電子記録の長期保存に関する問題
電子記録の長期保存に関する問題
21 CFR Part 11には、技術的には遵守が極めて困難な要求事項が少なからず存在する。
電子記録の長期保存についても対応が困難な問題である。
監査証跡の重要性
これまでに何度も指摘を行ってきたが、たとえ紙媒体上で承認を行ったとしても、当該電子記録は削除してはならない。
何故ならば、紙の上には監査証跡がないからだ。
ところが、電子記録を長期間維持することはたやすいことではない。
コンピュータシステム(ソフトウェア)は、定期的にリプレースされるためだ。
通常、旧システムから新システムに買い替える(移行する)際には、電子記録の移行を行うだろう。
しかしながら、技術的な問題により、監査証跡を旧システムから新システムに移行するケースはほとんどないのではないだろうか。
ところが、監査証跡のない電子記録は、査察に対応することができない。
FDAは理由の如何を問わず、監査証跡が消去されている場合などは、査察を拒否することがある。場合によっては、ワーニングレターを発行することもある。
Part11における電子記録保存要求
各国の規制によって記録の保存期限は異なるが、通常は5年や10年である。特殊なバイオ医薬品やiPS細胞に代表される再生医療等製品の場合は30年間の保存が義務付けられている。
しかも、企業によってはそれら法定年限よりも長く保存を規定していることが一般的である。
FDAは、1994年にPart11のドラフトを発行した際には、本物を保管しておくように要請していた。
つまり査察を行うまで、電子記録が保管されているシステムを維持することを求めた訳だ。
しかしながら、この要求について、製薬会社は反発した。旧システムを査察のためだけに温存しておくことは不合理だからだ。
故障のリスクやメンテナンスの費用、さらにライセンス料も負担し続けなければならない。
このことをパブリックコメントで指摘され、FDAは1997年にPart11のファイナルルールを発行した際には「正確かつ完全なコピー」を保管するようにと要求を変更した。
つまり、旧システムから新システムに、監査証跡を含めて正確にかつ完全に移行しなければならないということである。
しかしながら、これにも問題がある。同じメーカーの同じソフトウェアのリプレースであれば可能であろうが、メーカーが違う場合にはほとんど不可能であろう。
ちなみに、査察が行われるまでの間、旧システムを温存する方法を「タイムカプセルアプローチ」と呼ぶ。
また旧システムから新システムに監査証跡を含めたすべてのデータを移行する方法を「マイグレーションアプローチ」と呼ぶ。
電子記録を保持するために、タイムカプセルアプローチをとっても、マイグレーションアプローチをとっても、問題がある訳だ。
つまり紙の記録と違って、電子記録を長期間保持し続けることは困難であるということである。
電子記録の長期保存方法
では、米国の製薬企業は一体どんな方法で、この問題を解決したのだろうか。
それはデータベースのみの保持である。
査察時に必要なことは、電子記録の検索のみだ。つまり査察時に電子記録の検索が容易であればFDAも問題ない。
システムをリプレースする際に、旧システムは廃棄するが、データベースのみは温存しておくのである。
その上で、SQL文を作成し、査察官が電子記録を検索するツールを用意しておけば良い訳だ。
ただし、データベースソフトウェアもバージョンが上がることがあるので、それに合わせてアップグレードは実施しなければならない。
ただし、データベースの構造や、データを変更してはならない。
検索ツールも、データを変更できるものであってはならない。
くれぐれもシステムを買い替える際などには、まず現在保持している電子記録をどう保持し続けるかを検討することが大切である。
また安易にシステムを廃棄してはならない。
システム廃棄計画書を作成し、電子記録の保持方法について十分な検討を行っておく必要がある。
その他の方法
現代では、分析機器メーカーがクラウドサービスを展開していることがある。分析機器で採取した生データなどをクラウドで保管しておくというものである。
機器を買い替えた場合においても、上位互換を保証して、過去の電子記録を最新の機器で取り扱うことが出来るものである。