
なぜ発生頻度よりも重大性を重視するのか
リスクコントロールにおいて発生確率の低減が重要な理由
ヒューマンエラーのリスク評価において、発生確率と危害の重大性をどのように考慮すべきか。本稿では、ISO 14971やICH Q9が要求するリスクマネジメントの原則を踏まえ、実務における効果的なリスクコントロール戦略について解説する。
リスクマネジメントの基本原則
ISO 14971「医療機器リスクマネジメント」およびICH Q9「品質リスクマネジメント」では、リスクを以下のように定義している。
リスク = 発生確率 × 重大性
これらの国際規格では、リスク評価において発生確率と重大性の両方を考慮することが明確に要求されている。リスクマトリックス(R-MAP)は、縦軸に発生確率、横軸に危害の重大性を配置した二次元マトリクスであり、両方の要素を組み合わせてリスクレベルを判定する。
ISO 14971:2019では、「リスクコントロール手段は、危害の重大さ若しくは危害の発生確率又はその両者を減少させることができる」と明記されており、どちらか一方だけを考慮すればよいという考え方は誤りである。
ヒューマンエラー発生確率の予測困難性
リスク評価には両方の要素が必要だが、実務上ヒューマンエラーの発生確率予測には特有の困難性がある。人間の行動は、時間や場所、個々の能力やストレスレベル、そしてその日の体調等、数え切れない要因により影響を受けるためである。
具体例として、2025年に組織改編が行われた企業Xを挙げる。新しいシステムやルールが導入され、従業員が慣れるまでの間、ヒューマンエラーが増加した。しかし、組織改編前に算出されていたエラー発生確率は、この増加を予測していなかった。このように、特にヒューマンエラーにおいては、発生確率の正確な予測が極めて困難である。
なぜ発生確率の低減に重点を置くのか
リスクコントロールにおいて、実務上は発生確率の低減に重点を置くことが多い。これには明確な理由がある。
重大性の低減が極めて困難
危害の重大性については、「リスクコントロール実施後も変化しない(危害の重大性は不変)」という認識が一般的である。つまり、重大性を下げることは極めて困難なのである。
例えば、墜落しても死亡しない飛行機は造れない。しかしながら、極めて墜落しにくい飛行機は設計できる。同様に、医療機器の誤使用による重篤な健康被害の程度(重大性)を下げることは困難だが、誤使用が発生する確率は、設計改善や使用者教育により低減できる。
発生確率低減の具体的手段
発生確率は、以下のような手段で低減可能である。
- 本質的安全設計: エラーが発生しにくい設計
- 保護手段の実装: エラーを検出し、危害に至る前に防止
- 使用者教育と情報提供: 適切な使用方法の周知
- プロセスの標準化: 手順の明確化と簡素化
- 二重チェック機構: 人的エラーの検出と修正
リスク評価における両要素の重要性
ただし、発生確率の低減に重点を置くことは、重大性を無視してよいという意味ではない。リスク評価の段階では、必ず両方の要素を考慮し、リスクレベルを決定する必要がある。
具体例で考えるなら、エラーが原因で大規模なデータ流出が発生した場合、企業の信頼は大きく失墜し、販売減少や顧客流出、大規模な訴訟費用など、莫大なダメージを引き起こす。このような高い重大性を持つリスクに対しては、たとえ発生確率が低くても、さらに発生確率を低減する対策が必要となる。
リスク管理の実務への応用
以上から、リスク管理の実務における重要な考え方は以下の通りである。
- リスク評価: 発生確率と重大性の両方を評価し、R-MAPを用いてリスクレベルを決定
- 優先順位付け: 高リスク(高重大性または高確率、もしくは両方)から対策を実施
- リスクコントロール戦略: 実務上、重大性の低減が困難なため、発生確率の低減に重点を置く
- 両方のアプローチ: 可能な限り、重大性と発生確率の両方の低減を目指す
策定する対策には限りがあるため、リスクレベルの高いものから優先的に対策を実施すべきである。特に、高い重大性を持つハザードについては、発生確率が低くても、さらなる発生確率の低減対策を検討する必要がある。
まとめ
リスクマネジメントにおいては、ISO 14971およびICH Q9が要求する通り、発生確率と重大性の両方を考慮してリスクを評価することが基本原則である。その上で、実務上のリスクコントロール戦略としては、重大性の低減が困難であることから、発生確率の低減に重点を置くことが効果的である。
この考え方をしっかりと理解し、自身の業務に生かすことで、リスクマネジメントの質を高めることができる。ただし、常に最新の市場・社会動向をキャッチアップし、それらを反映したリスク評価を心掛けることが、より良い結果を生む秘訣である。
参考規格
ISO 14971:2019 医療機器-リスクマネジメントの医療機器への適用
JIS T 14971:2020 医療機器-リスクマネジメントの医療機器への適用
ICH Q9(R1) 品質リスクマネジメントに関するガイドライン
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