
PMDA全般相談とFDAのプレサブの違い
はじめに
医療機器の開発と承認プロセスは、国際的に見ても複雑かつ厳格な規制の対象となっている。特に日本と米国はそれぞれ独自の規制システムを持ち、両国で医療機器を上市するためには、それぞれの規制当局との事前相談が極めて重要である。本稿では、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が実施する「全般相談」と米国食品医薬品局(FDA)の「プレサブミッション(Pre-Submission、略称:プレサブ)」の相違点について解説する。
制度の基本的概要
日本のPMDA全般相談
PMDAの全般相談は、医療機器の承認申請に先立ち、申請資料のまとめ方や相談事項の整理など、審査や相談に関する全般的な事項に関して相談できる制度である。対面助言のうち最も基本的な相談区分であり、より詳細な相談(医療機器開発前相談、プロトコル相談、申請前相談など)の前段階として位置づけられている。
全般相談の主な目的は以下の通りである。
- 承認申請や承認審査に関する一般的な質問への回答
- 相談事項の整理および相談区分の選択に関する助言
- 資料の整備についての助言
米国のプレサブミッション
一方、FDAのプレサブミッションは、「Q-Sub」(Q-Submission)プログラムの一部として位置づけられている。これは、医療機器の市販前申請(510(k)、PMA、De Novo等)の前に、FDAと申請者が特定の課題について話し合うための正式な仕組みである。
プレサブは無料で利用可能であり、申請者は臨床試験プロトコル、非臨床試験計画、申請戦略などについて、FDAの助言を受けることができる。プレサブの主な目的は以下の通りである。
- 申請前の主要な課題に関するFDAからのフィードバック
- 申請プロセスの効率化
- 検証試験のプロトコルに関する助言
- 申請戦略に関する指針
相違点の詳細分析
1. 制度の構造と費用
日本(全般相談)
- 相談時間は30分以内と比較的短く設定されている
- 無料サービスであり、申請者の費用負担はない
- 予約制で、通常申込みから実施までに2~3週間程度を要する
- 相談記録要旨の作成は行われず、PMDAからの正式な回答書は発行されない
米国(プレサブ)
- 完全無料で利用可能であり、回数制限も基本的にない
- 会議時間は通常1時間程度と比較的長い
- 費用がかからないことで、開発初期段階からの活用や、複数回の相談が容易
- 申請から70日程度で会議が設定される
- 会議後30日以内に正式な議事録が作成される
2. 相談内容の範囲と深度
日本(全般相談)
- 主に手続き的な質問や相談区分の選択に関する助言が中心
- 詳細な技術的議論や具体的な審査判断に関する助言は対象外
- 「どのような相談区分で相談すべきか」「どのような資料を準備すべきか」といった初期段階の質問に適している
- より詳細な技術的議論は、全般相談後に対面助言(医療機器開発前相談など)で行うことが前提
- 承認申請の戦略立案は不可能
米国(プレサブ)
- 技術的・科学的な詳細な議論から手続き的な質問まで幅広い内容をカバー
- 非臨床試験計画、臨床試験デザイン、申請戦略など具体的な内容について詳細な助言が得られる
- 製品の分類や申請経路の決定に関する相談も可能
- 一回の会議で複数の論点について議論することが可能
3. 回答の拘束力と位置づけ
日本(全般相談)
- 公式な記録として残らないため、拘束力は限定的
- 口頭での助言が中心であり、正式な文書は作成されない
- 主に次の段階の対面助言に進むための準備的な位置づけ
- 全般相談での回答はあくまで暫定的な見解であり、後の対面助言や審査で異なる判断がなされる可能性がある
米国(プレサブ)
- 会議の記録は正式に作成され、申請時の参考資料となる
- FDAは条件の変化や新たな情報に基づいて、プレサブでの見解を変更する権利を明確に留保している
- 法的拘束力は限定的であるが、実務上は審査の方向性を示す重要な指標となる
- FDA側は科学的データや状況の変化に応じて柔軟に見解を変更することがある
- プレサブでの助言と異なる方針を採用する場合、その科学的根拠を示す必要がある
4. コミュニケーションの性質とレスポンス
日本(全般相談)
- 基本的に対面形式(コロナ禍以降はWeb会議も可能)
- 質問は事前に文書で提出する必要がある
- 相談時間が短いため、議論の深まりは限定的
- レスポンスは一般的な情報提供や手続きの説明が中心
- 具体的な判断や詳細な技術的アドバイスは後続の対面助言に委ねられる
- 次のステップ(より詳細な相談区分)への誘導が主な目的
米国(プレサブ)
- 対面会議の他、電話会議やビデオ会議など多様な形式が選択可能
- 比較的柔軟な質疑応答が許容される
- 会議時間が長く設定されており、詳細な議論が可能
- レスポンスはより直接的で率直な表現が多く、問題点の指摘も明確である
- 会議中の議論がより対話的で、その場での質疑応答や追加説明の機会が多い
- 会議後のフォローアップ質問に対しても比較的柔軟に対応する傾向がある
5. 当局チームの構成と対応
日本(全般相談)
- 通常、審査担当部門の担当者1~2名程度の少人数で対応
- 専門的な内容よりも手続き的な内容が中心のため、必ずしも専門家が同席するわけではない
- チーム構成は比較的シンプル
- 相談時間が短いため、その場での詳細な議論は限られる
米国(プレサブ)
- 製品の特性に応じて、複数の部署から関連専門家が集められるマトリックス型の構成が特徴的
- リードレビューア以外に、エンジニア、臨床専門家、統計専門家など多様な専門家が参加する
- 必要に応じて特定分野の専門家が招集される柔軟性がある
- FDA内部での事前ミーティングを行い、プレサブに対する見解を統一することが多い
- 参加者の入れ替わりがあることもあり、一貫性の確保が課題となることもある
戦略的活用のポイント
両制度の位置づけの違い
日本の全般相談の位置づけ
- 承認申請プロセス全体の中での入口または案内所的な役割
- より詳細な対面助言(開発前相談、プロトコル相談、申請前相談など)への橋渡し
- 相談の進め方や必要な資料に関する初期的なガイダンス
- 段階に応じた相談区分の選択が必要
米国のプレサブの位置づけ
- Q-Subプログラムの一部として位置づけられる(510(k)/PMA申請前の必須プロセスではない)
- 申請プロセスの実質的な一部として機能
- 直接的に申請内容に影響を与える重要な相談機会
- 申請戦略全体を形作る上での重要なステップ
日本市場向けの戦略的アプローチ
全般相談を最大限に活用するためには、以下の点に留意すべきである。
- 目的の明確化:全般相談はあくまで初期ガイダンスであることを認識し、限られた時間内で得たい情報を明確にする。
- 次のステップの準備:全般相談で得た情報を基に、より詳細な対面助言(開発前相談、プロトコル相談など)の準備を進める。
- 質問の絞り込み:手続き的な質問や相談区分の選択に関する質問に焦点を当て、技術的に複雑な内容は後続の対面助言に回す。
- 情報収集の場として活用:PMDA側の考え方や審査のアプローチについての基本的な情報収集の場として活用する。
米国市場向けの戦略的アプローチ
プレサブを効果的に活用するためのポイントは以下の通りである。
- 包括的な準備:限られた機会を最大限に活用するため、技術的・科学的な詳細も含めた包括的な質問リストを準備する。
- 長期的視点:プレサブでの議論が申請全体に影響することを念頭に置き、戦略的な質問を準備する。
- 柔軟性の活用:無料で利用可能な特性を活かし、必要に応じて複数回のプレサブ申請を検討する。
- フィードバックの体系的管理:FDAからの助言を文書化し、開発チーム全体で共有・活用する体制を整える。
両制度の主要特性比較
比較項目 PMDA全般相談 FDAプレサブ
費用 無料 無料
相談時間 30分以内 1時間程度
スケジュール
調整期間 申込後2~3週間程度 申請後70日以内
回答形式 口頭(非公式) 公式議事録
相談内容 手続き・制度説明 技術的詳細の議論
チーム構成 1~2名の審査担当者 多分野専門家のマトリックス編成
結論
日本のPMDA全般相談と米国FDAのプレサブは、一見すると類似した「事前相談制度」ではあるが、その性質、目的、位置づけは大きく異なる。全般相談はあくまで初期ガイダンスとしての手続き的な入口であり、より詳細な相談への準備段階として位置づけられている。一方、プレサブは技術的・科学的な詳細も含めた実質的な審査前協議の場として機能している。
医療機器開発企業、特にグローバル市場を視野に入れている企業にとっては、両制度の特性を理解し、それぞれの制度の目的と限界を認識した上で戦略的に活用することが重要である。日本市場では全般相談を入口として活用しつつ、より詳細な対面助言を計画的に組み合わせることで、効率的な承認申請プロセスを構築することが可能となる。
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