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5.8 非臨床試験(安全性・性能評価)

医療機器の承認・認証を取得するためには、その安全性と性能を証明するデータが必要です。非臨床試験はヒトを対象としない試験であり、医療機器の承認申請における重要な要素です。特に新規性の高い医療機器では、適切な非臨床試験の計画と実施が承認取得の鍵となります。

5.8.1 非臨床試験の位置づけと重要性

非臨床試験は、以下の目的で実施されます:

目的詳細
安全性の検証機器の使用によって生じる可能性のある健康被害リスクを評価
性能の検証機器が意図した性能を発揮することを確認
設計妥当性の確認設計アウトプットが設計インプットの要求事項を満たすことを確認
規格適合性の証明関連する国際・国内規格への適合性を示す
基本要件基準への適合証明基本要件基準への適合性を示すためのエビデンスを提供

医療機器のクラス分類が上がるほど、求められる非臨床試験の範囲と詳細さが増加します。

5.8.2 非臨床試験の種類と概要

物理的・機械的安全性試験

機器の物理的・機械的特性を評価する試験です。

試験種類評価項目の例適用される主な規格
強度試験破断強度、引張強度、圧縮強度ISO/IEC製品固有規格
耐久性試験繰り返し使用に対する耐久性ISO/IEC製品固有規格
安定性試験振動・衝撃に対する安定性IEC 60601-1
気密性試験液体・気体の漏れがないこと製品固有規格

電気的安全性試験

電気を使用する医療機器に対して実施する安全性試験です。

試験種類評価項目の例適用される主な規格
絶縁抵抗試験絶縁部の抵抗値IEC 60601-1
耐電圧試験絶縁破壊が生じないことIEC 60601-1
漏れ電流試験接地漏れ電流、エンクロージャ漏れ電流、患者漏れ電流IEC 60601-1
EMC試験電磁両立性(電磁干渉・耐性)IEC 60601-1-2

生物学的安全性試験

人体に接触する医療機器に対して実施する生物学的安全性評価です。

試験種類評価項目適用される主な規格
細胞毒性試験材料が細胞に及ぼす毒性ISO 10993-5
感作性試験アレルギー反応を引き起こす可能性ISO 10993-10
刺激性試験皮膚や粘膜に対する刺激性ISO 10993-10
全身毒性試験全身に及ぼす毒性影響ISO 10993-11
発熱性試験発熱反応を引き起こす可能性ISO 10993-11
遺伝毒性試験遺伝子や染色体に対する損傷の可能性ISO 10993-3
埋植試験体内埋込時の局所的影響ISO 10993-6
血液適合性試験血液と接触する際の影響ISO 10993-4

性能評価試験

医療機器の機能的性能を評価する試験です。

試験種類評価項目の例備考
機能性能試験基本機能の確認、精度、応答性など製品の用途に応じて設定
安定性試験保存期間中の性能維持製品特性に応じて設定
滅菌バリデーション滅菌の有効性確認ISO 11135, ISO 11137など
ソフトウェア検証・妥当性確認ソフトウェアの機能性・安全性IEC 62304
ユーザビリティ評価使用時の安全性・有効性IEC 62366-1

5.8.3 非臨床試験計画の立案

非臨床試験の計画立案は、以下のステップで進めます:

  1. 試験項目の選定
    • 医療機器の特性(接触部位、接触期間、材料など)に基づく評価項目の特定
    • 適用される規格・基準の確認
    • リスク分析結果に基づく追加試験項目の検討
  2. 試験仕様の設定
    • 評価基準(合格/不合格の判断基準)の設定
    • 試験条件(環境条件、負荷条件など)の設定
    • サンプル数の決定
  3. 試験実施計画の策定
    • 社内試験と外部委託試験の振り分け
    • スケジュールの設定
    • 予算の策定
  4. 試験実施機関の選定(外部委託の場合)
    • 試験機関の認定・認証状況の確認(GLP適合性、ISO 17025認定など)
    • 試験実績の確認
    • 見積もり・契約条件の確認

5.8.4 試験の実施と記録の管理

試験実施における重要ポイントは以下の通りです:

  1. 試験前の準備
    • 試験プロトコルの作成と承認
    • 試験サンプルの準備(製造記録の保管)
    • 較正済み測定機器の確保
  2. 試験の実施
    • プロトコルに従った試験実施
    • 試験条件の記録
    • 測定値・観察結果の記録
    • 逸脱事項の記録と対応
  3. 試験結果の評価
    • 合否判定
    • 不適合項目への対応策検討
    • 追加試験の必要性検討
  4. 試験報告書の作成
    • 試験目的、方法、結果、考察を含む報告書の作成
    • 責任者による承認
    • 試験データの保管(生データ含む)

5.8.5 スタートアップ企業のための効率的な非臨床試験戦略

限られたリソースでの効果的な非臨床試験実施のためのポイントです:

1. リスクベースアプローチの活用

  • リスク分析結果に基づき、重要度の高い評価項目に優先的にリソースを投入
  • 既存データ・文献情報の積極的活用による試験省略の検討

2. 段階的試験アプローチ

  • 開発初期段階での簡易評価→開発後期での本格的評価
  • クリティカルな試験を優先的に実施し、結果に基づいて開発継続判断

3. 外部リソースの効果的活用

  • 専門性の高い試験は信頼できる外部機関に委託
  • 大学・研究機関との連携による研究設備の活用
  • 公的機関の支援事業活用(試験費用補助など)

4. PMDAとの事前相談の活用

  • PMDA相談(対面助言)を活用した必要試験項目の確認
  • 簡易相談による試験計画の妥当性確認

5. 使用既知材料・部品の活用

  • 医療機器への使用実績がある材料・部品の選定による試験負担軽減
  • 生物学的安全性評価における既存データの活用

6. 規格準拠による効率化

  • 国際規格(ISO/IEC)に準拠した試験設計による再試験リスクの低減
  • 規格で規定された試験方法の活用による試験方法開発コストの削減

5.8.6 非臨床試験における主な課題と対応策

1. コスト・時間の制約

課題対応策
試験費用の高額化・必須試験の優先実施<br>・公的支援制度の活用<br>・アカデミアとの連携
試験期間の長期化・早期からの試験計画立案<br>・並行試験の実施<br>・試験機関の空き状況確認と予約

2. 技術的課題

課題対応策
新規材料・技術の評価方法不在・PMDAへの相談<br>・類似製品の評価事例調査<br>・専門家委員会の設置
試験結果の解釈の難しさ・専門コンサルタントの活用<br>・アカデミア専門家との連携

3. 規制対応

課題対応策
国際規制の違い・対象市場の規制要件事前調査<br>・グローバル展開を見据えた試験計画立案
規制の変更・更新・規制情報の定期的モニタリング<br>・業界団体への参加

5.8.7 クラス分類別の必要な非臨床試験の目安

クラスI(一般医療機器)

  • 基本的な物理的・機械的特性試験
  • 電気的安全性試験(電気を使用する場合)
  • 限定的な生物学的安全性試験(接触部位によって異なる)

クラスII(管理医療機器)

  • クラスIの試験項目に加え:
  • より詳細な性能評価試験
  • 標準的な生物学的安全性試験
  • 安定性試験

クラスIII/IV(高度管理医療機器)

  • クラスII試験項目に加え:
  • 包括的な生物学的安全性評価
  • 長期安定性試験
  • 詳細なリスク評価に基づく追加試験
  • 特殊条件下での性能評価

5.8.8 非臨床試験データの申請資料への反映

非臨床試験データは申請資料に以下のように反映させます:

  1. 承認申請書への反映
    • 性能及び安全性に関する規格欄への試験結果の反映
    • 原材料欄への生物学的安全性評価結果の反映
  2. 添付資料への反映
    • 試験結果の要約
    • 試験方法の説明
    • 試験結果の考察(安全性・有効性の根拠)
  3. 基本要件基準への適合性証明
    • 各試験結果と基本要件基準の対応付け
    • 適合宣言書への反映

5.8.9 国際展開を見据えた非臨床試験計画

グローバル展開を視野に入れる場合は、以下の点に留意します:

  1. 各地域の規制要件の違いの把握
    • FDA(米国):特有の要求事項への対応
    • MDR(欧州):共通仕様書(CS)への適合性
    • NMPA(中国):中国特有の規格・基準
  2. 試験の相互受け入れ可能性の確認
    • 日本で実施した試験結果が海外当局に受け入れられるかの確認
    • 国際的に認知された試験機関の活用
  3. テストレポートの言語対応
    • 英語での報告書作成
    • 必要に応じた翻訳対応

5.8.10 非臨床試験の具体例

医療用電子機器の場合

試験カテゴリー具体的試験項目適用規格
電気的安全性・絶縁抵抗<br>・漏れ電流<br>・接地インピーダンスIEC 60601-1
EMC・エミッション試験<br>・イミュニティ試験IEC 60601-1-2
機械的安全性・落下試験<br>・耐振動試験IEC 60601-1
生物学的安全性・細胞毒性<br>・感作性ISO 10993シリーズ
機能性能・精度試験<br>・応答性試験<br>・アラーム機能製品固有規格
ソフトウェア検証・機能試験<br>・セキュリティ試験IEC 62304

埋め込み型医療機器の場合

試験カテゴリー具体的試験項目適用規格
生物学的安全性・細胞毒性<br>・感作性<br>・刺激性<br>・全身毒性<br>・遺伝毒性<br>・埋植試験ISO 10993シリーズ
機械的特性・引張強度<br>・疲労強度<br>・摩耗特性ASTM/ISO製品固有規格
MRI安全性・MRI環境下での発熱<br>・画像アーチファクト<br>・磁気誘導力・トルクASTM F2503
長期安定性・加速劣化試験<br>・実時間安定性試験ISO 11607
滅菌バリデーション・無菌性保証<br>・エンドトキシン試験ISO 11137/11135

5.8.11 まとめ:非臨床試験の成功のための5つの鍵

  1. 早期計画:製品コンセプト段階から試験計画を立案し、開発スケジュールに組み込む
  2. リスクベース:製品のリスク分析結果に基づき、重要度の高い評価から優先的に実施
  3. 規格準拠:関連する国際規格・国内基準に準拠した試験設計
  4. 適切な記録管理:試験の計画から結果まで、一貫した文書管理の実施
  5. 専門知識の活用:自社で対応困難な領域は、外部専門家・機関の知見を積極的に活用

非臨床試験は医療機器開発の重要な要素であり、適切な計画と実施により、製品の安全性・有効性を科学的に証明し、円滑な承認取得に貢献します。スタートアップ企業においては、リソースの制約を考慮した効率的な試験戦略が特に重要となります。