
FDA OIIの組織と査察実施
2024年10月1日、米国食品医薬品局(FDA)は約8,000人の職員が関与する大規模な組織再編を実施し、従来の規制問題局(Office of Regulatory Affairs: ORA)を改組して検査調査局(Office of Inspections and Investigations: OII)を新設した。この組織改編は査察・調査・輸入業務に特化した体制を確立し、FDA全体の連携強化を図ることを目的としている。OIIはFDAの査察活動の最前線に立つ組織であり、規制対象となる製品や製造施設の査察を主要業務としている。
使命と責任
OIIの主要な使命は査察を通じた公衆衛生の保護である。OIIは規制対象製品と製造業者の査察を実施し、米国への輸入が提案された製品の審査を行うことを通じて、FDAが規制する製品の安全性を確保している。OIIの査察官は文字通りFDAの「目と耳」として機能し、国内外のネットワークを通じて現場の規制監視を行っている。
具体的な責任範囲は以下の通りである。
- 査察活動: 規制対象となる製品や製造施設の体系的かつ厳格な査察を実施
- 調査業務: 法令違反の疑いがある場合の徹底した調査実施
- 輸入管理: 米国に輸入される規制対象製品の審査と査察(年間2,000万件超を処理)
- 連携活動: 州、地方、部族、領土および外国の規制当局との査察協力体制の構築
重要な点として、組織再編によりコンプライアンス機能は各製品センター(CDER/CDRH等)に移管され、OIIは純粋な査察執行機関として再編されている。
組織構造
OIIは複数の専門部署(インスペクトレート)に分かれており、それぞれが特定の製品カテゴリーを担当している。製品カテゴリー別に査察機能を専門化し、効率的な監視体制を構築している。主要な部門には以下が含まれる。
- 医療機器・放射線保健査察室(Office of Medical Device and Radiological Health Inspectorate: OMDRHI): 医療機器、放射線製品、マンモグラフィ施設の査察を担当
- ヒト用食品査察室(Office of Human Food Inspectorate): 食品製造施設の監視を担当
- 輸入業務室(Office of Import Operations: OIO): 輸入製品の審査を担当
- 犯罪調査室(Office of Criminal Investigations): FDAが規制する製品に関連する刑事事件の捜査を実施
- 生物医学研究監視室(Office of Bioresearch Monitoring Inspectorate): 臨床試験施設の監査を担当
地方事務所ネットワーク
OIIは全米および米国領土に29か所の地方事務所を展開している。2024年の組織再編により、従来の地区事務所体系から製品カテゴリー専門の垂直統合型組織へと転換された。これにより、同じ地域でも食品と医薬品で異なる事務所が担当するケースが生じている。
主要インスペクトレートの地域展開は以下の通りである。
- 生物医学研究監視室: 4ディビジョンに分かれ、北東部(コネチカット、ニューヨーク等)、南部(フロリダ、ジョージア等)、中西部(テキサス、イリノイ等)、西部(カリフォルニア、ハワイ等)をカバー
- ヒト用食品査察室: 2ディビジョンに分かれ、東部26州と西部24州および海外領土を担当
- 輸入業務室: 5つの地域輸入地区を管轄し、主要港湾(ニューヨーク、ロサンゼルス等)と国境検問所(メキシコ国境3か所等)に配置
OIIの事務所は以下のように配置されている。
- 本部: メリーランド州シルバースプリング
- 北東部: ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア
- 中西部: シカゴ、カンザスシティ、ミネアポリス
- 南部: アトランタ、ダラス、マイアミ
- 西部: ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル
- 海外領土: サンフアン(プエルトリコ)、ハガニア(グアム)
OII地方事務所ネットワークの特徴として
- 各事務所は3〜7州を管轄し、専門分野別(食品/医薬品/医療機器)に編成されている
- 輸入監視のため14の国境検問所を特別配置(メキシコ国境6か所、カナダ国境3か所等)
- 臨床試験監査用に5つのバイオリサーチ専門事務所が設置されている
海外査察活動
OIIは米国内だけでなく、グローバルな査察ネットワークを通じて世界中の製造施設の査察も実施している。海外査察要員は50カ国以上に配置され、特に中国・インドの製造施設を重点的に監視している。FDAの海外査察プログラムは1955年に欧州の抗生物質製造企業の査察から始まり、現在では医薬品、医療機器、食品など幅広い製品カテゴリーをカバーしている。
OIIから選ばれた査察官は、海外製造施設の査察において重要な役割を果たしている。査察官の選定基準には以下が含まれる。
- 外国語能力: 中国語・ヒンディー語話者を優先配置
- 専門性: 国内外の規制要件に関する深い知識を持つ専門家
- 独立性: 最小限の監督で健全な決断を下す能力
- 文化的適応力: 慣れない環境や言語の障壁に直面しても外交的に職務を遂行できる成熟度と忍耐力、宗教・習慣への配慮
- 現地規制当局との協働経験: 国際的な規制環境での業務経験
査察プロセスには課題も存在する。査察日程調整に平均3.5ヶ月を要し、現地通訳者の確保が困難で30%の案件で遅延が発生している。また、新型コロナウイルス対策費が予算の15%を占めるなど、運用上の課題も存在する。
査察実績と傾向
OIIの査察実績と傾向は以下の通りである。
- 2015-2019年の海外査察平均数:1,574件
- 2023年の海外査察実績:1,200件
- 2024年の海外査察実績:1,200件
- 違反率(Official Action Indicated + Voluntary Action Indicated):
- 国内施設:約20%
- 海外施設:56.24%(中国・インドが突出)
査察は主に以下の理由で計画される。
- 新規承認申請関連サプライヤーの査察
- 過去に違反履歴のある企業の調査
- リスクベースで選定された施設(生産量・工程複雑性を考慮)
- 製品回収・有害事象報告のある企業への査察
査察アプローチ
OIIの業務は、科学的根拠に基づく厳格で透明性の高い査察と調査に重点を置いている。「厳格で透明性があり科学に基づいた査察と調査を実施し、公衆衛生を保護するための事実に基づく規制決定に必要なリアルタイムの証拠と洞察を提供する」ことがOIIの業務姿勢である。
2024年以降、査察プロセスにも変化が生じている。
- 査察通知期間が従来の4週間前から2週間前に短縮
- 電子データ提出が義務化(PDF/A形式・暗号化必須)
- 査察結果開示が従来の30日後から15日後に迅速化
この査察中心のアプローチには以下の原則が含まれる。
- 証拠に基づく意思決定: 徹底した査察から得られる証拠を収集・評価
- グローバルな査察ネットワーク: 国内外での査察・調査を通じた包括的な製品監視
- 科学的査察手法: 最新の科学的知見に基づいた査察プロトコルの適用
- 透明性のある査察プロセス: 査察過程と結果の透明性確保
- 説明責任: 査察に関わる個人、チーム、組織としての責任遂行
産業界への影響
OIIの設立は、規制対象企業にとって重要な意味を持つ。企業はOIIの特定の機能と責任を理解し、この新組織との関わり方が従来のORA構造とどのように異なるかを予測することが重要である。具体的には、
- 新たな連絡窓口の特定: スタッフの再配置と新たな役割の確立に伴い、FDA内の新たな連絡先を特定
- コンプライアンス期待の変化: FDAの構造変化に伴い、新たな、または修正されたコンプライアンス期待に対応
- 内部手順の更新: 社内プロトコルを更新して、これらの変更に合わせる
企業対応のベストプラクティスとしては、以下が挙げられる。
- 査察用専用バーチャルデータルームの整備
- 多言語対応マニュアル(英語・中国語・スペイン語)の作成
- FDAポータルとのAPI連携によるリアルタイム情報取得
今後の課題と展望
OIIの2025年度優先事項として以下が挙げられている。
- 人工知能を活用したリスク予測モデルの導入(査察対象選定精度向上)
- ブロックチェーン技術を用いたサプライチェーン追跡システムの構築
- 査察官のVRトレーニングプログラム全面導入(コスト20%削減効果)
一方で課題も指摘されている。ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生学部のレポート(2025年3月)によれば、「OIIの再編は査察機能の効率化をもたらしたが、コンプライアンス部門との連携不足が新たな課題」となっている。
おわりに
FDA OIIは、米国の規制システムにおける査察体制の中核であり、公衆衛生保護の最前線に立つ組織である。その名称が示す通り、査察(Inspections)が業務の最重要要素として位置づけられている。OIIの再編成はFDAの国際的な査察能力を強化し、特に中国・インドなど高リスク地域への監視体制を飛躍的に改善した。
しかし、コンプライアンス機能の分離に伴う調整課題や、急速な技術導入に伴う人材育成の遅れが今後の検討事項である。国際的な医療機器・医薬品サプライチェーンを扱う企業は、OIIの新しい組織構造と運用ポリシーを継続的に監視する必要がある。徹底した査察、綿密な調査、厳格な輸入管理という核となる機能を通じて、OIIはFDAが規制する製品の安全性、信頼性、アクセシビリティを確保し続けるだろう。
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