Self Inspectionの重要性

Self Inspectionとは

Self Inspectionとは、医薬品・医療機器メーカーが自社の製造・品質管理システムを定期的に点検し、問題点を自ら発見・是正するプロセスである。これは医薬品GMP(Good Manufacturing Practice)や医療機器QMS(Quality Management System)の重要な要素として位置付けられている。具体的には、PIC/S GMPガイドライン第9章や、ISO 13485第8章において、定期的かつ体系的な自己点検の実施が明確に要求されている。
端的に言えば、「自分自身の活動を第三者の目で厳しく評価する」ことである。規制当局の査察を待つのではなく、自らが積極的に不備を発見し、改善するための仕組みだ。

なぜSelf Inspectionが重要なのか

1. 品質リスクの未然防止

製品の品質問題は、発見が遅れるほど影響範囲が広がり、是正コストも増大する。Self Inspectionにより早期に問題を発見することで、重大な品質事故を未然に防止できる。例えば、製造記録の不備や手順書からの逸脱などを早期に発見することで、不適合製品の市場流出を防ぐことができる。実際、過去には製造記録の不備が原因でリコールに至ったケースが多数あり、FDA警告書でも記録の不備に関する指摘は頻繁に見られる事項である。

2. 規制要件への対応

医薬品・医療機器業界では、PIC/S GMP、FDA cGMP、ISO 13485など様々な国際基準に基づく規制要件がある。Self Inspectionは、これらの規制要件への適合性を継続的に確認するための有効な手段である。法令違反によるリコールや業務停止などの深刻な事態を回避するためにも不可欠なプロセスだ。注目すべきは、FDAやPMDAなどの規制当局が査察時に企業の自己点検の実施状況も評価対象としており、自己点検記録が不十分であった場合、それだけで重大な査察指摘につながる可能性があることだ。

3. 継続的改善の推進

Self Inspectionは単なる問題発見のツールではなく、組織の品質文化を育む基盤でもある。定期的な点検と改善のサイクルを回すことで、組織全体の品質意識が向上し、継続的改善の文化が根付いていく。この継続的改善(Continuous Improvement)の概念はISO 13485やICH Q10(製薬品質システムガイドライン)においても品質システムの基本原則として強調されている重要な考え方である。

4. 外部査察への備え

規制当局による査察は、医薬品・医療機器メーカーにとって大きな試練である。効果的なSelf Inspectionを実施していれば、規制当局の査察で指摘されるような重大な問題を事前に発見・是正できる。つまり、Self Inspectionは「本番の査察」に向けたリハーサルとしての役割も果たすのである。さらに注目すべきは、規制当局による査察では自己点検の記録自体が査察対象となり、発見された問題に対する是正措置の実施状況も含めて評価されるという点である。

効果的なSelf Inspectionの実施方法

1. 独立性の確保

Self Inspectionを行うチームは、点検対象となる部門から独立していることが重要である。例えば、製造部門を点検する場合、品質保証部門や他工場のスタッフなど、製造部門以外のメンバーが点検を行うべきだ。これにより、客観的な視点での評価が可能となる。PIC/S GMPでは明確に「独立した評価」が求められており、特定部門による自己評価のみでは不十分とされている。この独立性の原則は、公平かつ客観的な評価を確保するための重要な要素である。

2. 計画的な実施

Self Inspectionは、年間計画に基づいて体系的に実施する必要がある。全ての部門・プロセスを一度に点検するのではなく、リスクベースドアプローチに基づいて優先順位をつけ、計画的に実施することが望ましい。このリスクベースドアプローチはICH Q9(品質リスクマネジメント)でも推奨されており、限られたリソースを効果的に活用するための戦略として、Self Inspection計画にも積極的に適用すべきである。

3. チェックリストの活用

効率的かつ漏れのない点検を行うためには、詳細なチェックリストを準備することが有効である。チェックリストは、関連する規制要件や社内基準に基づいて作成し、定期的に見直すことが重要だ。特に規制改訂や内部手順の変更があった場合には、それらを反映するようチェックリストを更新する必要がある。チェックリストが最新の規制要件を反映していなければ、点検自体の有効性が損なわれてしまう。

4. 記録と是正措置

点検結果は詳細に記録し、発見された問題点に対しては根本原因分析(RCA:Root Cause Analysis)を行い、適切な是正・予防措置(CAPA:Corrective Action and Preventive Action)を実施する。また、是正措置の有効性評価も忘れてはならない重要なステップである。特筆すべきは、CAPAはFDA査察において最も頻繁に指摘される項目の一つであり、その適切な実施と有効性評価は規制当局からも厳しく審査される事項である。

5. マネジメントレビュー

Self Inspectionの結果は、経営層による定期的なマネジメントレビューの重要なインプットとなる。経営層の関与により、必要なリソースの確保や組織横断的な改善活動の推進が可能となる。ISO 13485では、マネジメントレビューが品質システム維持の必須要件として明確に規定されており、経営層がSelf Inspectionの結果を確認し、必要な資源配分や戦略的決定を行うことは品質マネジメントシステムの重要な一環である。

Self Inspectionの実践における課題と対策

1. 形骸化の防止

Self Inspectionが単なる「儀式」になってしまうことが最大の課題である。これを防ぐためには、チェックリストの形式的な確認にとどまらず、現場観察やインタビューを重視し、「なぜそうなっているのか」を深堀りする姿勢が重要である。

2. 指摘への抵抗感

誰しも自分の仕事を批判されることには抵抗感を持つものだ。Self Inspectionの目的は「犯人探し」ではなく「システム改善」であることを組織全体で理解し、問題発見を前向きに評価する文化を醸成することが重要である。

3. 専門知識の確保

効果的なSelf Inspectionを行うためには、規制要件や技術的知識を持った人材が必要である。定期的な教育訓練や外部研修への参加、業界団体との情報交換などを通じて、点検員の能力向上を図るべきである。

「Self Inspection」の訳語について

「Self Inspection」が日本で「自己点検」と訳されていることについて触れておきたい。英語の「Inspection」は本来「査察」と訳されることが多く、特に規制当局による公式な調査活動を指す場合は「査察」という訳語が一般的である。実際、FDAやPMDAなどの規制当局が行う「Inspection」は「査察」と訳されている。
では、なぜ「Self Inspection」は「自己査察」ではなく「自己点検」と訳されたのか。これには日本の法令用語の体系が関係している。日本では内閣法制局が法律用語を厳密に管理しており、用語の選択は単なる翻訳の問題ではなく、法的な意味や権限の範囲を明確に示すために慎重に行われる。
「査察」という用語には法的権限を持った規制当局による公的・強制的な調査というニュアンスがある。一方、企業が自ら行う「Self Inspection」には外部機関のような法的強制力はない。この権限の違いから、企業内部の活動には「点検」という言葉が選ばれたと考えられる。これは「Regulatory Inspection(規制当局による査察)」との区別を明確にする意図もあったのだろう。
日本薬機法やGMP省令では「自己点検」という用語が正式に採用されており、この訳語選択は法令用語として適切かつ一貫性のあるものである。業界全体にこの訳語が定着したことで、規制当局とのコミュニケーションや社内文書の作成においても共通理解が促進されている。言葉の選択は、その活動の本質や実施主体、法的位置づけを反映している点で興味深い。

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