
なぜ医療機器には「CEマーキング」が必要なのか
欧州で医療機器を販売しようとする企業が必ず直面する課題、それが「CEマーキング」である。この小さなマークは、欧州域内31カ国での自由な流通を保障する通行証のような存在であり、医療機器ビジネスにおいては避けて通れない重要な制度である。しかし、日本やアメリカの承認制度とは根本的に異なる「自己宣言」という独特の仕組みは、多くの人を戸惑わせる。本コラムでは、CEマーキング制度の本質と、その背景にある欧州独自の規制思想について解説する。
CEマーキングとは何か
「CE」の意味と範囲
CEマーキングの「CE」は、フランス語の「Conformité Européenne」(欧州適合)の略である。このマークは医療機器に限らず、玩具、電気製品、機械類など、欧州で流通する多くの製品に求められる適合マークである。医療機器の場合、このマークがあることで、EU加盟27カ国、EEA加盟3カ国(アイスランド、ノルウェー、リヒテンシュタイン)、そしてスイス(医療機器を含む特定製品についてCEマーキングを認める)の計31カ国で自由に販売することができる。
「自己宣言」という革新的な考え方
CEマーキングの最大の特徴は、製造業者による「自己適合宣言」であるという点である。日本の医療機器承認制度では、厚生労働省所管のPMDA(医薬品医療機器総合機構)が審査を行い、承認を与える。アメリカではFDA(食品医薬品局)が承認や認可を行う。これらは規制当局が直接関与する「承認制度」である。
一方、CEマーキングでは、製造業者自身が「この製品は欧州の法律が定める要求事項を満たしている」と宣言する。規制当局は事前に製品を審査しない。この違いは、単なる手続きの差ではなく、規制に対する根本的な考え方の違いを反映している。
ニューアプローチ:欧州独自の規制手法
「何を」ではなく「どうあるべきか」を規定する
CEマーキング制度の背景には、「ニューアプローチ」と呼ばれる欧州独自の規制手法がある。これは1985年に欧州理事会で採択された画期的な考え方である。
従来の規制手法では、製品の詳細な技術仕様を法律で定めていた。しかし、技術革新のスピードが速い現代において、法律で技術仕様を細かく規定すると、すぐに時代遅れになってしまう。そこで欧州は、法律では「安全性」「有効性」「性能」といった基本要件(Essential Requirements)のみを規定し、具体的な技術仕様は別の仕組みに委ねることにした。
整合規格という知恵
具体的な技術仕様は、ISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)などの国際規格によって定められる。これらの規格のうち、欧州の法律が定める基本要件を満たすと認められたものは「整合規格(Harmonized Standards)」として公示される。
製造業者は、整合規格に従って製品を設計・製造すれば、基本要件を満たしていると推定される。この仕組みにより、法律は柔軟性を保ちながら、技術の進歩にも対応できる体制が実現されている。
なぜ「自己宣言」なのか
欧州統合の理想
CEマーキング制度が「自己宣言」方式を採用している背景には、欧州統合の理想がある。かつて欧州各国は、それぞれ独自の承認制度を持っており、ある国で承認された製品でも、隣国で販売するには別の承認が必要であった。これは貿易の大きな障壁となっていた。
欧州統合を推進する過程で、この非効率を解消する必要があった。しかし、各国が独自の承認機関を持つ中で、統一的な承認機関を設立することは政治的に困難であった。そこで考え出されたのが、「共通の基準を満たせば、製造業者の自己宣言で流通を認める」という方式である。
責任の所在を明確にする思想
自己宣言方式では、製品の安全性と有効性に対する責任は完全に製造業者にある。規制当局は事前審査を行わない代わりに、市販後の監視を厳格に行い、問題が発覚した場合には製造業者に厳しい責任を問う。この「自己責任」の原則は、欧州の法文化に深く根ざしている。
PIPスキャンダルと規制強化への転換点
制度の脆弱性が露呈した事件
2010年に発覚したPIPスキャンダルは、CEマーキング制度の脆弱性を世界に知らしめる事件となった。フランスのPIP社が製造した豊胸用シリコンインプラントが、承認されていない工業用シリコンを使用していたことが判明し、全世界で40万人以上(フランスだけで約3万人)の女性に健康被害をもたらした。
この事件が特に衝撃的だったのは、問題の製品がCEマーキングを取得していた点である。審査を行った認証機関(Notified Body)の監査が不十分であったこと、市販後監視体制に穴があったことなど、制度の多くの問題点が明らかになった。
指令から規則へ:MDRの導入
このスキャンダルを契機に、欧州は医療機器規制を根本的に見直すこととなった。従来の「指令(Directive)」は、各加盟国が国内法に置き換えて実施する形式であったため、国によって解釈や運用に差が生じていた。
2017年に採択され、2021年5月に全面適用が開始された「医療機器規則(Medical Device Regulation: MDR)」は、EU全体で直接適用される「規則(Regulation)」である。これにより、全加盟国で統一的な規制が実現された。なお、業界の準備状況を考慮して、2023年には移行期間の延長が決定され、クラスIIIおよび植込み型クラスIIb機器については2027年まで、その他のクラスについては2028年まで延長されている。
世界で最も厳しい規制へ
MDRでは、以下のような大幅な強化が図られた。
- 臨床評価の厳格化:従来は既存製品との同等性を示せば簡易的な評価で済んだが、MDRでは多くの製品で臨床試験データが必要となった。
- 認証機関の監督強化:認証機関(Notified Body)に対する監視が強化され、資格要件も厳格化された。
- トレーサビリティの向上:UDI(Unique Device Identification)システムにより、個々の医療機器を追跡できる体制が整備された。
- 市販後監視の強化:製品の安全性に関する継続的な監視と報告が義務化された。
これらの変更により、現在の欧州医療機器規制は、世界で最も厳しいものの一つとなっている。
実務的な導入プロセス
ステップ1:製品の分類確認
医療機器は、そのリスクに応じてクラスI(低リスク)、クラスIIa、クラスIIb、クラスIII(高リスク)の4つに分類される。分類によって、必要な適合性評価の手続きが異なる。例えば、クラスIの多くは製造業者の自己評価のみで済むが、クラスIIIでは認証機関による厳格な審査が必要となる。
ステップ2:技術文書の作成
製品の設計、製造方法、リスク分析、臨床評価など、膨大な技術文書を準備する必要がある。この文書は、製品が基本要件を満たしていることを証明する証拠集である。MDR施行後、この文書に求められる内容は大幅に増加した。
ステップ3:適合性評価
クラスに応じて、自己評価または認証機関による評価を受ける。認証機関による評価が必要な場合、設計審査(製品そのものの評価)とQMS審査(品質管理体制の評価)の両方が行われる。
ステップ4:適合宣言書の作成とCEマーキングの貼付
すべての要求事項を満たしたら、製造業者は「EU適合宣言書(Declaration of Conformity)」を作成し、製品にCEマーキングを貼付する。この時点で、製造業者は欧州市場での販売が可能となる。
日本企業が直面する課題
文化的な違いからくる戸惑い
日本企業がCEマーキング取得で苦労する最大の理由は、「自己宣言」という概念に対する文化的な違いである。日本では、規制当局による承認がなければ「正式に認められた」とは考えにくい。「自分で適合していると宣言してよい」と言われても、本当にそれで大丈夫なのかと不安を感じる企業は多い。
しかし、欧州では「製造業者が最も自社製品を理解しているのだから、適合性の判断も製造業者が行うべき」という考え方が根底にある。この違いを理解することが、CEマーキング取得への第一歩である。
継続的な対応が必要
CEマーキングは、一度取得すれば終わりではない。市販後監視、定期的な技術文書の更新、規格改訂への対応など、継続的な作業が必要である。特にMDR施行後は、この継続的な負担が大幅に増加しており、多くの企業が対応に苦慮している。
まとめ
CEマーキング制度は、「ニューアプローチ」という欧州独自の規制手法と、「自己宣言」という革新的な考え方に基づいている。規制当局が直接関与しない代わりに、製造業者に完全な責任を負わせることで、欧州域内での自由な流通を実現している。
PIPスキャンダルを経て、制度は大幅に強化され、現在では世界で最も厳しい医療機器規制の一つとなっている。この変化は、「自己宣言」の理念を維持しながらも、患者の安全を最優先するという欧州の強い意志を示している。
日本企業にとって、CEマーキングは単なる手続きではなく、欧州の規制思想を理解し、継続的な品質管理体制を構築する機会である。この制度を深く理解することが、グローバルな医療機器ビジネスの成功への鍵となるであろう。
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