
FDAによる外国施設への事前通知なし査察の拡大
米国食品医薬品局(FDA)は2025年5月6日、米国向けに食品や医薬品を製造する外国施設に対し、事前通知なしの査察(いわゆる「抜き打ち検査」)を拡大する方針を公式に発表した。これは食品・医薬品の安全性確保という観点から大きな転換点となる政策である。本稿では、この新方針の背景や意義、課題について解説する。
査察の現状と新方針
米国内と外国施設での査察の違い
これまでFDAは査察方法において国内と国外で異なるアプローチを取ってきた。米国内の施設に対しては「事前通知なし」の抜き打ち査察が標準的な手法であった。一方、外国施設に対しては、主に以下の理由から事前通知が原則とされていた。
- 国際渡航の調整が必要
- 現地当局との連携
- 言語や文化の違いへの対応
- 査察の効率性確保
この違いによって、外国製造業者は米国内の製造業者と比較して査察に備える時間的余裕があり、公平性の観点から問題視されることもあった。
新方針の具体的内容
新たな方針では、インドと中国で実施してきたパイロットプログラムを基盤として、事前通知なし査察を他国にも拡大する。これにより外国施設は米国内の施設と同様の査察環境に置かれることになる。マーティン・A・マカリーFDA長官は、「外国企業は施設検査前に事前通知を受ける一方で、米国製造業者にはそのような通知はない。FDAが外国施設に対する検査を正常な軌道に戻すための広範な戦略の一環として、重要な一歩だ」と述べている。
背景と意義
米国食品安全強化法(FSMA)の要件
2011年に成立した食品安全強化法(Food Safety Modernization Act: FSMA)は、食品の安全性確保のために予防的なアプローチを強化する法律である。FSMAは国内外の食品施設に対する査察頻度の増加を規定しており、外国施設も米国内と同等の安全基準を満たすことを要求している。新方針はこのFSMAの要件に沿ったものと言える。
公衆衛生保護の強化
事前通知なし査察の拡大により、外国施設の日常的な業務実態をより正確に把握することが可能となる。これは不適切な製造慣行や品質管理の問題を発見する可能性を高め、結果として米国市場に流通する製品の安全性向上につながると期待されている。
公平な競争環境の創出
国内外の施設に対する査察方法を統一することで、規制の公平性が確保される。これにより、コンプライアンスコストの面での競争条件が均等化され、米国内の製造業者にとってより公正な環境が整うことになる。
実施上の課題
人員と予算の制約
注目すべき点として、この新方針発表の約1ヶ月前にFDAは大規模な人員削減(約3,500人規模)を実施したと報じられている。人的資源の制約は、外国施設査察の拡大計画に影響を与える可能性がある。実際、インドと中国での抜き打ち査察パイロットプログラムも人員不足により停滞していたとの報道もある。
国際関係への配慮
事前通知なしの査察拡大は、外交関係や国際貿易にも影響を与える可能性がある。査察対象国の文化的背景や法的枠組みへの配慮も必要となるだろう。
実効性の確保
査察の効果を最大化するためには、単に事前通知をなくすだけでなく、査察の質と一貫性を確保する取り組みも求められる。また、査察後のフォローアップや是正措置の監視も重要である。
産業界への影響と対応
製造業者の準備
外国製造業者は常に査察に対応できる体制を整える必要がある。具体的には以下のような対策が重要となる。
- 品質管理システムの日常的な運用
- GMP(適正製造基準)の継続的な遵守
- 文書管理の徹底
- 従業員の教育・訓練
- 内部監査プログラムの強化
コンプライアンスコストの上昇
事前通知なし査察への対応には、継続的なコンプライアンス体制の構築が求められるため、短期的にはコスト増加につながる可能性がある。特に中小規模の製造業者にとっては負担となる場合もあるだろう。
今後の展望
FDAの新方針は公衆衛生保護という観点からは歓迎される一方、実現可能性には課題も指摘されている。今後は人員・予算配分の見直しや国際協力の強化などを通じて、実効性のある査察プログラムの構築が求められる。また産業界との対話を通じて、過度な負担を避けながら安全確保の目標を達成するバランスの取れたアプローチが必要となるだろう。
まとめ
FDAによる外国施設への事前通知なし査察の拡大は、公衆衛生保護と規制の公平性確保という点で重要な一歩である。しかし、人的資源の制約や国際関係への配慮など、実施に当たっての課題も存在する。産業界は常時査察に対応できる体制の構築を進めつつ、規制当局と協力して効果的な食品・医薬品の安全確保システムの発展に貢献することが求められている。
