
オーストラリアの医療機器薬事規制
オーストラリアの医療機器規制の法的枠組み
オーストラリアにおける医療機器規制の基盤となるのは「治療用品法(Therapeutic Goods Act 1989)」である。この法律に基づき「治療用品規則(Therapeutic Goods Regulations 1990)」および「医療機器規則(Therapeutic Goods (Medical Devices) Regulations 2002)」が制定されている。これらの法令と規則は、患者と使用者の安全性確保、医療機器の品質・性能・有効性の保証、イノベーションの促進と新技術の迅速な導入、そして国際的な規制調和の推進を主な目的として策定されている。
これらの法規制は欧州の医療機器規制と調和しており、特に以下の点で類似している:
- リスクに基づく分類システム
- 適合性評価手順
- 基本的安全性・性能要件(Essential Principles)
医療機器の分類
オーストラリアでは、医療機器はそのリスクレベルに応じて以下のように分類される:
- クラスI: 低リスク(例:包帯、舌圧子)
– サブカテゴリー:滅菌クラスI、測定機能付きクラスI - クラスIla: 低~中リスク(例:聴診器、超音波診断装置)
- クラスIlb: 中~高リスク(例:人工呼吸器、輸液ポンプ)
- クラスIII: 高リスク(例:心臓弁、冠動脈ステント)
- AIMD: 埋め込み型能動医療機器(例:ペースメーカー、脳深部刺激装置)
この分類は医療機器の使用目的、体内への侵襲性、使用期間、およびエネルギー源の有無などの要素に基づいて決定される。分類の決定プロセスは、TGAが発行する分類ルールに従って行われ、製造業者は自社製品の適切な分類を決定する責任を負うが、不明確な場合はTGAに相談することが推奨される。
オーストラリアの医療機器市場への参入プロセス
1. オーストラリア治療用品登録簿(ARTG)への登録
オーストラリアで医療機器を合法的に製造、輸入、輸出、供給するためには、その機器をオーストラリア治療用品登録簿(Australian Register of Therapeutic Goods, ARTG)に登録する必要がある。ARTGは、オーストラリアで合法的に供給できるすべての医療機器を登録する公式データベースであり、製品詳細、製造業者情報、スポンサー情報、使用目的などの情報が含まれている。
2. スポンサーの指定
オーストラリア国外の製造業者は、オーストラリア国内に「スポンサー」と呼ばれる代理人を指定しなければならない。スポンサーは以下の責任を負う。
- ARTGへの登録申請
- 規制遵守の確保
- 有害事象の報告
- 製品回収の実施(必要な場合)
- 記録の保持(販売、流通、苦情など)
- TGAとのコミュニケーション窓口
Therapeutic Goods Act 1989の定義によれば、スポンサーとは、オーストラリアから製品を輸出する、オーストラリアに製品を輸入する、またはオーストラリア国内で製品を製造する、あるいはそれらの手配をする人物を指す。
3. Manufacturer Evidence(ME)の提出
スポンサーは、製造業者の品質管理システムに関する証拠文書(Manufacturer Evidence)をTGAに提出する必要がある。MEとしては以下のいずれかが認められる。
- TGA適合性評価証明書
- 同等の海外の国家規制当局(EU、アメリカ、カナダ、日本、シンガポール)による適合性評価文書
4. 適合性評価手順
各医療機器クラスに応じた適合性評価手順が必要である。
- クラスI(非滅菌、非測定機能): 製造業者による自己宣言と技術文書の作成・維持
- クラスI(滅菌、測定機能)、クラスIla、クラスIIb: 品質管理システム(QMS)の評価と技術文書の審査
- クラスIII、AIMD: QMSの包括的評価、詳細な技術文書審査、設計審査が必要
5. 製造業者による適合宣言書の作成
製造業者は、医療機器が適用される全ての必須要件(Essential Principles)に適合していることを証明する適合宣言書を作成する必要がある。
6. TGAによる審査
TGAは提出された「製造者証拠(Manufacturer Evidence)」を審査し、承認または不承認の通知を行う。TGAは、MEの申請を15営業日以内に処理することを目指している。
7. ARTGへの登録
審査が完了し、医療機器が適切と認められた場合、ARTGに登録される。重要な点として、ARTGへの登録は製品単位ではなく「種類(kind)」単位で行われ、同じ「種類」に属する製品群は一つのARTG登録でカバーできる。
オーストラリア特有の要件
1. 製造業者証明書(Manufacturer’s Evidence)
スポンサーは、医療機器製造業者が適切な品質マネジメントシステム(通常はISO 13485:2016)を有していることを証明する文書を提出する必要がある。
2. 基本的安全性・性能要件(Essential Principles)
すべての医療機器はTGAの定める「基本的安全性・性能要件」に適合していなければならない。これには以下が含まれる。
- 一般的な安全性・性能要件
- 設計・製造に関する要件
- ラベリングと添付文書に関する要件
3. 品質管理システム(QMS)要件
オーストラリアでは、ISO 13485:2016に基づく品質管理システムの導入が求められる。主な要件には以下が含まれる:
- 品質方針と品質目標の設定
- 組織の責任と権限の明確化
- 文書化された手順と記録の管理
- 設計管理プロセス
- 製造プロセスの管理
- 検査と試験の手順
- 不適合品の管理
- 是正・予防処置
- リスク管理
- 内部監査と管理審査
4. ラベリングと指示書の要件
オーストラリアでは、医療機器のラベルに以下の情報を含める必要がある。
- 製造業者名とオーストラリアのスポンサーの名称・住所
- 製品名と型番
- ロット番号、バッチコード、または製造番号
- 使用期限(該当する場合)
- 滅菌状態と方法(滅菌製品の場合)
- 「一回使用」の表示(該当する場合)
- 特別な保管・取扱条件
- 警告や注意事項
- 使用目的や適応
また、使用説明書(IFU)には、使用目的、性能特性、禁忌事項、警告、使用方法などの詳細情報を含める必要がある。
5. 市販後監視
ARTGに登録された後も、以下の継続的な義務がある:
- 有害事象の報告(重大度に応じて48時間、10日、30日、60日以内)
- 製品の監視と評価
- 記録の保持
- 製品回収処理(必要な場合)
最近の規制動向
1. 医療機器規制の強化
TGAは医療機器規制の改革を継続的に進めており、以下の変更が導入されている。
- 高リスク機器に対するより厳格な審査
- 個人用医療機器のUDI(機器固有識別子)システム:TGAは2024年末までにUDI規制を承認し、2025年から自主的な遵守活動を開始する予定
- 特定の高リスク機器に対する長期フォローアップ調査の義務化
- 2024年に導入された新たな規制変更
2. ソフトウェア医療機器(SaMD)規制の明確化
デジタルヘルスの進化に対応して、TGAはソフトウェア医療機器(Software as a Medical Device, SaMD)に関する規制フレームワークを更新し、明確なガイダンスを提供している。2021年2月に新しい規制が導入され、ソフトウェアのバリデーション要件、サイバーセキュリティ対策、ソフトウェア更新の管理に関する特別な要件が設けられている。
3. 国際調和への取り組み
TGAは以下の国際的な規制調和イニシアチブに積極的に参加している。
- IMDRF(国際医療機器規制当局フォーラム):規制の調和と収束を目指す国際的な取り組み
- MDSAP(医療機器単一監査プログラム):複数の国の規制要件を満たす単一の品質システム監査(オーストラリア、ブラジル、カナダ、日本、米国が参加)
- 欧州委員会との相互承認協定(MRA)
- 米国FDAとの情報共有協定
- シンガポール、カナダなどとの協力関係
最近の進展として、TGAはシンガポール保健科学庁(HSA)の登録を受け入れるようになり、国際調和と相互認証の取り組みをさらに強化している。
これにより、重複する規制要件の削減、市場アクセスの迅速化、国際的なベストプラクティスの共有、グローバルな製品安全監視の強化が図られている。
4. カスタムメイド医療機器の定義変更
カスタムメイド医療機器の定義が変更され、「パーソナライズド医療機器」という新しいカテゴリーが導入された。このカテゴリーには個別の適合性評価手順、適合性宣言書、年次報告の義務などが適用される。
5. ARTGオンライン登録システムの更新
TGAはARTG(Australian Register of Therapeutic Goods)登録申請のためのオンラインシステムを継続的に改善・更新している。システムの最新変更やアップデートについては、TGAの公式ウェブサイトや「Australian Regulatory Guidelines for Medical Devices (ARGMD)」を参照することが推奨される。
オーストラリアにおける医療機器の市販後規制
オーストラリアにおける医療機器の主な市販後規制は以下の二つである。
1. 有害事象報告
医療機器の有害事象報告はTherapeutic Goods (Medical Devices) Regulations 2002の規定に基づき行われる。報告期限は事象の重大度によって異なる。
- 公衆の健康に対する深刻な脅威を示す事象:48時間以内
- 死亡や健康状態の深刻な悪化につながった事象:10日以内
- 再発により死や健康状態の深刻な悪化につながる可能性がある事象:30日以内
- その他の報告が求められる情報:60日以内
2. 製品リコール
オーストラリアにおけるリコール措置は、「Uniform Recall Procedure for Therapeutic Goods (URPTG)」に従って実施される。リコールは以下のクラスに分類される。
- クラスI:最も重大な安全性関連(死亡や重大な健康被害の合理的な可能性がある場合)
- クラスII:緊急安全関連(一時的または医学的に可逆的な健康への悪影響の可能性がある場合)
- クラスIII:最もリスクが低い(健康への悪影響を引き起こす可能性が低い場合)
URPTGでは、リコールプロセスを10ステップで定義しており、情報収集、リスク分析、リコール戦略の立案、TGAへの通知、実施、報告、レビューなどが含まれる。