原因の究明と再発防止が最重要 – 日航ジャンボ機墜落事故から学ぶ教訓

日航123便事故の概要

1985年(昭和60年)8月12日、日本の航空史上最悪の惨事が発生した。日本航空123便ボーイング747SR-100型機(JA8119)は羽田空港を18時00分に離陸し、大阪の伊丹空港へ向かう予定であった。しかし、離陸からわずか12分後、同機は異常な状態に陥り、その後32分間の制御不能な飛行を続けた末、群馬県多野郡上野村の御巣鷹山に墜落した。搭乗者524名のうち520名が犠牲となり、この事故は単独の旅客機事故としては世界最大の犠牲者数を記録することとなった。

事故原因の技術的検証

1987年に公表された運輸省航空事故調査委員会の報告書によれば、事故の直接的原因は後部圧力隔壁の破壊であった。具体的には、以下の技術的事実が明らかにされている。

  1. 修理方法の誤り:事故機は1978年に大阪国際空港での尻もち事故後、ボーイング社技術者による修理が行われていた。この際、「ダブルロウ」継手(2列リベット)が必要な箇所を「シングルロウ」(1列)で実施するという致命的なミスが発生した。
  2. 疲労破壊のメカニズム:不適切な修理により応力が集中し、徐々に亀裂が進展。飛行15,030サイクル後に破断応力に達し、隔壁が破壊された。
  3. 検査の不備:ボーイング社のサービスブルテインNo.747-53A-1228に基づく詳細検査が実施されず、視認検査のみに依存していたことが、亀裂の早期発見を妨げた。

この技術的原因は明確に解明されているものの、なぜそのような明らかな修理ミスが発生し、また検査工程で発見されなかったのか、その組織的・システム的な根本原因については今なお十分に解明されていない部分がある。

日米の刑事責任追及の相違

事故の責任追及において、日本と米国では対応に顕著な差異が見られた。

  • 日本:業務上過失致死傷罪でボーイング元整備部長と日本航空整備部員を書類送検(1987年)。ただし最終的には起訴猶予処分となった。
  • 米国:NTSBによる調査では刑事訴追は行われず、FAAはボーイングに対して行政処分として225万ドルの罰金を課すにとどまった(1987年)。

この違いは航空事故における両国の法的アプローチの相違を反映している。米国では航空事故において「故意」または「重大な過失」が認められない限り、関係者に対する刑事責任の追及は行われない傾向がある。これは事故の再発防止という観点から、関係者が恐れることなく証言できる環境を確保するためである。
一方、日本ではそうした区別なく刑事責任の追及が行われることが多い。このような相違があるため、ボーイング社は事故調査に当たった群馬県警による修理作業員への聴取要請に対して、「米連邦規則(14 CFR §431.7)」を根拠に技術者の証言を拒否した。また、日米司法相互援助条約(MLAT)に基づく正式な要請が行われなかったため、強制力を持つ証言聴取は実現しなかった。

「司法取引」と安全文化の発展

2018年に日本の刑事訴訟法改正により導入された「司法取引」制度は、特定の条件下で証言や証拠と引き換えに刑事処分の軽減を図るものである。しかし現状では

  • 適用範囲:主に組織犯罪に限定(独占禁止法違反、金融商品取引法違反等)されている
  • 航空事故への適用実績:2023年現在、航空事故調査での適用例はない
  • 制度的課題:個人の刑事責任と企業の説明責任のバランス調整が未解決である

一方で、航空安全文化は着実に進化している。日本航空は2004年に「Just Culture」政策を導入し、過失による事故や不具合の報告者を罰しない文化を醸成している。この結果、年間3万件以上の自主報告が処理され、潜在的リスクの早期発見に貢献している。
国際的にも、ICAO(国際民間航空機関)は2020年にAnnex 13を改正し、「非処罰的な報告文化」の推進を明確に打ち出している。これらは、責任追及より再発防止を優先する安全文化への国際的な流れを示すものである。

根本原因の究明の重要性

事故防止の観点から最も重要なのは、「なぜそのような事態が発生したのか」という根本原因(ルートコーズ)を明らかにすることである。表面的な原因だけでなく、システム(仕組み)的な欠陥・弱点・不備・矛盾・曖昧さを追求しなければならない。
日航123便事故の技術的な直接原因は明らかになったものの、事故調査委員会報告書(1987年)は以下の点を未解明の課題として指摘している。

  1. 修理設計承認プロセスの不備(FAAの委任制度の欠陥)
  2. 修理実施記録の不備(ボーイングの作業記録に曖昧な点)
  3. 日本航空の整備記録管理の問題(修理内容の引継ぎ不備)

これらの組織的・制度的要因の分析が不十分であったため、単なる技術的修正にとどまらない本質的な安全向上が遅れた面は否めない。

責任追及と再発防止のジレンマ

事故調査において「犯人捜し」を重視すると、関係者による証拠隠しや証言拒否が生じる可能性が高まる。こうした状況下では根本的原因の解明が困難となり、その結果、同種の悲惨な事故が再発するリスクが増大する。
この事実は、123便事故調査においても明確に表れている。ボーイング社は群馬県警の聴取要請に対して証言を拒否し、日米間の司法手続きの相違により、修理作業員からの詳細な証言を得ることができなかった。これが、修理プロセスの詳細な分析を妨げる一因となったのである。
真に重要なのは、個人を罰することではなく、二度と同様の惨事を繰り返さないための仕組みを構築することである。このことは、司法的な正義の追求と安全性向上という二つの社会的要請のバランスをどう取るかという難しい問題を提起している。

安全対策の進化と教訓の実践

日航123便事故を契機として、航空安全の取り組みは大きく進化した。

技術的改善

  • FAA Airworthiness Directive 87-21-08:747クラス全機の圧力隔壁検査を強化
  • 修理基準の見直し:SAE AIR 4844-2018「航空機構造修理の標準化ガイド」を制定
  • 構造健康モニタリング(SHM)システム:最新鋭機(787型機など)では、構造部材の状態をリアルタイムで監視する技術が導入されている

制度的改革

  • 日本:航空法改正(1999年)で「航空事故等報告規則」を制定し、自主報告制度を導入
  • 国際的:ICAOのグローバル航空安全計画(GASP)で情報共有体制を強化
  • EUROCONTROLREXツール:組織的要因を分析する手法の開発と国際的な普及

文化的変革

  • 日本航空の安全報告システム:年間3万件以上の自主報告を処理し、潜在的リスクを早期発見
  • FAAASAP:匿名報告制度の運用により、罰則を恐れずに安全上の懸念を報告できる環境を整備
  • Just Culture:過失による事故や不具合の報告者を罰しない文化の醸成

これらの取り組みは、「犯人捜し」より「原因究明と再発防止」を重視する安全文化への移行を示すものである。

事故から学ぶべき教訓

日航123便事故から我々が学ぶべき教訓は多岐にわたるが、最も重要なのは以下の点である。

  1. 航空安全における「なぜ」の徹底的な追求の重要性
  2. 個人の責任追及より再発防止を優先する文化の醸成
  3. 関係者が恐れることなく情報提供できる制度設計
  4. 個人の失敗を超えたシステム的改善の必要性
  5. 国際的な協力体制の構築と情報共有の促進

事故から学んだ教訓を次世代に継承し、同様の悲劇を二度と繰り返さないためには、制度的な改革と組織文化の変革の両面からのアプローチが必要である。そして何より、安全文化の根幹には「責任追及より再発防止」という価値観を据えることが不可欠である。御巣鷹事故の記憶を風化させることなく、航空安全の向上に向けた不断の努力を続けていくことが、520名の犠牲者への最大の追悼となるであろう。

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