2.3 医療機器の種類(申請区分)
医療機器の承認申請を行う際には、製品の特性に応じた適切な申請区分を選択することが重要です。申請区分によって必要な資料や審査期間、コストが大きく異なります。ここでは、主な申請区分について解説します。
2.3.1 新医療機器
2.3.1.1 定義と特徴
新医療機器とは、日本国内で初めて承認申請される医療機器で、既承認品と構造、使用方法、効能・効果等が明らかに異なるものを指します。新しい医学的・工学的原理を応用した機器や、まったく新しい治療・診断手法を提供する機器がこれに該当します。
新医療機器の主な特徴:
- 国内に類似製品が存在しない
- 新たな臨床的価値を提供する
- 通常、臨床試験(治験)データが必要となる
- 審査に時間がかかり、費用も高額になりやすい
- 専門協議を経て承認される
2.3.1.2 申請区分の判断基準
新医療機器に該当するかどうかは、主に以下の観点から判断されます。
判断観点 | 新医療機器に該当する基準 |
---|---|
構造・原理 | 既存品と比較して明らかに異なる構造や動作原理を有する |
使用方法 | 既存品にない新しい使用方法を持つ |
効能・効果 | 既存品では得られない新しい効能・効果を持つ |
リスク | 既存品と異なるリスクプロファイルを持つ |
治療対象 | 新たな疾患や症状に対応する |
既存の医療機器と類似しているように見えても、上記のいずれかに該当する場合は新医療機器として申請される可能性が高くなります。判断に迷う場合は、PMDAの対面助言相談を活用することが推奨されます。
2.3.1.3 審査のポイントと準備すべき資料
新医療機器の審査では、安全性と有効性を示す十分なデータが求められます。準備すべき主な資料は以下の通りです。
- 基本文書
- 申請書
- 添付文書案
- 審査基準チェックリスト
- 設計検証資料
- 開発の経緯
- 基本要件基準への適合性を示す資料
- 機器の仕様と性能に関する資料
- 安全性に関する資料
- 生物学的安全性試験結果
- 電気的安全性試験結果
- リスク分析資料
- 有効性に関する資料
- 非臨床試験データ
- 臨床試験(治験)データ
- 海外での使用実績(ある場合)
- 品質管理に関する資料
- 製造方法に関する資料
- QMS適合性に関する資料
審査のポイントとなるのは、臨床的有用性の証明と想定されるリスクの適切な管理です。新しい医療機器であるため、臨床的有用性を示す強固なエビデンスと、リスクマネジメントの徹底が求められます。
2.3.1.4 審査期間と対応戦略
新医療機器の標準的な審査期間は、申請から承認までおよそ12ヶ月程度です。ただし、革新的な技術を用いた医療機器の場合、さらに時間がかかることもあります。
審査ステップ | 標準的な期間 | 備考 |
---|---|---|
申請受理 | – | 申請書類の形式審査 |
専門協議前照会 | 2〜3ヶ月 | 初期質問への回答準備 |
専門協議 | 3〜4ヶ月 | 外部専門家による評価 |
専門協議後照会 | 2〜3ヶ月 | 追加質問対応 |
最終審査 | 2〜3ヶ月 | GMP適合性調査を含む |
承認 | – | 薬事分科会での審議を経て |
効率的な審査を進めるための戦略:
- 事前相談の活用
- 治験相談や申請前相談を活用し、PMDAの見解を事前に把握
- 申請区分や必要データについて合意を得ておく
- 綿密な申請準備
- 過去の類似品の審査履歴を調査
- 考えられる質問に対する回答の事前準備
- エビデンスの整理と論理的な資料構成
- 迅速な照会対応
- 照会事項への回答チームを予め編成
- 外部専門家との連携体制を構築
- 追加試験が必要になる可能性を考慮した計画立案
- 革新的医療機器の場合の特別プログラム活用
- 先駆け審査指定制度
- 条件付き早期承認制度
- 特定臨床研究制度
新医療機器の承認申請は、スタートアップにとって大きなリソースを要する挑戦ですが、成功すれば市場での優位性を確立できる可能性があります。十分な準備と戦略的なアプローチが重要となります。
2.3.2 改良医療機器
改良医療機器とは、既に承認されている医療機器と構造、使用方法、効能・効果等が実質的に同等ではないものの、全く新規というわけではない医療機器を指します。既存品に対して一定の改良が加えられた医療機器がこれに該当します。
2.3.2.1 臨床あり(改良医療機器)
臨床あり改良医療機器は、既存品からの改良点が臨床的な有効性・安全性に与える影響が大きく、臨床データによる裏付けが必要とされる医療機器です。
主な特徴:
- 既存品と比較して、構造・原理などに改良が加えられている
- 改良点が臨床的な評価を必要とする
- 臨床試験(治験)データが必要
- 新医療機器よりは審査期間が短いが、臨床なし改良医療機器よりは長い
典型的な事例:
- 既存の治療機器に新たな治療モードを追加
- 診断機器の検出原理を部分的に変更
- 使用部位や適応疾患の拡大を伴う改良
2.3.2.2 臨床なし(改良医療機器)
臨床なし改良医療機器は、既存品からの改良が加えられているものの、非臨床試験データのみで安全性・有効性が評価可能な医療機器です。
主な特徴:
- 既存品と比較して、一定の改良が加えられている
- 改良点は非臨床データで評価可能
- 臨床試験(治験)データは不要
- 新医療機器や臨床あり改良医療機器と比較して審査期間が短い
典型的な事例:
- 材料や構成部品の変更(生体適合性の変更を伴わない)
- 操作性の向上を目的とした改良
- 測定範囲の拡大(測定原理の変更を伴わない)
- 処理能力や処理速度の向上
2.3.2.3 申請区分の判断基準
改良医療機器(臨床あり・なし)の判断は、以下の観点から行われます。
判断観点 | 臨床あり改良医療機器 | 臨床なし改良医療機器 |
---|---|---|
構造・原理 | 基本原理は同じだが、重要な部分に変更あり | 基本原理は同じで、変更は限定的 |
使用方法 | 使用方法に一定の変更あり | 使用方法に軽微な変更のみ |
効能・効果 | 効能・効果に追加や拡大あり | 効能・効果に重大な変更なし |
リスク | リスクプロファイルに一定の変化あり | リスクプロファイルに重大な変化なし |
安全性評価 | 臨床データでの評価が必要 | 非臨床データのみで評価可能 |
いずれの区分に該当するかの判断は複雑であり、最終的にはPMDAとの相談を通じて決定されることが多いです。
2.3.2.4 審査のポイントと準備すべき資料
改良医療機器の審査では、既存品との差分を明確にし、その差分が安全性・有効性に与える影響を評価することが重要です。
準備すべき主な資料:
- 基本文書
- 申請書
- 添付文書案
- 審査基準チェックリスト
- 既存品との比較資料
- 既存品との構造・原理の比較表
- 技術的特性の比較
- 使用方法の比較
- 改良点に関する資料
- 改良の目的と内容
- 改良が性能や安全性に与える影響の分析
- 改良部分の検証データ
- 安全性・有効性に関する資料
- 非臨床試験データ
- 臨床試験データ(臨床あり改良の場合)
- リスク分析資料
- 品質管理に関する資料
- 製造方法に関する資料
- QMS適合性に関する資料
審査のポイント:
- 既存品と比較した際の改良点の明確化
- 改良による付加価値の説明
- 改良に伴う新たなリスクの特定と対策
- 改良点の検証方法の妥当性
改良医療機器の審査期間は、臨床あり改良医療機器で約10ヶ月、臨床なし改良医療機器で約7ヶ月が標準的な目安とされています。ただし、改良の内容や申請資料の質によって変動します。
2.3.3 後発医療機器
2.3.3.1 定義と特徴
後発医療機器とは、既に承認されている医療機器と構造、使用方法、効能・効果等が実質的に同等と判断される医療機器を指します。いわゆる「ジェネリック」に相当する医療機器です。
後発医療機器の主な特徴:
- 既承認品と基本的な原理や構造が同等
- 使用目的、効能・効果が実質的に同等
- 臨床試験(治験)は通常不要
- 同等性証明が審査の焦点となる
- 審査期間が比較的短い
2.3.3.2 申請区分の判断基準
後発医療機器に該当するかどうかは、以下の観点から判断されます。
判断観点 | 後発医療機器に該当する基準 |
---|---|
構造・原理 | 既存品と基本的に同等の構造・原理を有する |
使用方法 | 既存品と同等の使用方法 |
効能・効果 | 既存品と同等の効能・効果 |
リスク | 既存品と同等のリスクプロファイル |
材料・部品 | 既存品と同等、または同等性が立証できる材料・部品を使用 |
既存品と「実質的に同等」であることを立証できる場合に後発医療機器として申請されます。
2.3.3.3 審査のポイントと準備すべき資料
後発医療機器の審査では、既承認品との同等性の証明が最も重要です。準備すべき主な資料は以下の通りです。
- 基本文書
- 申請書
- 添付文書案
- 審査基準チェックリスト
- 同等性証明資料
- 既承認品との比較表(構造、原理、仕様、性能等)
- 同等性を示す試験データ
- 同等性の根拠となる技術文献
- 安全性・性能に関する資料
- 生物学的安全性試験結果(必要な場合)
- 電気的安全性試験結果
- 性能試験データ
- 製造に関する資料
- 製造方法の概要
- QMS適合性に関する資料
審査のポイントとなるのは、既承認品との同等性をいかに明確に示すかです。特に、以下の点について詳細な説明が求められます:
- 構造・原理の同等性
- 使用方法の同等性
- 効能・効果の同等性
- 性能特性の同等性
- 安全性プロファイルの同等性
2.3.3.4 既存品との同等性証明のポイント
後発医療機器の申請成功の鍵は、同等性証明の質にあります。以下のポイントに注意して同等性証明資料を作成することが重要です。
- 適切な比較対象品の選定
- 最新の承認内容を持つ既承認品を選定
- 可能な限り複数の既承認品と比較
- 比較対象品の選定理由を明確に説明
- 項目別の詳細な比較
- 設計・構造の比較(図表を用いた視覚的な比較が効果的)
- 使用材料の比較(特に生体接触部分)
- 性能指標の比較(数値データによる客観的比較)
- 使用方法・操作手順の比較
- 違いがある部分の説明と影響評価
- 違いの内容と程度を明確に説明
- 違いが安全性・有効性に与える影響の分析
- 違いを補完するための追加データ提示
- 技術的同等性の証明
- 規格適合性試験
- ベンチテスト(性能比較試験)
- 加速劣化試験(耐久性比較)
- 生物学的同等性(該当する場合)
- 生物学的安全性試験
- 生体適合性評価
- 溶出物試験
同等性証明においては、「完全に同一」である必要はなく、「実質的に同等」であることを示すことが目標です。違いが存在する場合でも、その違いが安全性・有効性に悪影響を与えないことを科学的に説明できれば問題ありません。
後発医療機器の標準的な審査期間は、申請から承認までおよそ5〜6ヶ月程度です。資料の質や照会対応の速さによって変動します。
2.3.4 申請区分の選択戦略
2.3.4.1 製品特性に応じた申請区分の選択
医療機器の申請区分選択は、製品開発戦略全体に大きな影響を与える重要な意思決定です。以下の観点から最適な申請区分を検討します。
製品特性 | 推奨される申請区分 | 検討ポイント |
---|---|---|
革新的な原理・機構 | 新医療機器 | 市場での差別化、高い参入障壁の構築 |
既存品の改良(重要) | 臨床あり改良医療機器 | 臨床的有用性向上の証明が可能か |
既存品の改良(軽微) | 臨床なし改良医療機器 | 非臨床データのみで安全性・有効性が示せるか |
既存品と実質的に同等 | 後発医療機器 | コスト競争力、市場への早期参入 |
製品の技術的特徴だけでなく、市場戦略や自社のリソース状況も考慮した総合的な判断が必要です。
2.3.4.2 審査期間とコストの考慮
申請区分によって審査期間とコストは大きく異なります。スタートアップ企業では、これらの要素が重要な判断材料となります。
申請区分 | 標準的な審査期間 | 相対的なコスト | コスト要因 |
---|---|---|---|
新医療機器 | 12ヶ月以上 | ★★★★★ | 臨床試験費用、専門家費用、長期間の開発リソース |
臨床あり改良医療機器 | 10ヶ月程度 | ★★★★☆ | 臨床試験費用、比較検証費用 |
臨床なし改良医療機器 | 7ヶ月程度 | ★★★☆☆ | 非臨床試験費用、比較検証費用 |
後発医療機器 | 5〜6ヶ月程度 | ★★☆☆☆ | 同等性証明試験費用 |
スタートアップ企業にとっては、限られたリソースで最大の成果を得るための戦略的選択が重要です。例えば:
- 資金調達前の早期段階:後発医療機器から参入し、実績構築
- シリーズA資金調達後:臨床なし改良医療機器で差別化
- 十分な資金調達後:新医療機器に挑戦
製品のライフサイクルを見据えた段階的アプローチも検討価値があります。
2.3.4.3 申請前相談による区分確認
申請区分の選択は最終的にPMDAとの合意が必要です。適切な区分を確認するためのPMDA相談を効果的に活用することが重要です。
主な相談区分:
- 開発前相談:製品コンセプト段階での相談
- 対面助言相談:具体的な開発計画に関する相談
- 申請前相談:申請資料の充足性確認
PMDA相談を効果的に活用するポイント:
- 事前準備の徹底
- 相談資料の充実(既存品との比較表、開発計画、検証計画等)
- 明確な質問事項の整理
- 社内での想定回答の準備
- 説得力のある資料作成
- 科学的根拠に基づく説明
- 視覚的に分かりやすい資料
- 参考文献や規格の適切な引用
- 相談結果の活用
- 相談記録の作成と社内共有
- 開発計画への反映
- 必要に応じたフォローアップ相談の実施
申請区分の選択は、製品の市場投入までの時間とコストに直結する重要な意思決定です。スタートアップ企業においては、限られたリソースの効率的な活用と市場戦略を考慮した慎重な選択が求められます。PMDA相談を積極的に活用し、リスクを最小化することが成功への鍵となります。