第1章 なぜFDAは査察を実施するのか
1.1 FDA査察の基本的事項
査察の法的根拠はFederal Food Drug、and Cosmetic Act(連邦食品医薬品化粧品法)704(a)(1)項に規定されており、「この法律の施行のために、指定された者が工場に入り、査察をする権限が与えられている」と明確に記されている。これは日本における薬機法に相当する重要な法律である。
FDAが査察を実施する主たる目的は、粗悪な医薬品、医療機器、体外診断用医薬品などの米国輸出を阻止し、米国における患者・ユーザーを保護することである。これはFDAの査察官のモチベーションの重要な一つとなっており、米国国民を守ることに主眼が置かれている。このことは、査察を受ける企業にとって重要な意味を持つ。すなわち、FDA査察官に対して、「この企業で設計・製造された医薬品、医療機器、体外診断用医薬品を米国に輸入しても安全である、安心できる」という印象を持ってもらうことが不可欠なのである。
1.2 FDA査察官に安心感を与える企業の特徴
FDAの査察官に安心感を与える企業の特徴として、まず挙げられるのは、高いスキル、経験、洞察力を持った監査員の存在と、適切な内部監査(Self Inspection)の実施である。具体的には、FDAが頻繁に訪問して査察を実施し、指摘をして改善を指示しなくても、FDAの査察官と同等以上の能力を持った監査員が常に自らを査察している状態が望ましい。
次に重要なのは、内部監査での指摘に対するCAPA(是正措置及び予防措置)の確実な実行と継続的な改善である。逆に、経験や洞察力の乏しい監査員しかおらず、誤記訂正の指示や書類の不備指摘など、枝葉末節な指摘しかできていない企業は、FDAにとって安心できる存在とはならない。
さらに、品質システム(または品質マネジメントシステム)が有効に機能し、その証拠が揃っていることも重要である。FDAの査察官からの質問に対して、自信を持って根拠のある回答ができ、適切な資料で説明できる企業であることが求められる。
このような企業となるためには、まずCFR(連邦規則集)を完全に理解していることが不可欠である。単に文面を理解するだけでなく、その行間を読み解く必要がある。規制要件がどのような意図を持っているのかを深く洞察する力が求められる。
また、自社のQMS(Quality Management System:品質マネジメントシステム)手順書を熟知していることも重要である。監査の際によく見られる問題として、自身のSOPであるにもかかわらず、どこに何が書かれているのかを探す担当者の存在がある。これは大きな問題である。なぜなら、査察時に文書を探しているということは、普段からSOPを十分に確認していないことの証明になってしまうためである。
そして、QMS手順書と整合した記録を速やかに提示できるように整理しておくことも欠かせない。記録が速やかに提示できないということは、記録が適切に整理されていないことを意味する。このような状態は不適切であると判断される。
1.3 規制要件とコンプライアンス達成のための内部統制
規制要件は、医薬品・医療機器企業のトップ(経営者)に向けて発出されているという重要な特徴がある。これは決して従業員向けに発出されているものではない。企業のトップは、自社のポリシーを作成する必要があり、これは具体的には品質マニュアルの作成という形で実現される。品質マニュアルには、品質ポリシーや品質目標などが明確に記載される。
企業のトップは、規制要件を遵守するためのポリシー、すなわち品質マニュアルを作成しなければならない。この際に注意すべき点として、各社で品質マニュアルを従業員が作成しているケースが見られるが、これは適切ではない。従業員がドラフトを作成することは許容されるが、品質マニュアルの発行者は必ず経営者(管理監督者)でなければならない。
この品質マニュアル、すなわちポリシーを自社の従業員に周知徹底させることが求められる。つまり、従業員は自社の品質マニュアルを遵守するのであって、規制要件を直接遵守するわけではない。実際の査察においても、FDAの査察が予告された際には、品質マニュアルを英訳して提出するよう指示が来る。これは、査察官がその企業がどのような品質マニュアル、すなわちどのようなポリシーで普段業務を遂行しているかを事前に理解してから査察に臨むためである。
従業員は品質マニュアルを遵守する必要があり、品質マニュアルに記載されていない内容がSOPに記載され実行されているような状況は不適切である。そのため、品質マニュアルは規制要件を適切に反映し、かつ品質マニュアルに従ったSOPを構築する必要がある。
企業によって品質マニュアルが異なる理由は、各企業で製造・販売している製品が異なるためである。製品が異なればリスクも異なり、製造工程も異なる。たとえば、滅菌だけを行う企業もあれば、包装表示だけを行う企業、保管だけを行う企業、あるいは全ての工程を実施する企業など、様々である。
1.4 FDA査察の目的と種類
FDA査察は、Compliance Program(コンプライアンスプログラム)に従って実施される。これはCPと略称され、Compliance Program Guidance Manual(コンプライアンスプログラムガイダンスマニュアル)として公開されている。
承認前査察マニュアル(Pre-Approval Inspection:PAI)では、商業生産の準備状況、申請書への適合性、およびデータインテグリティの監査が重点的に確認される。特に近年、データインテグリティに関する監査が重要視されている。その理由は、申請資料を提出した際に、当該の申請資料を受理してよいかどうかを判断する必要があるためである。データが完全でなく、信頼できない場合、申請資料を受理しても意味がない。そのため、現在の製造所査察では、90%近くがデータインテグリティ監査であると言っても過言ではない状況となっている。
また、Guide to Inspections of Foreign Pharmaceutical Manufacturers(海外医薬品製造所査察ガイド)も発行されており、米国内と海外では査察の方法が若干異なることが示されている。このガイドでは、GMPへの適合性調査、および申請内容やDMF(Drug Master File)事項の遵守状況の確認が重視されている。
1.5 Compliance Programの詳細
Compliance Program(CP)は、FDAの査察業務の根幹となる重要な指針である。その主たる目的は、FDAの第一の使命である医薬品の生産と流通に関する規制遵守を確認し、これらの医薬品が連邦食品医薬品化粧品法第501条(a)(2)(B)項の要件を満たしていることを保証することにある。
この目的を達成するため、FDAは二つの基本的な戦略を設定している。 一つは施設観察を通して、医薬品の生産、包装、試験、保管の管理状態を評価することであり、もう一つは流通製品の監視である。
その内容には、何を調査(探索)すべきか、記録をどのように評価すべきか、どのようなサンプルを収集すべきか、そして不適合を発見した際にどのような行政判断を採るべきかが詳細に規定されている。この指示は、査察官用の査察マニュアルとしての役割を行っている。
特に、海外製造所に対する外国医薬品検査CPでは、商業生産の準備状況の確認、申請資料の概略性チェック、データインテグリティのチェック、および医薬品製造の検討が重点項目として定められている。インテグリティに関する監査が強化されており、FDAは多くの問題を発見している。
医薬品製造検査CP(医薬品査察CP)に関しては、エビデンスの収集と品質システムの判断に重点が置かれている。を失うことが求められている。
これらのコンプライアンス・プログラムは、FDAのウェブサイトで公開されており、企業側も事前に内容を確認することが可能である。このように、FDAの査察は体系的かつ詳細な見直しに基づいて実施されており、その範囲と深さは年々拡大している。
1.6 FDA査察の動向と課題
米国への医薬品輸出を行う場合、重要な点として認識しておかなければならないのは、日本から米国へ輸出する品目を持つ場合、FDA査察を拒絶することができないという事実である。これは理由のいかんを問わず絶対的な要件となっている。
また、米国外に対するFDA査察は、年々厳しさを増している傾向にある。2009年と比較すると、ワーニングレターの数は倍増している。これは2009年のオバマ政権成立以降の傾向であり、政権との関係も見られる。一般的に民主党政権になるとワーニングレターが増加し、共和党政権になると減少する傾向がある。これはFDAの長官が大統領によって任命されることから、政権の方針が査察の厳しさにも影響を与えているためである。
注目すべき点として、ISO-9001(および医療機器におけるISO-13485)を取得していても、FDAから指摘されることが多くある。このため、FDA査察に対応するためには、最新のワーニングレターの傾向を分析しておく必要がある。
1.7 Supply Chainのグローバル化とFDA査察の課題
近年、FDAは品目の増加に伴い、米国内でも査察が定期的に実施できていないという課題に直面している。この状況に追い打ちをかけたのが、2008年に発生したヘパリンナトリウムの副作用事件である。この事件では81名が死亡したが、FDAは原薬を輸出した中国の製薬会社を一度も査察していなかったという事実が発覚した。
この事態を受け、FDAは今後の方針として、医薬品についてはPIC/S、医療機器についてはMDSAP(Medical Device Single Audit Program)により相互査察を実現し、グローバルに査察官を送る意向を示している。これは、サプライチェーンのグローバル化に対応するための重要な戦略となっている。
このように、FDAの査察体制は常に進化を続けており、企業はこれらの動向を把握し、適切に対応していく必要がある。特に、データインテグリティの確保や品質システムの実効性の証明など、より本質的な部分での対応が求められている。