バイオフィルムとは

キッチンの流し台のぬめり、風呂場の壁や床に発生する粘性のある膜、歯ブラシの柄に付着する薄い膜状の物質—これらはすべて「バイオフィルム」と呼ばれる微生物の集合体である。この日常的に遭遇する不快な物質は、実は微生物が形成した高度に組織化された「都市」なのである。

バイオフィルムとは、微生物が自ら生産する粘着性の高い物質(細胞外多糖類)に包まれ、固体表面に付着した微生物の集合体である。これは単なる微生物の集まりではなく、高度に組織化された「微生物の都市」と表現することができる。バイオフィルムの中では、細菌やカビ、酵母などの微生物が共同体を形成し、相互に作用し合いながら生存している。

バイオフィルムの構造

バイオフィルムの形成は以下の段階で進行する。

  1. 初期付着:浮遊状態(浮遊性)の微生物が何らかの表面に接触し、一時的に付着する。
  2. 不可逆的付着:微生物が表面に固定され、動かなくなる。
  3. 増殖と成熟:微生物が増殖し、細胞外多糖類(EPS)を分泌することでバイオフィルムのマトリックスを形成する。
  4. 成熟したバイオフィルム:三次元構造を持ち、水チャネルと呼ばれる構造を通じて栄養や酸素が供給される。
  5. 分散:成熟したバイオフィルムから一部の細胞が遊離し、新たな場所での定着を試みる。

この構造は単に微生物が集まっているだけではなく、微生物間のコミュニケーションによって高度に制御されている。これを「クオラムセンシング」と呼び、微生物が分泌するシグナル分子の濃度を感知することで、集団としての行動を調節している。

バイオフィルムの特性

バイオフィルムの最も重要な特性の一つは、抗生物質や消毒剤などの外部ストレスに対する高い耐性である。バイオフィルム内の微生物は、浮遊状態の同じ菌種と比較して、抗菌剤に対して100〜1000倍もの耐性を示すことがある。この耐性は以下の要因によるものである。

  • マトリックスが物理的バリアとして機能し、抗菌剤の浸透を妨げる
  • 微生物の代謝活性が低下し、多くの抗菌剤の効果が弱まる
  • 遺伝子水平伝達による耐性遺伝子の拡散
  • 「パーシスター細胞」と呼ばれる休眠状態の細胞の存在

日常生活におけるその他のバイオフィルム

バイオフィルムは前述したキッチンや浴室のぬめりだけでなく、私たちの身の回りに広く存在している。

  • 歯垢:歯の表面に形成されるバイオフィルムであり、虫歯や歯周病の原因となる
  • 水回り設備:水道の蛇口や配管内部にも形成される
  • コンタクトレンズ:不適切なケアによりバイオフィルムが形成され、眼感染症の原因となる
  • 医療機器:カテーテルなどの表面にバイオフィルムが形成され、院内感染の原因となる

医学的意義

バイオフィルムは多くの慢性感染症に関与している。慢性中耳炎、慢性副鼻腔炎、慢性創傷感染などはバイオフィルム関連感染症の代表例である。特に問題となるのは、従来の抗生物質治療に対して抵抗性を示すことであり、完全な除去が困難である。

医療インプラントデバイスなどの表面に形成されたバイオフィルムは、しばしば患者に重篤な合併症をもたらす。このようなバイオフィルム関連感染症は、デバイスの抜去を必要とする場合があり、患者の身体的・経済的負担となる。

産業におけるバイオフィルム

バイオフィルムは産業においても重要な問題である。

  • 配管系統:バイオフィルムの形成による流量の減少や汚染
  • 食品産業:食品製造機械への付着による微生物汚染
  • 船舶:船底へのバイオフィルム(生物膜)形成による燃費の悪化

一方で、バイオフィルムは廃水処理や環境浄化などで有益に利用されることもある。活性汚泥法や生物濾過法など、多くの廃水処理プロセスはバイオフィルムの働きを利用している。

バイオフィルム対策

バイオフィルム対策として以下のアプローチがある。

  • 物理的除去:機械的な清掃によるバイオフィルムの除去
  • 抗バイオフィルム物質:バイオフィルム形成を阻害する物質の使用
  • クオラムセンシング阻害剤:微生物間コミュニケーションを妨げる物質
  • 酵素製剤:バイオフィルムマトリックスを分解する酵素の使用
  • 抗菌表面:バイオフィルム形成を防ぐ表面処理や材料の開発

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