
医療機器申請におけるSTEDとは
医療機器を市場に導入するためには、各国・地域の規制当局による審査と承認が必要である。この申請プロセスにおいて重要な役割を果たすのが「STED(Summary Technical Documentation)」である。
STEDとは「Summary Technical Documentation(技術文書の要約)」の略称であり、医療機器の安全性と有効性を評価するために必要な技術情報をまとめた文書である。元々はGlobal Harmonization Task Force(GHTF)が提唱した概念で、現在はInternational Medical Device Regulators Forum(IMDRF)がその整備を引き継いでいる。これは世界各国の規制当局間での審査の整合性と効率化を図るために標準化された文書フォーマットである。
日本では「STED」、欧州では「技術文書(Technical Documentation)」、米国では「510(k)」や「PMA」の一部として類似の技術文書が要求される。しかし近年は国際整合化の流れにより、基本的な要求事項は共通化されつつある。
申請概要とSTEDの関係
医療機器の承認申請においては、「申請概要」と「STED」という二つの重要な文書が存在する。これらは密接に関連しているが、異なる役割を持っている。
申請概要とは、医療機器の承認申請書に添付する文書であり、審査の全体像を把握するための要約的な文書である。申請概要では、医療機器の開発の経緯、設計、性能、安全性、臨床的位置づけなどの情報を簡潔にまとめる。この文書は審査官が最初に目を通すことが多く、その後の詳細審査の方向性を決定づける重要な役割を果たす。
一方、STEDは申請概要を裏付ける詳細な技術文書であり、申請概要に記載された内容の科学的・技術的根拠を提供する。STEDは申請概要よりも詳細かつ包括的であり、技術的な専門知識を持つ審査官が詳細レビューを行うための文書として位置づけられる。
両者の関係を簡潔に表現すれば、申請概要は「何を申請するのか」という全体像を示し、STEDは「なぜそれが安全で有効なのか」を詳細に説明する文書と言える。申請者は両文書間の整合性を確保し、一貫した説明を行うことが求められる。
STEDの役割と重要性
STEDは以下の役割を果たしている。
- 規制当局への情報提供:医療機器の設計、製造、性能、安全性に関する情報を体系的に提示することで、規制当局が適切な審査を行うための基盤となる。
- 国際整合性の促進:共通フォーマットを採用することで、異なる国や地域での申請プロセスの効率化が図られる。これにより、医療機器メーカーは複数国への申請負担を軽減できる。
- リスク管理の証明:医療機器に関連するリスクの特定、評価、低減策を文書化することで、製品の安全性確保への取り組みを示す。
- 製品のライフサイクル管理:設計から市販後の監視までの一貫した管理体制を文書化する。
- 申請概要の裏付け:申請概要に記載された主張や性能特性に対する科学的・技術的な根拠を詳細に提供することで、審査の信頼性と効率性を高める。
STEDの構成要素
標準的なSTEDは以下の要素で構成される。
- 装置の説明と仕様
– 医療機器の概要、使用目的、分類
– 基本原理と動作メカニズム
– 製品仕様と性能特性 - 設計と製造に関する情報
– 設計プロセスの概要
– 製造方法と品質管理システム
– 重要な供給者・下請け業者の情報 - 非臨床試験データ
– 物理的・化学的特性試験
– 電気安全性・電磁両立性試験
– 生物学的安全性評価
– 安定性試験
– ソフトウェア検証・妥当性確認(該当する場合) - 臨床評価データ
– 臨床試験結果
– 文献レビュー
– 臨床経験 - リスク分析と管理
– リスク分析方法
– 特定されたリスクとその低減策
– リスク・ベネフィット分析 - 表示物と添付文書
– ラベリング情報
– 使用説明書
– 販促資料
日本におけるSTED申請の特徴
日本では2005年からSTED形式による申請が導入され、薬事申請(現在の医薬品医療機器等法に基づく申請)の一部として位置づけられている。日本におけるSTED申請の特徴として、以下が挙げられる。
- クラス分類に応じた要求事項:医療機器のクラス分類(I~IV)に応じて、要求される情報の詳細度が異なる。高リスクの機器ほど、より詳細な情報が求められる。
- 基本要件基準への適合性:日本独自の「基本要件基準」に対する適合性を示す必要がある。これは国際的な基本原則に準拠しつつも、日本特有の規制要件を反映している。
- PMDA相談制度の活用:独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)による対面助言制度を活用することで、申請前に規制当局との認識共有が可能である。この制度は申請の質向上と審査の効率化に貢献している。
STED作成のポイント
STED作成において重要なポイントは以下の通りである。
- 一貫性のある文書構成:技術情報が論理的かつ一貫性をもって提示されるよう、文書全体の構成に注意を払う。
- リスクベースアプローチの採用:製品のリスク特性に基づいて、重点的に説明すべき項目を特定し、詳細な情報提供を行う。
- 規格・ガイドラインへの適合性の証明:関連する国際規格(ISO、IEC等)や各国ガイドラインへの適合性を明確に示す。
- エビデンスの適切な引用:試験結果や文献データなど、主張を裏付けるエビデンスを適切に引用し、トレーサビリティを確保する。
- 透明性の確保:不確実性や限界についても正直に言及し、それに対する対応策を示す。
国際的な動向とSTEDの将来
近年、医療機器規制の国際整合化が進み、STEDにも影響を与えている。特に注目すべき動向としては、
- IMDRF STED:IMDRFによるSTEDガイダンスの更新と国際的な採用促進。
- 医療機器単一審査プログラム(MDSAP):複数国の規制要件に一度の審査で対応できるプログラムの拡大。
- IMDRF Table of Contents(ToC)形式の台頭:一部市場ではIMDRF ToC形式がSTEDに取って代わりつつある。また、ASEANではCSDT(Common Submission Dossier Template)が採用されている。
- リアルワールドデータの活用:市販後データの活用による継続的なSTED更新の重要性の高まり。
- デジタルヘルス機器への対応:AIやソフトウェアを活用した医療機器に対する特有の要求事項の整備。
まとめ
STEDは単なる規制上の文書ではなく、医療機器の安全性と有効性を確保するための重要なツールである。適切に作成されたSTEDは審査プロセスの効率化につながるだけでなく、製品の品質向上にも寄与する。
医療機器開発者や申請担当者は、規制当局の視点を理解し、必要な技術情報を論理的かつ明確に提示することが重要である。また、国際的な規制動向に注目し、STEDの要求事項の変化に適応していくことも求められる。
医療機器のグローバル展開を目指す企業にとって、戦略的なSTED作成は市場アクセスの鍵となる重要な要素であると言えるだろう。