
韓国の医療機器薬事規制
韓国医療機器市場の概要
韓国の医療機器市場は、2023年時点で約8.5兆ウォン(約7,800億円)規模であり、年平均成長率(CAGR)は約6.5%で推移している。人口5,180万人の比較的コンパクトな市場ながら、高い医療水準と積極的な先端医療技術の導入により、アジア地域の医療機器市場におけるハブとしての地位を確立している。
特に注目すべき点として、韓国は世界有数の高齢化速度を経験している国であり、2000年に高齢化社会(65歳以上人口が7%以上)に入り、2018年には高齢社会(14%以上)となった。2025年には超高齢社会(20%以上)に突入すると予測されており、この人口動態の変化が医療機器市場、特に診断機器、モニタリング機器、在宅医療機器などの需要を押し上げている。
また、韓国は世界的に見ても医療へのアクセスが非常に優れており、国民健康保険制度の普及率はほぼ100%である。首都ソウル地域を中心に、約360の総合病院と約3,500の専門病院が整備されている。特に大学病院などの大規模医療機関では最新医療機器の導入に積極的であり、輸入医療機器の主要な市場となっている。
韓国医療機器規制の法的枠組み
韓国における医療機器規制は、「医療機器法(Medical Device Act)」を基盤としている。この法律は2003年に制定され、それまでの「薬事法」から独立した形で医療機器に特化した規制体系を構築した。現在の規制体系は、国際的な医療機器規制の調和の流れを取り入れつつ、韓国市場特有の要件も含んでいる。
規制当局と役割
韓国における医療機器規制を担う主な機関は以下の通りである。
- 食品医薬品安全処(MFDS: Ministry of Food and Drug Safety): 医療機器の承認・認証、市販後監視、GMP査察等を統括する中央薬事当局である。2013年に韓国食品医薬品安全庁(KFDA: Korea Food and Drug Administration)から改称され、同時にソウルから忠清北道の清州(チョンジュ)に本部を移転した。権限も強化され、省レベルの組織となった。
- 国家医療機器情報院(NIDS: National Institute of Medical Device Information): クラスI医療機器の審査を担当する機関である。
- 韓国医療機器産業協会(KMDIA: Korea Medical Devices Industry Association): 業界団体として情報提供や業界の意見集約を行っている。
医療機器の分類体系
韓国では医療機器をリスクに基づき4つのクラスに分類している。この分類体系は国際的な分類と概ね整合しているが、個別品目の分類については韓国独自の判断がなされることがある。
- クラスI(低リスク):一般医療機器、例えば医療用ベッド、聴診器など
- クラスII(中リスク):例えば電子体温計、MRI装置など
- クラスIII(中高リスク):例えば人工関節、血液透析器など
- クラスIV(高リスク):例えば植込み型心臓ペースメーカー、冠動脈ステントなど
承認・認証プロセス
韓国で医療機器を販売するためには、クラスに応じて以下のプロセスが必要となる。
- 品目許可・認証(Product Approval/Certification):
・クラスI:届出(Notification)のみ
・クラスII:認証(Certification)または承認(Approval)
・クラスIII・IV:承認(Approval) - 製造・輸入業許可(Manufacturing/Import License): 韓国国内で製造する場合は製造業許可、海外製品を輸入する場合は輸入業許可が必要である。
- 韓国内責任者(KLH: Korea License Holder): 海外製造業者は韓国内に法的責任者を指定する必要がある。
- 審査期間と費用(2025年時点の目安):
・クラスI:5営業日/85,000ウォン
・クラスII:25営業日/240万ウォン
・クラスIII/IV:55-70営業日/56.1-133.8万ウォン - 電子申請: MFDSの「電子的医薬品情報システム(e-DIS)」を通じた申請が必須である。
技術文書要件
承認・認証申請には、以下のような技術文書の提出が求められる。
- 製品概要情報: 製品説明、使用目的、作用原理等の基本情報を含む。
- 安全性・有効性に関する資料: 生物学的安全性、電気的安全性、性能試験等のデータを含む。クラスに応じて要求レベルが異なる。
- 製造に関する情報: 製造工程、品質管理システム等の情報を含む。
- 臨床データ: クラスIII・IVの新規医療機器では、臨床試験データが必要となる場合がある。ただし、既存品との同等性を証明できる場合は、既存の臨床データを活用することも可能である。
- 翻訳要件: すべての技術文書には公証付きの韓国語訳が必要であり、英語併記は受け入れられない場合が多い。
GMP(Good Manufacturing Practice)要件
韓国では独自のK-GMPと呼ばれる医療機器製造品質管理基準が存在する。2014年以降、この基準はISO 13485をベースとしているが、韓国特有の要件も含まれている。海外製造所に対しても、K-GMPの適合性が求められ、MFDSによる実地調査が行われることがある。
注目すべき点として、クラスI医療機器はGMP審査が免除されている。一方、クラスIII/IV機器については、現地サンプル検査の実施率が70%以上と高く、事前の準備が重要となる。
特徴的な要件と実務上の留意点
- 現地語要件: 申請書類は原則として韓国語での提出が求められる。技術文書の翻訳には専門的な知識が必要となる。
- KGMP調査: クラスII以上の医療機器については、製造所のGMP適合性調査が必要である。海外製造所の場合、書面調査または実地調査が行われる。
- UDI(Unique Device Identification)システム: 韓国でも医療機器固有識別システムの導入が進められており、段階的に適用されている。
- 市販後監視: 医療機器の市販後安全管理として、不具合報告や定期的な安全性情報の提出が義務付けられている。
日本の薬事規制との比較
韓国の医療機器薬事規制は基本的な枠組みにおいて日本の制度を参考にしている部分が多い。両国とも医療機器をリスクに基づいて4つのクラスに分類し、クラスに応じた承認・認証プロセスを採用している。しかし、いくつかの重要な相違点が存在する。
- 規制の独立性: 韓国では2003年に「医療機器法」として薬事法から独立した法体系を構築した。一方、日本では2014年の薬事法改正で「医薬品医療機器等法」となったが、医療機器単独の法律ではない。
- QMS調査と認証体制:
日本:登録認証機関(第三者認証機関)を活用した認証制度が発達している。
韓国:MFDSが中心となり、認証機関の役割は限定的である。 - 市販前承認データ要件:
日本:同等性を示すためのデータに重点が置かれることが多い。
韓国:独自の試験データを要求されるケースがより多い。 - GMP査察頻度: 韓国では海外製造所に対するGMP実地調査がより頻繁に行われる傾向がある。
- 臨床評価の考え方:
日本:既存文献や同等品の臨床データによる評価が比較的受け入れられやすい。
韓国:新規性の高い医療機器では独自の臨床試験データを求められることが多い。
注意点:韓国は臨床研究と臨床試験の区別が日本より明確でない。日本では二段階パスが存在する。 - 言語要件の厳格さ: 韓国では申請書類の韓国語要件がより厳格であり、英語資料の受入れは限定的である。
- 民族的要因の考慮: 韓国では医療機器の性能評価において、アジア人(韓国人)の特性を考慮したデータが重視される傾向がある。ただし、これは公式要件ではなく慣行的な傾向である。
これらの相違点を理解し、両国の規制要件に適切に対応することが、東アジア市場での医療機器ビジネス展開において重要となる。
国際整合化の動向
韓国はIMDRF(International Medical Device Regulators Forum)のメンバーとして、国際的な規制調和に積極的に参加している。また、GHWP(Global Harmonization Working Party)でも主導的役割を果たしており、ASEAN諸国との相互承認協定(MRA)拡大を推進している。特に以下の分野で調和が進められている。
- SaMD(Software as a Medical Device)規制: ソフトウェア医療機器に関する国際的なガイドラインの採用が進んでいる。
- RPS(Regulated Product Submission): 電子申請フォーマットの国際的な標準化への対応が進められている。
- AI医療機器規制: 2024年に「AI医療機器審査ガイドライン」が改定され、国際標準との整合性が強化された。
- UDI(Unique Device Identification)制度: クラスIII/IV機器から段階的に導入が開始されている。
なお、2025年3月時点では、韓国はMDSAP(Medical Device Single Audit Program)に正式参加していないが、検討が進められている。
最新動向(2025年3月時点)
韓国の医療機器規制は常に進化しており、最新の動向として以下の点が注目される。
- AI医療機器: 2024年に「AI医療機器審査ガイドライン」が改定され、より明確な審査基準が示された。
- 遠隔医療機器: COVID-19対応として導入された特例措置の一部が恒久化され、遠隔医療機器の承認プロセスが整備された。
- UDI制度: クラスIII/IV機器から段階的に導入が開始され、トレーサビリティの強化が図られている。
留意事項
実際の申請時には必ずMFDSの最新ガイダンス(英語版:https://www.mfds.go.kr/eng/)を確認することが不可欠である。特に臨床評価要件と品質システム審査の詳細は毎年改定されるため、現地法律事務所やコンサルティング企業との連携が強く推奨される。