医療機器ビジネスを行うためには、製品の承認・認証に加えて、企業としての許認可が必要です。本章では、医療機器企業が取得すべき基本的な許認可とその要件について解説します。
3.1 製造販売業許可
製造販売業許可は、医療機器を国内で製造販売するために必要な基本的な許可です。この許可なしには、たとえ優れた製品を開発しても日本国内で販売することはできません。
3.1.1 製造販売業許可の概要
項目 | 内容 |
---|---|
定義 | 医療機器の品質管理・安全管理を行い、製品を市場に出荷する権利 |
根拠法令 | 医薬品医療機器等法第23条の2 |
許可権者 | 製造販売業者の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事 |
有効期間 | 5年間(更新可能) |
3.1.2 製造販売業の種類
医療機器の製造販売業許可は、取り扱う医療機器のクラス分類に応じて3種類に分かれています。
許可の種類 | 対象となる医療機器 | 備考 |
---|---|---|
第一種医療機器製造販売業 | クラスⅣ, クラスⅢ | 高度管理医療機器 |
第二種医療機器製造販売業 | クラスⅡ | 管理医療機器 |
第三種医療機器製造販売業 | クラスⅠ | 一般医療機器 |
上位の許可があれば、下位の医療機器も取り扱うことができます(第一種許可があれば、クラスⅣ〜Ⅰすべての医療機器を取り扱い可能)。
3.1.3 製造販売業許可の取得要件
製造販売業許可を取得するには、以下の要件を満たす必要があります。
要件 | 内容 |
---|---|
三役の設置 | • 総括製造販売責任者<br>• 品質保証責任者<br>• 安全管理責任者 |
組織体制 | • 品質管理部門<br>• 安全管理部門 |
業務手順書 | • GQP省令に基づく品質管理手順書<br>• GVP省令に基づく安全管理手順書 |
施設・設備 | 事務所、文書・記録保管設備など |
各許可区分によって、三役の資格要件や管理体制の要求レベルが異なります(詳細は第4章で解説)。
3.1.4 許可申請の手続き
製造販売業許可の申請手続きは以下の通りです。
手続きのステップ | 内容 |
---|---|
申請書類の準備 | • 許可申請書 • 添付資料(組織体制、責任者の資格証明等) • 業務手順書 |
申請先 | 主たる事務所の所在地を管轄する都道府県庁の薬務課等 |
手数料 | 各都道府県により異なる(約10〜15万円程度) |
調査 | 書類審査および実地調査(必要に応じて) |
許可証交付 | 要件を満たすと判断された場合 |
申請から許可取得までの標準的な期間は1〜3ヶ月程度ですが、自治体の状況や申請内容により異なります。
3.1.5 スタートアップ企業の許可取得戦略
限られたリソースで効率的に許可を取得するための戦略です。
戦略 | 説明 |
---|---|
段階的取得 | まず開発段階に必要な第三種から取得し、製品上市に合わせて上位許可に変更 |
外部リソース活用 | 三役の業務委託、コンサルタントの活用など |
手順書整備の効率化 | 業界団体提供のテンプレート活用、コンサルタント支援など |
拠点選定の工夫 | 審査期間や対応の違いを考慮した事務所所在地の選定 |
特に三役の確保は許可取得のボトルネックとなりやすいため、早期からの計画が重要です。
3.2 製造業登録
3.2.1 製造業登録の概要
医療機器の製造を行う場合には、製造所ごとに製造業の登録が必要です。
項目 | 内容 |
---|---|
定義 | 医療機器の製造を行うための登録 |
根拠法令 | 医薬品医療機器等法第23条の2の3 |
登録権者 | 製造所の所在地を管轄する都道府県知事(国内の場合) |
有効期間 | 5年間(更新可能) |
製造所の定義は広く、設計のみを行う施設や、保管、滅菌、最終製品の保管等を行う施設も製造所として登録が必要な場合があります。
3.2.2 国内製造業と外国製造業
製造業登録は、製造所の所在地によって国内製造業と外国製造業に分かれます。
区分 | 内容 |
---|---|
国内製造業 | • 日本国内の製造所 • 所在地の都道府県に登録申請 • 製造所ごとに登録が必要 |
外国製造業 | • 海外の製造所 • PMDAに登録申請 • 製造所ごとに登録が必要 • 国内に住所を有する医療機器外国製造業者の代理人が必要 |
3.2.3 製造業の区分
製造業登録は、行う製造工程によって区分されます。
登録区分 | 内容 |
---|---|
一般 | 主たる設計を行う施設を含む、最終製品の製造工程を行う製造所 |
滅菌 | 最終製品の滅菌工程のみを行う製造所 |
保管 | 製品の保管のみを行う製造所 |
設計 | 主たる設計のみを行う製造所 |
3.2.4 製造業登録の要件
製造業登録を取得するには、以下の要件を満たす必要があります。
要件 | 内容 |
---|---|
責任技術者 | 医療機器の製造管理を行う者(資格要件あり) |
施設・設備 | 製造を行うのに必要な施設・設備 |
製造管理体制 | QMS省令に適合した製造管理体制 |
責任技術者には、製造する医療機器の種類や特性に応じた知識・経験が求められます。
3.2.5 登録申請の手続き
製造業登録の申請手続きは以下の通りです。
手続きのステップ | 内容 |
---|---|
申請書類の準備 | • 登録申請書 • 添付資料(責任技術者の資格証明等) • 製造所の図面等 |
申請先 | • 国内製造業:製造所の所在地を管轄する都道府県 • 外国製造業:PMDA |
手数料 | • 国内製造業:各都道府県により異なる(約3〜5万円程度) • 外国製造業:約15万円程度 |
調査 | 書類審査および実地調査(必要に応じて) |
登録証交付 | 要件を満たすと判断された場合 |
3.2.6 製造所のQMS適合性調査
医療機器の製造所は、QMS省令への適合性調査が必要です。
項目 | 内容 |
---|---|
調査対象 | クラスⅡ以上の医療機器を製造する製造所(登録だけでなくQMS適合性も必要) |
調査機関 | • クラスⅢ・Ⅳ:PMDA • クラスⅡ(認証基準あり):認証機関 |
調査内容 | QMS省令への適合性(ISO 13485との整合性が高い) |
調査頻度 | 5年ごと+一部変更時 |
QMS適合性調査は、製造業登録とは別の手続きとなります。製品の承認・認証申請と同時に申請することが一般的です。
3.2.7 スタートアップのための製造戦略
スタートアップ企業にとって効率的な製造体制構築のための戦略です。
戦略 | 説明 |
---|---|
OEM/CMO活用 | 既存の製造業登録を持つ企業への製造委託 |
設計区分の活用 | 設計のみを行い製造は外部委託する形態 |
段階的な体制構築 | 初期は最小限の製造工程から始め、徐々に拡大 |
海外製造との連携 | コスト効率や技術力を考慮した海外製造の活用 |
初期段階では自社で全ての製造工程を持つことにこだわらず、コアコンピタンスに集中することも一つの戦略です。
3.3 三役の概要と重要性
医療機器の製造販売業において、「三役」と呼ばれる3つの責任者の設置は必須要件です。この節では三役の概要について解説します(詳細は第4章で詳述)。
3.3.1 三役の基本構成
役職 | 主な責任 |
---|---|
総括製造販売責任者 | 製造販売業全体の統括的な責任者 |
品質保証責任者 | 品質管理業務の責任者 |
安全管理責任者 | 安全管理(市販後安全管理)業務の責任者 |
3.3.2 三役の業務連携の重要性
三役は互いに密接に連携し、情報共有を行うことが重要です。
連携の側面 | 内容 |
---|---|
情報共有 | 品質情報、安全性情報の共有体制 |
意思決定プロセス | 問題発生時の対応判断と意思決定フロー |
責任と権限 | 各役職の責任範囲と権限の明確化 |
記録管理 | 共有情報・決定事項の記録と保管 |
3.3.3 三役体制の構築ポイント
効果的な三役体制構築のポイントです。
ポイント | 説明 |
---|---|
独立性の確保 | 特に品質保証部門の製造部門からの独立性確保 |
適切な資格者の選任 | 法令要件を満たす資格・経験を持つ人材の確保 |
業務手順の明確化 | 三役の業務内容・連携方法を手順書で明確化 |
教育訓練 | 三役の継続的な教育・知識更新の仕組み |
3.3.4 スタートアップにおける三役確保の課題と対策
スタートアップ企業にとって、適格な三役の確保は大きな課題となります。
課題 | 対策 |
---|---|
人材不足 | • 外部委託の活用 • 兼任の検討(規制上可能な範囲で) • 業界経験者のアドバイザリー/非常勤採用 |
コスト負担 | • 段階的な体制構築 • 第三種からスタートし、事業拡大に合わせて上位許可取得 |
知識・経験不足 | • 外部研修の活用 • 業界団体のネットワーク活用 • コンサルタントの支援 |
外部委託を活用する場合でも、最終的な責任は製造販売業者にあることを理解し、適切な管理体制を構築することが重要です。
3.4 許認可取得のためのロードマップ
医療機器ビジネスを立ち上げるための許認可取得のロードマップを示します。
3.4.1 基本的なステップと所要期間
ステップ | 内容 | 所要期間の目安 |
---|---|---|
1. 事業計画の策定 | • 取扱製品の特定 • 必要な許可・登録の特定 • 三役候補者の検討 | 1〜3ヶ月 |
2. 三役の確保 | • 総括製造販売責任者 • 品質保証責任者 • 安全管理責任者 | 1〜6ヶ月 |
3. 業務手順書の整備 | • GQP手順書 • GVP手順書 | 2〜3ヶ月 |
4. 製造販売業許可申請 | • 申請書類作成 • 都道府県への申請 • 実地調査対応 | 1〜3ヶ月 |
5. 製造業登録申請 | • 国内製造業または • 外国製造業者の登録 | 1〜3ヶ月 |
6. QMS体制整備 | • QMS文書の整備 • ISO 13485対応 | 3〜6ヶ月 |
7. 承認・認証申請準備 | • 申請区分の検討 • 申請資料の準備 | 製品による |
全体として、事業計画の策定から製造販売業許可取得まで、最短でも6ヶ月程度、通常は9〜12ヶ月程度を見込むべきです。
3.4.2 許認可取得のコスト概算
許認可取得にかかる主なコストの概算です。
コスト項目 | 概算金額 |
---|---|
製造販売業許可申請手数料 | 10〜15万円程度 |
製造業登録申請手数料 | 3〜5万円程度(国内)、約15万円(外国) |
QMS適合性調査申請手数料 | 30〜100万円程度(製造所・製品による) |
三役人件費 | 兼任/委託の場合:月10〜50万円程度 専任の場合:年600〜1,200万円程度/人 |
コンサルタント費用 | 50〜300万円程度(支援範囲による) |
手順書等の文書整備 | 30〜100万円程度 |
これらは目安であり、企業規模、製品特性、外部委託の範囲などにより大きく異なります。
3.4.3 許認可の優先順位と段階的アプローチ
限られたリソースで効率的に許認可を取得するための優先順位と段階的アプローチです。
フェーズ | 取得すべき許認可 | 説明 |
---|---|---|
開発初期段階 | • 製造業(設計区分) | 設計開発活動を適法に行うための最低限の登録 |
プロトタイプ製造段階 | • 製造業(一般区分) | プロトタイプの適法な製造のために必要 |
臨床試験準備段階 | • 製造販売業許可(必要な区分) | 臨床試験(治験)を実施するために必要 |
上市準備段階 | • 製造販売承認/認証 • QMS適合性調査 | 製品の市場投入に必要 |
リソースに制約のあるスタートアップ企業は、この段階的アプローチを採用することで、各開発フェーズに合わせた必要最小限の許認可から取得していくことが効率的です。
3.4.4 一般的な許認可取得の失敗パターンと対策
許認可取得プロセスでよく見られる失敗パターンとその対策です。
失敗パターン | 対策 |
---|---|
三役の資格要件理解不足 | • 事前に詳細な資格要件を確認 • 必要に応じて確認のための都道府県への事前相談 |
手順書の整備不足 | • 業界団体のテンプレート活用 • 専門家によるレビュー |
QMS体制の実態と乖離 | • 実態に即した文書体系の構築 • 全社的なQMS教育の実施 |
申請内容の不備 | • 提出前の複数人によるクロスチェック • 申請経験者によるレビュー |
実地調査への準備不足 | • 模擬調査の実施<br>• チェックリストによる自己点検 |
これらの失敗を避けるためには、医療機器規制に精通した専門家のサポートを受けることが効果的です。
3.5 許認可取得後の維持管理
許認可を取得した後も、継続的な維持管理が必要です。
3.5.1 変更管理
許認可取得後の変更管理のポイントです。
変更の種類 | 必要な手続き |
---|---|
三役の変更 | • 変更届出(30日以内) • 資格要件を満たす後任者の確保 |
製造所の変更 | • 変更届出または一部変更承認申請 • 新規製造所のQMS適合性調査 |
組織体制の変更 | • 変更届出(必要に応じて) • 業務手順書の改訂 |
製品の一部変更 | • 軽微な変更:軽微変更届出 • 重要な変更:一部変更承認申請 |
変更の種類と程度に応じて、適切な規制対応が必要です。事前に変更の影響と必要な手続きを評価することが重要です。
3.5.2 定期的な更新手続き
許認可には有効期限があり、定期的な更新が必要です。
許認可の種類 | 更新頻度 | 主な確認事項 |
---|---|---|
製造販売業許可 | 5年ごと | • 三役の資格維持 • GQP/GVP体制の維持 |
製造業登録 | 5年ごと | • 責任技術者の適格性 • 製造体制の維持 |
QMS適合性 | 5年ごと | • QMS省令への継続的適合 |
更新手続きは期限切れの3〜4ヶ月前から準備を始めることが推奨されます。
3.5.3 査察・調査への対応
規制当局による定期的な査察・調査への対応方法です。
調査の種類 | 対応のポイント |
---|---|
定期QMS調査 | • 文書・記録の整備 • 前回指摘事項の改善証明 • 教育訓練記録の整備 |
GVP調査 | • 安全性情報の収集・評価体制 • 不具合報告の適切な実施 |
立入検査 | • 許可・登録内容との整合 • 法令遵守状況 |
調査対応のための担当者を明確にし、シミュレーションを行うなどの事前準備が重要です。
3.5.4 違反・不備による行政処分とその影響
法令違反や不備があった場合の行政処分とその影響についての理解も重要です。
行政処分の種類 | 影響 | 対策 |
---|---|---|
業務改善命令 | • 指定期間内の改善必要 • 改善計画・結果の報告義務 | • 速やかな根本原因分析 • 包括的な改善計画策定 |
業務停止命令 | • 一定期間の業務停止 • 出荷・販売への影響 | • コンプライアンス体制の強化 • 全社的な教育の徹底 |
許可取消 | • 事業継続の危機 • 社会的信用の喪失 | • 経営層によるガバナンス強化 • 外部専門家による監査導入 |
行政処分を受けないよう、法令遵守の文化を組織に根付かせることが重要です。
3.6 スタートアップ特有の課題と対策
医療機器スタートアップ企業が許認可取得において直面する特有の課題と対策をまとめます。
3.6.1 リソース制約下での許認可戦略
限られたリソースで効果的に許認可を取得するための戦略です。
課題 | 対策 |
---|---|
人材・資金の制約 | • 最小限の許可区分からスタート • 外部リソースの戦略的活用 • 公的支援・助成金の活用 |
規制知識の不足 | • 業界団体への参加 • 規制当局のセミナー参加 • メンター・アドバイザーの確保 |
時間的制約 | • 規制対応専任担当者の早期確保 • 並行作業可能なプロセスの特定と実行 |
特に初期段階では、すべてを自社で行おうとせず、外部の専門リソースを効果的に活用することが鍵となります。
3.6.2 外部リソースの効果的活用
スタートアップが活用できる外部リソースとその活用方法です。
外部リソース | 活用方法 |
---|---|
規制コンサルタント | • 許認可戦略の立案 • 申請書類の作成支援 • 査察対応のサポート |
三役業務受託機関 | • 総括製造販売責任者の派遣 • 品質保証/安全管理業務の受託 |
OEM/CMO企業 | • 製造業の登録不要 • 既存QMS体制の活用 |
インキュベーション施設 | • 共有設備・スペースの活用 • メンタリング・ネットワーキング |
外部リソースを活用する際も、最終的な法的責任は自社にあることを認識し、適切な管理体制を構築することが重要です。
3.6.3 段階的な体制構築の実例
実際のスタートアップ企業における段階的な許認可取得・体制構築の事例です。
フェーズ | 実施内容 | 期間 |
---|---|---|
シード期 | • 製品コンセプト検証 • 規制戦略の策定 • 外部アドバイザーの確保 | 6〜12ヶ月 |
開発初期 | • 製造業(設計区分)登録 • ISO 13485取得準備 • 三役候補者の探索 | 6〜9ヶ月 |
臨床開発準備 | • 第三種製造販売業許可取得 • 三役の確保(一部外部委託) • QMS体制の構築 | 9〜12ヶ月 |
上市準備 | • 必要に応じて上位の許可取得 • 製造体制の確立 • 承認・認証取得 | 12〜24ヶ月 |
事業拡大期 | • 三役の内製化 • QMS体制の強化 • グローバル展開準備 | 継続的 |
各フェーズにおいて必要最小限の体制から始め、事業の成長に合わせて段階的に強化していくアプローチが効果的です。
3.6.4 公的支援・助成金の活用
医療機器開発・事業化のための公的支援制度の活用方法です。
支援制度 | 内容 | 活用ポイント |
---|---|---|
AMED支援事業 | 医療機器開発・実用化支援プログラム | • 非臨床・臨床試験費用 • 承認申請関連費用への活用 |
中小企業技術革新制度(SBIR) | 研究開発補助金・委託費 | • 開発初期段階の資金として活用 |
薬事戦略相談(PMDA) | 開発方針・申請戦略への助言 | • 早期の規制方針明確化に活用 |
医工連携事業化推進事業 | 事業化のためのコンソーシアム支援 | • 製造販売業者との連携構築に活用 |
公的支援・助成金は申請から採択までに時間がかかるため、十分な余裕をもった計画立案が必要です。
医療機器企業に必要な許認可の取得は、事業運営の法的基盤となる重要なプロセスです。特にスタートアップ企業においては、限られたリソースの中で効率的に許認可を取得するための戦略的アプローチが求められます。本章で解説した製造販売業許可、製造業登録、三役体制の構築を適切に行うことで、法令遵守とビジネス効率の両立を図ることができます。