GPTは確率論に基づく次トークン予測技術

GPT(Generative Pre-trained Transformer)は、確率論に基づく次トークン予測技術である。入力されたトークン列に対して「次に来るトークンの確率分布」を計算し、そこからサンプリングすることでテキストを自己回帰的に生成する。この単純きわまりない原理が、膨大な学習データと大規模なニューラルネットワークによって、驚くほど知的に見える振る舞いを生み出している。しかし同時に、この原理はハルシネーション(もっともらしい虚偽の生成)出力の非決定性(同じ入力でも結果が変わり得ること)という、規制対応業務にとって決定的な二つの制約をもたらす。本稿では技術の中身を正確に押さえたうえで、それが21 CFR Part 11やQMS省令、FDAのCSAガイダンスとどう衝突するのかを整理する。

GPTの基本原理――次トークン予測とは何か

トークンとは何か

トークンとは、トークナイザーによって分割されたテキストの最小単位である。GPT系のモデルが用いるのはBPE(Byte Pair Encoding)系のサブワード分割であり、頻出する文字列はひとかたまりのトークンに、まれな語は複数のトークンに分割される。サブワード分割を機械翻訳に導入した基礎論文は Sennrich, Haddow & Birch(2015)の “Neural Machine Translation of Rare Words with Subword Units” である。

重要なのは、トークンは「単語」でも「文字」でもないという点である。OpenAIの公式ヘルプでは、英語の場合の目安として「1トークンはおおむね4文字、約0.75語に相当し、100トークンで約75語」と説明されている。日本語は英語よりトークン効率が悪く、同じ内容でも消費トークン数が多くなる傾向がある。正確な数はモデルとエンコーディングによって異なるため、目安として扱うべきである。

注意:「1トークン=0.75語」はあくまで英語テキストに関するOpenAIの目安であり、日本語・数式・ソースコード・固有名詞の多い文書では大きくずれる。トークン数を業務要件(コスト見積り、文書長の上限設計)に使う場合は、実際のトークナイザーで計測すること。

次トークンの確率分布と自己回帰生成

モデルは、これまでのトークン列(プロンプト+すでに生成したトークン)を入力として、語彙に含まれるすべてのトークンについてのスコアを出力する。このスコア(ロジット)をソフトマックス関数で正規化すると、合計が1になる確率分布が得られる。

たとえば「今日の天気は」というトークン列に対しては、「晴れ」「雨」「くもり」「どう」といった候補にそれぞれ確率が割り当てられる。モデルはそこから1トークンを選び、選んだトークンを入力の末尾に足して、また次のトークンの分布を計算する。これを終了条件に達するまで繰り返す。これが自己回帰的(autoregressive)生成である。長文の生成も、この1トークンずつの繰り返しの積み重ねにすぎない。

サンプリング――temperature と top-p の役割

ここが実務上もっとも見落とされる部分である。確率分布が計算されても、そこからどのトークンを取り出すかにはさらに選択の余地がある。

方式・パラメータ 働き 出力への影響
貪欲法(greedy) 常に確率最大のトークンを選ぶ 単調・反復的になりやすい
temperature ソフトマックス前にロジットを割る係数。小さいほど分布が尖り、大きいほど平坦になる 低い=保守的で定型的/高い=多様だが逸脱しやすい
top-p(核サンプリング) 確率の高い順に累積確率が p に達するまでの候補だけを残し、その中からサンプリングする 低確率の「裾」を切り落とし、破綻を減らす
top-k 上位k個の候補だけを残す top-pと同種の裾切り

核サンプリング(nucleus sampling/top-p)は Holtzman ら(2019)の “The Curious Case of Neural Text Degeneration” で提案された手法で、貪欲法が陥る反復・退化を避けつつ、低確率トークンによる破綻も抑えることを狙ったものである。

規制実務の観点で押さえるべき点

  • サンプリングは確率的な操作である。temperature を0に近づけても、実装上の非決定性は完全には消えない。
  • したがって同じプロンプトを2回投げれば、異なる回答が返ってくることがある。これは不具合ではなく、技術の設計上の性質である。
  • この性質は、後述するとおり「一貫した意図した動作」を前提とするバリデーションの考え方と正面から衝突する。

Transformerと自己注意――概念としての理解

現在の大規模言語モデルの基盤となっているのは、Vaswani ら(2017)の “Attention Is All You Need” が提案したTransformerアーキテクチャである。その中核にある自己注意機構(self-attention)は、概念的にいえば「系列中の各位置が、系列中の他の位置の情報をどの程度参照するかを重み付けして混ぜ合わせる」仕組みである。この重みは学習によって決まり、明示的に文法規則や意味規則がプログラムされているわけではない。

注意:「自己注意機構が文の主語と述語を対応づけている」「この層が意味を担当している」といった説明を見かけることがあるが、内部表現が何を担っているかは活発な研究対象であり、確立した定説として断定できる段階にはない。本稿では自己注意を概念的な説明にとどめる。

学習データの規模

「単純な原理から知的に見える振る舞いが生まれる」背景には、学習データの圧倒的な規模がある。公開情報で規模が明示されている例として、Metaは Llama 3(2024年4月公開)について「公開されている情報源から収集した15兆トークン超で事前学習した」と公式ブログで述べている。

注意:GPT-4以降のOpenAIモデルや他社の最新モデルについては、学習データ量・パラメータ数とも公式には開示されていないものが多い。「最新モデルは○兆トークンで学習されている」という数字を業務資料に書く場合は、どのモデルのどのバージョンについて、いつ、どの一次情報が述べたものかを必ず明示すべきである。

「理解」しているのか「予測」しているのか

人間が文章を読むとき、意味を理解し文脈を把握していると(少なくとも本人は)感じる。一方GPTが行っているのは、学習で獲得した統計的パターンにもとづいて、もっとも確からしい次トークンを選ぶことである。

「水は100度で沸騰する」という出力は、モデルが熱力学を理解した結果ではなく、学習データにおける語の共起パターンの再現である。これを「理解」と呼ぶかどうかは定義の問題であり、少なくとも工学的には「理解している」と断定する根拠はない。本稿では「モデルは○○を理解している」「モデルは○○と考えている」といった擬人的な表現を避け、観察される振る舞いとして記述する立場をとる。

それでもなお、確率的な予測が知的に見える振る舞いを生み出すのは、GPTが学習した膨大なテキストの中に、人類が書き残した知識・論証・手続きのパターンが凝縮されているためである。モデルは新たに知識を発明しているのではなく、テキストとして表現された既存の知識の分布を再現している――そう捉えるほうが、実務上の誤用を避けやすい。

なぜハルシネーションは原理的に起こるのか

ハルシネーション(幻覚)とは、モデルが事実と異なる内容を、もっともらしい文体で自信ありげに出力する現象である。これは実装のバグではなく、次トークン予測という原理から自然に導かれる帰結である。

「もっともらしさ」と「正しさ」は別の基準である

モデルが最適化しているのは「学習データにおいて、その系列がどれだけ出現しやすいか」であって、「その内容が事実として正しいか」ではない。したがって次のことが起こる。

  • 学習データに存在しない事柄についても、周辺の言語パターンから「ありそうな文字列」を生成できてしまう。
  • 規制文書のように形式が強く定型化されている領域では、この危険がとりわけ高い。「21 CFR §11.」に続くトークンとして「300」も「200」も「10」も、いずれも統計的にはきわめて自然だからである。
  • モデルは生成した内容の真偽を検証する機構を持たないため、誤りを誤りとして自己申告しない。文体は正しい答えのときと変わらない。

この問題は学術的にも整理が進んでいる。Xu, Jain & Kankanhalli(2024)は “Hallucination is Inevitable: An Innate Limitation of Large Language Models” において、形式的な枠組みのもとでハルシネーションを完全に除去することはできないと論じている。またKalaiら(2025)の “Why Language Models Hallucinate” は、事前学習と評価の設計が「分からない」と答えるよりも当て推量を報酬づけてしまう構造を指摘している。

注意:「GPT-3.5のハルシネーション率は約40%」「GPT-4では3〜29%」といった数値が流通しているが、ハルシネーション率は評価データセット・タスク・判定基準・モデルバージョン・測定時期によって大きく変動し、単一の数値として一般化できるものではない。本稿では、測定条件を伴わない比率の記載は行わない。自社の資料でこの種の数値を用いる場合も、必ず測定条件を併記されたい。

規制実務で最も危険なハルシネーション――存在しない条番号

当社の読者にとって、ハルシネーションがもっとも切実な害をもたらすのは条番号・ガイダンス名・通知番号の生成である。生成AIは、実在する規則の実在しない条項を、あるいは実在する条項を誤った内容で、平然と提示する。以下は実際に生じやすい取り違えの例であり、いずれも原典で確認した内容である。

ありがちな誤り 正しい内容(原典確認済み)
電子署名の「2人以上の共謀」要件は 21 CFR §11.300(d) 正しくは §11.200(a)(3)。「真の所有者以外の者による電子署名の使用の試みには、2名以上の collaboration を要するように運用・管理すること」と規定する。§11.300(d) は識別コード/パスワードの不正使用を防ぐ取引上の保護措置に関する規定である
QMS省令の苦情処理は第64条 正しくは 第五十五条の二(苦情処理)第六十四条は「予防措置」であり、まったく別の要求事項である(是正措置は第六十三条)
QMS省令の設計移管は第36条の2 正しくは 第三十五条の二(設計移管業務)第三十六条の二は「設計開発に係る記録簿」である
「力量(competence)」の定義はISO 13485に規定されている 力量の用語定義はISO 9000:2015(品質マネジメントシステム―基本及び用語)にある。ISO 13485:2016 の6.2が求めるのは、教育・訓練・技能・経験に基づく力量の明確化、力量獲得のための措置、その有効性の評価、および記録である。QMS省令では第二十三条(能力、認識及び教育訓練)が対応する

この誤りが業務に与える実害

  • SOPや手順書に誤った条番号が引用されると、文書体系全体の信頼性が疑われる。
  • 査察・監査の場で誤った条項を根拠に説明すれば、当該説明だけでなくQMS全体の運用能力が問われかねない。
  • ギャップ分析の対象条項を取り違えれば、本来必要な対応が丸ごと抜け落ちる
  • 誤りは文書間でコピーされ、時間の経過とともに増幅する

なお、当社ブログでは「ハルシネーションが極めて少ない」という売り文句の読み方や、ハルシネーションの改善状況長文生成の検証負荷についても取り上げている。あわせて参照されたい。

同じ入力でも出力が変わる――非決定性という決定的な問題

ハルシネーションと並んで、いや規制実務にとってはそれ以上に重い問題が、出力の非決定性である。

前述のとおり、生成はサンプリングを伴う確率的な操作である。加えて実務上は、次の要因が重なる。

  1. サンプリングそのものtemperature や top-p の設定によって、同じ確率分布からでも異なるトークンが選ばれる。
  2. 浮動小数点演算とバッチ処理GPU上の並列演算は加算順序によってごく小さな数値差を生み、それがロジットの順位を入れ替えることがある。temperature を0に設定しても完全な決定性は保証されない。
  3. サービス側の変更クラウドAPIでは、モデルの重み・推論基盤・システムプロンプト・安全フィルタが利用者に通知されないまま更新され得る。昨日の出力を今日再現できる保証はない。
  4. 文脈の持ち込み会話履歴、外部検索結果、ファイル添付などが入力に混ざれば、そもそも「同じ入力」ではなくなる。

この点はベンダー自身が明示している。OpenAIは seed パラメータについて、「同じシードとパラメータを用いた繰り返しのリクエストが同じ結果を返すようベストエフォートで決定論的にサンプリングするが、決定性は保証されない(determinism is not guaranteed)」と説明し、モデルの重み・インフラ・設定の組み合わせを示す system_fingerprint の確認を求めている。すなわち、再現性はベンダー側から「保証しない」と明言されているのである。

The system will make a best effort to sample deterministically, such that repeated requests with the same seed and parameters should return the same result. But determinism is not guaranteed.
――OpenAI Platform, Advanced usage(Reproducible outputs)

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再現性の欠如は、CSVの前提と正面から衝突する

21 CFR Part 11 §11.10(a) が求めているもの

閉鎖系システムの管理措置を定める 21 CFR §11.10(Controls for closed systems)は、その柱書で「電子記録の真正性・完全性、および必要に応じて機密性を確保し、署名者が署名済み記録を容易に否認できないようにするための手順および管理措置を講じなければならない」と定め、具体的な措置の第一項目として次を挙げる。

(a) Validation of systems to ensure accuracy, reliability, consistent intended performance, and the ability to discern invalid or altered records.
(システムのバリデーションにより、正確性、信頼性、一貫した意図した動作、および無効または改変された記録を識別する能力を確保すること。)
――21 CFR §11.10(a)(eCFR現行版)

ここで問題になるのが consistent intended performance(一貫した意図した動作)という語である。従来のコンピュータ化システムであれば、同じ入力に同じ出力が返ることを前提に、テストケースを設計し、期待結果と実測結果を突き合わせ、その記録をもってバリデーションの証跡としてきた。ところが生成AIは、その前提を満たさない。

ここが本質的な難所である

  • 期待結果を「特定の文字列」として固定できないため、従来型のOQ/PQのテストケースがそのままでは書けない
  • 再テストのたびに出力が変わるため、「同じ手順を実行すれば同じ結果が得られる」という再現性の証明ができない
  • ベンダーがモデルを更新すれば、バリデーション済みという主張の前提が崩れる。変更管理の対象が自社の外にある

QMS省令 第五条の六(ソフトウェアの使用)

日本の医療機器規制にも、同趣旨の要求がある。QMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)第五条の六は、品質管理監督システムにソフトウェアを使用する場合のバリデーションを求めている。

第五条の六 製造販売業者等は、品質管理監督システムにソフトウェアを使用する場合においては、当該ソフトウェアの適用に係るバリデーションについて手順を文書化しなければならない。
2 製造販売業者等は、前項のソフトウェアを品質管理監督システムに初めて使用するとき及び当該ソフトウェア又はその適用を変更するときは、あらかじめ、バリデーションを行わなければならない。(後略)
3 前項に規定するバリデーションを行うときは、製造販売業者等は、品質管理監督システムへのソフトウェアの使用に伴うリスク(当該ソフトウェアの使用が製品に係る医療機器等の機能、性能及び安全性に及ぼす影響を含む。)に応じて、バリデーションを行わなければならない。
――医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号)第五条の六(e-Gov法令検索)

注目すべきは第3項である。この条は「リスクに応じたバリデーション」を明文で求めている。ISO 13485:2016の4.1.6が対応する規定であり、後述するFDAのCSAの考え方とも整合する。すなわち、生成AIをQMS業務に使う場合であっても、「決定論的でないから検証できない」で終わらせることは許されず、用途ごとのリスクに応じた検証と、その記録が求められる

FDA CSAガイダンス――リスクベースの再構成

FDAは、製造および品質マネジメントシステムに用いるソフトウェアの保証について、「Computer Software Assurance for Production and Quality Management System Software」(2026年2月3日発出)を最終ガイダンスとして公表している。同ガイダンスは、2025年9月24日に発出された最終ガイダンス「Computer Software Assurance for Production and Quality System Software」に取って代わる(supersedes)ものである。

注意:CSAガイダンスは短期間に版が置き換わっている。社内文書やSOPで引用する際は、正式名称と発出日を必ずFDAのガイダンス検索ページで確認されたい。「2025年9月24日版」を最新として引用している資料は、すでに旧版を参照している。

CSAの中核は、ソフトウェアの機能・特性・操作ごとにプロセスリスクを評価し、リスクの高低に応じて保証活動の厳格さを変えるという考え方である。文書作成量を一律に積み上げるのではなく、リスクに見合った労力を投じる(least burdensome)。この発想は、生成AIのように出力が確定しないシステムを扱ううえで、実務的な突破口になり得る。

用途の例 プロセスリスク 取るべき保証のかたち(考え方)
社内議事録のたたき台生成 利用ルールと教育で足りる場合がある。出力は必ず人が編集・承認する
SOPドラフトの起草支援 原典照合を必須工程として手順化し、照合記録を残す。最終責任は起草者・承認者が負う
規制要求事項のギャップ分析 条番号・要求事項は必ず原典(eCFR、e-Gov、FDAガイダンス)で1件ずつ突合。AI出力単独を根拠にしない
不具合報告該当性の判断 AIの利用範囲を情報整理に限定し、判断そのものは有資格者が行う。判断根拠を記録する
出荷可否・是正措置の決定 最高 AI出力を意思決定の根拠としない。人が決定し、その責任と記録を明確にする

なお、CSV/CSAの実務論点については、当社ブログのER/ES実践講座(第7回)続報――2008年のCSV課題は解決したかでも詳しく扱っている。

人による検証をどう工程に組み込むか――Human in the Loop

非決定性とハルシネーションを前提とするなら、「AIの出力を人が検証する」ことを気構えではなく工程として設計するしかない。以下は、規制対象業務に生成AIを組み込む際の最小限の枠組みである。

  1. 用途(intended use)を文書で限定する「何に使ってよいか」ではなく「何に使ってはならないか」まで明記する。禁止用途の例:規制要求事項の最終判断、出荷可否判断、不具合報告の該当性判断、個人情報・未公開情報の入力。
  2. 用途ごとにプロセスリスクを評価する誤った出力がそのまま採用された場合に、製品品質・患者安全・法令遵守にどう波及するかで格付けする。格付けに応じて検証の厳格さを決める(CSAの考え方)。
  3. 原典照合を独立した工程として置くAIが提示した条番号・規格番号・ガイダンス名・発出日・通知番号は、1件残らず一次情報源で確認する。確認先はeCFR、e-Gov法令検索、FDAガイダンス検索ページ、ISOのカタログなど。照合は生成した者以外が行うのが望ましい。
  4. 検証の記録を残す誰が、いつ、どの出力を、どの一次情報源と照合し、どう修正したか。使用したモデル名・バージョン・日時・プロンプトも記録対象とする。「AIが出したから」は記録として成立しない。
  5. 承認は人が行い、責任の所在を明示する最終文書の承認者は、AIの関与の有無にかかわらず内容に責任を負う。承認記録にAI利用の有無と検証の実施を記載する運用が望ましい。
  6. 定期的に再評価するベンダーのモデル更新、利用範囲の拡大、インシデントの発生を契機に、リスク評価と管理措置を見直す。変更管理・逸脱管理の対象として扱う。
  7. 教育訓練に組み込む「AIは確率的に次のトークンを選んでいるにすぎない」という原理を、利用者全員が理解している状態をつくる。QMS省令第二十三条・ISO 13485:2016の6.2が求める力量の一部として位置づけ、有効性を評価し記録する。

▲【動画】【ワンポイントAI】第2回 Human-in-the-Loop とは~人が「通す」方式~(株式会社イーコンプライアンス)

教育訓練の位置づけについては、当社ブログの「教育」と「訓練」の違いとは何かもあわせて参照されたい。

確率論的アプローチの利点と、もうひとつの限界

利点――タスク非依存の柔軟性

次トークン予測という単一の目的関数で学習したモデルが、翻訳・要約・質問応答・分類・コード生成といった多様なタスクを、タスク別の再学習なしにこなす。この性質は Brown ら(2020)の “Language Models are Few-Shot Learners” で体系的に示された。プロンプトに数例を示すだけで振る舞いが変わるため、業務側から見れば「専用システムを作らずに試せる」という大きな利点がある。

限界――長い文脈は均等には使われない

処理できる文脈の長さ(コンテキストウィンドウ)は年々拡大しているが、ウィンドウ全体が均等に活用されるわけではない。Liu ら(2023)の “Lost in the Middle: How Language Models Use Long Contexts” は、関連情報が入力の冒頭または末尾にあるときに性能が高く、中間に置かれると性能が低下する傾向を報告している。

実務への含意は明快である。数百ページのSOPや規制文書をまとめて投入し、「この中から該当箇所を探して」と指示する使い方は、中間部分の見落としを招きやすい。文書を分割して投入する、重要箇所を先頭か末尾に置く、複数回に分けて確認する、といった運用上の工夫が必要になる。

RAG(検索拡張生成)は万能薬ではない

ハルシネーション対策として広く用いられるのがRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)である。Lewis ら(2020)の “Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks” に始まるこの方式は、外部の文書集合から関連箇所を検索し、それを文脈としてモデルに与えることで、根拠のある回答を促す。

ただし、RAGを導入しても次の点は残る。

  • 検索が関連文書を取り逃がせば、モデルは手元にない情報を補って生成してしまう
  • 検索対象の文書集合そのものが古ければ、古い規制内容を確信をもって提示する(旧版のCSAガイダンスを引くのはその典型である)。
  • 提示された引用元が、生成された文の実際の根拠であるとは限らない。引用の妥当性も人が確認する必要がある
  • 生成そのものは依然として確率的であり、非決定性は解消されない

RAGは「ハルシネーションを減らす手段」であって、「原典照合を省略してよい理由」ではない。

AIガバナンスの枠組み――国内外の動き

生成AIの規制対応上の位置づけを考えるうえで、押さえておくべき枠組みを整理する。

文書・規格 発行・発出 位置づけ
ISO/IEC 42001:2023
Information technology — Artificial intelligence — Management system
2023年 世界初のAIマネジメントシステム規格。AIの提供者・利用者の双方を対象に、AIMSの確立・実施・維持・継続的改善の要求事項を規定する。ISO 13485やISO 9001と同じ高位構造をとるため、既存QMSへの統合が図りやすい
FDA|Computer Software Assurance for Production and Quality Management System Software 2026年2月3日(最終) 製造・QMS用ソフトウェアの保証に関するリスクベースの考え方。2025年9月24日発出の同名(旧称)最終ガイダンスに取って代わる
FDA|Marketing Submission Recommendations for a Predetermined Change Control Plan for AI-Enabled Device Software Functions 2024年12月4日(最終) 市販後にモデルが変化し得る医療機器について、変更計画(PCCP)をあらかじめ申請に含める枠組み。「変わることを前提に管理する」発想は、生成AIの変更管理を考えるうえで示唆に富む
FDA|Artificial Intelligence-Enabled Device Software Functions: Lifecycle Management and Marketing Submission Recommendations 2025年1月6日(ドラフト) AI搭載医療機器の設計・開発・保守・文書化を製品ライフサイクル全体で扱う包括的な草案。本稿執筆時点でドラフトであり、確定ではない
FDA|Considerations for the Use of AI To Support Regulatory Decision-Making for Drug and Biological Products 2025年(ドラフト) 医薬品・生物学的製剤の規制判断を支えるAIモデルについて、使用文脈(COU)に応じたリスクベースの信頼性評価フレームワークを提示する。ドラフトである点に留意
PMDA|AIを活用したプログラム医療機器に関する専門部会 2023年8月報告書 AI搭載SaMDの薬事規制上の課題(バイアス評価、市販後学習における評価データの扱い、学習データの構築、臨床情報データベースの活用等)を整理
総務省・経済産業省|AI事業者ガイドライン(第1.2版) 2026年3月31日 AIの開発者・提供者・利用者それぞれの立場に応じた非拘束的な指針(ソフトロー)。Living Documentとして継続的に改訂されており、版数と公表日を必ず確認して引用すべき文書の典型例である

これらに共通するのは、「AIの出力を人が検証し、責任の所在を明確にする」ことを前提に置いている点である。技術がどれほど進歩しても、規制対応における最終責任が事業者にあるという構図は変わらない。

哲学的含意――「知性」とは何か

アラン・チューリングは1950年の論文 “Computing Machinery and Intelligence”(Mind 誌)において、「機械は考えることができるか」という問いをそのまま扱うのではなく、模倣ゲーム(imitation game)という操作的な代替問題に置き換えた。彼が提示したのは「機械は知的である」という断定ではなく、思考の定義そのものを問い直す枠組みだったといえる。

現代のGPTが多くの場面でこのテストを通過し得るかどうかは、なお議論の余地がある。しかし規制対応の実務者にとって、より重要なのは別の問いである。すなわち――「このシステムは、私が責任を負う判断の根拠として使えるか」という問いである。

その答えは、現時点では明確に「単独では使えない」である。GPTは万能ではない。しかし、原理を正しく理解し、用途を限定し、人による検証を工程として組み込むならば、人間の創造性と判断力を補完する強力な道具となり得る。技術の限界を理解している者だけが、その技術を安全に使える。これは、コンピュータ化システムバリデーションが半世紀にわたって説き続けてきたことと、何ひとつ変わらない。

まとめ――5つのポイント

  1. GPTは次トークンの確率分布からのサンプリングであるトークン化(サブワード分割)→確率分布の計算→temperature・top-pによるサンプリング→自己回帰的な繰り返し。この一連が生成のすべてである。
  2. ハルシネーションは原理的な帰結であるモデルが最適化しているのは「もっともらしさ」であって「正しさ」ではない。学習データにない事柄でも、もっともらしい系列を生成してしまう。規制実務では、実在しない条番号・ガイダンス名の生成がもっとも危険である。
  3. 同じ入力でも出力は変わり得るOpenAIは seed 使用時でも「決定性は保証されない」と明言している。この非決定性が、21 CFR §11.10(a) の求める「一貫した意図した動作」の検証と正面から衝突する。
  4. 突破口はリスクベースの保証と人による検証であるFDAのCSAガイダンス(2026年2月3日発出)とQMS省令第五条の六第3項は、いずれもリスクに応じたバリデーションを求めている。用途ごとのリスク格付けと、原典照合・承認記録の工程化が現実的な解である。
  5. 条番号は必ず原典で確認するeCFR、e-Gov法令検索、FDAガイダンス検索ページ。AIが提示した条番号・発出日・正式名称を、そのまま社内文書に転記してはならない。

参考・出典(一次情報源)

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