
なぜ重大性は下がらず、発生確率を下げるのか
リスクマネジメントの現場で働く者なら誰もが直面する根本的な問いがある。「なぜ危害の重大性を下げることは難しく、発生確率を下げることに注力するのか」という問いである。この一見単純な疑問の背後には、リスクコントロールの本質的な考え方が潜んでいる。
リスクの二つの要素
リスクを評価する際、我々は必ず二つの要素を考慮する。一つは「危害の重大性(Severity)」、もう一つは「発生確率(Probability)」である。リスクとは、これら二つの要素の組み合わせによって決定される。
例えば、航空機事故を考えてみよう。墜落という事象が発生した場合の重大性は極めて高い。多くの場合、乗員・乗客の生命に関わる重大な結果をもたらす。この重大性は、技術がどれだけ進歩しても本質的には変わらない。高度1万メートルから地上に激突すれば、その物理的な衝撃は避けようがないのである。
なぜ重大性は下げられないのか
危害の重大性が下げられない理由は、多くの場合、物理法則や生物学的限界に起因する。墜落しても死亡しない飛行機を作ることは、現在の技術では不可能である。同様に、高所からの転落、高電圧への接触、有毒物質への暴露など、多くのハザード(危険源)において、その本質的な危険性を変えることはできない。
もちろん、例外的な成功例も存在する。自動車におけるシートベルトやエアバッグの導入は、衝突事故における危害の重大性を実際に低減させた稀有な例である。これらの安全装置は、衝突時の衝撃を分散・吸収することで、乗員が受ける実際のダメージを軽減する。しかし、このような重大性低減の成功例は、全体から見れば極めて限定的である。
発生確率低減への注力
そこで、リスクコントロールの実務では、発生確率の低減に焦点を当てることになる。「極めて墜落しない飛行機」を作ることは、現代の航空技術が証明しているように、十分に可能である。実際、商用航空機の事故率は、過去数十年で劇的に低下している。
発生確率を下げる手法は多岐にわたる。設計段階での安全性の組み込み、多重防護(冗長性)の確保、定期的なメンテナンス、作業手順の標準化、教育訓練の徹底、ヒューマンエラーを防ぐインターフェース設計など、様々なアプローチが存在する。
リスクの受容可能性
リスクマネジメントの目標は、リスクをゼロにすることではない。それは現実的に不可能である。むしろ、リスクを「受容可能なレベル」まで低減することが目標となる。この受容可能性は、社会的な合意、規制要求、技術的実現可能性、経済的合理性などを総合的に考慮して決定される。
例えば、医療機器の場合、患者への危害の重大性は変えられないことが多い。手術用メスは本質的に鋭利でなければならず、放射線治療装置は強力な放射線を照射する必要がある。これらの機器では、誤使用や機器の故障による危害の発生確率を極限まで低減することで、全体的なリスクを受容可能なレベルに保っている。
実務への示唆
リスクコントロールに携わる技術者や管理者は、この基本原則を深く理解する必要がある。新しい製品やシステムを設計する際、「この危害の重大性を下げることは本当に可能か」という問いから始めることは重要である。しかし、多くの場合、答えは「否」となるだろう。
その時、我々の努力は発生確率の低減に向けられるべきである。フェイルセーフ設計、フールプルーフ設計、予防保全、監視システムの導入など、利用可能なすべての手段を駆使して、危害が発生する可能性を最小限に抑える。これこそが、現実的で効果的なリスクコントロールの姿である。
リスクマネジメントは、理想と現実の間でバランスを取る実践的な学問である。危害の重大性が下げられないという制約を受け入れつつ、発生確率の低減に創意工夫を凝らす。この基本的な理解が、より安全な製品とシステムの実現につながるのである。
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