2.5 医療機器の国際規格体系
医療機器の開発・製造において国際規格の遵守は品質と安全性を確保するだけでなく、グローバル市場へのアクセスを容易にする重要な要素です。この章では、医療機器に関連する主要な国際規格体系について解説します。
2.5.1 国際規格の概要と重要性
国際規格は医療機器の安全性、有効性、品質を確保するための共通の枠組みを提供します。
重要性 | 説明 |
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規制遵守 | 多くの国の規制当局は、医療機器の承認プロセスにおいて特定の国際規格への適合を要求 |
市場アクセス | 国際的に認められた規格に準拠することで、複数の市場への参入障壁を低減 |
リスク管理 | 患者と使用者の安全を確保するための体系的アプローチを提供 |
品質保証 | 一貫した品質レベルを維持するための枠組みを提供 |
開発効率化 | 明確な要求事項を設定することで、製品開発プロセスを効率化 |
医療機器の国際規格は主に次の組織によって策定されています:
- ISO (国際標準化機構)
- IEC (国際電気標準会議)
- その他の国際・地域団体(ASTM、EN規格など)
2.5.2 マネジメント規格
2.5.2.1 ISO 13485(医療機器の品質マネジメントシステム)
ISO 13485は、医療機器に特化した品質マネジメントシステム(QMS)の国際規格です。
主要要素 | 内容 |
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適用範囲 | 医療機器の設計・開発、生産、設置、サービス提供を行う組織 |
特徴 | ISO 9001をベースとしつつ、医療機器特有の要求事項を追加 |
主な要求事項 | • 品質マネジメントシステムの確立と文書化 • 経営者の責任と関与 • 資源の管理 • 製品実現プロセスの管理 • 測定、分析、改善活動 |
規制的意義 | 世界の多くの規制当局がQMS要件として採用または参照 |
ISO 13485は医療機器企業にとって実質的な業界標準となっており、日本のQMS省令の要求事項とも密接に関連しています。
2.5.2.2 ISO 14971(医療機器のリスクマネジメント)
ISO 14971は、医療機器のリスクマネジメントに関する国際規格です。
主要要素 | 内容 |
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目的 | 医療機器の安全性を確保するためのリスクマネジメントプロセスを確立 |
プロセス | • リスクマネジメント計画 • リスク分析 • リスク評価 • リスクコントロール • 製造後情報の評価 |
特徴 | ライフサイクル全体を通じた継続的なリスク管理を要求 |
手法 | FMEA(故障モード影響解析)、FTA(故障の木解析)など |
リスクマネジメントは、医療機器の設計開発から市販後監視まで一貫して実施すべき重要なプロセスです。
2.5.2.3 IEC 62304(医療機器ソフトウェアのライフサイクルプロセス)
IEC 62304は、医療機器ソフトウェアの開発と保守に関する国際規格です。
主要要素 | 内容 |
---|---|
対象 | 医療機器の一部として組み込まれるソフトウェアおよびスタンドアロンの医療機器ソフトウェア |
安全クラス | • クラスA:傷害や健康被害が生じない • クラスB:重大でない傷害が生じる可能性 • クラスC:重大な傷害や死亡が生じる可能性 |
主な要求事項 | • ソフトウェア開発計画 • 要求分析 • アーキテクチャ設計 • 詳細設計 • 実装 ・検証 • システム統合とテスト • リリースとメンテナンス |
文書化 | ソフトウェア開発の各段階での文書化要件を規定 |
ソフトウェアの比重が高まる現代の医療機器において、IEC 62304の重要性は増しています。特にSaMD(Software as a Medical Device)開発においては必須の規格です。
2.5.3 プロセス規格
2.5.3.1 ISO 11607(医療機器の包装)
ISO 11607は、最終滅菌された医療機器の包装材料、包装システム、および包装プロセスに関する要求事項を規定しています。
主要要素 | 内容 |
---|---|
パート1 | 材料、滅菌バリアシステム、包装システムの要求事項と試験方法 |
パート2 | 形成、シール、組立プロセスのバリデーション要求事項 |
目的 | • 製品の無菌性を維持 • 物理的保護を提供 • 使用時点までの品質保持 |
考慮事項 | • 材料の適合性 • 滅菌方法との互換性 • 包装の完全性 • ラベリング |
滅菌医療機器の場合、適切な包装システムは製品の無菌性維持に不可欠です。
2.5.3.2 ISO 10993シリーズ(生物学的評価)
ISO 10993は、医療機器の生物学的評価に関する一連の国際規格です。
主要部分 | 内容 |
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ISO 10993-1 | 生物学的評価の枠組みと評価項目の選択原則 |
その他の部分 | • 細胞毒性試験 • 感作性試験 • 刺激性試験 • 全身毒性試験 • 埋植試験 • 遺伝毒性試験 • 発熱性試験 • 血液適合性試験など |
アプローチ | • リスクベースドアプローチ • 既存データの活用 • 試験の段階的実施 |
考慮要素 | • 接触部位(表面接触、外部通達、埋植) • 接触期間(限定的、延長、永久) • 材料の特性 |
患者の体に接触する医療機器には、適切な生物学的安全性評価が不可欠です。
2.5.3.3 ISO 11135/11137(滅菌バリデーション)
医療機器の滅菌プロセスのバリデーションに関する規格です。
規格 | 内容 |
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ISO 11135 | エチレンオキサイド滅菌の開発、バリデーション、日常管理 |
ISO 11137 | 放射線滅菌の開発、バリデーション、日常管理 |
他の関連規格 | • ISO 17665(湿熱滅菌) • ISO 14937(一般要求事項) |
主な要求事項 | • 滅菌プロセスの設計 • 設置適格性確認(IQ) • 運転適格性確認(OQ) • 性能適格性確認(PQ) • 日常的管理と監視 |
滅菌プロセスは、再現性のある結果を確実に達成できることを証明する必要があります。
2.5.3.4 IEC 62366(ユーザビリティエンジニアリング)
IEC 62366は、医療機器のユーザビリティエンジニアリングに関する国際規格です。
主要要素 | 内容 |
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目的 | 使用に関連するリスクを最小化し、安全性を高める |
プロセス | • 使用仕様書の作成 • ユーザインターフェースの設計・実装 • ユーザビリティ検証・評価 |
主な要求事項 | • ユーザープロファイルの特定 • ユースケースの分析 • ユーザビリティ仕様の確立 • ユーザビリティテスト • 残留リスクの評価 |
文書化 | ユーザビリティエンジニアリングファイルの作成と維持 |
使いやすさは医療機器の安全性と有効性に直接影響するため、体系的なユーザビリティエンジニアリングが重要です。
2.5.3.5 ISO 15223(医療機器のシンボル)
ISO 15223は、医療機器のラベル、ラベリング、提供される情報に使用されるシンボルに関する規格です。
主要要素 | 内容 |
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目的 | 言語に依存しない情報伝達と国際的な標準化 |
シンボル例 | • 製造業者 • 使用期限 • ロット番号 • 滅菌方法 • 単回使用 • 取扱説明書参照など |
利点 | • 多言語対応の簡素化 • 誤解リスクの低減 • 国際市場での一貫性 |
適切なシンボルの使用は、医療機器の安全な使用と規制遵守に役立ちます。
2.5.4 安全規格
2.5.4.1 IEC 60601シリーズ(医用電気機器の基本安全と性能)
IEC 60601は、医用電気機器の安全性と基本性能に関する国際規格シリーズです。
主要部分 | 内容 |
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IEC 60601-1 | 基本安全と基本性能に関する一般要求事項 |
IEC 60601-1-2 | 電磁両立性 – 要求事項と試験 |
IEC 60601-1-X | 副通則(例:アラームシステム、ユーザビリティなど) |
IEC 60601-2-X | 個別規格(特定の機器タイプに対する追加要求事項) |
主な要求事項 | • 電気的安全性 • 機械的安全性 • 放射線防護 • 過度な温度と火災防止 • 誤使用防止 • 基本性能の維持 |
電気を使用するほとんどの医療機器はIEC 60601シリーズの要求事項を満たす必要があります。
2.5.4.2 IEC 61010(測定・制御・ラボ用電気機器の安全要求事項)
IEC 61010は、測定、制御、実験室で使用される電気機器の安全要求事項に関する規格です。
主要要素 | 内容 |
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適用範囲 | 診断用体外診断機器(IVD)など、実験室環境で使用される医療機器 |
主な要求事項 | • 感電防止 • 機械的リスク防止 • 火災防止 • 流体および圧力に関する危険防止 • 放射線防護 |
特徴 | 実験室特有の危険(化学物質、検体など)に対応 |
IVD機器など実験室環境で使用される医療機器には、IEC 61010の遵守が求められることが多いです。
2.5.4.3 ISO 14155(臨床調査の実施)
ISO 14155は、医療機器の臨床調査(治験)の計画、実施、記録、報告に関する規格です。
主要要素 | 内容 |
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目的 | 被験者の権利、安全、福祉の保護と臨床データの信頼性確保 |
主な要求事項 | • 倫理的考慮事項 • 臨床調査計画書の作成 • 被験者への説明と同意取得 • リスク管理 • データ収集と分析 • 有害事象報告 • 文書化と記録保持 |
GCP準拠 | 医薬品臨床試験の基準(GCP)に準拠 |
新医療機器や臨床評価が必要な改良医療機器の場合、ISO 14155に準拠した臨床調査が必要です。
2.5.4.4 機器別の個別安全規格
特定タイプの医療機器に対しては、専用の安全規格が存在します。
機器タイプ | 対応する主な規格 |
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X線装置 | IEC 60601-2-28, IEC 60601-2-43など |
人工呼吸器 | ISO 80601-2-12 |
輸液ポンプ | IEC 60601-2-24 |
医療用ベッド | IEC 60601-2-52 |
除細動器 | IEC 60601-2-4 |
血圧計 | ISO 81060 |
製品特性に応じた個別規格を確認し、適用することが重要です。
2.5.5 規格適合性の証明方法
医療機器の規格適合性を証明するには、以下の方法があります。
証明方法 | 説明 |
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自己宣言 | 製造業者が適合性を評価し宣言する方法 |
第三者認証 | 認証機関による適合性評価と認証 |
試験レポート | 認定試験機関による試験結果 |
技術文書 | 設計、検証、バリデーション文書による証明 |
適合宣言書 | 規格適合を明示的に宣言する文書 |
適合性の証明方法は、医療機器のクラス分類や規制要件によって異なります。
2.5.6 規格の組み合わせによる包括的な対応
医療機器の安全性と有効性を確保するためには、複数の規格を組み合わせた包括的なアプローチが必要です。
開発フェーズ | 適用規格の例 |
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設計・開発管理 | ISO 13485, IEC 62304 |
リスク管理 | ISO 14971 |
製品安全性評価 | IEC 60601, ISO 10993 |
使用性評価 | IEC 62366 |
滅菌・包装 | ISO 11135/11137, ISO 11607 |
臨床評価 | ISO 14155 |
国際規格は相互に関連しており、一貫したマネジメントシステムの中で統合的に適用することが重要です。
この国際規格体系の理解と適切な適用は、医療機器企業が安全で効果的な製品を効率的に開発・製造し、国内外の市場に円滑に参入するための基盤となります。スタートアップ企業は、製品の特性に基づいて適用すべき規格を早期に特定し、開発計画に組み込むことが重要です。