7.6 体外診断用医療機器(IVD機器)の申請
体外診断用医療機器(In Vitro Diagnostic Medical Device: IVD機器)は、人体から採取された検体を用いて、疾病の診断に使用される医療機器です。本節では、IVD機器特有の承認申請プロセス、要件、および申請戦略について解説します。
7.6.1 体外診断用医療機器の基本概念
(1) 定義と分類
体外診断用医療機器とは、薬機法において「人体から採取された検体を検査し、疾病の診断に使用されることが目的とされている医療機器及び体外診断用医薬品」と定義されています。IVD機器は、以下のように分類されます:
- クラス分類:
- クラスI:一般的な体外診断用医療機器(低リスク)
- クラスII:管理体外診断用医療機器(中リスク)
- クラスIII:高度管理体外診断用医療機器(高リスク)
- 主な製品カテゴリー:
- 分析機器(自動分析装置、免疫測定装置等)
- 試薬(試薬キット、キャリブレーター、コントロール等)
- 検体前処理機器
- 検査システム(機器と試薬の組み合わせ)
- デジタル病理診断機器
- 遺伝子・タンパク質解析装置
(2) IVD機器と体外診断用医薬品の違い
同じ体外診断の目的でも、法規制上の区分が異なることがあります:
- 体外診断用医療機器:機械器具としての特性が強い製品
- 体外診断用医薬品:化学反応や抗原抗体反応等の試薬としての特性が強い製品
※本節では主に体外診断用医療機器(IVD機器)について解説しますが、体外診断用医薬品についても基本的な申請プロセスは類似しています。
7.6.2 IVD機器特有の規制上の特徴
(1) 規制上の特徴
IVD機器には、以下のような規制上の特徴があります:
- 専用の基本要件基準:体外診断用医療機器に特化した基本要件基準が存在
- 専用の認証基準:多くのIVD機器に認証基準が整備されている
- コンパニオン診断薬:特定の医薬品の適応判定等に用いられるIVD機器は特別な審査プロセスが適用
- 性能評価の重視:臨床性能(特に感度・特異度等)の評価が重要
- 標準物質・校正物質の規制:測定の正確性を担保するための標準物質等にも規制が適用
(2) 法規制の枠組み
IVD機器の法規制については、以下の枠組みが適用されます:
- 薬機法:医療機器としての基本的規制
- 医療機器等の製造販売承認申請等の取扱いについて:申請の基本的取扱い
- 体外診断用医薬品の製造販売承認申請に際し留意すべき事項:IVD機器申請の特有事項
- コンパニオン診断薬等及び関連する医薬品に関する技術的ガイダンス:コンパニオン診断薬特有の要件
- 体外診断用医薬品の一般的名称のルール:品目の分類
7.6.3 IVD機器の申請区分と手続き
(1) 申請・届出の区分
IVD機器の申請・届出区分は、リスクと新規性に応じて以下のように分類されます:
区分 | 対象 | 審査主体 | 処理期間の目安 |
---|---|---|---|
承認 | 高度管理IVD機器(クラスIII)<br>管理IVD機器(クラスII)で認証基準がないもの<br>新規性の高いIVD機器 | PMDA/厚生労働省 | 新規:12ヶ月<br>改良:6〜9ヶ月<br>後発:4〜6ヶ月 |
認証 | 管理IVD機器(クラスII)で認証基準があるもの | 第三者認証機関 | 3〜4ヶ月 |
届出 | 一般IVD機器(クラスI) | 各都道府県 | 即日〜数週間 |
(2) 新規性による分類
IVD機器も医療機器と同様に、新規性に応じて以下のように分類されます:
- 新医療機器:既存のIVD機器と構造、測定原理、性能等が明らかに異なるもの
- 改良医療機器:既存のIVD機器と実質的に同等ではないが、新医療機器にも該当しないもの
- 臨床あり改良:臨床性能試験データが必要なもの
- 臨床なし改良:非臨床データのみで評価可能なもの
- 後発医療機器:既存のIVD機器と構造、測定原理、性能等が実質的に同等であるもの
7.6.4 IVD機器の申請資料の特徴
(1) 申請資料の基本構成
IVD機器の承認申請資料は、基本的に以下の構成となります:
- 承認申請書:
- 一般的名称、販売名、申請区分等の基本情報
- 形状、構造及び原理
- 使用目的又は効果
- 使用方法
- 性能及び安全性に関する規格
- 製造方法
- 保管方法及び有効期間
- 製造販売する品目の製造所
- 添付資料:
- 起原又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料
- 仕様の設定に関する資料
- 安定性及び耐久性に関する資料
- 性能に関する資料
- リスク分析に関する資料
- 製造方法に関する資料
- 臨床性能試験の試験成績に関する資料(該当する場合)
- 使用状況の調査等に関する資料(該当する場合)
(2) IVD機器特有の申請資料のポイント
一般的な医療機器と比較して、IVD機器の申請資料には以下の特徴があります:
- 分析性能評価の重視:
- 感度・特異度
- 正確性(真度)
- 精密性(再現性、併行精度)
- 検出限界・定量限界
- 測定範囲
- 交差反応性
- 干渉物質の影響
- 臨床性能評価の特徴:
- 臨床検体を用いた性能評価
- 既存の測定法との相関性評価
- カットオフ値の設定根拠
- 診断精度(感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率等)
- 対象疾患の疫学データとの関連
- 標準物質・校正物質:
- 標準物質の由来と特性
- トレーサビリティ
- 値付け方法
- 安定性データ
7.6.5 IVD機器の性能評価と臨床性能試験
(1) 分析性能評価の方法
IVD機器の分析性能評価には、以下の方法が用いられます:
- 感度・特異度評価:
- 最小検出感度(検出限界)
- 干渉物質の影響評価
- 交差反応性評価
- 特異抗体/特異プローブの選定根拠
- 精密性評価:
- 同時再現性(併行精度)
- 日差再現性
- 施設間再現性(複数施設での評価)
- ロット間変動
- 正確性評価:
- 標準物質との比較
- 参照測定法との比較
- 添加回収試験
- 直線性評価
(2) 臨床性能試験の特徴
IVD機器の臨床性能試験には、以下の特徴があります:
- 臨床性能試験のデザイン:
- 前向き試験/後向き試験の選択
- 症例数の設定根拠
- 対象集団の選定基準
- 比較対照の選定(既存測定法、確定診断法等)
- ブラインド評価の実施
- 性能指標の評価:
- 臨床的感度・特異度
- 陽性的中率・陰性的中率
- ROC解析
- カットオフ値の最適化
- 適応症集団における有用性
- 臨床検体の取扱い:
- 検体の採取・保存方法
- 検体の安定性データ
- 前処理方法の標準化
- 検体の特性情報
(3) コンパニオン診断薬の特別要件
特定の医薬品の適応判定に用いられるコンパニオン診断薬には、追加的な要件があります:
- 医薬品との同時開発:
- 対象医薬品の開発段階からの連携
- 医薬品の臨床試験での使用
- 医薬品申請と連動した承認申請
- 医薬品-診断薬の関係性の証明:
- バイオマーカーと治療効果の相関性データ
- カットオフ値の臨床的妥当性
- 医薬品の臨床試験データでの検証
- 薬事承認上の特徴:
- 医薬品と連携した審査
- 関連医薬品との一体的な添付文書記載
- 迅速審査の対象となる場合がある
7.6.6 IVD機器の申請プロセスの実務ポイント
(1) 申請前の準備
IVD機器の申請前には、以下の準備が重要です:
- 申請区分の判断:
- 既存のIVD機器との類似性評価
- 認証基準の適用可能性確認
- 新規性の程度の評価
- 臨床性能試験の必要性判断
- PMDA相談の活用:
- 開発前相談
- プロトコル相談(臨床性能試験計画)
- 申請前相談
- コンパニオン診断薬相談(該当する場合)
- 開発計画の策定:
- 分析性能評価計画
- 臨床性能試験計画
- 安定性試験計画
- 製造方法・品質管理方法の確立
(2) 申請資料作成の実務ポイント
IVD機器の申請資料作成では、以下のポイントに注意が必要です:
- 使用目的の適切な設定:
- 対象疾患・検査項目の明確化
- 測定原理の明示
- 臨床的位置づけの明確化
- 測定対象(検体種類)の明示
- 性能規格の適切な設定:
- 臨床的意義を踏まえた基準値/カットオフ値の設定
- 検査値の解釈方法の明確化
- 感度・特異度等の数値規格の設定
- 安定性に関する規格の設定
- 申請書記載上の注意点:
- 反応系・測定原理の詳細記載
- 試薬構成の明確化
- 測定手順の明確化
- 測定結果の解釈方法の記載
(3) 審査対応の実務ポイント
IVD機器の審査対応では、以下のポイントが重要です:
- 照会事項への対応:
- 性能データの補足説明
- 追加試験の実施(必要に応じて)
- 統計解析の追加
- 使用目的の調整
- 専門協議への準備:
- 臨床的有用性の説明資料
- 競合製品との比較データ
- 臨床現場での位置づけの説明
- 想定される質問への回答準備
- 適切な添付文書作成:
- 測定原理・操作方法の明確な記載
- 臨床的意義の記載
- 測定値に影響する因子の記載
- 結果の解釈上の注意点
7.6.7 IVD機器の特殊カテゴリーと留意点
(1) 遺伝子検査用IVD機器
遺伝子検査用IVD機器には、以下の特徴と留意点があります:
- 申請上の特徴:
- 分析性能評価の詳細要件(プライマー特異性等)
- バイオインフォマティクス解析の検証
- 遺伝子変異データベースとの整合性
- 偽陽性・偽陰性のリスク評価
- 倫理的配慮:
- 遺伝情報の取扱いに関する配慮
- 被験者の同意取得プロセス
- 遺伝カウンセリングとの連携
- 偶発的所見への対応方針
(2) デジタル病理IVD機器
デジタル病理診断システム等のIVD機器には、以下の特徴があります:
- 申請上の特徴:
- 画像取得・処理アルゴリズムの検証
- 従来の顕微鏡診断との同等性評価
- 画像表示デバイスの性能規格
- 観察条件の標準化
- AIを活用した場合の留意点:
- 学習データセットの妥当性
- アルゴリズムの性能検証方法
- 判定根拠の説明可能性
- 市販後の性能モニタリング方法
(3) POCT(Point of Care Testing)機器
即時検査向けのPOCT機器には、以下の特徴があります:
- 申請上の特徴:
- 操作の簡便性の検証
- 非専門家による使用の評価
- 環境影響因子(温度・湿度等)の評価
- 携帯性・堅牢性の評価
- 特有の留意点:
- 精度管理方法の簡便化
- 検体前処理の自動化・簡易化
- バッテリー駆動時の性能評価
- 結果表示の明確性・誤読防止
7.6.8 IVD機器の製造販売業者の体制要件
(1) 製造販売業許可
IVD機器の製造販売には、以下の許可が必要です:
- 第三種医療機器製造販売業許可:クラスI(一般)IVD機器のみを取り扱う場合
- 第二種医療機器製造販売業許可:クラスII(管理)IVD機器も取り扱う場合
- 第一種医療機器製造販売業許可:クラスIII(高度管理)IVD機器も取り扱う場合
(2) QMS体制の特徴
IVD機器のQMS体制には、以下の特徴があります:
- 設計開発管理の特徴:
- 分析性能の検証方法
- 臨床性能の検証方法
- リスク管理とユーザビリティ
- ソフトウェアライフサイクル(該当する場合)
- 製造工程管理の特徴:
- 原材料(抗体、酵素等)の品質管理
- ロット管理と均一性確保
- 製造環境管理(清浄度等)
- 無菌保証(該当する場合)
- 品質管理試験の特徴:
- 標準物質による校正
- ロット間一貫性の検証
- 安定性モニタリング
- 性能指標の定期的確認
7.6.9 IVD機器の市販後対応
(1) 市販後調査・評価
IVD機器の市販後には、以下の対応が必要です:
- 市販後調査の実施:
- 使用成績調査
- 特定使用成績調査(必要に応じて)
- 性能評価の継続的検証
- 新たな干渉物質情報の収集
- 市販後の性能モニタリング:
- 外部精度管理プログラムへの参加
- ユーザーからのフィードバック分析
- 文献情報の継続的収集
- 競合製品との比較データ収集
- 添付文書の管理:
- 最新の性能・安全性情報の反映
- 干渉物質情報の更新
- 臨床解釈情報の更新
- 不具合情報の反映
(2) IVD機器特有の不具合対応
IVD機器の不具合対応には、以下の特徴があります:
- 不具合の種類:
- 偽陽性・偽陰性の増加
- ロット間差異の検出
- 試薬の早期劣化
- 機器の測定精度低下
- 対応方法:
- 原因調査と検証試験
- 是正措置の迅速実施
- ユーザーへの情報提供
- 回収・改修の判断と実施
7.6.10 IVD機器開発のスタートアップ企業向け戦略
(1) ニッチ市場からの参入戦略
IVD機器分野のスタートアップ企業には、以下の参入戦略が有効です:
- 特定疾患に特化した検査:
- 希少疾患向け検査
- 特定バイオマーカーに特化した検査
- 特定患者集団向け検査
- 新技術を活用した検査プラットフォーム:
- 微量検体での測定技術
- 迅速検査技術
- 新規検出技術(デジタルPCR等)
- モバイル・IOT活用技術
(2) 段階的開発戦略
リソース制約のあるスタートアップには、段階的な開発アプローチが効果的です:
- 研究用試薬からのスタート:
- 研究用途での製品化と評価
- 臨床研究での使用実績構築
- 性能データの蓄積
- 医療機関との協力関係構築
- 低リスク製品からの参入:
- クラスI(一般)IVD機器からの参入
- 既存検査の改良型としての位置づけ
- 届出制度の活用
- 市場評価の実施
- 段階的なラインナップ拡充:
- 基本プラットフォームの確立
- 検査項目の順次追加
- 適応拡大の計画的実施
- コンパニオン診断薬への展開
(3) 外部リソース活用戦略
IVD機器開発では、外部リソースの活用が有効です:
- アカデミアとの連携:
- 大学・研究機関との共同研究
- 臨床検体アクセスの確保
- 専門知識の活用
- 学会発表・論文化による認知度向上
- 受託機関の活用:
- 受託製造機関(CMO)の活用
- 試験受託機関(CRO)の活用
- 薬事コンサルタントの活用
- 臨床検査センターとの連携
- 資金調達・支援制度の活用:
- AMED等の公的支援制度
- 医療機器開発支援ネットワーク
- ベンチャーキャピタルの活用
- 製薬企業・大手診断薬企業との提携
7.6.11 まとめ:IVD機器申請のポイント
IVD機器の承認申請を成功させるためのポイントをまとめると以下の通りです:
- 明確な臨床的位置づけの確立:
- 検査の臨床的意義の明確化
- 既存検査法との差別化ポイントの明確化
- 適切な使用目的の設定
- 臨床判断における役割の明確化
- 科学的に頑健な性能評価:
- 分析性能の十分な検証
- 臨床性能の適切な評価
- 統計学的に妥当なデータ解析
- 限界と制限の明確な理解
- 適切な規制対応:
- 製品特性に適した申請区分の選択
- PMDA相談の戦略的活用
- 規制要件に合致した申請資料の作成
- 照会事項への適切な対応
- 市場ニーズに合致した製品開発:
- 医療現場のワークフローの理解
- ユーザビリティの重視
- 臨床検査室の実情に合わせた設計
- コスト効率の考慮
IVD機器は医療機器の中でも特殊性が高く、開発・承認申請には独自のアプローチが必要ですが、適切な戦略とプロセスにより、革新的な検査技術を医療現場に届けることが可能となります。