「リスクは多めに見積もる」が、結局は患者を苦しめる
~リスクベースド・アプローチが守るべき、もう一つの天秤~
監査やコンサルテーションの現場で、こんな台詞をよく耳にする。
「分からないから、念のためリスクは多めに見積もっておく」「怖いので、規制要件は厳しめに解釈しておく」。
慎重で謙虚な姿勢のように聞こえる。だが、これは規制当局の意図に反した運用である。
ISO 13485 4.1.2(b) は、品質マネジメントシステムのプロセス管理に「リスクに基づくアプローチ」を考慮するよう要求する。
狙いは何か。患者の安全性の担保である。同時にもう一つ、見落とされがちな目的がある。患者負担の軽減である。
仕組みは単純だ。組織がコンプライアンスコスト、すなわち規制遵守のためのコストを使えば、そのコストは組織が自腹で吸収するのではなく、材料費・部品費・人件費を経由して、最終的に医療費に乗る。乗った医療費を支払うのは患者である。すなわち、過剰な品質管理は患者の経済的負担に直結する。
クラスIの機器に対してクラスIVと同水準の管理を施せば、その分だけ製品価格は跳ね上がる。
胃腸薬や栄養剤に抗がん剤と同じ管理コストを乗せれば、その薬は誰も買えなくなる。
逆にクラスIVや一錠数万円の抗がん剤の品質管理を「医療費を上げたくないから」と適当に済ませれば、患者の生命が危機に晒される。
つまり規制当局が求めているのは、リスク(安全性)と患者負担を天秤にかけ、最も適切なバランスを取ることである。
怖いから多めに、ではない。
リスクに見合った水準で、必要十分のコストをかけるーーこれがリスクベースド・アプローチの本旨である。
「念のため厳しめに」は、一見プロフェッショナルに見えて、その実、判断停止である。
プロフェッショナルとはリスクを正確に見積もる人のことを指す。
多めに丸めて逃げる人ではない。
是正処置の重さも同じだ。
社内文書のサイン漏れひとつで本格的な是正処置を起こしていては、CAPAがパンクする。
リスクに見合った処置をとれ、これがISO 13485 8.5.2 の要求でもある。
過剰な品質管理は、品質管理ではない。患者の財布から余計に金を抜く行為であるーーこの自覚を持つところから、本物のリスク思考は始まる。