FDA医療機器査察の新時代QSITからの転換が意味するもの

2026年2月2日、FDAは医療機器査察の運用文書を切り替えた。1999年8月に発行されたQSIT(Quality System Inspection Technique)の運用を同日で終了し、コンプライアンスプログラム CP 7382.850「Inspection of Medical Device Manufacturers」に基づくリスクベース査察へ移行したのである。本稿は査察手法そのもの――CP 7382.850 の構成、6つの QMS Areas、OAFRs、プロセスを横断して追う調査手法、リスクベースのサンプリング、TPLC(総製品ライフサイクル)評価、そして企業側の準備――に焦点を当てる。QMSR と ISO 13485:2016 の条項レベルの差分については、別稿「ISO13485:2016とQMSRとの差異」で詳述しているので、そちらを参照されたい。

1. 2026年2月2日に何が起きたのか

QMSR(21 CFR Part 820「Quality Management System Regulation」)の施行日は 2026年2月2日である。最終規則「Medical Devices; Quality System Regulation Amendments」は 2024年2月2日に連邦官報に掲載され(89 FR 7496)、2年間の移行期間を経て施行された。

同じ 2026年2月2日、FDA は査察の運用文書も入れ替えた。CP 7382.850 の表紙には Implementation Date 02/02/2026Date of Issuance: February 2, 2026 と記載されており、発行日と実施日は同一である。本文は全78ページ。この CP は次の2つの文書を置き換えた。

  • Inspection of Medical Device Manufacturers(2023年9月29日発行。それ以前は CP 7382.845 として発行されていた同名のプログラム)
  • Medical Device PMA Preapproval and PMA Postmarket InspectionsCP 7383.001、2012年3月5日発行)

FDA は QMSR のウェブページおよび FAQ で、「2026年2月2日をもって医療機器査察における QSIT の使用を停止し、更新された CP 7382.850 に記載された査察プロセスの使用を開始した」と明言している。すなわち、PMA 関連査察と通常の QMS 査察を別プログラムで運用してきた体制が、1本の CP に統合されたのである。

「1996年から四半世紀のQSIT」は不正確である

QSIT の起点を 1996年とする説明を目にすることがあるが、これは2つの出来事の混同である。原典で確認すると次のとおりとなる。

年月日 出来事 典拠
1996年10月7日 QSR(Quality System Regulation、21 CFR Part 820)最終規則の官報掲載 61 FR 52602
1997年6月1日 同 QSR の施行 FDA「QMSR」ページ
1999年8月 QSIT の運用文書「Guide to Inspections of Quality Systems」発行 同ガイド表紙
2024年2月2日 QMSR 最終規則の官報掲載 89 FR 7496
2026年2月2日 QMSR 施行/QSIT 運用終了/CP 7382.850 実施 CP 7382.850 表紙、FDA FAQ

したがって QSIT が実務で使われた期間は 1999年8月から2026年2月までの約26年半である。「四半世紀」という表現自体は 1999年起算であれば妥当だが、起点を 1996年とするのは誤りであり、1996年は QSIT ではなくQSR 最終規則の年である。本稿では起点を 1999年8月に訂正して扱う。

2. QSIT とは何だったのか ― 「4つの主要サブシステム」

QSIT の運用文書である「Guide to Inspections of Quality Systems」(1999年8月、Quality System Inspections Reengineering Team により作成)は、査察をトップダウン方式で行うことを定めていた。まず各サブシステムについて、基本要求事項が手順として定義・文書化されているかを評価し、次にそれが実施されているかを分析する、という順序である。

そして QSIT が柱に据えたサブシステムは4つであった。

QSIT の主要サブシステム 付随するサテライトプログラム
Management Control(管理責任)
Corrective and Preventive Actions(CAPA) Medical Device Reporting/Corrections and Removals/Medical Device Tracking
Design Controls(設計管理)
Production and Process Controls(P&PC、製造・工程管理) Sterilization Process Controls
業界と当局の議論を踏まえ、企業の品質システムの基礎をなす4つの主要サブシステムを選定した。すなわち Management Control、CAPA(サテライトとして MDR・Corrections and Removals・Medical Device Tracking)、Design Controls、そして Production and Process Controls(サテライトとして Sterilization Process Controls)である。
――FDA「Guide to Inspections of Quality Systems」(1999年8月)の記述の趣旨
「7つのサブシステム」という数字について:同ガイドは、表紙裏の図が品質システムの7つのサブシステムとそれに関連するサテライトプログラムを示していると述べている。つまり「7」は品質システム・モデル全体の区分数であり、QSIT が査察の柱として選んだのは4つである。「QSITは7つのサブシステムに基づく手法」という説明は、この2つの数字を取り違えたものであり、本稿では訂正して扱う。

QSIT の限界は、サブシステムごとに「定義されているか/実施されているか」を確認する構造そのものにあった。プロセス間の連結が実際に機能しているかは、CAPA サブシステムからサテライトへ辿る限られた経路でしか評価されにくい。この点が、CP 7382.850 で大きく変わった。

3. CP 7382.850 の構成 ― 6つの QMS Areas と 4つの OAFRs

CP 7382.850 の Part III(INSPECTIONAL)は、査察戦略の前提を次のように述べている。

QMSR は QMS を相互に連結したプロセスの集合として記述している。FDA は、トップマネジメントが QMS プロセスを統合し、品質文化を根づかせることで適用規制要求事項が満たされることを期待する。QMS 内でプロセスが統合されているがゆえに、査察において一つの要求事項を評価することが、QMS の別の領域にある他の要求事項の評価を必要とする場合がある。リスクベース査察プロセスは QMSR に整合し、患者および/または使用者へのリスクに焦点を当てて関連する要求事項を評価する。
――CP 7382.850 Part III「Risk-based Inspection Strategy」の記述の趣旨

この方針を実装するために、CP は QMSR の要求事項を 6つの QMS Areas4つの OAFRs(Other Applicable FDA Requirements)に整理した。各 QMS Area・OAFR は1つ以上のエレメント(element)から成り、各エレメントは1つ以上の規制要求事項を含む。詳細は CP の Attachment A に表として掲載されている。

3-1. 6つの QMS Areas

英語名(CP の表記) Area の目的と主な確認事項(Attachment A より)
Management Oversight 経営の監督 トップマネジメントが有効な QMS を計画・確立・維持し、必要な資源を提供しているか。リスクマネジメントとリスクに基づく意思決定を QMS で有効に用いているか。エレメントには Quality Management System、Risk-based Approach、QMS Software Validation、Quality Manual、Medical Device File、Control of Documents and Records(21 CFR 820.35・820.45 を含む)、Management Commitment、Customer Focus、Quality Policy/Objectives/Planning、Responsibility, Authority, and Communication、Management Review、Provision of Resources、Human Resources、Planning of Product Realization などがある
Design and Development 設計・開発 設計開発活動が、意図した用途を満たす安全で有効な医療機器に結実しているか。エレメントは Customer Related Processes(21 CFR 820.10(b)(4) を含む)、Design and Development General/Planning/Inputs/Outputs/Review/Verification/Software Validation/Validation/Transfer、Control of Design and Development Changes、Design and Development Files
Production and Service Provision 製造およびサービス提供 製造・サービス提供の計画、監視、管理が、安全で有効な医療機器につながっているか。エレメントは Infrastructure and Maintenance、Work Environment and Contamination Control、Control of Production and Service Provision(21 CFR 820.35・820.45 を含む)、Cleanliness of Product、Installation and Servicing Activities、Validation of Processes for Production and Service Provision、Identification and Traceability、滅菌製品向けの Sterile Medical Devices and Validation of Processes for Sterilization and Sterile Barrier Systems など
Measurement, Analysis, and Improvement 測定・分析・改善 監視、測定、分析、改善の活動が、製品および QMS に影響するリスクの特定と低減に有効に機能しているか。エレメントは General、Feedback、Complaint Handling(21 CFR 820.10(b)(3)(4)・820.35 を含む)、Internal Audits、Monitoring and Measurement of Processes/of Product、Control of Nonconforming Product、Analysis of Data、Corrective Action、Preventive Action
Outsourcing and Purchasing 外部委託・購買 外部委託プロセス・外部委託業務・購買製品が有効に監視・管理され、規定要求事項に適合する製品が得られているか。エレメントは Outsourcing、Purchasing Process、Purchasing Information and Purchased Product
Change Control 変更管理 変更が実施前に、製品およびプロセスに対するリスクと影響の観点から十分に評価されているか。エレメントは QMS Changes、Software Changes、Product and Process Changes、Purchasing Changes
表記についての注記:CP 本文(Part III の Inspection Model 1・2)では一貫して Production and Service Provision と表記されているが、Attachment A の見出しの1箇所のみ Product and Service Provision となっている。本稿では出現数の多い Production and Service Provision(ISO 13485:2016 の 7.5 に対応する語)を正式名称として扱う。「Product and Service Provision」を正式名として紹介している解説は、この1箇所を引いたものと考えられる。

注目すべきは Change Control が独立した QMS Area として立っている点である。QSIT には変更管理を単独で評価する柱はなく、設計管理や製造・工程管理の中で扱われていた。CP 7382.850 では、QMS の変更・ソフトウェアの変更・製品およびプロセスの変更・購買の変更が1つの Area にまとめられ、どの査察タイプでも最低1エレメントが評価される建て付けになっている。

3-2. 4つの OAFRs

QMSR は ISO 13485:2016 を引用組み込みしているが、米国固有の規制要求事項はそれとは別に存在する。CP はこれらを OAFRs(Other Applicable FDA Requirements)として、QMS Areas とは独立した評価単位に置いた。

OAFR(CP の表記) 対応する規則
Medical Device Reporting 医療機器報告(MDR) 21 CFR Part 803
Reports of Corrections and Removals 是正および回収の報告 21 CFR Part 806
Medical Device Tracking Requirements 医療機器トラッキング 21 CFR Part 821
Unique Device Identification 固有機器識別(UDI) 21 CFR Part 801 Subpart B、21 CFR Part 830

加えて CP は、QMS Areas・OAFRs とは別枠の「General」として、Registration and Listing(施設登録・製品リスト)、Marketing Authorizations(販売承認)、Previous 483/compliance issues(過去の Form 483 および法令遵守上の課題)、および指示書で定義されたその他の領域を挙げている。

3-3. 「道路でつながった図」が意味するもの

CP の Part III には Diagram 1「FDA Medical Device Risk-Based Inspections」が置かれている。CP 自身の説明によれば、その構造は次のとおりである。

  • 中心にいるのは患者および使用者である。FDA 医療機器査察の中心的関心はここにある
  • 患者・使用者を取り巻く円がリスクマネジメントを表す。製造業者のリスクマネジメント文書を用いて査察の焦点をリスクに合わせることを示す
  • QMSR の要求事項は6つの円(QMS Areas)と、4つの OAFRs を表す1つの六角形で表される
  • 各 QMS Areas と OAFRs をつなぐ「道路(roads)」は、それらの相互の結びつきと、査察プロセスの柔軟性を反映する
  • 最も外側の円は、この査察プロセスが公衆衛生保護という FDA のミッションに寄与することを示す

QSIT の図が「4つの箱とサテライト」であったのに対し、CP 7382.850 の図は「道路網」である。この差はレトリックではなく、後述する調査手法の差そのものを表している。

4. QSIT と CP 7382.850 の対比

観点 QSIT(1999年8月〜2026年2月1日) CP 7382.850(2026年2月2日〜)
運用文書 Guide to Inspections of Quality Systems(1999年8月)+ CP 7382.845/CP 7383.001 CP 7382.850(2026年2月2日発行・同日実施、全78ページ)に一本化
準拠する規則 QSR(21 CFR Part 820、Subpart A〜O の逐条構造) QMSR(21 CFR Part 820。ISO 13485:2016 を §820.7 で引用組み込み、§820.10・§820.35・§820.45 が米国固有の上乗せ)
評価の単位 4つの主要サブシステム+サテライトプログラム 6つの QMS Areas + 4つの OAFRs、その下位の「エレメント」
進め方 トップダウン。手順の定義・文書化を確認し、次に実施状況を分析する 製品リスクの特定から出発し、リスク管理文書を査察全体を通じて参照しながら、関連する要求事項を横断的に評価する
サンプリング 各サブシステムから代表的な記録を抽出 特定した製品リスクと査察官の経験・専門知識に基づいて記録を選択。原則として複数の記録を確認する
評価の力点 各サブシステムに要求事項が定義され、実施されているか プロセスの統合が機能しているか。1つの要求事項の評価が、別領域の要求事項の評価を呼び込むことを前提とする
記録の開示範囲 §820.180(c) により、管理責任者照査報告書・品質監査報告書・供給者監査報告書は §820.180 の提供義務の対象外。CPG 130.300 でも「閲覧・複写しない」方針を明示 除外規定は QMSR に承継されていない。Management Review・Internal Audits はエレメントとして明記され、査察の対象になり得る
変更管理 独立した柱はなく、設計管理・製造工程管理の中で扱われた Change Control が独立した QMS Area
ライフサイクル視点 サブシステム単位の評価が中心 CP 自身が「総製品ライフサイクル(TPLC)評価を包含する」と明記
MDSAP の扱い MDSAP 監査報告書を定期査察の代替として利用(従来から) Figure 3 で、定期査察タイプの条件に「MDSAP に現在登録していないこと」が明示。MDSAP 参加企業への指示書は事前に上長と協議

5. プロセスを横断して追う ― いわゆる「スレッド追跡」

用語について(重要):実務の世界で「スレッド追跡(thread tracking)」と呼ばれている手法があるが、この語は CP 7382.850 の本文にも、2026年4月1日のFDAタウンホールの資料・議事録にも現れない。全78ページの CP を検索しても “thread” の語は0件である。したがって本稿では、これをFDA の公式用語としてではなく、業界で用いられる通称として扱う。ただし、その実質――1つの事象を起点に QMS の複数領域を横断して評価すること――は、前掲のとおり CP 自身が明文で述べている。以下の展開例も、FDA が例示したものではなく、CP の記述と Attachment A のエレメント構成から本稿が組み立てたものである。

CP は「QMS 内でプロセスが統合されているがゆえに、1つの要求事項の評価が別領域の要求事項の評価を必要とする場合がある」と述べ、Diagram 1 では QMS Areas と OAFRs が「道路」でつながっている。これを査察官の動きに翻訳すると、1つの苦情から出発して QMS を縦断する調査になる。苦情を起点とした典型的な展開は次のようになる。

  1. 苦情の受領Measurement, Analysis, and Improvement の Feedback・Complaint Handling。21 CFR 820.35(a) は、機器・表示・包装が仕様を満たさなかった可能性のある苦情について、照査・評価・調査の記録を求める。さらに Part 803 に基づく報告対象の苦情等については、機器名、受領日、UDI/UPC 等の識別、申立者の氏名・住所・電話番号、苦情の内容と詳細、実施した是正、申立者への回答を記録することを求めている
  2. MDR 該否の判断OAFR: Medical Device Reporting(21 CFR Part 803)。報告対象と判断された場合、期限内に提出されているか。判断の根拠が記録されているか
  3. 調査と根本原因の特定再び Complaint Handling。類似苦情について既に調査済みとして新たな調査を行わなかった場合は、その正当化の記録が要る
  4. 不適合製品の管理Control of Nonconforming Product。市場にある製品への波及が評価されたか
  5. 是正処置の起票Corrective Action。苦情から CAPA が起票されたか、起票しない判断ならその根拠は何か
  6. 設計へのフィードバックDesign and Development の Control of Design and Development Changes、Design and Development Files。設計変更を要すると判断されたか。その判断は設計開発ファイルに残っているか
  7. リスクマネジメントファイルの更新Management Oversight の Risk-based Approach。新たに判明した危害・発生確率がリスク評価に反映されたか。リスクコントロールが不在または無効と判明した場合、その是正計画があるか
  8. 変更管理への接続Change Control の Product and Process Changes、Purchasing Changes、Software Changes。変更が実施前にリスクと影響の観点から評価されたか
  9. 供給者への波及Outsourcing and Purchasing の Purchasing Information and Purchased Product。部品や外部委託先に起因するなら、変更が供給者に伝達され、購買情報が更新されたか
  10. 製造工程への反映と再バリデーションProduction and Service Provision の Control of Production and Service Provision、Validation of Processes for Production and Service Provision
  11. 有効性の確認Monitoring and Measurement of Processes/of Product、Analysis of Data。是正が効いたことを、苦情率や工程データで確認しているか
  12. 回収・是正の要否判断OAFR: Reports of Corrections and Removals(21 CFR Part 806)、必要に応じ OAFR: Medical Device Tracking Requirements(Part 821)と Unique Device Identification
  13. 経営への報告Management Oversight の Management Review。この一連の事象がマネジメントレビューの入力になり、資源配分や QMS 変更の判断につながったか

この経路の要点は、どの段で切れても指摘になり得るということである。QSIT 時代であれば、苦情処理の記録が整い、CAPA が起票されていれば、CAPA サブシステムの評価はそこで区切りをつけられた。CP 7382.850 の建て付けでは、査察官はそのまま設計変更・購買変更・工程再バリデーション・マネジメントレビューまで「道路」を辿ることが想定されており、接続点の欠落そのものが可視化される

裏返せば、企業側の準備も「記録が揃っているか」から「記録と記録の間に線が引けるか」に変わる。苦情番号から CAPA 番号、設計変更番号、購買変更番号、バリデーション報告書番号、マネジメントレビュー議事録までを、査察の場で即座に辿れるかどうかが問われる。

6. リスクベース/データドリブンなサンプリング

CP は査察官に対し、査察全体を通じて批判的思考(critical thinking)を用い、リスクを考慮し、患者および/または使用者に悪影響を及ぼし得る製品リスクを特定するよう指示している。製品リスクの特定には、製造業者の役割(仕様開発者など)、製品、プロセスを把握して、どの要求事項が適用されるかを理解することが含まれる。

6-1. 査察官が参照するデータ

時点 参照する情報源(CP の例示)
査察前 Medical Device Reports(MDR)/Reports of Corrections and Removals/GUDID(Global Unique Device Identification Database)の Device Identifier 記録/消費者からの苦情(申立て・取引上の苦情を含む)/Total Product Lifecycle(TPLC)レポート/Compliance Management System(CMS。未了の法執行措置、輸入拒否、再調整、輸入サンプル結果の確認)
査察中 苦情および顧客フィードバック/市販後調査/リスクマネジメント文書/プロセスおよび製品の監視・測定/プロセスと製品の特性と傾向(改善機会を含む)/サービス(修理保守)データ/施設のウォークスルー

MDR データの確認については、CP は MAUDE(Manufacturer and User Facility Device Experience)データベースの利用、または CDRH(CBER 規制品であれば CBER)から製造業者の提出報告に関する情報を得ることを挙げており、MDR 情報は TPLC レポート経由でも参照できるとしている。企業が自社の MAUDE 掲載状況・TPLC レポートを把握していないまま査察を迎えることは、すでに合理的ではない

6-2. 記録の選択と件数

記録の抽出について、CP は次のように指示している。記録は特定された製品リスク査察官の経験・専門知識に基づいて選択されるべきであり、多くの場合、複数の記録を確認して要求事項が満たされリスクが適切に管理されていることの確証を得るべきである。要求事項が満たされていない場合は、指摘を裏づける関連記録を収集する。

6-3. 2つの Inspection Model と査察タイプ

CP は査察の網羅範囲を Inspection Model 1 と Model 2 の2種類で規定し、査察タイプごとにどちらを適用するかを Figure 3 で定めている。

モデル 最低限の評価範囲
Inspection Model 1 製品リスクを特定したうえで、6つの QMS Areas それぞれから最低1エレメントを選び、要求事項を評価する。加えて4つの OAFRs(適用がない場合を除く)と、Registration and Listing、Marketing Authorizations、過去の Form 483/法令遵守上の課題、指示書で定義されたその他の領域
Inspection Model 2 製品リスクを特定したうえで、あらかじめ指定されたエレメント群を最低限評価する。Change Control の Product and Process Changes、Design and Development の Inputs/Outputs/Review/Verification/Validation/Software Validation/Transfer、Management Oversight の Management Review・Medical Device File・Planning of Product Realization、Measurement, Analysis, and Improvement の Analysis of Data・Control of Nonconforming Product・Complaint Handling・Feedback・Internal Audits・Corrective Action・Preventive Action、Production and Service Provision の各エレメント(滅菌製品では滅菌関連を含む)、Outsourcing and Purchasing の Outsourcing、および4つの OAFRs 等

いずれのモデルにも共通の但し書きがある。査察で好ましくない状況が判明した場合、または最低限の要求事項の確認では十分に評価できない場合は、追加のエレメントを選択することを検討する、というものである。すなわち最低ラインは「下限」であって「上限」ではない。

査察タイプ 該当する状況(CP Figure 3) 適用モデル
Non-baseline surveillance 過去の FDA 機器査察または MDSAP 監査の最終区分が NAI/VAI であり、かつ現在 MDSAP に登録していない 1
Baseline surveillance FDA 機器査察・MDSAP 監査の履歴がなく、リスク要因から評価の必要があり、かつ現在 MDSAP に登録していない 2
Compliance follow-up 過去の FDA 機器査察または MDSAP 監査が法執行措置に至った場合(差止命令後の監視を含む) 1
For-cause シグナル、課題、または苦情 1
Specific Product Risk Assignment(SPRA) 特定の製品リスクが識別された場合 1
PMA preapproval PMA 申請 2
PMA postmarket PMA 承認後 1

注目すべきは、Model 2 が適用されるのは Baseline surveillance と PMA preapproval の2つだという点である。査察履歴のない企業と PMA 申請中の企業は、Internal Audits を含む広範なエレメントが最初から必須となる。新規に米国市場へ参入する企業にとって、これは実務上きわめて重い意味を持つ。

7. TPLC(総製品ライフサイクル)評価

CP 7382.850 は Part I(BACKGROUND)で、このコンプライアンスプログラムが医療機器の総製品ライフサイクル(total product life cycle, TPLC)評価を包含し、ベネフィット・リスク(信頼できる患者の視点に関する情報が得られる場合はそれを含む)に基づいて法令遵守および法執行の判断を行うと明記している。そして QMSR のもとで製造業者は、設計開発の段階から市販後調査に至るまで、自社の機器を管理する責任を負うとしている。

TPLC という語の二重の用法:CP の中で TPLC は2つの意味で使われている。1つは上記のライフサイクル全体を通した評価という考え方、もう1つは査察前に参照するデータ源としての「Total Product Lifecycle(TPLC)レポート」というFDAの公開レポート名である。両者を混同しないよう注意されたい。

ライフサイクル評価が査察に持ち込む変化は具体的である。市販後の苦情・MDR・回収の傾向が、設計開発領域の評価に直結する。設計変更の判断は変更管理領域と購買領域に波及し、工程バリデーションの再実施要否につながる。前節のいわゆる「スレッド追跡」は、この TPLC 評価を1件の事象に落とし込んだものにほかならない。

8. §820.180(c) の「聖域」の消滅は、査察でどう効くか

旧 QSR の §820.180(c) は次のとおりであった。

(c) 例外。本条は、§820.20(c)(管理責任者照査)、§820.22(品質監査)が要求する報告書、および §820.50(a)(供給者、請負業者およびコンサルタントの評価)の要求事項を満たすために用いられる供給者監査報告書には適用しない。ただし、これらの規定に基づき確立された手順書には適用する。FDA の指名した職員の要求があった場合、執行責任を有する管理層の従業者は、本 part が要求する管理責任者照査および品質監査(該当する場合は供給者監査)が実施され文書化されたこと、実施日、および必要な是正処置がとられたことを書面で証明しなければならない。
――旧 21 CFR §820.180(c)(QMSR 施行前の条文の訳)

ここで押さえるべきは、この規定が「記録を作らなくてよい」と述べていたのではない点である。§820.180 が課す「FDA 職員による照査および複写のために記録を速やかに利用可能にする義務」が、これらの報告書には及ばなかったのである。その代わりに、経営責任者の書面証明が求められた。

この運用は CPG Sec. 130.300「FDA Access to Results of Quality Assurance Program Audits and Inspections」(2007年6月2日。1996年1月3日発行の CPG 7151.02 を置き換えたもの)にも明記されていた。同 CPG は、QSR の前文(61 FR 52602、1996年10月7日)等で FDA が「品質保証プログラムの監査から生じる記録および報告書を照査・複写しない」方針を表明したこと、そしてその意図が「率直で意味のある(candid and meaningful)」監査を企業に促すことにあったと述べている。現在この CPG のページには、QMSR 施行を受けた注記が冒頭に追加され、当該 CPG が2024年の最終規則以前に発行されたものであること、ガイダンスは法的拘束力を持たないこと、現行の QMSR を確認するよう推奨する旨が示されている。

8-1. FDA が除外規定を承継しなかった理由

QMSR 最終規則の前文(89 FR 7496)の Comment 55 は、この除外規定の維持を求める多数の意見を取り上げ、次のように応答している。

FDA は §820.180(c) の例外を維持すべきだという意見に同意しない。本規則制定の主要な目的の1つは、可能な限り国際整合と協調へ近づくことである。国際的に見れば、当該例外は他の規制当局による査察や他の主体(MDSAP の監査機関など)による監査を受ける製造業者には認められていない。したがって、これらの記録を利用可能にすることで製造業者に追加的な負担が生じることはない。また FDA の査察官は、マネジメントレビューの入力に用いられるデータ(不適合、苦情など)や、内部監査・供給者監査から生じた是正処置にはすでにアクセスしていた。強固なマネジメントレビューおよび内部監査・供給者監査のプログラムは、本規則制定で論じてきた品質文化の基礎である。
――89 FR 7496、Comment 55 への FDA 応答の趣旨

同 Comment では、意見提出者の1人が「現行の QSIT ガイドも、マネジメントレビュー・内部監査・供給者監査の記録は査察の対象外であると述べている」と指摘していたことも記録されている。つまり除外は規則と運用ガイドの両方に埋め込まれており、それが規則側の改正とガイド側の廃止によって同時に消えたのが 2026年2月2日である。

8-2. 査察の場で実際にどう扱われるか

FDA の QMSR FAQ(Q8)は、施行日以降に §820.180(c) で従前除外されていた記録を照査する意向があるかという問いに対し、「Yes」と回答し、QMSR は FDA にマネジメントレビュー、品質監査、供給者監査報告書を査察する権限を与えると明記している。

さらに 2026年4月1日に開催された FDA タウンホール「FDA’s Quality Management System Regulation (QMSR): Medical Device Risk-Based Inspections」では、査察官への指示内容について次の趣旨の説明があった。

QMSR の策定において、国際整合は意思決定の中心であり、この方向へ進む根拠であった。QMSR 前文の Comment 55 のとおり、従前これらの記録に存在した除外は QMSR の一部ではない。FDA 査察官は CP 7382.850 に従い、同 CP はマネジメントレビュー、内部監査、供給者監査に関連するプロセスの照査を扱っている。Baseline surveillance 査察および PMA 承認前査察では、これらのプロセスは照査されることが想定される。それ以外の査察タイプでは、査察の焦点と査察官が評価対象として選択する QMS のエレメントに応じて、これらの記録が照査され得る。査察官は、患者・使用者に悪影響を及ぼし得るリスクを製造業者が適切に特定し管理しているかを評価するために、批判的思考を用いて適切なエレメントを選択する。
――FDA タウンホール(2026年4月1日)における FDA 担当官の説明の趣旨

同タウンホールでは、施行前に作成された記録の扱いについても、FDA 査察官は 2026年2月2日より前に作成された QMS の記録も照査し得るが、QMSR 要求に適合させるために既存記録を改訂・再作成することは求めないという趣旨の説明があった。この論点は本サイトの別稿「なぜ事後法が適用されたのか」で詳しく扱っている。

そして CP の Attachment A を見れば、Internal Audits は Measurement, Analysis, and Improvement のエレメントManagement Review は Management Oversight のエレメントとして、他のエレメントとまったく同列に並んでいる。Inspection Model 2 に至っては、この両方が最低限評価すべきエレメントとして名指しされている。除外規定の消滅は、抽象的な権限論ではなくチェック対象の一覧に載ったという具体的な形で現れているのである。

採用しなかった記述:「記録は事実に基づき、完全であり、不必要な特徴付けを含まないことを期待する、と FDA が2026年1月14日のタウンホールで明確化した」という趣旨の説明が流布しているが、裏取りできなかったため本稿では採用していない。2026年1月14日のタウンホールは実在するが、その主題は「Quality Management System Regulation: Risk and Design and Development」(リスクマネジメント、リスクベースアプローチ、リスクに基づく意思決定、設計・開発)であって、査察記録の書き方ではない。また、査察を主題とした2026年4月1日のタウンホールの議事録全文を検索しても、”factual”、”characterization”、”free of” といった語は現れない。記録を客観的事実に基づいて書くべきだという実務上の指針そのものは妥当だが、FDA の発言としての鉤括弧付き引用は成立しない

8-3. それでも記録の書き方は変えざるを得ない

公式の引用が成立しないとしても、開示範囲が広がった以上、内部監査報告書とマネジメントレビュー議事録の書き方を見直す必要があることは変わらない。実務的な指針は次のとおりである。

  • 発見事項は客観的証拠に紐づけて記載する。「設計検証プロトコル DV-xxx の承認日が記載されていない」は適切な記述であり、「設計部門の品質意識が低い」といった主観的評価は、証拠に基づかない以上、記録に残すべきものではない
  • 不適合は明確に分類し、重大度の判定基準を手順で定める
  • 意思決定事項とアクションアイテムに追跡番号を付し、CAPA・変更管理・設計開発ファイルへの接続を可視化する
  • 指摘を「なかったこと」にしない。記録と実態の乖離こそが Form 483 の指摘に直結する。内部監査で挙がった問題が CAPA に接続されているか、マネジメントレビューで決めた改善が実行されているかは、いまや査察官が直接検証できる

マネジメントレビューを形式的な儀式にしない設計については、別稿「マネジメントレビューのインテグリティ」も参照されたい。

ISO 13485 認証は FDA 査察の代替にならない

  • FDA の QMSR FAQ(Q13)は、FDA は ISO 13485 適合証明書を要求せず、また発行もしないこと、ISO 13485 適合証明書は FDA 査察を免除しないことを明記している。FDA 査察は MDSAP の監査計画・手順には従わない
  • 2026年4月1日のタウンホールでは、ノーティファイドボディによる ISO 13485 適合性評価に焦点を当てた監査は、QMSR 要求事項に対する内部監査の代わりにはならないという趣旨の説明があった。QMSR 要求事項には 21 CFR 820 の全要求事項が含まれ、上乗せ規定もあるためである
  • 他方 MDSAP については、CP 7382.850 自身が「FDA は MDSAP 監査報告書を当局の定期査察の代替として利用する」と記載している。これは CP 7382.850 で新たに始まった扱いではなく、従来からの運用である(MDSAPとは何か
  • ISO 13485 の「適用除外」と「非適用」の切り分けを誤ると、査察で適用範囲そのものを争うことになる(適用除外と非適用の違い
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9. 企業はどう対応すべきか

9-1. ギャップ分析は「条項」ではなく「Area とエレメント」で切る

ISO 13485:2016 の全要求事項に対する包括的なギャップ分析が第一歩であることは変わらない。ただし CP 7382.850 が実施された以上、ギャップ分析の切り口を CP の 6つの QMS Areas とそのエレメントに合わせるのが実務的である。査察官が使う地図と自社の点検表が同じ形をしていれば、指摘の予見可能性が上がる。

特に注意すべきは次の3点である。

  • リスクマネジメントの適用範囲の拡張。設計開発だけでなく、購買、生産、市販後調査、QMS の改善まで広げる。CP は Management Oversight のエレメントに Risk-based Approach を置いており、査察官はリスクマネジメント文書を査察全体を通じて参照する
  • 変更管理の統合。QMS 変更・ソフトウェア変更・製品およびプロセス変更・購買変更を1つの管理体系で束ねる。Change Control が独立 Area である以上、これらが別々の手順に散らばっていると横断評価に耐えない
  • アウトソーシング管理。外部委託プロセスの管理範囲は、購買プロセスと購買情報の管理まで含めて評価される

なお、ISO 13485 の要求事項のうち自社に適用しないものをどう扱うかは、ギャップ分析の前提として先に整理しておく必要がある(適用除外と非適用の違い)。

9-2. 記録の「接続」を設計する

前節で述べたとおり、いわゆるスレッド追跡に耐えるかどうかは、記録の完備よりも記録間のトレーサビリティで決まる。苦情番号・CAPA 番号・設計変更番号・購買変更番号・工程バリデーション報告書番号・マネジメントレビュー議事録の相互参照を、手順として定めているか。査察の場で、1件の苦情を起点に10分でこの経路を提示できるか。ここが問われる。

9-3. 用語は段階的に移行する

QMSR は ISO 13485:2016 を引用組み込みしているため、規則の側からは QSR 固有の記録種別の用語が消えた。最終規則の前文(Comment 31 への応答)は、QSR、DMR、DHF、DHR といった記録種別の個別要求事項を QMSR には維持せず、これらの用語を削除したと明言し、そのうえで次の対応関係を示している。

QSR の用語 QMSR 下での位置づけ(前文の説明)
DMR(Device Master Record) 製品仕様、製造・測定・監視・サービスの手順、据付要求事項は Medical Device File(MDF、ISO 13485:2016 Clause 4.2.3)に置かれることになる
DHR(Device History Record) 従前 DHR にあった要求事項の多くは、医療機器記録またはバッチ記録(Clause 7.5.1)に含まれることが求められる
DHF(Design History File) 従前の DHF に整合して、設計開発ファイル(Clause 7.3.10)が設計開発要求事項への適合を立証するために必要な記録を含むか参照することを求められる
訂正:「DMR や DHR は ISO 13485 に該当概念がないため用語を継続使用できる」という説明は、最終規則前文の記載と整合しない。前文は DMR・DHR・DHF・QSR のいずれについても ISO 13485 側の対応する要求を明示している。ただし、これは社内文書の名称変更を法的に義務づけるものではない。規則の条文から用語が消えたということであり、社内で DMR という呼称を使い続けること自体が違反になるわけではない。実務上は、新規文書・改訂文書から ISO 用語を採用し、SOP の改訂サイクルに合わせて段階的に移行するのが現実的である。CP 7382.850 の Attachment A も Medical Device FileDesign and Development Files というエレメント名を用いており、査察官が使う語彙はこちらである。用語対応の詳細は「ISO13485:2016とQMSRとの差異」の第6節を参照されたい。

なお、2026年2月2日以降にリリースされる設計変更には QMSR の概念を反映させる必要がある。前掲のとおり FDA は施行前に作成された記録の改訂・再作成を求めていないが、それは施行後の活動まで旧来の枠組みでよいという意味ではない

9-4. 訓練は品質部門の外へ広げる

QSR から QMSR への移行は品質部門だけの問題ではない。CP の 6つの Area は、そのまま社内の部門横断的な責任分担図でもある。

対象 理解すべきこと 関連する QMS Area
経営層 マネジメントレビューが査察対象のエレメントになったこと。リスクに基づく意思決定が評価対象であること Management Oversight
設計開発部門 設計開発ファイル(7.3.10)の考え方、設計変更管理の要求 Design and Development/Change Control
製造部門 製造およびサービス提供のプロセスバリデーション要求、識別とトレーサビリティ Production and Service Provision
購買・サプライヤ管理部門 外部委託プロセスの管理、購買情報と購買変更の管理、供給者監査報告書が開示対象になったこと Outsourcing and Purchasing
品質保証部門 内部監査報告書が開示対象になったこと、苦情処理と CAPA の接続 Measurement, Analysis, and Improvement

経営層の関与が形式に堕すと、CP が重視する「品質文化」は成立しない。トップダウン型の品質管理がなぜ医療機器産業で必要とされるのかについては、「なぜ医療機器産業はトップダウン型管理が必要なのか」で論じている。

9-5. 模擬査察は「横断シナリオ」で組む

CP 7382.850 下での査察経験が業界に蓄積されるまでには時間がかかる。模擬査察を実施する場合、従来のように領域ごとに手順書と記録を点検する形式では、新しい査察手法への備えにならない。1件の苦情、1件の回収、1件の設計変更を起点に、QMS を横断して追いかけるシナリオを組み、接続が切れる箇所を洗い出すことが有効である。

9-6. 自社の公開データを先に見る

査察官が査察前に参照するデータ源は CP に列挙されている。MAUDE の自社レコード、TPLC レポート、GUDID の Device Identifier 記録、Part 806 の是正・回収報告は、いずれも企業側から先に確認できる。査察官が見る画面を先に見ておくことは、最も費用対効果の高い準備の1つである。

▲【動画】FDA規制・査察の基礎とQMSRへの対応およびQMS構築の実践ポイント(株式会社イーコンプライアンス)

10. 今後の展望

10-1. 国際整合は進むが、MDSAP の扱いは「新規」ではない

CP 7382.850 の導入により、FDA 査察の枠組みは ISO 13485:2016 を共通言語とする各国の運用に一歩近づいた。ただし、MDSAP に関する期待は正確に置く必要がある。

  • FDA が MDSAP 監査報告書を定期査察の代替として利用するのは従来からの運用であり、CP 7382.850 で新たに始まったものではない。CP は Part I の MDSAP の節でこれを明記している
  • CP の Figure 3 では、Non-baseline surveillance と Baseline surveillance の該当条件に「現在 MDSAP に登録していないこと」が含まれている。すなわち MDSAP 参加企業は、定期査察の対象選定の段階で扱いが異なる
  • 他方で、MDSAP 参加はすべての FDA 査察を免除しない。For-cause、Compliance follow-up、SPRA、PMA 関連の査察は別建てである。また CP は、MDSAP 参加企業への査察指示書については事前に上長と協議するよう指示している
  • FAQ が明記するとおり、FDA 査察は MDSAP の監査計画・手順には従わない

したがって「MDSAP 認証があれば FDA 査察の頻度が下がる」という言い方は、定期査察に限れば従来から成り立っていた話であり、CP 7382.850 の効果として新たに期待すべきものではない。

10-2. デジタル QMS の必要性

プロセスの相互接続の評価、データに基づく意思決定、リスクベースアプローチの実践を、紙の記録と表計算ソフトで支えるには限界がある。苦情から CAPA、設計変更、購買変更、工程再バリデーション、マネジメントレビューまでのデータフローを可視化できる電子的な QMSの重要性は増している。査察の場で経路を即座に示せるかどうかが、そのまま準備の質を露呈させるためである。

10-3. さらなる明確化は続く

FDA は QMSR の施行に前後して、CDRH Learn の学習モジュールとタウンホールを継続的に実施している。2026年1月14日にはリスクマネジメントと設計開発を主題としたタウンホールが、2026年4月1日にはリスクベース査察を主題としたタウンホールが開催された。リスクマネジメントの具体的な実施方法、外部委託プロセスの管理範囲、ソフトウェアに関する要求事項などについて、今後もガイダンスや FAQ の更新が行われることが見込まれる。

おわりに

CP 7382.850 への移行は、チェックリスト型のコンプライアンスから、プロセス指向・リスクベース・データドリブンの品質保証への移行を意味する。§820.180(c) の除外規定の消滅は、多くの企業にとって痛みを伴う変更である。しかし FDA 自身が前文で述べているとおり、その除外は他の規制当局の査察や MDSAP 監査では元より認められていなかった。国際的に見れば、米国だけが持っていた例外が解消されたにすぎない。

長期的には、グローバル規制の整合による二重負担の軽減、プロセスベースアプローチによる QMS の実効性向上、リスクベース思考の組織文化への浸透、データに基づく意思決定による継続的改善の促進といった利益が見込まれる。四半世紀にわたった QSIT 時代の終焉は、同時に新しい品質マネジメントの時代の始まりでもある。企業はこの変化を単なる規制対応として捉えるのではなく、品質マネジメントシステムを真に効果的なものへ進化させる機会として活用すべきである。

まとめ――5つのポイント

  1. 日付を正しく押さえるQSIT の運用文書は1999年8月発行、CP 7382.850 は2026年2月2日発行かつ同日実施。1996年10月7日は QSIT ではなく QSR 最終規則(61 FR 52602)の官報掲載日である。
  2. サブシステムは4つ、QMS Areas は6つQSIT が柱としたのは 4つの主要サブシステム(Management Control/CAPA/Design Controls/P&PC)。CP 7382.850 は 6つの QMS Areas(Change Control/Design and Development/Management Oversight/Measurement, Analysis, and Improvement/Outsourcing and Purchasing/Production and Service Provision)と 4つの OAFRs に再編した。
  3. 評価は横断で行われるCP は「1つの要求事項の評価が別領域の要求事項の評価を必要とする場合がある」と明記し、Diagram 1 は QMS Areas と OAFRs を「道路」でつないでいる。企業側の準備は記録の完備から記録間のトレーサビリティへ移る。なお「スレッド追跡」は FDA の公式用語ではない。
  4. 内部監査とマネジメントレビューは対象一覧に載った§820.180(c) の除外規定は QMSR に承継されず、Internal Audits・Management Review は CP の正式なエレメントである。Baseline surveillance と PMA 承認前査察(Inspection Model 2)では最低限評価される。
  5. 条項差分は別稿へQMSR と ISO 13485:2016 の条項レベルの対応、§820.15 の削除、establish→document、DMR・DHF・DHR の扱い、2025年12月の技術的修正については「ISO13485:2016とQMSRとの差異」で詳述している。

参考・出典(一次情報源)

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