7.7 体外診断用医薬品(IVD試薬)の申請
体外診断用医薬品(In Vitro Diagnostic Reagents: IVD試薬)は、人体から採取された血液、尿、組織等の検体を用いて疾病の診断に使用される試薬です。IVD試薬は薬機法上、医療機器とは別のカテゴリーに分類されますが、承認申請プロセスには多くの類似点があります。本節では、IVD試薬特有の承認申請プロセス、要件および申請戦略について解説します。
7.7.1 体外診断用医薬品の基本概念
(1) 定義と分類
体外診断用医薬品とは、薬機法において「専ら疾病の診断に使用されることが目的とされている医薬品のうち、人又は動物の身体に直接使用されることのないものをいう」と定義されています。主に以下のように分類されます:
- リスクによる分類:
- 高度管理体外診断用医薬品(クラスIII相当)
- 管理体外診断用医薬品(クラスII相当)
- 一般体外診断用医薬品(クラスI相当)
- 機能による分類:
- 検出試薬(抗原、抗体、核酸等)
- 測定試薬(酵素、基質、発色剤等)
- キャリブレーター(標準物質)
- コントロール(精度管理物質)
(2) IVD試薬とIVD機器の違い
同じ体外診断の目的でも、以下の点によりIVD試薬とIVD機器に区分されます:
- IVD試薬:化学反応や抗原抗体反応等の試薬としての特性が強い製品
- IVD機器:機械器具としての特性が強い製品
多くの場合、検査システムとしてIVD試薬とIVD機器が組み合わされて使用されます。
7.7.2 IVD試薬の規制上の特徴
(1) 法規制の枠組み
IVD試薬には、以下の法規制が適用されます:
- 薬機法:医薬品としての基本的規制
- 医薬品の承認申請について:申請の基本的取扱い
- 体外診断用医薬品の製造販売承認申請に際し留意すべき事項について:IVD試薬特有の申請要件
- コンパニオン診断薬等及び関連する医薬品に関する技術的ガイダンス等について:コンパニオン診断薬の特別要件
- 体外診断用医薬品の一般的名称の定義について:品目の分類
(2) 規制上の特徴
IVD試薬には、以下のような規制上の特徴があります:
- 医薬品と異なる添付文書記載要件:体外診断用医薬品特有の記載事項が規定
- 専用の基準・規格:日本薬局方、日本産業規格(JIS)等による規格
- 製造販売承認制度の特徴:医薬品製造販売業許可が必要(第一種、第二種)
- 製造方法の記載特性:主反応系成分、緩衝液、保存料等の記載要件
- 保険適用の手続き:医療機器と異なるD列(検体検査)での保険収載
7.7.3 承認申請・認証申請・届出の区分
(1) 承認申請が必要な体外診断用医薬品
以下のIVD試薬は、厚生労働大臣の承認が必要です:
- 高度管理体外診断用医薬品(生命の危険に直結する疾病や伝染病等の診断)
- 例:HIV診断用試薬、HBV/HCV診断用試薬、輸血用血液スクリーニング試薬等
- 管理体外診断用医薬品のうち認証基準がないもの
- 例:新規測定原理・測定項目の検査試薬等
- 既存製品と異なる測定原理・測定項目のIVD試薬(新規性の高いもの)
(2) 認証申請が必要な体外診断用医薬品
以下のIVD試薬は、第三者認証機関による認証が必要です:
- 管理体外診断用医薬品のうち認証基準があるもの
- 例:一般的な生化学検査試薬、免疫測定試薬等で基準が整備されているもの
- 認証基準に適合する製品であること
(3) 届出が必要な体外診断用医薬品
以下のIVD試薬は、各都道府県への届出が必要です:
- 一般体外診断用医薬品(健康状態の把握等に用いられる検査)
- 例:尿検査用試験紙、簡易な検査キット等
7.7.4 申請区分と新規性
(1) 新規性による申請区分
IVD試薬も医薬品と同様に、新規性に応じて以下のように区分されます:
- 新規品目:既存のIVD試薬と測定原理、反応系、測定項目等が明らかに異なるもの
- 改良品目:既存のIVD試薬と実質的に同等ではないが、新規品目にも該当しないもの
- 臨床性能試験成績に関する資料の添付が必要なもの
- 臨床性能試験成績に関する資料の添付が不要なもの
- 後発品目:既存のIVD試薬と同一性を有するもの
(2) 申請区分の判断基準
IVD試薬の申請区分は、以下の観点から判断されます:
- 測定原理の新規性:
- 免疫測定法(ELISA、CLIA、CLEIA等)
- 核酸増幅法(PCR、LAMP、TMA等)
- 比色法、電気化学的測定法等
- 反応系の新規性:
- 使用する抗体・抗原の特異性
- プライマー・プローブの特異性
- 基質-酵素反応系の特性
- 測定項目(対象物質)の新規性:
- 新規バイオマーカー
- 新規遺伝子変異・多型
- 新規病原体等
7.7.5 承認申請資料の構成と特徴
(1) 申請書の構成
IVD試薬の承認申請書は、以下の項目で構成されます:
- 名称(一般的名称、販売名)
- 成分及び分量又は本質
- 反応系に関与する成分(抗体、抗原、プライマー等)
- 緩衝液、保存料、安定剤等
- 標準物質、コントロール等
- 製造方法
- 製造工程の概略
- 重要工程と中間製品の管理方法
- 製造所情報
- 用法及び用量又は使用方法
- 検体の種類
- 検体の採取・保存条件
- 測定手順
- 結果の判定方法
- 効能又は効果
- 測定対象(検査項目)
- 臨床的意義
- 使用目的
- 貯蔵方法及び有効期間
- 規格及び試験方法
- 性状
- 確認試験
- 純度試験
- 力価試験
- 安定性試験等
(2) 添付資料の構成
IVD試薬の承認申請には、以下の添付資料が必要です:
- 起源又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料
- 仕様の設定に関する資料
- 安定性に関する資料
- 性能に関する資料
- 分析性能(感度、特異度、精密性、正確性等)
- 相関性
- 較正用基準物質の特性
- リスク分析に関する資料
- 製造方法に関する資料
- 臨床性能試験の試験成績に関する資料(該当する場合)
- 製造販売後調査等の計画に関する資料(該当する場合)
(3) IVD試薬特有の申請資料の特徴
IVD試薬の申請資料には、以下の特徴があります:
- 反応系の詳細記載:
- 主要反応成分の特性(抗体、抗原、プライマー等)
- 反応メカニズムの詳細
- 測定原理の科学的根拠
- 分析性能評価の詳細:
- 検出感度(最小検出感度、検出限界)
- 定量限界
- 測定範囲
- 直線性
- 精密性(併行精度、室内再現精度、施設間再現精度)
- 正確性(真度)
- 干渉物質の影響
- 交差反応性
- 臨床性能評価の特徴:
- 臨床的感度・特異度
- 基準範囲/カットオフ値の設定根拠
- 既存検査法との相関性
- 臨床的有用性の証明
- 偽陽性・偽陰性要因の分析
7.7.6 IVD試薬の性能評価の特徴
(1) 分析性能評価
IVD試薬の分析性能評価には、以下の要素が含まれます:
- 検出感度評価:
- 最小検出感度(検出限界)の決定
- 定量限界の決定
- ブランク検体の評価
- 精密性評価:
- 同時再現性(併行精度)
- 日差再現性(室内再現精度)
- 施設間再現性(複数施設での評価)
- ロット間変動
- 正確性評価:
- 標準物質を用いた回収試験
- 既知濃度検体の測定
- 参照法との比較
- 特異性評価:
- 交差反応性試験
- 干渉物質の影響評価
- 共存物質の影響評価
- 測定範囲の評価:
- 直線性
- プロゾーン現象(高用量フック効果)の評価
- 希釈直線性
(2) 臨床性能評価
IVD試薬の臨床性能評価には、以下の要素が含まれます:
- 臨床性能試験のデザイン:
- 前向き試験/後向き試験の選択
- 症例数の設定根拠
- 対象集団の選定基準
- 比較対照の選定(参照法、確定診断法等)
- 性能指標の評価:
- 臨床的感度・特異度
- 陽性的中率・陰性的中率
- ROC解析
- カットオフ値の最適化
- 既存検査法との相関性
- 臨床的有用性の評価:
- 診断における位置づけ
- 既存検査法に対する優位性
- 臨床判断における貢献度
- 対象疾患の臨床経過との関連
(3) 安定性評価
IVD試薬の安定性評価には、以下の試験が含まれます:
- 長期保存安定性:
- 推定有効期間の1.5倍以上の期間
- 実時間試験または加速試験
- 実保存条件での評価
- 輸送安定性:
- 温度サイクル試験
- 振動試験
- 実際の輸送条件を想定した評価
- 開封/再構成後の安定性:
- 開封後の安定性
- 溶解後の安定性
- 分注後の安定性
- 検体の安定性:
- 採取後の保存条件の影響
- 保存期間の影響
- 凍結融解の影響
7.7.7 IVD試薬の特殊カテゴリーと留意点
(1) コンパニオン診断薬
特定の医薬品の効果や副作用を予測するためのIVD試薬であるコンパニオン診断薬には、以下の特徴があります:
- 申請上の特徴:
- 対象医薬品との同時審査
- 医薬品審査部門と体外診断薬審査部門の合同審査
- 対象医薬品と同等の審査優先度
- 開発上の留意点:
- 医薬品開発と並行した開発
- 医薬品の臨床試験でのバイオマーカー評価
- バイオマーカーと治療効果の相関性検証
- カットオフ値の臨床的妥当性検証
- 市販後の留意点:
- 医薬品の添付文書との整合性
- 医薬品の適応症変更への対応
- 複数の医薬品に対応する場合の整合性
(2) 遺伝子検査用試薬
遺伝子変異・多型等を検出するIVD試薬には、以下の特徴があります:
- 申請上の特徴:
- 検出対象遺伝子の詳細情報
- 検出原理(PCR、LAMP、シークエンス等)の科学的妥当性
- プライマー/プローブの特異性評価
- 検出感度・特異度の厳格評価
- 性能評価の留意点:
- 変異アレル頻度(VAF)の検出限界
- 様々な変異パターンでの検出性能
- 偽陽性・偽陰性の要因分析
- バイオインフォマティクス解析の妥当性
- 倫理的配慮:
- 被験者の同意取得
- 遺伝情報の取扱い
- 偶発的所見への対応
- 遺伝カウンセリングとの連携
(3) 感染症検査用試薬
感染症診断用のIVD試薬には、以下の特徴があります:
- 申請上の特徴:
- 病原体の種類・型別の詳細
- 地域特異的な変異への対応
- 検体の種類と採取方法の詳細
- 検査タイミングと検出感度の関係
- 性能評価の留意点:
- 病原体標準株での性能評価
- 臨床分離株での性能評価
- 類似病原体との交差反応性
- 様々な臨床状況(感染初期、回復期等)での性能
- 公衆衛生上の配慮:
- 検査結果の解釈と報告方法
- 偽陽性・偽陰性の影響評価
- 疫学調査との連携
- 新興・再興感染症への対応能力
7.7.8 PMDA相談の活用
IVD試薬の承認申請において、以下のPMDA相談を活用することが効果的です:
(1) 対面助言の種類と活用タイミング
- 開発前相談:
- 開発初期段階での規制要件確認
- 申請区分の判断
- 臨床性能試験の必要性判断
- 全体開発計画の妥当性確認
- プロトコル相談:
- 分析性能評価計画の確認
- 臨床性能試験計画の確認
- 評価指標の妥当性確認
- 症例数の確認
- 申請前相談:
- 申請資料の充足性確認
- 添付資料の構成確認
- 申請区分の最終確認
- 審査上の論点整理
- コンパニオン診断薬相談:
- 医薬品との関連性の評価方法
- 医薬品開発との連携方法
- カットオフ値設定の妥当性
- 臨床試験での使用方法
(2) 簡易相談の活用
費用対効果の高い簡易相談は、以下の場面で特に有用です:
- 申請区分の予備的確認
- 添付資料の要否の確認
- 軽微な変更の該当性確認
- PMDA対面助言の相談区分の確認
(3) 相談準備のポイント
PMDA相談を効果的に活用するためのポイントは以下の通りです:
- 相談資料の準備:
- 開発経緯と概要の明確化
- 質問事項の明確化
- 科学的データに基づく説明資料
- 参考資料(海外規制情報等)
- 事前準備のポイント:
- 相談前の論点整理
- Q&A形式での予想質問・回答準備
- 担当者間での情報共有
- リハーサルの実施
- 相談記録の活用:
- 相談結果の文書化・社内共有
- 開発計画への反映
- 申請資料への反映
- 次回相談への活用
7.7.9 審査対応のポイント
IVD試薬の審査において、以下の対応が重要です:
(1) 初回面談の重要性
承認申請後の初回面談では、以下の点を明確に説明することが重要です:
- 製品概要(測定原理、反応機序等)
- 開発経緯
- 臨床的位置づけと有用性
- 既存製品との差異
- 申請資料の構成と特徴
(2) 照会事項への対応
効果的な照会事項対応のポイントは以下の通りです:
- 照会の本質的理解:
- 規制当局の懸念点の特定
- 追加情報の必要性の理解
- 説明不足点の認識
- 科学的・論理的な回答:
- データに基づく具体的回答
- 明確な論理構成
- 図表を用いた視覚的説明
- 参考文献の適切な引用
- 必要に応じた追加試験:
- 追加分析性能試験の実施
- 補足的臨床評価
- 安定性の追加検証
- 文献調査の補完
(3) 専門協議への対応
新規性の高いIVD試薬や重要な臨床的意義を持つIVD試薬では、専門協議が行われることがあります:
- 専門家向けの説明資料の準備
- 製品の臨床的位置づけの明確化
- 臨床的有用性の科学的証明
- 想定される質問への回答準備
7.7.10 製造販売業者の体制要件
IVD試薬の製造販売には、以下の体制が必要です:
(1) 製造販売業許可
- 第一種医薬品製造販売業許可:高度管理体外診断用医薬品を取り扱う場合
- 第二種医薬品製造販売業許可:管理または一般体外診断用医薬品のみを取り扱う場合
(2) 三役の設置
- 総括製造販売責任者(薬剤師)
- 品質保証責任者
- 安全管理責任者
(3) GQP/GVP体制
- 品質管理基準(GQP)に基づく体制
- 製造販売後安全管理基準(GVP)に基づく体制
- 製造所の管理体制
- 市販後調査体制
7.7.11 スタートアップ企業のための実践的アプローチ
IVD試薬開発に取り組むスタートアップ企業には、以下のアプローチが有効です:
(1) 段階的開発戦略
- 研究用試薬からのスタート:
- 研究用途での性能評価
- ユーザーフィードバックの収集
- 臨床研究での使用実績構築
- 科学的エビデンスの蓄積
- リスクの低い製品からの参入:
- 一般体外診断用医薬品(届出)からのスタート
- 既存製品の改良としての位置づけ
- 認証基準のある製品での経験蓄積
- 段階的なラインナップ拡充
(2) 外部リソースの活用
限られたリソースを効果的に活用するための戦略:
- 開発パートナーシップ:
- 大学・研究機関との共同研究
- 医療機関との臨床研究
- 大手診断薬企業との提携
- CRO(開発業務受託機関)の活用
- 製造委託の活用:
- CMO(製造受託機関)の活用
- 既存製造施設の活用
- 段階的な製造能力拡大
- 原材料調達ネットワークの構築
- 専門家ネットワークの構築:
- 薬事コンサルタントの活用
- 臨床専門家パネルの設置
- 元審査官等の顧問起用
- 業界団体への参加
(3) 公的支援制度の活用
開発資金の効率的確保のための支援制度活用:
- AMED(日本医療研究開発機構)の研究開発支援事業
- 中小企業向け助成金・補助金
- 創薬・医療機器等の開発公募助成
- 医療機器開発支援ネットワーク
- ベンチャー投資促進税制
7.7.12 市販後の管理と戦略
IVD試薬の市販後には、以下の対応が必要です:
(1) 市販後調査
- 使用成績調査
- 特定使用成績調査(必要に応じて)
- 外部精度管理プログラムへの参加
- ユーザーフィードバックの収集・分析
(2) 不具合対応
- 不具合情報の収集体制
- 不具合発生時の原因調査プロセス
- 回収・改修判断基準
- ユーザーへの情報提供方法
(3) 製品ライフサイクル管理
- 定期的な製品レビュー
- 性能向上・改良計画
- 競合製品の動向モニタリング
- 製品ラインナップの最適化
7.7.13 まとめ:IVD試薬申請の成功要因
IVD試薬の承認申請を成功させるためのポイントをまとめると以下の通りです:
- 明確な臨床的位置づけの確立:
- 検査の臨床的意義の明確化
- 既存検査法との差別化ポイントの明確化
- 医療現場のニーズとの合致
- 堅牢な性能評価:
- 分析性能の徹底的評価
- 臨床性能の信頼性の高い評価
- 統計学的に妥当なデータ分析
- 規制対応の最適化:
- 適切な申請区分の選択
- PMDA相談の戦略的活用
- 規制要件に合致した申請資料の作成
- 実用性の追求:
- 検査ワークフローへの適合性
- 使いやすさの重視
- コスト効率の考慮
体外診断用医薬品の開発と承認申請は複雑なプロセスですが、適切な戦略と計画的なアプローチにより、革新的な検査製品を医療現場に届けることが可能となります。