申請戦略と保険収載戦略

医療機器ビジネスにおいて、製品を市場に導入するためには二つの大きなハードルが存在する。一つは薬事承認(申請)であり、もう一つは保険収載である。これら二つは別々のプロセスであり、異なる戦略が必要となる。

医療機器の申請戦略とは

医療機器の申請戦略とは、医療機器として製品を市場に導入するための規制当局(日本では厚生労働省/PMDA)からの承認を得るための戦略である。この申請プロセスの主な目的は、「その医療機器が安全であり、かつ有効性(効果)があること」を証明することにある。

申請戦略のポイント

  1. クラス分類の特定
    医療機器はリスクに応じてクラスⅠ〜Ⅳに分類される。クラスが上がるほど審査のハードルは高くなり、必要な臨床データも増加する。自社製品がどのクラスに該当するかを正確に把握することが戦略の第一歩である。
  2. 既存の認証基準・承認基準の活用
    類似製品に対する認証基準や承認基準が存在する場合、それに沿った申請を行うことで審査期間の短縮が期待できる。
  3. 非臨床試験と臨床試験の設計
    製品の特性に応じた適切な試験計画を立案する必要がある。特に新規性の高い医療機器では、どのような試験で有効性・安全性を示すかが重要となる。
  4. PMDA相談の活用
    開発前相談、プロトコル相談など、PMDAの各種相談制度を効果的に活用することで、申請の成功率を高めることができる。

保険収載戦略とは

一方、保険収載戦略とは、承認された医療機器に対して保険適用を得るための戦略である。日本の医療システムでは、保険収載されることで患者負担が軽減され、市場普及の鍵となる。保険収載の主な目的は「医療経済的な価値」を示すことにある。

重要な点として、医療機器が薬事承認/認証を得られたとしても、必ずしも事業者が期待する水準の保険点数が付与されるとは限らないという現実がある。技術的に革新性が高くても、医療経済的な観点から十分な評価が得られず、事業性が成立しないケースも少なくない。このため、保険収載戦略は医療機器ビジネスの成否を決定する極めて重要な要素である。

保険収載戦略のポイント

  1.  区分の選択
    保険収載には「特定保険医療材料(材料価格)」と「技術料に包括」の大きく二つの区分がある。自社製品がどちらの区分に適するかを見極めることが重要である。
  2. 類似機能区分の特定
    特定保険医療材料として収載を目指す場合、既存の類似機能区分への分類か、新機能区分の設定かを検討する必要がある。
  3. 医療経済性の評価
    特に新規性の高い医療機器では、費用対効果の観点からの分析(医療経済評価)が求められることがある。QOL向上や医療費削減効果などを示すデータが重要となる。
  4. 学会・医療現場からの支持獲得
    関連学会からの推薦や、臨床現場からのニーズを示すことで、保険収載の可能性が高まる。
  5. 早期段階からの中医協対策と関係各所との相談
    保険収載を成功させるためには、製品開発の早期段階から中央社会保険医療協議会(中医協)での審議を見据えた戦略を立てることが重要である。具体的には厚生労働省保険局医療課や経済課などとの事前相談や、中医協の保険医療材料専門部会の委員の考え方を理解することが必要である。薬事申請の後から保険収載の検討を始めるのでは遅く、開発初期の段階から保険点数決定プロセスを理解し、必要なデータ収集や戦略立案を行うべきである。

良好な保険点数を獲得するためのコツ

  1. 優れた比較対象の選定
    新規性が高い医療機器であっても、比較対象となる既存技術よりも優位性を示す必要がある。費用対効果の面で優れた比較対象を戦略的に選定することが重要である。
  2. 医療費削減効果の定量化
    新しい医療機器の導入による入院日数の短縮、合併症の減少、再手術率の低下など、医療費全体の削減効果を具体的な数値で示すことが効果的である。特に、長期的な医療費削減効果を強調することが望ましい。
  3. 市場規模予測の精緻化
    過大な市場規模予測は保険点数の低下につながる可能性がある。現実的かつ根拠のある市場規模予測を行い、適切な医療経済モデルを構築することが重要である。
  4. 新規技術料の設定
    場合によっては、特定保険医療材料としての収載ではなく、新たな技術料の設定を目指す戦略も有効である。特に、手技が重要な役割を果たす医療機器では検討に値する。
  5. イノベーションの明確化
    既存技術と差別化される革新性を明確に示すことが必要である。単なる改良ではなく、医療提供方法や患者アウトカムに本質的な変化をもたらす点を強調すべきである。
  6. 患者QOL向上の定量的評価
    医療費削減効果だけでなく、患者のQOL向上を適切な指標(EQ-5Dなど)を用いて定量的に示すことも有効である。
  7. 戦略的な医療技術評価(HTA)の活用
    費用対効果評価が求められる可能性がある場合は、事前に自社でHTAを実施し、その結果を基に戦略を立てておくことが望ましい。
  8. 中医協でのプレゼンテーション戦略
    保険収載プロセスの最終段階である中医協での審議は極めて重要である。資料作成とプレゼンテーションには特に注力すべきであり、以下の点に留意する必要がある。

    – 短時間で理解できる明瞭かつ簡潔な資料作成
    – 専門家だけでなく、一般の委員にも理解できる説明
    – 臨床的有用性と医療経済性を端的に示すエビデンス
    – 患者視点からのメリットの明確化
    – 質疑応答を想定した準備と対応
    – 競合製品との差別化ポイントの明示

    中医協での審議は通常公開で行われるため、プレゼンテーションの質が直接評価に影響する。事前に想定問答集を作成し、練習を重ねることも重要である。

両戦略の違いと連携の重要性

薬事承認と保険収載のギャップ

医療機器の開発において直面する重要な課題の一つは、薬事承認/認証を得られたとしても、必ずしも事業化に十分な保険点数が付与されないというギャップである。例えば、技術的には画期的な新規医療機器であっても、以下のような理由で期待した保険点数がつかないケースがある。

  • 既存の類似機能区分に分類され、革新性が適切に評価されない
  • 臨床的有用性は認められても医療経済性の証明が不十分と判断される
  • 市場規模の過大評価により、想定より低い保険点数が設定される
  • 技術料に包括されてしまい、独立した材料価格が設定されない

このギャップを埋めるためには、薬事戦略と保険収載戦略を並行して検討し、早期から保険当局との対話を進めることが不可欠である。

主な違い

  1. 評価の観点
    – 申請戦略:安全性・有効性(臨床的な価値)
    – 保険収載戦略:医療経済性(費用対効果、医療システムへの貢献)
  2. データの種類
    – 申請戦略:生物学的安全性試験、物理的・化学的性能試験、臨床試験など
    – 保険収載戦略:市場規模予測、医療費削減効果、QOL改善データなど
  3. 主要なステークホルダー
    – 申請戦略:PMDA、厚生労働省医薬・生活衛生局
    – 保険収載戦略:中央社会保険医療協議会(中医協)、保険医療材料専門組織(保険点数の最終承認権限を持つ)

連携の重要性

両戦略は別々のプロセスではあるが、互いに密接に関連している。申請段階から保険収載を見据えたデータ収集を行うことで、市場導入後の普及が円滑になる。例えば、臨床試験の設計時に有効性・安全性だけでなく、医療経済的な評価項目(入院日数の短縮、合併症の減少など)も組み込むことが望ましい。

まとめ

医療機器の申請戦略と保険収載戦略は、評価の観点、必要なデータ、関係するステークホルダーが異なる。薬事承認を得ても期待した保険点数がつかない「死の谷」が存在するため、両者を連携させた統合的なアプローチが市場での成功には不可欠である。医療機器開発の初期段階から、承認申請だけでなく保険収載も視野に入れた戦略を立案し、中医協での審議を見据えた準備を早期から始めることが重要である。

特に保険収載においては、薬事承認後に検討を始めるのではなく、開発初期から戦略的なアプローチを取ることで、開発期間の短縮とより効率的な市場導入が可能となる。革新的な技術が適切に評価され、持続可能なビジネスモデルを構築するためには、申請と収載の両面からの戦略立案が不可欠である。最終的な保険点数は中医協が決定するため、その審議プロセスを理解し、適切に対応することが成功への鍵となる。

医療機器ビジネスに関わる全ての関係者が、この二つの戦略の違いと連携の重要性を理解し、早期段階からの包括的なアプローチを実践することで、革新的な医療機器が患者のもとに届く道が開かれるであろう。

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