、CSVが製薬業界のイノベーションを遅らせた理由もあわせてご覧いただきたい。

FDAによる適用範囲の「現実的な調整」

Part 11施行後、あまりに広範な適用によって業界の混乱が深刻化したため、FDAは2003年8月付で「Part 11, Electronic Records; Electronic Signatures — Scope and Application」と題した最終ガイダンスを発出し(連邦官報での公示は同年9月5日、ドラフト版の公示は同年2月25日)、リスクベースアプローチによる運用を示した。

このガイダンスでは、すべての電子記録に対して画一的な対応を求めるのではなく、記録の重要度や改ざんリスクに応じた優先順位付けが容認された。また、レガシーシステム(1997年8月20日より前から稼働していたシステムを含む)に対しても、執行裁量に基づく柔軟な対応が示された。

誤解しやすいポイント

  • これはPart 11の要件が緩和されたことを意味しない。FDAは一貫して「Part 11 remains in effect」と明示している。
  • 示されたのは執行裁量(enforcement discretion)であり、バリデーション・監査証跡・記録保持・記録のコピーの各要件が対象とされた一方、predicate ruleの要求は依然として全面的に有効である。
  • したがって、記録の同時性・正確性・完全性という根本的な要求は、Part 11ではなくcGMP(21 CFR Part 211 等)を根拠として引き続き求められる。

ガイダンス発出の背景についてはScope and Application が発表された理由を、その後の査察運用の変化についてはPart11査察再開の背景を参照されたい。

バリデーション概念転換の年表(1987年〜2026年)

Part 11だけがバリデーション概念を変えたわけではない。FDA自身のプロセスバリデーション観、品質システム観の転換が並行して進んでおり、それらが合流して現在の「アシュアランス」の考え方に至っている。

年月 できごと 概念上の意味
1987年5月 FDA「Guideline on General Principles of Process Validation」 プロセスバリデーションの原則を初めて体系化。「3ロット」的な実務慣行の出発点
1997年3月20日/8月20日 21 CFR Part 11 公布(62 FR 13430)/施行 バリデーションに記録の完全性という次元が加わる
2002年8月 FDA「Pharmaceutical cGMPs for the 21st Century — A Risk-Based Approach」イニシアチブ開始(最終報告は2004年9月) 規制全体をリスクベースへ転換する起点
2003年8月/9月5日 「Part 11 … Scope and Application」最終ガイダンス発出/連邦官報公示 執行裁量とリスクベースの明示。過剰対応の是正
2004年9月 FDA「PAT — A Framework for Innovative Pharmaceutical Development, Manufacturing, and Quality Assurance」(連邦官報公示は同年10月4日) 品質は「試験で確認するもの」から「設計で作り込むもの」へ
2005年11月 ICH Q9(品質リスクマネジメント)採択 リスクマネジメントが国際的な共通言語に
2008年 ISPE「GAMP 5: A Risk-Based Approach to Compliant GxP Computerized Systems」初版 CSVにおけるリスクベース/スケーラブルなアプローチの標準化
2011年1月 FDA「Process Validation: General Principles and Practices」(1987年ガイドラインを改訂・置換) ライフサイクル型の3段階へ転換(下記参照)
2018年12月13日 FDA「Data Integrity and Compliance With Drug CGMP: Questions and Answers」最終版(ドラフトは2016年4月15日公示) データインテグリティをcGMPの問題として正式に位置づけ
2022年7月 ISPE「GAMP 5」第2版 クラウド・アジャイル・AI/ML・サービスプロバイダを織り込み、CSAの動向とも接続
2022年9月13日 FDA「Computer Software Assurance for Production and Quality System Software」ドラフトガイダンス公示 バリデーションからアシュアランスへの転換を明文化
2025年9月24日 同ガイダンス最終版を発出 「General Principles of Software Validation」第6章を置換
2026年2月3日 QMSR(2026年2月2日施行)との整合を図り、表題を「Computer Software Assurance for Production and Quality Management System Software」に改めた版を発出 21 CFR Part 820の再編に合わせた名称・参照の整合

2011年ガイダンスが示した3段階

1987年の旧ガイドラインを置き換えた2011年1月の「Process Validation: General Principles and Practices」は、プロセスバリデーションをライフサイクルとして捉え直し、次の3段階に整理した。

  1. Stage 1:Process Design(プロセス設計)開発・スケールアップで得た知識に基づき、商業生産プロセスを定義する段階。
  2. Stage 2:Process Qualification(プロセス適格性評価)設計したプロセスが、再現性をもって商業生産を行えることを確認する段階。
  3. Stage 3:Continued Process Verification(継続的プロセス検証)日常の製造活動を通じて、プロセスが管理状態に留まっていることの保証を継続的に得る段階。

ここで決定的なのは、Stage 3の新設である。バリデーションは「一度実施して終わり」ではなく、製品ライフサイクルを通じて維持されるものだと、FDA自身が明確に位置づけたのである。この発想は、Part 11が電子記録の世界にもたらした「継続的な信頼性の証明」という転換と、完全に軌を一にしている。

▲【動画】株式会社イーコンプライアンス公式YouTubeチャンネルより

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現代への教訓:バリデーションは「証明」ではなく「維持」である

Part 11がもたらした最も大きな概念の変化は、バリデーションを「一度行えば完了する証明行為」から「継続的に維持すべき状態」へと転換させた点にある。現在のGxP規制環境において、バリデート状態とは以下の三要素が揃って初めて成立する。

  1. 機能の正確性システムが仕様どおりに動作していること。
  2. 記録の完全性操作履歴が改ざん不可能な形で保存されていること。
  3. 継続的な管理変更管理や定期レビューを通じてバリデート状態が維持されていること。

これは、ALCOA+原則(Attributable, Legible, Contemporaneous, Original, Accurate、および Complete, Consistent, Enduring, Available)にも通じる考え方であり、データインテグリティの根幹をなすものである(データインテグリティが重要視される理由)。

そして「アシュアランス」へ

2022年から2026年にかけて確立したCSA(Computer Software Assurance)は、この延長線上にある。文書の量ではなく、リスクに応じた保証(assurance)の獲得に重心を移すという発想である。詳しくはなぜバリデーションからアシュアランスへ変わったのかCSAガイダンス発出までの長い道のりCSAフレームワークの6ステップアンスクリプトテストというCSAの考え方をご覧いただきたい。

まとめ――3つのポイント

  1. 焦点が「機能」から「完全性」へ移ったPart 11(1997年3月20日公布/8月20日施行)以降、監査証跡を欠くシステムは、正確に動作していてもバリデート状態とは認められなくなった。
  2. 「一度きり」から「ライフサイクル」へ2011年1月のProcess Validationガイダンスが Stage 3(継続的プロセス検証)を設けたことで、バリデーションは維持すべき状態であることが公式に位置づけられた。
  3. そしてアシュアランスへ2003年のScope and Applicationに始まるリスクベースの潮流は、GAMP 5(2008年/2022年第2版)を経て、CSAガイダンス(2022年ドラフト・2025年最終・2026年改題)へと結実している。

まとめ

Part 11の施行は、単なる電子記録の規制ではなかった。それは「バリデーションとは何か」という問いへの根本的な再定義を業界全体に迫るものであった。

監査証跡を持たないシステムはノンバリデート状態であるという理解は、全米の分析機器を含むあらゆるGxP関連システムに対して「記録の見えない化」を許容しないというFDAの強いメッセージであった。

今日のコンプライアンス担当者にとって重要なのは、バリデーションを「過去に実施した証明書」として捉えるのではなく、「現在進行形で維持すべき状態」として日々の業務に組み込んでいくことである。その視点こそが、Part 11が私たちに遺した最大の教訓といえるであろう。

参考・出典(一次情報源)

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