第5章 GMPにおけるシステム査察
5.1 システム査察の基本概念
FDAは、医薬品製造所の活動を体系的に査察する手法として「システム査察」を採用している。このアプローチでは、医薬品製造所の活動を6つの主要なサブシステムに分類している。具体的には、品質システム、施設および施設管理システム、原材料システム、製造システム、包装および表示システム、そして試験室管理システムである。これらのシステムは互いに密接に関連し、全体として医薬品の品質保証を支えている。
5.2 査察の種類と実施基準
FDAのシステム査察は、その範囲と深さによってフル査察と簡略査察の2種類に分類される。
フル査察は、6つのシステムのうち最低4つのシステムについて詳細な調査が行われる。この査察では、品質システムの評価が必須項目として含まれる。フル査察が実施されるのは、主に企業のGMP状況が不明確な場合や、重大な変更が行われた際、あるいは重大なクレームや品質問題が発生した場合である。
一方、簡略査察では、品質システムを含む最低2つのシステムが評価対象となる。この形式の査察は、定期的な査察として2年に1回の頻度で実施される場合や、前回の査察結果が良好で、重大な回収や品質事故が発生していない場合に選択される。また、cGMPの遵守状況が満足できるレベルにある企業に対しても、この簡略査察が適用されることがある。
ただし、他の品目の査察が必要となった場合でも、過去2年以内にフル査察を受けている場合は、査察が省略される可能性がある。
5.3 システム別の主要な指摘事項
品質システムに関する指摘事項
品質システムに関する指摘の中で最も重要なものは、製品出荷の管理体制における不備である。多くの企業で、製品のレビューや出荷判定を行うための体系的なシステムが確立されていないことが指摘されている。また、プロセスバリデーションの実施体制が不十分である点も重要な指摘事項となっている。
製品の長期安定性に関するデータの不足や安定性試験計画の欠如も、頻繁に指摘される問題である。さらに、年次製品品質レビューを実施するためのプロセスや手順が確立されていない点も、重要な懸念事項として挙げられている。
原材料メーカーの評価や原材料受入れに関するシステムの不備、そして変更管理システムの不備も、品質システムにおける重要な指摘事項である。特に、職員に対するGMPトレーニングの不足は、システム全体の信頼性に影響を与える重大な問題として認識されている。
施設および設備管理システムに関する指摘事項
施設および設備管理システムにおいては、まず製造施設の物理的な状態に関する指摘が目立つ。具体的には、製造施設の腐食や、原料投入口における錆びや塗装片の存在などが問題視されている。また、製品が露出する製造エリアにおいて、昆虫捕獲器に昆虫が捕獲されているにもかかわらず、適切な対策が講じられていないケースも報告されている。
設備管理の面では、主要設備の適格性評価が実施されていない点や、測定機器の校正が適切に行われていない点が指摘されている。また、主要設備の操作マニュアルや予防保全のスケジュールが存在しないケースも多く見られる。
製造エリアの衛生管理に関しては、装置や床、壁への粉末の付着が問題視されている。さらに、施設の清掃手順書や設備の洗浄手順書、およびそれらの実施記録が適切に管理されていないことも指摘されている。試験室の整理整頓状態や清潔さの維持も重要な評価項目となっている。
原材料システムに関する指摘事項
原材料システムでは、原材料の受入れから保管に至るまでの一連のプロセスにおける管理体制の不備が指摘されている。特に重要な問題として、製造および包装に使用される原料や容器の規格が適切に確立されていないケースが挙げられる。また、バルク製品の保管期間について、適切な根拠データなしに設定されているケースも指摘されている。
サプライヤー管理の観点からは、原料供給業者の適格性評価や定期的な監査が実施されていないことが問題視されている。また、工場への出庫前に実施すべき原材料の目視検査を含む受入試験が適切に行われていないケースも指摘されている。
作業における衛生管理の面では、サンプリング手順書の不備によるクロスコンタミネーションやコンタミネーションのリスクが指摘されている。また、清浄な容器の移動時における外部環境からの汚染防止対策が不十分であることも問題とされている。さらに、スコップやバケツなどの作業用具の洗浄手順が確立されていない点も指摘されている。
製造システムに関する指摘事項
製造システムにおける最も重要な指摘事項は、製造プロセスのバリデーションに関するものである。多くの場合、製造プロセスの適切なバリデーションが実施されていないことが問題視されている。特に、設備の洗浄バリデーションについては、洗剤や他製品の残留物の除去を保証するための適切な検証が行われていないケースが多く見られる。
製造管理の基本的な面では、ロット番号の採番手順が確立されていないことや、ロットごとに製造指図書が適切に発行されていないことが指摘されている。また、製造記録の不備も重要な問題として認識されている。さらに、製造開始前の設備機器の清浄性確認が適切に実施されていない点も指摘されている。
包装および表示システムに関する指摘事項
包装および表示システムにおいては、ラベル管理に関する問題が特に重要視されている。多くの企業で、ラベル管理に関する適切な手順書が存在せず、管理体制が確立されていないことが指摘されている。特に問題とされているのは、ラベルの印刷管理が総務系の従業員によって行われているケースである。
製品へのラベル貼付に関する品質管理も重要な指摘事項となっている。具体的には、ラベル貼付の前後における品質部門によるチェックが実施されていないことや、使用したラベルの枚数管理が適切に行われていないことが問題視されている。
また、余剰印刷ラベルの取り扱いに関する手順が確立されていない点も、重要な懸念事項として挙げられている。これらのラベル管理の不備は、製品の品質保証における重大なリスクとして認識されている。
試験室管理システムに関する指摘事項
試験室管理システムでは、まず最終製品の規格設定に関する問題が指摘されている。具体的には、適切な規格が設定されていない、あるいは規格の根拠が明確でないケースが見られる。また、分析法のバリデーションが適切に実施されていないことも重要な問題として認識されている。
分析方法の変更管理も重要な指摘事項である。特に、分析方法が変更された際の理由や変更時期の記録が適切に保管されていないケースが多く見られる。また、主要な分析機器の適格性評価や測定機器の校正が適切に実施されていない点も指摘されている。
規格外結果(OOS:Out of Specification)の取り扱いに関する具体的な規定の不備も重要な問題である。さらに、試験指図書と試験記録の管理体制も指摘の対象となっている。
標準品の管理についても、重要な指摘事項として挙げられている。特に、社内標準品(二次標準)が一次標準品と適切に比較されていないケースが問題視されている。また、有効期限を証明するための安定性試験データの不足も、重要な指摘事項となっている。
5.4 サイトマスターファイルの重要性
サイトマスターファイルは、製造所の品質システム全体を把握するための重要な文書である。このファイルには、工場の概要や製造品目リストなどの一般情報から始まり、組織体制、施設設備、文書管理システム、製造管理体制、品質管理システム、変更管理システム、異常処理体制、委託製造の管理、そして自己点検システムに至るまで、製造所の品質マネジメントに関する包括的な情報が含まれている。
各項目には詳細な情報が記載され、例えば組織体制の項では、GMP組織図や主要職員の資格・責任、従業員教育システムについての情報が含まれる。また、施設設備の項では、施設の平面図や主要設備のリスト、保全システム、校正システム、空調システム、製造用水システムなどの情報が記載されている。
文書管理システムについては、文書体系や作成・承認プロセス、記録の管理方法が説明されており、製造管理システムには製造工程の管理方法や製造記録の管理方法が含まれている。さらに、品質管理システムでは試験検査の実施体制や規格・試験方法の管理について詳述されている。
このように、サイトマスターファイルは製造所の品質システム全体を網羅的に説明する重要な文書として位置づけられ、査察時の重要な評価対象となっているものである。