使用エラーとは

医療現場において、機器の使用エラーは患者の生命を脅かす重大な問題である。2024年4月1日から、医療機器企業はJIS T 62366-1:2022「医療機器-第1部:ユーザビリティエンジニアリングの医療機器への適用」への適合が求められることとなった。この規格は、医療機器基本要件基準の第9条および第16条等に規定されるユーザビリティへの適合を確保するための指針であり医療安全を支える重要な要素である。

使用エラー(USE ERROR)の定義 – IEC 62366-1:2015より
使用エラーとは「製造業者が意図したことまたはユーザが予想したことと異なる結果を引き起こす、医療機器の使用法中のユーザの行為またはその欠如」を指す。

注記1:使用エラーには、ユーザがタスクを完遂できない場合も含まれる。
注記2:使用エラーは、ユーザ、ユーザインタフェース、タスク、または使用環境の特性の不一致により発生することがある。
注記3:使用エラーに気付く場合と気付かない場合がある。
注記4:患者の予期せぬ生理学的反応は、使用エラーには該当しない。
注記5:医療機器の誤作動も使用エラーには含まれない。

使用エラーの本質的な理解
使用エラーの背景にはシステム設計の問題が深く関わっている。直感的でないインターフェース設計や不適切なフィードバック、複雑な操作手順は重大な事故を引き起こすリスクがある。さらに、医療現場では、緊急時の時間的制約、夜勤による疲労、複数業務の同時進行などが、使用エラーの誘因として作用する。

使用エラーに関する重要な留意事項
医療機器の安全性を考える上で「使用エラー」という概念を正しく理解することが極めて重要である。特に注意すべきは以下の二つの概念的な関係である。

第一に、使用エラー(Use Error)は誤使用(Misuse)の一部である。誤使用には意図的な誤用も含まれるが、使用エラーは意図せずに起こる誤りを指す。例えば、医療従事者が故意に使用方法を無視して医療機器を使用する場合は誤使用であるが、操作手順を誤って理解して起きたミスは使用エラーとなる。

第二に、使用エラーとヒューマンエラーは同じではない。ヒューマンエラーという言葉は使用者の過失を示唆するが、使用エラーは必ずしも使用者に責任があるわけではない。むしろ、多くの使用エラーはシステムの設計上の問題や、使用環境との不適合に起因する。例えば、緊急時に重要なボタンが見つけにくい設計であれば、それは使用者の過失ではなく、設計上の問題として捉えるべきである。

使用エラーの代表的な例

  • 医療現場における使用エラーには、以下のような例がある。
  • 物理的な配置の問題による誤ったスイッチの押下
  • パネルアイコンの意味の誤認識による不適切な操作
  • 緊急時の焦りによる注入設定量の見間違い
  • 不明確な使用上の注意による機器の損傷
  • 使用環境への配慮不足による機器性能への影響
  • 不適切な簡易マニュアルの使用による手順の欠落

異常使用の代表的な例 

  • 取扱説明書に始業時点検項目があったが、実施せずに装置を使用した
  • アラームが出ていたが、問題ないと判断し、操作を継続した
  • 装置の定期点検を実施せずに使用を続けていた
  • 緊急だからと、トレーニングを行っていない人に機器の操作を行わせた
  • 装置を落下させたが、動作確認を行わずに装置を使用した
  • 付添人が輸液ポンプの設定を無断で変更した
  • 滅菌済メスが不足したため、未滅菌のメスを使用した

人間の認知特性と医療機器設計
医療従事者の認知的限界を考慮することは重要である。記憶力の限界や注意力の配分、期待と実際の動作の不一致が、使用エラーの要因となり得る。そのため、設計段階でこれらの特性を考慮し誤操作を防ぐ仕組みを組み込むことが求められる。

ユーザビリティエンジニアリングの実践
医療機器の開発では、設計の初期段階からユーザビリティエンジニアリングを実施する必要がある。これには使用環境の分析、ユーザ特性の理解、リスク分析、そして繰り返しの評価が含まれる。特に実使用状況を想定した評価が鍵となる。

システム設計者の責務
医療機器の設計者は、エラー予防の設計、エラー発生時のフィードバックの提供、重大な結果を防ぐ設計、そして簡単な復旧手段の実装という責務を負う。これらすべてにおいて医療従事者の認知負荷を考慮する必要がある。

継続的な改善の重要性
使用エラーの分析から得られた知見は、システムの改善に活かされるべきである。使用現場からのフィードバック、ユーザビリティテストの発見事項、インシデントレポートは、より安全な医療機器の開発につながる貴重な資源となる。

まとめ
使用エラーは、単なる操作ミスではなく、設計や使用環境の問題が背景にある複雑な課題である。JIS T 62366-1:2022への適合はその解決に向けた第一歩である。今後の医療機器開発では、人間中心設計の思想を取り入れ、使用エラーのリスクを最小化する努力が求められる。それが、医療安全の向上に寄与する最善の道なのである。

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