医療機器規制における苦情管理

医療機器規制における「苦情管理」とは、医療機器に関してユーザーや医療従事者から寄せられる苦情を適切に収集し、評価し、必要な是正措置を講じるためのプロセスである。このプロセスは、医療機器の安全性と有効性を維持し、最終的には患者の安全を確保することを目的としている。

苦情の定義
ISO 13485において、苦情とは「組織の管理下からリリースされた医療機器の同一性、品質、耐久性、信頼性、ユーザビリティ、安全性もしくは性能、または医療機器の性能に影響を及ぼすサービスに関連した不具合を申し立てるための、文書、電子媒体、または口頭によるコミュニケーション」と定義されている。

「使いにくい」という顧客からの申し立てもユーザビリティに関する苦情として含まれる。また、保守点検等のサービスレポートからの情報も苦情処理の対象となる。例えば、定期点検時に発見された想定外の劣化や性能低下、あるいはサービス対応の遅延等のサービス品質に関する指摘も含まれる。
耐久性とは、宣言した使用期限・有効期限内での品質・性能等の保証を意味する。しばしば、無償修理期間における申し立てのみを苦情と定義している企業を見かけるが、これは間違いである。無償修理か有償修理かはビジネス戦略の上でのことであり、苦情の定義とは本来関係ない。

この定義は、ISO 9000:2015の定義とは異なり、医療機器特有の要件を反映したものとなっている。ISO 13485:2016の8.2.2項では、苦情処理に関して、適時の処理、記録の維持、是正・予防処置の実施、当局報告要否の判断等を要求しており、特に苦情情報の分析による傾向の特定を重視している。

FDA QMSRの要求事項
一方、FDA QMSRでは、苦情(complaint)を「医療機器の同一性、品質、耐久性、信頼性、安全性、有効性、性能に関する文書または口頭による通信による不満の表明」と定義している。FDA QMSRの要求事項(21 CFR Part 820.35)では、特に以下の点がISO 13485と異なる特徴を持つ。

1. 苦情ファイルの要件:すべての苦情調査記録を製品の寿命期間または2年間のいずれか長い期間保持することを明確に規定。
2. 評価責任者の資格:正式に指名された担当者が苦情を評価する必要があり、その担当者は適切な訓練を受けていなければならない。
3. MDR(Medical Device Reporting)との関連:苦情が報告対象事象に該当するかの評価を明示的に要求。
4. 調査の期限:苦情調査は「合理的な時間内」に完了することを要求。

苦情管理のプロセス
苦情管理の具体的なプロセスには以下の要素が含まれる。

1. 苦情の受付と初期評価
   – 苦情内容の正確な記録
   – 緊急性の判断
   – 重要度の分類(例:患者安全への影響度に基づくClass I, II, IIIなど)

2. 調査の実施
   – 根本原因分析(必要に応じてFMEA、FTA等の手法を活用)
   – 影響範囲の特定(ロット、製造期間、使用施設等)
   – 類似事象の有無の確認

3. リスク評価
   – 患者安全への影響度分析
   – 再発可能性の評価
   – ISO 14971に基づくリスクマネジメントプロセスとの連携

4. 是正措置・予防措置(CAPA)の実施
   – 製品の改善
   – プロセスの見直し
   – 予防的な対策の実施

5. 効果の確認
   – 実施した措置の有効性評価
   – フォローアップ調査の実施

6. 文書化と記録の保管
   – トレーサビリティの確保
   – 調査結果の文書化
   – 関連記録の維持管理

苦情情報と安全管理情報の連携
特に重要なのは、苦情情報と安全管理情報の連携である。苦情が重大な健康被害や死亡に関連する可能性がある場合、または同様の事象が複数報告された場合には、速やかに安全管理統括部門と連携し、各国の規制要件(日本では医薬品医療機器等法、米国ではMDR)に基づく不具合報告の要否を判断する必要がある。

苦情管理システムの重要性
苦情管理システムは品質マネジメントシステム(QMS)の重要な要素として位置づけられる。ISO 13485:2016では、苦情処理に関する具体的な要求事項として、苦情の適時な処理、調査結果の文書化、是正措置・予防措置との連携、トレンド分析の実施などが規定されている。特に、製品実現プロセスやリスクマネジメントプロセス(ISO 14971)との統合的な運用が求められる。

効果的な苦情管理のための要素
苦情管理の効果的な実施には、以下の要素が重要となる。
– 明確な責任体制と手順の確立
– 適切なリソースの確保(人員、システム等)
– 従業員の教育訓練(特に苦情評価担当者の力量確保)
– 苦情情報の分析手法の確立(統計的手法の活用を含む)
– 製品ライフサイクル全体での情報活用
– ステークホルダーとの適切なコミュニケーション
– グローバルな規制要件への対応(ISO 13485とFDA QMSRの両方への適合)
– 製造販売後安全管理との連携体制の構築

医療機器における苦情管理は、製品の品質維持と患者の安全確保を目的とした包括的な活動であり、規制要件を満たすだけでなく、企業の信頼性とブランド価値を高める重要な取り組みである。また、市販後の製品性能データを収集する重要な手段としても機能し、製品改良や次世代製品の開発にも活用される。そのため、苦情管理を単なる規制対応としてではなく、製品のライフサイクル管理における戦略的な活動として位置づけ、継続的な改善を図ることが求められている。グローバルに事業展開する企業においては、ISO 13485とFDA QMSRの両方の要求事項を満たす統合的なシステムの構築が推奨される。

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