
輸液ポンプ等の流量と予定量の入力の間違い
輸液ポンプ等の流量と予定量の入力の間違い
医療現場における機器のユーザビリティは、患者の安全に直結する重要な要素である。ある医療機関で発生した輸液ポンプの誤操作事例は、この重要性を如実に示している。この事例では、本来30mL/hで投与すべき薬剤を900mL/hと誤って入力してしまい、過剰投与により患者が呼吸停止に至るという重大な医療事故が発生した。能している。

この事故の根本的な原因は、機器のユーザインターフェース設計にあった。当該の輸液ポンプは、流量設定と予定量設定を同一のスイッチで切り替えて入力する仕様となっており、これは使用者の混乱を招きやすい設計であった。特に、医療現場特有の緊張状態や時間的制約の中では、このような設計がヒューマンエラーを誘発するリスクは著しく高まる。

IEC 62366-1に基づくユーザビリティエンジニアリングの観点からは、異なる機能の操作を同一のインターフェースで行うことは、人間の認知特性を考慮しない設計であると指摘できる。人間の注意資源には限りがあり、特にストレス下では複数の情報を同時に処理する能力が低下する。そのため、重要な設定項目については、物理的に分離された専用の操作部を設けることが望ましい。
この事例から導き出される具体的な改善策としては、以下のような多層的なアプローチが考えられる。
- まず、流量設定と予定量設定を物理的に異なるスイッチとし、誤操作のリスクを設計段階から低減する。
- 次に、数値入力時には必ず確認画面を表示し、設定値を再確認する機会を設ける。
- さらに、通常の使用範囲を大きく逸脱する数値が入力された場合には、警告メッセージを表示し、確認を促す機能を実装する。
また、ユーザビリティ評価の過程では、実際の使用環境を考慮したユーザビリティテストが不可欠である。夜間や緊急時など、様々な状況下での操作性を検証し、潜在的なリスクを特定する必要がある。これには、実際の医療従事者が参加する実地評価や、模擬的な緊急事態での操作テストなどが含まれる。
医療機器のユーザビリティ向上において重要なのは、単なる操作性の向上ではなく、安全性を担保するための本質的な設計アプローチである。これには、人間の認知特性や行動特性についての深い理解、実際の使用環境における制約条件の把握、そして予見可能な誤使用に対する適切な対策が含まれる。
このように、医療機器のユーザビリティエンジニアリングは、患者の生命を守るための重要な技術基盤として位置づけられる。製造業者には、開発の初期段階からユーザビリティを考慮した設計アプローチを採用し、継続的な改善を行うことが求められている。それは、医療安全の向上という社会的責任を果たすための必須の取り組みなのである。