
FDAによるCAPA査察の観点
医療機器や医薬品を製造する企業にとって、是正措置および予防措置(CAPA: Corrective And Preventive Action)システムは品質管理の中核を成すものである。米国食品医薬品局(FDA)は、CAPAシステムを査察する際に特定の観点から評価を行う。本稿では、FDAがCAPAをどのように査察するか、その視点と重要ポイントについて解説する。
CAPAとは何か
CAPAとは、品質システムにおいて不適合や問題が発生した際に、その原因を特定し、再発を防止するための体系的なアプローチである。「是正措置(Corrective Action)」は既に発生した問題に対処し、「予防措置(Preventive Action)」は潜在的な問題の発生を防ぐことを目的としている。FDAは、21 CFR 820.100(医療機器)および21 CFR 211(医薬品)においてCAPAの要件を規定している。
FDAの査察における主要な観点
1. 不適合の特定と記録
FDAの査察官は、企業が不適合をどのように特定し、記録しているかを確認する。彼らは以下の点に注目する。
- 不適合の検出方法(苦情、監査、プロセスモニタリングなど)
- 不適合の適切な文書化
- 不適合の重大性評価プロセス
- トレンド分析の実施と活用状況
2. 根本原因分析の適切性
査察官は、不適合の根本原因を特定するための分析が適切に行われているかを評価する。
- 使用されている根本原因分析手法(5Why、魚骨図など)の適切性
- 分析の深さと広さ
- 根本原因を裏付ける客観的証拠の有無
- システム的な問題の考慮
3. 是正・予防措置の有効性
措置自体の適切性と有効性は重点的に査察される。
- 措置が根本原因に対応しているか
- 措置の実施タイムラインの合理性
- 措置の完了を確認するための検証活動
- 類似製品やプロセスへの影響の考慮
4. CAPAの有効性確認
査察官は、実施されたCAPAが実際に問題を解決し、再発を防止したことを確認するプロセスを評価する。
- 有効性確認の方法と基準
- データに基づく客観的な評価
- 長期的なモニタリング計画
- 有効でなかった場合の対応手順
5. CAPAプロセスの統合性
FDAは、CAPAシステムが品質システム全体とどのように統合されているかも確認する。
- 他の品質サブシステム(変更管理、文書管理など)との連携
- 経営陣によるCAPAの定期的レビュー
- 品質メトリクスとKPIへのCAPAデータの活用
- 継続的改善の証拠
査察で頻繁に指摘される不備
1. 根本原因分析の不足と「教育不足」の問題
多くの企業が表面的な分析に終始し、真の根本原因を特定できていないことがある。FDAは「なぜ」を繰り返し問い、分析の深さを評価する。FDAは、約15年前から「教育不足」を根本原因としている場合、指摘を出すことになった。これは単に失敗した担当者を再教育しても、組織変更や人事異動により別の担当者がそのプロセスを担当した場合、同様の問題が再発するためである。FDAは人に依存したシステムではなく、堅牢なプロセスと仕組みの構築を重視している。
2. 是正措置と予防措置の混同
是正措置(既に発生した問題への対応)と予防措置(類似問題の発生防止)を区別せず、両者を適切に実施していない企業が多い。FDAは両方のアプローチが明確に区別され、文書化されることを期待している。
3. タイムリーな対応の欠如
CAPAの完了が不当に遅延していたり、優先順位付けが不適切であったりする場合、FDAは警告を発することがある。リスクに基づいた対応期限の設定と遵守が求められる。
4. 文書管理と変更記録の不備
FDAの査察でしばしば指摘される事項として、CAPAの結果として変更された手順書や文書の管理不備が挙げられる。具体的には、以下のような点が問題となる。
- CAPAにより変更された手順書や文書の名称が記録されていない
- 変更した手順書等の従業員への周知記録(教育訓練記録)が欠如している
- 変更管理システムとCAPAシステムの連携が不十分
- 変更前後の文書の比較や変更理由の文書化が不足している
このような不備は、CAPAが適切に完了していないとFDAに判断される原因となり、警告書(Warning Letter)の対象となることがある。
5. 有効性確認の不足
多くの企業がCAPAを実施した後、その有効性を適切に評価していない。FDAは、措置が実際に意図した結果をもたらしたことを客観的に証明するデータを求める。
6. システム的視点の欠如
個別の問題に対処するだけで、類似製品やプロセスへの影響を考慮していない場合、FDAは品質システム全体の弱点として指摘する。
CAPAに対するFDAの査察の観点
成功するCAPAシステムのための実践的アドバイス
1. 人に依存しないシステム構築
FDAが重視するのは、個人の規律や教育に依存したシステムではなく、堅牢な品質マネジメントシステム(QMS)の構築である。担当者が変わっても問題が再発しないような仕組みを設計し、実装する。
2. リスクベースのアプローチ
すべての不適合を同じレベルで扱うのではなく、リスクに基づいて優先順位を付け、リソースを適切に配分する。
3. データ駆動型の決定
感覚や直感ではなく、データに基づいて根本原因を特定し、措置の有効性を評価する。
4. クロスファンクショナルな関与
CAPAプロセスに様々な部門(品質、生産、エンジニアリング、規制など)を関与させ、多角的な視点を確保する。
5. 効果的な文書化と変更管理の連携
CAPAの結果として変更された文書(手順書、作業指示書、規格書など)を明確に特定し記録する。また、変更した文書の従業員への周知記録(教育訓練記録)を確実に維持する。変更管理システムとCAPAシステムを適切に連携させ、変更の追跡可能性を確保する。
6. プロセスの標準化とエラープルーフ化
単なる再トレーニングではなく、エラーが発生しにくい、または発生しても検出できる仕組みを組み込んだプロセス設計を行う。
結論
FDAのCAPAに対する査察は、単なるコンプライアンスチェックではなく、企業の問題解決能力と品質システムの成熟度を評価するものである。FDAが強調しているのは、「人の規律」に依存するのではなく、堅牢なQMS(品質マネジメントシステム)という「仕組み」を構築することの重要性である。これは、約15年前からFDAが「教育不足」という根本原因分析に厳しい姿勢を示してきた理由でもある。
効果的なCAPAシステムは、単に規制要件を満たすだけでなく、製品品質の向上、顧客満足度の増加、運用効率の改善など、ビジネス上の明確な利点をもたらす。人に依存しないシステム設計、プロセスの標準化、エラープルーフ化などの取り組みを通じて、真に予防的な品質文化を育成することが、FDAの査察に成功するとともに、長期的な品質パフォーマンスを向上させる鍵となるのである。

