EIR(Establishment Inspection Report)とは

EIRとは、FDAが製造施設や企業の査察後に作成する公式な調査報告書である。この文書は、査察官が施設を訪問し、製造工程、品質管理システム、記録保持などを調査した結果をまとめたものである。

EIRの主な目的は以下の通りである。

  1.  施設の規制遵守状況を文書化すること
  2. 発見された不備や違反事項を記録すること
  3. 企業が是正すべき事項を明確にすること
  4. 将来の査察のための参照資料となること

EIRの構成要素

一般的なEIRには以下の情報が含まれる。

  • 査察の日時と期間
  • 査察対象となった施設の詳細情報
  • 査察に参加した査察官の氏名と役職
  • 査察の範囲と対象となった製品
  • 製造工程、品質システム、施設設備などの観察結果
  • 発見された不備や違反事項(Form 483に記載される項目)
  • Form 483には記載されなかったが、査察官が口頭で指摘した事項や懸念点
  • 査察中の詳細なやり取り(誰にどのような質問をしたか、誰がどのような回答をしたかなど、個人名を含む)
  • 前回の査察からの改善状況
  • 採取されたサンプルの詳細(該当する場合)
  • 査察の総括と結論

特筆すべきは、EIRにはForm 483に記載されなかった口頭での指摘事項や懸念点も含まれることである。これらは正式な違反事項としては扱われないものの、FDAが注目している点や将来的に問題となり得る事項を示唆するものであり、企業にとって非常に価値ある情報である。また、査察中のやり取りが個人名と共に詳細に記録されているため、各担当者の説明や回答の一貫性や正確性も後から確認することができる。

Form 483との関係

EIRと併せて理解すべき重要な文書が「Form 483(査察所見書)」である。Form 483は査察中に発見された規制違反や不備を列挙した文書であり、通常は査察終了時に企業側に提示される。一方、EIRはより包括的な報告書であり、Form 483に記載された事項に加えて、査察の全体像や遵守されている事項なども含む詳細な記録である。

Form 483は「FDA査察所見(FDA Inspectional Observations)」とも呼ばれ、FDAの査察官が査察中に発見した「非遵守(non-compliance)」事項を記載したものである。これに対し、EIRは査察全体を網羅した詳細な報告書であり、FDA Form 483の記載事項をより詳細に説明するとともに、査察官の観察結果や調査内容の全体像を提供するものである。企業はForm 483に対して15営業日以内に回答することが推奨されるが、EIRは査察完了後、情報自由法(FOIA)請求を通じて入手するものである。

査察後のプロセスと査察結果の決定

査察官は査察終了後に、Form 483(作成した場合)とEIRをFDAのセンターのOffice of Compliance(コンプライアンス部門)に送付する。センターは、Form 483とEIRの内容を精査した上で、最終的な査察の結果分類を決定する。この分類には以下の3種類がある。

  • NAINo Action Indicated: 重大な指摘事項がなく、規制上の措置が必要ないことを示す。
  • VAIVoluntary Action Indicated: 軽微な指摘事項があり、企業による自発的な是正措置が期待されることを示す。
  •  OAIOfficial Action Indicated: 重大な違反があり、規制上の公式な措置(警告書の発行など)が必要であることを示す。

これらの分類は、査察結果の重大度を示すとともに、企業が取るべき対応の緊急性や範囲を示唆するものである。重要なのは、この最終的な査察結果の分類は、査察官が現場で示した初期的な判断ではなく、センターのOffice of Complianceによる総合的な評価に基づいて決定されるという点である。このため、企業は査察中の印象だけでなく、最終的なEIRと査察結果分類を注視する必要がある。

EIR取得のプロセスと見方

Form 483に対する改善結果がFDAによってクリアと認められた場合、基本的にはEIRが企業に送付される。しかし、EIRが自動的に送付されない場合も多く、そのような場合は企業がFOIA(情報自由法)請求を通じて自社のEIRのコピーを入手する必要がある。

このプロセスは通常以下のステップで進む。

  1. 査察完了後、企業はFDAにFOIA請求を提出する
  2. FDAが請求を処理し、機密情報を編集する
  3. 編集済みのEIRが企業に提供される

査察から数週間から数ヶ月後に、企業はEIRを受け取ることが一般的である。企業は「Where is my EIR?」という質問をよく抱くが、実際にはFDAの処理状況によって大きく異なり、早ければ数週間、通常は2〜3ヶ月、場合によっては6ヶ月以上かかることもある。

EIRが送付されてこない場合は、積極的に請求することが推奨される。これは単に法的権利を行使するだけでなく、企業の品質システム改善のための重要な情報源を確保するという意味でも重要である。

EIRの実務的意義

企業側の視点

規制対象企業にとって、EIRは単なる規制文書以上の価値を持つ。

  1.  コンプライアンス改善の指針:指摘された問題点を理解し、是正措置を講じるための具体的な情報源となる。
  2. 品質システムの強化:査察官の観察結果から、品質管理システムの弱点を特定し、改善することができる。
  3. 将来の査察への準備:過去のEIRを分析することで、次回の査察でFDAが注目する可能性が高い領域を予測できる。
  4. ビジネス上の利点:良好なEIR結果は、取引先や提携先に対する信頼性の証明となり、ビジネス上の優位性をもたらす場合がある。

査察官の視点

査察官にとってEIRは、

  1. 査察結果の公式記録であり、法的な文書である
  2. 将来の査察のための参照点となる
  3. 企業の遵守歴を評価するための基礎資料となる
  4. 規制措置(警告書の発行など)の根拠となりうる

EIRへの対応と活用法

EIRを受け取った企業は、以下の対応を検討すべきである。

  1. 徹底的なレビュー:EIR全体を詳細に検討し、Form 483に記載されていない観察事項や口頭での指摘事項も含めて把握する。特に査察官が懸念を示した点は、将来的に規制上の問題となる可能性がある。
  2. 是正措置計画の策定:指摘された問題点に対する具体的な是正措置と期限を設定する。
  3.  横断的評価:特定の部門や製品ラインだけでなく、組織全体に同様の問題がないか評価する。
  4. 予防的アプローチ:将来の問題を防ぐための予防的措置を導入する。
  5. トレーニングへの活用:EIRの内容を社内トレーニングの教材として活用し、規制意識を高める。特に査察中のやり取りの記録は、従業員が査察官の質問にどう対応すべきかの実例として非常に有用である。
  6.  査察対応体制の強化:査察前・査察中・査察後の各段階における対応プロセスを見直し、改善する。EIRに記録された個人名を含む対応記録を分析し、回答の一貫性や正確性を評価することで、査察対応トレーニングに活用できる。
  7. 文書化システムの改善:査察で指摘された文書管理の問題点を踏まえ、文書化システムを強化する。
  8. コミュニケーション戦略の見直し:EIRに記録された査察官とのやり取りを分析し、より効果的なコミュニケーション方法を構築する。

企業によるEIRの積極的活用は、単なる規制対応を超えて、品質システムの継続的改善の機会として捉えるべきである。特に、Form 483で指摘されていない事項や、査察官のコメントから読み取れる「期待事項」に注目することが重要である。EIRに記録された詳細な対話は、FDAの考え方や優先事項を理解する上で極めて貴重な情報源となる。

国際的な視点

EIRはFDAの用語だが、他の国々の規制当局も同様の査察報告書を作成している。例えば、

  • 欧州では「査察報告書(Inspection Report)」
  • 日本では「調査結果報告書」
  • カナダでは「査察終了通知(Inspection Exit Notice)」

グローバルに事業を展開する企業は、各国の報告書の形式や要件の違いを理解しておくことが重要である。

国際的な規制環境の調和化が進む中、FDAのEIRは国際的なベンチマークとなりつつある。各国の規制当局は独自の査察報告システムを持つが、基本的な目的や構造はFDAのEIRと類似している。グローバル企業は、各国の規制当局間の相違点を理解し、それぞれの要求事項に柔軟に対応できる体制を整えることが求められる。

また、相互認証協定(MRA)などの国際的な枠組みにより、各国の規制当局間で査察結果が共有されるケースも増えている。このような国際的な規制協力の流れの中で、一国の査察結果が他国での規制判断に影響を与える可能性も考慮しなければならない。

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