医薬品製造になぜ生データが大切なのか
人々の健康と命を守る医薬品。その製造において、「生データ」と呼ばれる記録が極めて重要な役割を果たしている。では、なぜ生データが大切なのだろうか。
生データとは
生データとは、医薬品を製造する際に記録される「そのまま」の数値や観察結果のことである。例えば、
- 原料を計量したときの重さ
- 製造中の温度
- 出来上がった薬の色
- 品質検査の結果
などが含まれるものである。
生データが重要である理由
1. 安全性の確保
医薬品は人命に関わるものである。そのため、製造過程で何らかの問題が発生していないかを確認できるようにする必要がある。生データがあれば、薬が正しく製造されたことを後から確認することが可能となる。
2. 品質の保証
生データは、その薬が定められた品質基準を満たしているという証拠となるものである。例えば、「この薬は正しい量の有効成分を含んでいる」ということを示すことができる。
3. 問題発生時の原因究明
もし薬に何らかの問題が発見された場合、生データを見直すことで原因を特定することが可能である。これは、同様の問題の再発を防ぐために重要である。
4. 改ざんの防止
生データは、最初に記録されたままの形で保存される。これにより、後から数値を変更することが不可能となり、製造記録の信頼性が保たれるのである。
生データの具体例
中学校の理科実験を例に考えてみよう。実験ノートには以下のような記録を取るものである。
- 実験を実施した日時
- 使用した器具
- 測定値
- 観察結果
医薬品製造においても同様に、以下のような生データを記録するものである。
- 原料の計量値:「10.156kg」
- 製造時の室温:「20.5℃」
- 製造担当者名:「山田太郎」
- 製造開始時刻:「2024年4月1日 9:30」
生データの変更手順とその重要性
1. 生データの変更ルール
生データを変更する際には、以下の厳格なルールに従う必要があるものである。
変更の基本原則
- 元のデータを絶対に消してはならない
- 変更箇所に一本線を引き、読めるようにしておく
- 変更理由を必ず記載する
- 変更日時を記入する
- 変更者の署名(サイン)を必ず入れる
2. なぜこのような厳格なルールが必要なのか
データの追跡可能性の確保
- 誰が、いつ、なぜ、どのように変更したのかが明確になる
- 変更の適切性を後から確認することができる
- 不正な改ざんを防止することができる
品質保証の観点
- 変更前のデータと変更後のデータの両方を確認できる
- 変更の判断が正しかったかを振り返ることができる
- 製造履歴の連続性が保たれる
3. 具体的な変更例
以下のような場合に、定められた手順で変更を行うものである。
[変更前]原料秤量値:10.156kg [変更後]
原料秤量値:
変更理由:再計量により数値の誤りが判明
変更日時:2024年4月1日 9:45
変更者:山田太郎(署名)
4. 電子記録システムでの変更管理
近年は電子記録システムを導入する製薬企業も増えているが、その場合も以下の原則は変わらないものである。
システム要件
- 変更履歴を自動的に記録する機能
- 変更理由の入力を必須とする機能
- アクセス権限の管理機能
- 監査証跡(Audit Trail)の保存機能
電子記録の信頼性確保
- システムへのログイン管理の徹底
- 定期的なバックアップの実施
- システムの適格性評価の実施
規制当局の期待
1. データインテグリティの確保
規制当局は、以下のような観点から生データの管理を重視しているものである。
ALCOA原則の遵守
- Attributable(帰属性):誰が記録したか明確である
- Legible(判読性):記録が明確に読める
- Contemporaneous(同時性):データをリアルタイムに記録する
- Original(原本性):オリジナルデータが保持されている
- Accurate(正確性):データが正確である
ALCOA+の追加要件
- Complete(完全性):データに欠落がない
- Consistent(一貫性):データに矛盾がない
- Enduring(永続性):データが保存されている
- Available(利用可能性):必要時にデータを取り出せる
2. 査察時の着目点
規制当局は査察において、以下の点を重点的に確認するものである。
記録管理の体制
- 生データの保管方法
- 変更履歴の管理状況
- アクセス権限の設定状況
データの信頼性
- 記録の一貫性
- 変更手順の遵守状況
- バックアップの実施状況
教育訓練
- 従業員の記録作成に関する教育状況
- 変更手順の理解度
- データインテグリティの重要性の認識
3. 期待される品質文化
規制当局は、以下のような品質文化の醸成を期待しているものである。
経営層の関与
- データインテグリティに対する明確な方針
- 必要な資源の確保
- 定期的なレビューの実施
従業員の意識
- 記録の重要性の理解
- 誠実な記録作成の習慣
- 問題の早期報告文化