
トランプ政権下のFDA職員削減がもたらす査察への影響
はじめに:FDA組織改革の概要
2025年初頭、ドナルド・トランプ大統領の二期目政権は、連邦政府機関の大幅な人員削減を実施した。その一環として米国食品医薬品局(FDA)も人員削減の対象となった。保健福祉省(HHS)のロバート・F・ケネディ・ジュニア長官の指揮の下進められている改革では、FDAを含むHHS全体で多数の職員削減が行われている。当初の計画ではFDAだけでも約3,500人の職員が削減対象とされていた。
本稿では、特にFDAの査察機能に焦点を当て、職員削減がどのように食品・医薬品の安全性確保に影響を与えているかを解説する。
FDA査察とは何か:私たちの安全を守る第一線
FDAの査察とは、食品や医薬品が安全基準を満たしているかを確認するために、国内外の製造施設を調査する重要な活動である。査察官は工場の衛生状態、製造プロセス、品質管理システムなどを厳しくチェックする。こうした査察が行われなければ、私たちが日常的に使用する医薬品や食品の安全は脅かされる恐れがある。
削減の実態:矛盾する「審査員維持」の方針
トランプ政権とケネディ・ジュニア長官は当初、FDAの査察官自体は削減対象から除外すると約束していた。しかし、実際の人員削減は複雑な様相を呈している。報道によれば、一方では「査察官は維持」と公表されながらも、食品検査ラボの科学者が解雇されるなど、矛盾する状況が生じている。
特に深刻なのは、査察を支える重要な支援スタッフの大規模な削減である。具体的には以下のような問題が発生している。
- 旅行手配担当者の削減:査察官の世界各地への出張を手配するスタッフ50人以上が解雇され、航空券、ホテル、地上交通機関などの手配業務が査察官自身の負担となった
- 品質保証担当者の解雇:品質保証担当者、分析化学者、微生物学者などが解雇され、食品緊急対応ネットワーク(FERN)の品質テストプログラムが2025年9月まで停止された
- 査察支援スタッフの削減:約170人の査察支援職員が解雇され、査察の計画・実施・報告書作成などのプロセス全体に影響が出ている
査察への具体的影響:現場での混乱
これらの削減により、FDAの査察活動は以下のような具体的な影響を受けている。
- 査察準備時間の減少:査察官は自ら出張の手配をするため、査察準備、前回の査察報告書作成、新技術の学習などに割く時間が大幅に減少している
- 食品安全検査の中断:鳥インフルエンザ検査の改善取り組みが中断され、特に牛乳、チーズ、ペットフードの安全性確認に影響が出ている
- 抜き打ち査察の停止:世界中で迅速に通訳を確保する任務を担当していたスタッフの削減により、海外の抜き打ち査察のパイロットプログラムが停止された
- サンフランシスコ検査ラボの閉鎖:重要な地域検査施設の閉鎖により、西海岸地域の食品・医薬品検査能力が大幅に低下している
- 査察旅費の問題:査察官の中には、出張費用の払い戻しが遅延しているため査察をキャンセルするケースも報告されている
なぜこれが重要なのか:専門家の警告
これらの変更は、単なる政府の効率化ではなく、私たちの日常生活における健康と安全に直接影響する問題である。以下のような懸念が専門家から指摘されている。
- 食中毒リスク:専門家は、査察体制の弱体化が食品安全性の低下につながり、食中毒リスクの増加を懸念している
- 医薬品安全性への影響:元FDA主任科学者らは、「食品、医薬品、医療機器の安全性を規制する主要センターの経験豊富なリーダーシップの喪失は高いリスクをもたらす」と警告している
- David Kessler元FDA長官は、現在の削減を「無計画」と批判し、専門知識の喪失が長期的な安全性確保に悪影響を及ぼすと指摘している
今後の展望:契約社員への置き換えと課題
FDAの職員削減に対応するため、一部の業務は契約社員への置き換えが検討されているが、これには新たな問題が生じる可能性がある。
- 専門知識の継続性:契約社員は一時的な雇用であり、長期的な専門知識の蓄積や継承が困難になる可能性がある
- 人材確保の困難:FDAは歴史的に、民間セクターのより良い報酬のため、スタッフの採用と維持に課題を抱えてきた。政府会計検査院(GAO)は2022年にこの問題を指摘している
- 未査察施設の増加:パンデミック以前から多数の未査察施設があるとされる状況で、さらなる査察能力の低下が懸念される
- 認可プロセスへの影響:新薬や医療機器の認可プロセスも、支援スタッフの削減により遅延する可能性がある
結論:バランスの取れた安全性確保の重要性
政府の効率化と無駄の削減は重要な目標であるが、それが国民の健康と安全を守る基本的機能を損なうことがあってはならない。FDAの査察は、食品や医薬品の安全性を確保する最前線であり、その機能の低下は私たち全員に影響する。
公式発表では「査察官は維持」とされながらも、現場では支援体制の崩壊により実質的な査察能力が低下している現実がある。当局の公式発表と現場の実態の乖離に留意し、今後の動向を注視する必要がある。
政府の効率化と安全性確保のバランスをどう取るかが、トランプ政権と社会全体の大きな課題となるだろう。国民の健康を守るための適切な査察体制の維持が求められる。
