セキュリティは何のために必要か

2025年、私たちの生活はデジタル技術と切り離せないものになっている。オンラインバンキング、電子メール、SNS、クラウドストレージなど、日々の活動の多くがインターネット上で行われている。この便利なデジタル社会において、セキュリティは単なる「あったほうがいいもの」ではなく、社会の信頼基盤を支える不可欠な要素である。本稿では、セキュリティが主に防ぐべき二つの脅威、「なりすまし」と「改ざん」に焦点を当て、なぜセキュリティが必要なのかを具体例とともに解説する。

セキュリティの本質:信頼の保護

セキュリティとは、突き詰めれば「信頼を守るための仕組み」である。デジタル空間では、相手の顔が見えない。その人が本当に本人なのか、送られてきたデータが途中で書き換えられていないのか、これらを確実にする手段がなければ、誰もデジタルサービスを安心して使うことができない。
セキュリティが守るべき主要な要素は多岐にわたるが、特に重要なのが以下の二つである。

  • アイデンティティの保護(なりすまし防止)
    相手が本当に主張する人物であることを保証する仕組みである。他人が自分になりすまして行動することを防ぐ。
  • データの完全性保護(改ざん防止)
    情報が送信者から受信者に届くまでの間、あるいは保存されている間に、不正に書き換えられていないことを保証する仕組みである。

これらの保護が適切に機能しないとき、個人や組織、そして社会全体に深刻な影響が及ぶ。以下、具体的な事例を通じて、それぞれの脅威とその対策を見ていこう。

なりすましの脅威:信頼されるアイデンティティの重要性

なりすましとは何か

なりすましとは、攻撃者が正規のユーザーや組織を装って行動することである。デジタル空間では、物理的な身分証明書や本人の顔を確認する手段が限られているため、なりすましは特に深刻な問題となる。

実例で理解するなりすましの被害

オンラインバンキングでのなりすまし

2024年に発生した事例では、ある利用者のオンラインバンキングのアカウント情報が盗まれ、攻撃者がその人物になりすまして不正送金を行った。攻撃者は正規のユーザー名とパスワードを使用していたため、銀行のシステムは正当な取引と判断し、数百万円が不正に送金された。
この事例が示すのは、なりすましが単なる技術的な問題ではなく、金銭的な実害を伴う深刻な犯罪であるということである。

ビジネスメール詐欺(BEC)

企業間取引において、攻撃者が経営陣や取引先になりすましてメールを送信し、送金指示を出す詐欺が増加している。例えば、CFO(最高財務責任者)を装ったメールで「緊急の支払いが必要」と指示し、担当者が疑うことなく送金してしまうケースが後を絶たない。
2025年時点で、ビジネスメール詐欺による被害額は世界全体で年間数千億円規模に達している。なりすましの巧妙さは年々増しており、メールアドレスの微妙な違いや、普段使わない言い回しなど、注意深く観察しなければ見抜けないレベルにまで達している。

なりすまし防止のための技術

多要素認証(MFA)

パスワードだけでなく、スマートフォンに送られる確認コードや生体認証など、複数の要素を組み合わせて本人確認を行う方式である。仮にパスワードが漏洩しても、他の要素がなければログインできないため、なりすましのリスクを大幅に低減できる。

デジタル証明書と電子署名

メールの送信者が本当にその人物であることを暗号技術によって証明する仕組みである。電子署名が付与されたメールは、送信者の身元が確認され、かつ内容が改ざんされていないことが保証される。

生体認証技術

指紋、顔、虹彩など、個人固有の身体的特徴を用いた認証方式である。これらの特徴は他人が複製することが極めて困難であり、なりすまし防止に効果的である。

改ざんの脅威:データの信頼性を守る

改ざんとは何か

改ざんとは、データが送信中または保存中に、許可されていない第三者によって不正に書き換えられることである。改ざんされたデータを信頼して使用すると、誤った判断や決定につながり、重大な結果を招く可能性がある。

実例で理解する改ざんの被害

医療記録の改ざん

電子カルテシステムにおいて、患者の投薬記録が改ざんされた場合を考えてみよう。例えば、アレルギー情報が書き換えられていたら、医師は患者にとって危険な薬を処方してしまう可能性がある。また、過去の治療履歴が改ざんされていれば、適切な診断ができず、患者の生命に関わる事態を招きかねない。
実際、2022年には、大阪急性期・総合医療センターで電子カルテシステムがランサムウェア攻撃を受け、システムが暗号化される事件が発生した。復旧には約2ヶ月を要し、医療現場におけるデータの完全性と可用性がいかに重要かを示す事例である。

金融取引データの改ざん

企業の経理システムにおいて、取引記録が改ざんされると、不正な資金流出を隠蔽したり、架空の取引を記録したりすることが可能になる。2024年には複数の企業で不適切会計が開示され、その中には内部犯行者によるデータ改ざんを伴うケースも含まれていた。
このような事例は、改ざんが単発の攻撃ではなく、長期間にわたって組織的に行われる可能性があることを示している。改ざんの検出が遅れれば遅れるほど、被害は拡大し、組織の信頼は失墜する。

契約書の改ざん

電子契約が普及する中、契約書PDFが改ざんされるリスクも増加している。例えば、不動産取引において、契約金額や支払い条件が後から書き換えられていたら、紛争の原因となる。電子契約では電子署名とタイムスタンプにより法的有効性が確保されているが、適切なセキュリティ対策なしに扱われた場合、改ざんのリスクが存在する。

改ざん防止のための技術

ハッシュ関数とデジタル署名

ハッシュ関数は、データから固有の「指紋」のような値を生成する技術である。元のデータが少しでも変更されると、ハッシュ値は全く異なるものになる。この特性を利用して、データの完全性を検証できる。
デジタル署名は、ハッシュ関数と暗号技術を組み合わせて、データの作成者と完全性を同時に保証する仕組みである。署名されたデータは、改ざんされると署名の検証に失敗するため、改ざんを即座に検出できる。

ブロックチェーン技術

ブロックチェーンは、取引データを連鎖的に記録し、過去のデータの改ざんを極めて困難にする技術である。各ブロックには前のブロックのハッシュ値が含まれているため、過去のデータを改ざんしようとすると、それ以降のすべてのブロックを書き換える必要があり、実質的に不可能である。
金融取引や重要な記録の管理において、ブロックチェーン技術の活用が進んでいる。

アクセス制御とログ管理

データへのアクセスを適切に制限し、誰がいつどのようにデータにアクセスしたかを記録することも、改ざん防止に有効である。不正なアクセスや改ざんの試みは、ログを分析することで検出できる。
2025年時点では、AI技術を活用してログを自動分析し、異常なパターンを検出するシステムが普及しつつある。

なりすましと改ざんの相互関係

なりすましと改ざんは、しばしば連動して発生する。例えば、攻撃者が正規のユーザーになりすましてシステムにログインし(なりすまし)、その後データを書き換える(改ざん)というシナリオは珍しくない。
2024年に発生したあるサプライチェーン攻撃では、攻撃者がソフトウェア開発者になりすまし、ソースコードに不正なコードを挿入した。このコードは、最終製品に組み込まれ、多数の企業や組織に配布された。この事例は、なりすましによって改ざんが可能になり、さらにその影響が広範囲に及ぶことを示している。
したがって、セキュリティ対策は、なりすましと改ざんの両方を総合的に防ぐ必要がある。片方だけを対策しても、もう片方の脆弱性を突かれる可能性が残る。

セキュリティ対策の実践的アプローチ

個人レベルでできること

強力なパスワードと多要素認証の使用

複雑で推測されにくいパスワードを使用し、可能な限り多要素認証を有効にする。パスワードマネージャーを活用すれば、複数のサービスで異なる強力なパスワードを管理できる。

フィッシング詐欺への警戒

不審なメールやメッセージのリンクをクリックしない、送信者のアドレスを確認する、緊急を装う内容には特に注意するなど、基本的な警戒心を持つことが重要である。

ソフトウェアの定期的な更新

OSやアプリケーションの更新には、セキュリティの脆弱性を修正するパッチが含まれている。定期的に更新することで、既知の脆弱性を突かれるリスクを減らせる。

組織レベルでできること

包括的なセキュリティポリシーの策定

なりすましと改ざんの両方を防ぐための明確なポリシーを策定し、全従業員に周知徹底する。ポリシーには、パスワード管理、アクセス制御、データ取り扱いの基準などを含める。

定期的なセキュリティ教育

技術的な対策だけでなく、従業員のセキュリティ意識を高めることが重要である。定期的な研修やシミュレーション訓練を通じて、フィッシングメールの見分け方や、不審な活動の報告方法などを学ぶ機会を提供する。

多層防御の実装

単一の対策に依存せず、複数の防御層を組み合わせる。例えば、ファイアウォール、侵入検知システム、暗号化、アクセス制御、ログ監視などを組み合わせることで、一つの防御が破られても他の層で攻撃を阻止できる。

今後の展望:進化する脅威と対策

AIを活用した攻撃の高度化

2025年時点で、AIを使ったなりすましや改ざんの手法が高度化している。例えば、ディープフェイク技術を使った音声や動画のなりすまし、AIが生成した説得力のあるフィッシングメールなどが登場している。
これらの脅威に対抗するため、防御側もAIを活用している。異常検知システム、自動応答システム、リアルタイムでの脅威分析など、AI技術がセキュリティの分野で重要な役割を果たしつつある。

ゼロトラストアーキテクチャの普及

従来のセキュリティモデルは「社内ネットワークは信頼できる」という前提に立っていたが、ゼロトラストでは「すべてを疑う」アプローチを取る。すべてのアクセスを検証し、最小限の権限のみを与えることで、なりすましや改ざんのリスクを最小化する。
2025年後半には、多くの企業がゼロトラストモデルへの移行を進めており、これが新たなセキュリティの標準になりつつある。

量子コンピュータ時代への備え

量子コンピュータの実用化が近づく中、現在の暗号技術が破られる可能性が指摘されている。量子耐性暗号(ポスト量子暗号)の研究開発が進められており、将来的な脅威に備える動きが加速している。

まとめ

セキュリティは、デジタル社会における信頼の基盤である。なりすましと改ざんという二つの主要な脅威から私たちを守ることで、オンラインでの活動を安心して行える環境が実現される。
重要なのは、セキュリティを単なる技術的な問題としてではなく、組織文化や個人の習慣として根付かせることである。技術は日々進化し、新たな脅威も次々と現れる。しかし、基本的な原則、すなわち「本人確認の徹底」と「データの完全性保護」を理解し、実践することで、多くのリスクを軽減できる。
セキュリティ対策は、面倒で余計なものと感じられることもあるかもしれない。しかし、それは私たちの資産、プライバシー、そして社会の信頼を守るための必要不可欠な投資である。一人ひとりがセキュリティの重要性を理解し、適切な対策を講じることで、より安全で信頼できるデジタル社会を築いていくことができるであろう。

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